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第7章:電脳の引きこもり女神
第34話:ボスは『スパゲッティ・モンスター』
『フェンリル・ロアー』によってカチンコチンに凍りついた「炎上(燃える鳥)」たちの回廊を抜け、ソウジたちはついに最深部へと到達した。
目の前には、巨大な鋼鉄の扉がある。
ここが『アカシック・サーバー』の中枢──通称『女神の寝室(コアルーム)』だ。
「この中に、依頼人のシヴァーちゃんがいるんですね」
剣崎がゴクリと喉を鳴らす。
扉の隙間からは、ドクン、ドクン……という重低音と、禍々しい紫色の光が漏れ出している。
「開けるぞ」
ソウジが扉を押し開けた。
ズズズズズ……ッ!
その瞬間、視界を埋め尽くしたのは――「黒い触手」の山だった。
「ひぃぃッ!?」
「な、なんですのこれ!?」
部屋の中央に、直径10メートルはあろうかという巨大な「球体」が鎮座していた。
それは無数の黒い触手で構成され、まるで生き物のように脈打ち、うねっている。
触手の隙間には、ホコリが灰色の綿のように絡まりつき、時折バチバチと赤いスパークが散っている。
そして、その球体の中心には、拘束された少女――女神シヴァーの姿があった。
『うぅ……苦しいよぉ……絡まって……動けないよぉ……』
彼女は無数の触手に手足を縛られ、涙を流している。
まさに、触手怪物に囚われたお姫様。
ファンタジーRPGならラスボス戦の光景だ。
剣崎が震える声で叫ぶ。
「で、出たァァァ! あれが今回の元凶か!」
「なんておぞましい姿……! 攻撃が通じる気がしませんわ!」
長年放置され、複雑怪奇に絡まり合ったプログラムと配線が、怨念を持って実体化した怪物。
うかつに斬ればバグが増殖し、魔法を撃てばエラーで反射される、最悪のシステム障害の権化。
だが。
最強の清掃員・灰坂ソウジの【真実の魔眼(ゴーグル)】には、その怪物は全く別の「絶望」として映っていた。
【解析:極めて深刻な配線不良】
【状態:スパゲッティ配線(Spaghetti Cabling)】
【リスク:トラッキング火災、転倒事故、美観の欠如】
「うっわ……」
ソウジの口から、心底軽蔑するような声が漏れた。
恐怖ではない。
プロとして、これ以上ないほどの「ドン引き」だった。
「なんだよこれ。引っ越してから一度も動かしてない『テレビ台の裏側』かよ」
彼には、うねる触手が「無造作に継ぎ足された電源タップ」や「余ってとぐろを巻いたLANケーブル」に見えている。
それらがホコリまみれで団子になっている光景は、到底許すことができないものだった。
「誰だ、こんな配線した奴は! 電源系と通信系を一緒に束ねるな! ノイズの原因になるだろ!」
ソウジが激怒した瞬間、怪物が咆哮を上げた。
ギシャアアアアアッ!!(エラー発生! エラー発生!)
シュバッ!
黒い触手(ケーブル)が鞭のようにしなり、ソウジたちに襲いかかる。
「社長、来ます!」
「下がってろ! 足引っ掛けて転ぶぞ!」
ソウジは腰のベルトに手を伸ばした。
今回取り出したのは、剣でも銃でもない。
腰袋いっぱいに詰まった、白いプラスチックの「帯」だ。
【業務用・高耐久結束バンド(インシュロック)】。
「いいか、よく見とけ! 配線整理(ケーブルマネジメント)ってのはなぁ……!」
ソウジは襲い来る触手の軌道を見切り、紙一重で回避する。
そして、すれ違いざまに手刀――ではなく、結束バンドを走らせた。
「まずは『分類』だ! 電源コードはこっち!」
パチンッ!
神速の手つきで、暴れる触手の一部が束ねられ、締め上げられた。
『ギッ!?(動けなィ!?)』
「次は通信ケーブル! お前らはこっち!」
パチンッ! パチンッ!
ソウジは舞うように動き回りながら、無秩序に暴れる触手を種類ごとに掴み取り、結束バンドで次々と拘束していく。
攻撃を避けているのではない。
「片付けて」いるのだ。
「配線はなぁ……『美しさ』が命なんだよッ!」
彼の動きには迷いがない。
絡まり合った結び目を指先で解きほぐし、余分な長さを【スパイラルチューブ】で巻き取り、壁沿いに綺麗に這わせる。
それは戦闘というより、一種の芸術的な儀式だった。
「うそ……あのカオスな触手が、どんどん……」
「綺麗に……整列していきますわ……!」
剣崎とセシリアが呆然と見守る中、巨大な怪物の体積はみるみる縮小していく。
無駄に広がっていたケーブルが束ねられ、整然としたラインへと変換されていくのだ。
『ギャ……ガ……(スッキリ……シタ……)』
数分後。
そこには、床に美しく直角に配線され、等間隔に結束バンドで固定された「極太のケーブルの束」だけが残っていた。
怪物は消滅したのではない。
「整理整頓」されたのだ。
「よし。仕上げだ」
ソウジはニッパーを取り出し、結束バンドの余った部分を、パチン、パチンと切り落とした。
その音は、戦いを終えた侍が刀を納める音のように、静寂な室内に響き渡った。
「美しい……」
「完璧な……直線美です」
もはや誰も、そこに怪物がいたことなど思い出せない。
あるのは、プロの仕事によって構築された、芸術的なサーバー配線のみ。
その中央で、戒めを解かれた女神シヴァーが、ポスンと床に座り込んでいた。
『た、助かったぁ……。ありがとう、伝説の掃除屋さん……』
彼女は涙目でソウジを見上げる。
しかし、その顔はまだ真っ赤で、肩で息をしている。
「……ん?」
ソウジはゴーグルを調整し、部屋の奥にある巨大なファンの音に耳を澄ませた。
配線は片付いた。
だが、部屋の熱気はまだ収まっていない。
「……なるほど。配線が片付いて、やっと『本当の原因』が見えてきたな」
彼が指差したのは、女神の背後で唸りを上げている、巨大なメインCPUクーラーの吸気口だった。
(続く)
目の前には、巨大な鋼鉄の扉がある。
ここが『アカシック・サーバー』の中枢──通称『女神の寝室(コアルーム)』だ。
「この中に、依頼人のシヴァーちゃんがいるんですね」
剣崎がゴクリと喉を鳴らす。
扉の隙間からは、ドクン、ドクン……という重低音と、禍々しい紫色の光が漏れ出している。
「開けるぞ」
ソウジが扉を押し開けた。
ズズズズズ……ッ!
その瞬間、視界を埋め尽くしたのは――「黒い触手」の山だった。
「ひぃぃッ!?」
「な、なんですのこれ!?」
部屋の中央に、直径10メートルはあろうかという巨大な「球体」が鎮座していた。
それは無数の黒い触手で構成され、まるで生き物のように脈打ち、うねっている。
触手の隙間には、ホコリが灰色の綿のように絡まりつき、時折バチバチと赤いスパークが散っている。
そして、その球体の中心には、拘束された少女――女神シヴァーの姿があった。
『うぅ……苦しいよぉ……絡まって……動けないよぉ……』
彼女は無数の触手に手足を縛られ、涙を流している。
まさに、触手怪物に囚われたお姫様。
ファンタジーRPGならラスボス戦の光景だ。
剣崎が震える声で叫ぶ。
「で、出たァァァ! あれが今回の元凶か!」
「なんておぞましい姿……! 攻撃が通じる気がしませんわ!」
長年放置され、複雑怪奇に絡まり合ったプログラムと配線が、怨念を持って実体化した怪物。
うかつに斬ればバグが増殖し、魔法を撃てばエラーで反射される、最悪のシステム障害の権化。
だが。
最強の清掃員・灰坂ソウジの【真実の魔眼(ゴーグル)】には、その怪物は全く別の「絶望」として映っていた。
【解析:極めて深刻な配線不良】
【状態:スパゲッティ配線(Spaghetti Cabling)】
【リスク:トラッキング火災、転倒事故、美観の欠如】
「うっわ……」
ソウジの口から、心底軽蔑するような声が漏れた。
恐怖ではない。
プロとして、これ以上ないほどの「ドン引き」だった。
「なんだよこれ。引っ越してから一度も動かしてない『テレビ台の裏側』かよ」
彼には、うねる触手が「無造作に継ぎ足された電源タップ」や「余ってとぐろを巻いたLANケーブル」に見えている。
それらがホコリまみれで団子になっている光景は、到底許すことができないものだった。
「誰だ、こんな配線した奴は! 電源系と通信系を一緒に束ねるな! ノイズの原因になるだろ!」
ソウジが激怒した瞬間、怪物が咆哮を上げた。
ギシャアアアアアッ!!(エラー発生! エラー発生!)
シュバッ!
黒い触手(ケーブル)が鞭のようにしなり、ソウジたちに襲いかかる。
「社長、来ます!」
「下がってろ! 足引っ掛けて転ぶぞ!」
ソウジは腰のベルトに手を伸ばした。
今回取り出したのは、剣でも銃でもない。
腰袋いっぱいに詰まった、白いプラスチックの「帯」だ。
【業務用・高耐久結束バンド(インシュロック)】。
「いいか、よく見とけ! 配線整理(ケーブルマネジメント)ってのはなぁ……!」
ソウジは襲い来る触手の軌道を見切り、紙一重で回避する。
そして、すれ違いざまに手刀――ではなく、結束バンドを走らせた。
「まずは『分類』だ! 電源コードはこっち!」
パチンッ!
神速の手つきで、暴れる触手の一部が束ねられ、締め上げられた。
『ギッ!?(動けなィ!?)』
「次は通信ケーブル! お前らはこっち!」
パチンッ! パチンッ!
ソウジは舞うように動き回りながら、無秩序に暴れる触手を種類ごとに掴み取り、結束バンドで次々と拘束していく。
攻撃を避けているのではない。
「片付けて」いるのだ。
「配線はなぁ……『美しさ』が命なんだよッ!」
彼の動きには迷いがない。
絡まり合った結び目を指先で解きほぐし、余分な長さを【スパイラルチューブ】で巻き取り、壁沿いに綺麗に這わせる。
それは戦闘というより、一種の芸術的な儀式だった。
「うそ……あのカオスな触手が、どんどん……」
「綺麗に……整列していきますわ……!」
剣崎とセシリアが呆然と見守る中、巨大な怪物の体積はみるみる縮小していく。
無駄に広がっていたケーブルが束ねられ、整然としたラインへと変換されていくのだ。
『ギャ……ガ……(スッキリ……シタ……)』
数分後。
そこには、床に美しく直角に配線され、等間隔に結束バンドで固定された「極太のケーブルの束」だけが残っていた。
怪物は消滅したのではない。
「整理整頓」されたのだ。
「よし。仕上げだ」
ソウジはニッパーを取り出し、結束バンドの余った部分を、パチン、パチンと切り落とした。
その音は、戦いを終えた侍が刀を納める音のように、静寂な室内に響き渡った。
「美しい……」
「完璧な……直線美です」
もはや誰も、そこに怪物がいたことなど思い出せない。
あるのは、プロの仕事によって構築された、芸術的なサーバー配線のみ。
その中央で、戒めを解かれた女神シヴァーが、ポスンと床に座り込んでいた。
『た、助かったぁ……。ありがとう、伝説の掃除屋さん……』
彼女は涙目でソウジを見上げる。
しかし、その顔はまだ真っ赤で、肩で息をしている。
「……ん?」
ソウジはゴーグルを調整し、部屋の奥にある巨大なファンの音に耳を澄ませた。
配線は片付いた。
だが、部屋の熱気はまだ収まっていない。
「……なるほど。配線が片付いて、やっと『本当の原因』が見えてきたな」
彼が指差したのは、女神の背後で唸りを上げている、巨大なメインCPUクーラーの吸気口だった。
(続く)
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