追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ

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第6章:S級清掃員の天敵

第30話:密室の燻煙(スモーク)作戦

 地下鉄ダンジョン『メトロ・アビス』は、輝ける地獄と化していた。

 シャカシャカシャカシャカッ!!

 鏡面仕上げ(ミラー・フィニッシュ)された『プラチナ・コックローチ』の大群が、光を反射させながら迫りくる。

 物理攻撃はツルツル滑り、魔法攻撃は完璧に反射される。
 まさに無敵の要塞。

「お、終わりだ……! 俺の掃除人生が、こんな害虫ごときに……!」

「社長! 諦めないでください! 何か、何か手はないんですか!?」

 剣崎がモップを振り回しながら叫ぶ。
 その必死な形相に、パニック寸前だったソウジの脳裏に、ふと梅さん(おばあちゃん)の言葉が過ぎった。

『へぇ~、塩で磨くのかい。……でも、急須の口の奥みたいに、手の届かない場所はどうするんだい?』

 ――そうだ。
 掃除の基本。
 手が届かないなら、空気を変えればいい。
 物理的に触れられないなら、気体で攻めればいいのだ。

「……燻(いぶ)す」

「え?」

「部屋ごと燻して、全滅させるんだ!」

 ソウジの目に、清掃員(プロ)の光が戻った。
 彼は腰のポーチから、赤い円柱形の缶を取り出した。
 【ダンジョン用燻煙殺虫剤・ヘルズ・スモーカー(聖水配合)】だ。

「ですが社長! ここは広すぎます! 煙が拡散して効果が出ません!」

「だからこそ、『密室』を作るんだ! ……おい、ミカエル!」

 ソウジは天井付近で飛び回る新人に叫んだ。

「出番だ! この駅の全出入り口と通気口を、今すぐ塞げ!」

「は!? し、しかしソウジ様! ただの養生テープでは、奴らの侵入を防げませんし、隙間が……!」

「普通のテープじゃねぇ! お前の『結界』を使え!」

 ソウジはミカエルに、業務用の緑色の養生テープを投げ渡した。

「お前は元・大天使長だろ? その神聖な力で、空気分子ひとつ通さない『絶対密閉』を作るんだ! お前の几帳面さを信じてるぞ!」

「……ッ! ソ、ソウジ様……!」

 ミカエルの瞳が潤んだ。
 床拭きもできず、役立たずだと思っていた自分に、社運を賭けた大役が任されたのだ。

「承知いたしました! このミカエル、一世一代の『目張り』をご覧に入れましょう!」

 バサァッ!!
 ミカエルは翼を大きく広げ、音速で構内を飛翔した。

「スキル発動……【聖なる目張り(ホーリー・マスキング)】!!」

 シュババババババッ!!
 彼の手から繰り出される養生テープが、光の帯となって通気口やドアの隙間を塞いでいく。
 それはただのテープではない。
 天使の加護が込められた、物理・魔法・気体すべてを遮断する『絶対結界』だ。

「0.1ミリのズレも許さない! これぞ天界式・完全密閉術!」

『え、あのテープ光ってね?』
『天使の無駄遣いwww』
『養生テープ貼るのがこんなにカッコイイことある?』
『結界(物理)』
『几帳面すぎて草』
『これぞプロの目張り』

「ソウジ様! 密閉完了しました! 酸素濃度、固定されます!」

 わずか数十秒で、巨大な地下鉄駅が巨大なタッパーのように密閉された。

「よし、でかした!」

 ソウジは『ヘルズ・スモーカー』の蓋を開け、付属の水を注いだ。

「いくぞ野郎ども! 鏡面反射だろうがなんだろうが、煙からは逃げられねぇ!」

「全員、結界の外へ退避ッ!!」

 ソウジが缶を床に置き、全員がミカエルの作った結界の切れ目(脱出口)へ飛び込む。
 その瞬間。

 プシュゥゥゥゥゥゥゥーーーーッ!!!

 猛烈な勢いで、真っ白な煙が噴き出した。
 それはただの殺虫煙ではない。
 高濃度の聖水成分と、Gが最も嫌うハーブ成分を圧縮した、地獄の煙だ。

「キシャァァァァ!?(目が、目がぁぁぁ!?)」

「ギョエェェェェ!!(息ができなィィィ!)」

 プラチナ・コックローチたちが悶絶する。
 いかに表面を磨いて物理攻撃を滑らせようとも、呼吸器から入ってくる煙は防げない。

 鏡面ボディは煙の中で虚しく輝き、そして次々と裏返っていった。

 ***

 数時間後。
 換気を終えた地下鉄構内。

「…………」

 戻ってきた一行の目の前には、足の踏み場もないほどの『黒い山(一部銀色)』が築かれていた。
 全滅である。
 完全勝利だ。

 しかし、ソウジの顔色は勝利者とは思えないほど土気色だった。

「……無理」

「社長?」

「死骸も無理。……直視できない」

 ソウジはガクガクと震え、ゴーグル越しでも視線を逸らした。
 敵は倒した。だが、一番嫌な作業が残っている。
 『後片付け』だ。

 ソウジはそっと剣崎の肩に手を置いた。

「……掃除(死骸回収)は、剣崎、頼んだ」

「ええええええ!? お、俺ですか!? 俺だって嫌ですよこんな量!」

「業務命令だ。……特別ボーナス出すから」

「くっ……! 金に物を言わせやがって……!」

 結局、泣きながら塵取りと箒でGの山を片付ける剣崎。
 それを遠くの安全地帯から、「南無……」と手を合わせて見守るソウジ。
 その様子に、コメント欄は最後まで大盛り上がりだった。

『ざまぁwww』
『剣崎の扱いwww』
『まあ人事部長だし、汚れ役は適任』
『最強の清掃員にも弱点があって安心した』
『燻製最強伝説』
『Gには勝てなかったよ……(精神的に)』
『お疲れ様でした』

 こうして、S級清掃員の最大の危機は去った。
 ソウジは安堵の溜息をつき、心に誓った。

「……やっぱ、掃除は日頃からやっとくもんだな。溜めるとロクなことにならねぇ」

 その教訓を胸に、彼らはまた次の現場へと向かう。
 世界にはまだ、落とすべき汚れが山ほどあるのだから。

(第6部 完)

 ***

-あとがき-

 お疲れ様です。
 株式会社クリーン・ファンタジー代表の灰坂ソウジです。

 当社の害虫駆除業務に最後までお目通しいただき、誠にありがとうございました。

 今回の現場は、正直に申し上げまして、私の清掃員人生の中で最も過酷なものでした。

 ドラゴンや邪神は「頑固な汚れ」として処理できましたが、アレ(G)だけは……無理です。生理的に無理です。

 配信中に取り乱して逃走した件につきましては、深くお詫び申し上げます。ですが、画面の前の皆様も同じ気持ちだったと信じております。

 さて、今回の業務での反省点は、やはり「研磨の対象を間違えたこと」に尽きます。

 「汚れを落とせば弱くなる」という私の経験則が、まさか「ピカピカに磨き上げて鏡面反射スキルを付与してしまう」という最悪の結果(バフ)を招くとは……。

 皆様も、害虫を見かけた際は、決して綺麗に磨こうとせず、速やかに殺虫剤をご使用ください。

 ところで、視聴者の方から「結局、急須の注ぎ口の奥みたいに、塩で擦れない(届かない)場所はどうするんだ?」というご質問をいただきました。
 
 今回私が煙を使ったように、手が届かない場所には「物理」以外の方法を使います。

 正解は、「つけ置き(化学洗浄)」です。

酸素系漂白剤(過炭酸ナトリウム):
40~50℃程度のお湯に溶かして、一晩つけ置きしてください。発泡する力で、手の届かない汚れを浮かして剥がし取ります。塩素系と違ってツンとした臭いもしないのでおすすめです。

重曹:
もっと優しく落としたい場合は、お湯に重曹を溶かしてつけ置くのも有効です。
お湯に重曹を溶かして一晩つけ置きすれば、アルカリの力で茶渋(酸性)を中和し、浮かせて落とせます。

 (※重要:ただし、アルミ製の急須などに重曹や酸素系漂白剤を使うのはNGです! 化学反応で黒く変色してしまいます。アルミの場合は中性洗剤で優しく洗ってくださいね)

 「こすってダメなら、浮かして待つ」
 これも掃除の極意です。

 新入社員のミカエル(元・大天使長)については、床拭きはからっきしですが、高所作業と「目張り」に関しては天才的な才能があることが判明しました。
 彼の貼った養生テープは、空気すら漏らさない芸術品です。
 今後、彼は「高所作業班・チーフ」として、窓拭きと隙間埋めを専門に担当させる予定です。

 (※ただし、高いところに行くとテンションが上がって「愚かな地上の民よ!」とか叫び出すのですが、子供が騒いでると思って勘弁してやってください)

 最後になりますが、今回の害虫駆除で心に深い傷を負った人事部長の剣崎(死骸回収担当)にも、エールを送ってあげてください。あれからちょっと物音がするたびに、私と一緒になってビクついて困っております。

 世界がある限り、汚れ(と害虫)は生まれ続けます。
 ですが、ご安心を。
 どれだけ汚れても、私たちが必ず綺麗にしますから。(虫以外なら)

 それでは、次の現場でお会いしましょう。
 皆様の明日が、一点の曇りもない、ピカピカの一日でありますように。

 株式会社クリーン・ファンタジー
 代表取締役社長 灰坂ソウジ
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