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最終章(こちらだけ15話構成です)
第50話:張り替えの予兆
数時間後。
極寒の地に出現した観測史上最大級のS級ダンジョン【白き終焉】は、ギリギリのところで「終焉」を免れていた。
「……なんという、冒涜的な光景でしょうか」
上空から舞い降りた天使ミカエルが、自らの仕事の成果を見て顔を引きつらせた。
完全に色抜けした純白の空間。そこに無数に走っていた真っ黒な虚無の裂け目は、ミカエルが張った巨大な【聖なる目張り(緑色の養生テープ)】によって、文字通りベタベタと塞がれていた。
さらに、セシリアが規格外の魔力(ソウジ視点ではただの大量の真水)で洗い流したことで、空間の崩壊は完全に停止している。
「ふぅ。とりあえず、穴が広がるのは止められたな」
ソウジは腰のトングを鳴らしながら、ツギハギだらけの無様な空間を見渡した。
世界を揺るがす未曾有のダンジョン崩壊は、クリーン・ファンタジー社の「ドタバタ応急処置」によって、強引に鎮圧されたのである。
「やりましたね社長! 世界を救いましたよ俺たち!」
剣崎が歓喜の声を上げるが、ソウジの顔は晴れなかった。
彼は足元に散らばる「緑色のテープ」と「ボロボロに崩れた真っ白な氷の残骸」を見つめ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「……ふざけんな。何が世界を救った、だ」
「えっ?」
「これは『掃除』じゃねぇ。ただの『ごまかし』だ」
ソウジは珍しく、本気で悔しそうに顔を歪めた。
汚れなら、どんなにガンコでも落としてみせる。だが……薬品の放置で完全に死んでしまった床材は、どれだけ洗剤を使っても元には戻らない。
「掃除屋の敗北だ。こうなったらもう、床板ごと根本から『張り替え』するしか……」
ピロロロロッ!
ソウジが悔しさを滲ませていたその時、剣崎のスマートフォンがけたたましい緊急速報のアラートを鳴らした。
「ひっ!? ま、またですか!?」
剣崎が慌てて画面を確認する。そこには、国際ニュースの速報テロップが滝のように流れていた。
『──緊急速報です! エジプトのピラミッドに光すら通さない【黒い大穴】が出現!』
『──ニューヨークのビル群が、突如として線画(ワイヤーフレーム)のように透けて崩落!』
『──世界各地のダンジョンで、モンスターが文字化けして消失する現象が多発!』
「しゃ、社長! 南極だけじゃありません! 世界中で空間が崩壊してます! もう終わりだぁぁ!」
剣崎が頭を抱えてしゃがみ込む。
だが、ソウジはそのニュース群をゴーグル越しに睨みつけ、フツフツと怒りのオーラを沸き立たせていた。
「酸焼けに、壁紙の剥がれに、ホコリの塊だと……? ふざけやがって」
ソウジの目には、その終末の光景が「最悪の管理不足による建物の老朽化」にしか見えていなかった。
「間違いない。この『家』、見えないところの柱も床も、根本から全部腐ってやがる! こんな欠陥だらけのボロ家に住まわせやがって……大家は今まで何をしてたんだ!」
ソウジの怒りの矛先は、もはや目の前のバグではなく、この世界を管理・放置している「オーナー」へと向いていた。
「大家を引っ張り出して、床板ごとタダで全面張り替えさせてやる! ……だが、どこのどいつにクレームを入れりゃいいんだ!?」
ソウジが苛立ちながら叫んだその時。
コアちゃんが、ポンッと手を叩いた。
「マスター! 大家さんなら、私、居場所を知ってますよ!」
「なんだと!?」
「私に空間圧縮の魔法を教えてくれた、ずーっと引きこもってるお兄さんがいるんです。……私が生まれた、新宿のダンジョンのいっちばん深いところに!」
その言葉を聞いた瞬間、ソウジの唇が凶悪な三日月の形に釣り上がった。
「……なるほどな。灯台下暗しってやつか」
ソウジはバンの荷台から、巨大なモップと洗剤のタンク、そして重たい工具箱を引っ張り出した。
神話級のモンスターを前にした時よりも遥かに恐ろしい、ドス黒い怒りのオーラが立ち昇っている。
「総員、新宿へ飛ぶぞ! 原点に戻って、クソ大家の部屋のドアをブチ破ってやる!!」
世界の崩壊の連鎖を止めるため。
そして、非常識極まりない怠惰な管理者に、清掃業者としての最上級のクレームを入れるため。
クリーン・ファンタジー社は、すべての始まりである「新宿深度2000メートル」へと踵を返した。
本当の絶望を、掃除でぶん殴るために。
(続く)
***
-あとがき-
読者の皆様、お疲れ様です。
株式会社クリーン・ファンタジーの灰坂です。
この度は、南極の現場にお付き合いいただきありがとうございました。
今回は正直に言って、清掃業者としては「敗北」です。完全に私の力不足……いや、現場への到着が遅すぎました。
強力な塩素系漂白剤を原液のまま放置すると、どうなるか。
南極の氷床は、まさに素材の繊維が死んだ状態でした。こうなってしまっては、いくら中和しようが、水ですすごうが、失われた素材は元には戻りません。
ミカエルの養生テープと、セシリアの大量の水洗いでなんとか穴が広がるのを防ぎましたが、あれはあくまで応急処置。いずれは床板ごと張り替えが必要になるでしょう。
しかもニュースを見れば、エジプトで酸焼けの穴が空き、ニューヨークで壁紙が剥がれ落ちている始末。
どうやらこの「世界」という家を管理している大家は、メンテナンスを完全にサボり、家を腐らせている超絶ブラックな悪徳業者のようです。
我々清掃業者は、建物を綺麗にするのが仕事です。ですが、建物自体が腐って崩れ落ちようとしているなら、それは大家の責任です。
絶対に許しません。これから新宿の地下深く、大家の部屋に直接乗り込んで、床板の全面張り替え(タダ)を要求してきます。インターホンに出ないなら、ドアごと外してやりますよ。
追伸:愛用している【真実の魔眼(解析ゴーグル)】の調子が悪いです。
いつもなら「油汚れ」や「赤サビ」と汚れの成分をスパッと解析してくれるのですが、『システムエラー』だの『深刻なテクスチャ欠損』だの、意味不明な横文字ばかり表示されるようになりました。
おかげで作業のペースが狂って仕方ありません。これもクソ大家の嫌がらせでしょうか? 新宿に着いたら、まずはレンズをしっかり磨かないといけませんね。
緊急案件ですので、今回はこの辺で失礼します。
それでは、次の現場でお会いしましょう。
株式会社クリーン・ファンタジー
代表取締役社長 灰坂ソウジ
極寒の地に出現した観測史上最大級のS級ダンジョン【白き終焉】は、ギリギリのところで「終焉」を免れていた。
「……なんという、冒涜的な光景でしょうか」
上空から舞い降りた天使ミカエルが、自らの仕事の成果を見て顔を引きつらせた。
完全に色抜けした純白の空間。そこに無数に走っていた真っ黒な虚無の裂け目は、ミカエルが張った巨大な【聖なる目張り(緑色の養生テープ)】によって、文字通りベタベタと塞がれていた。
さらに、セシリアが規格外の魔力(ソウジ視点ではただの大量の真水)で洗い流したことで、空間の崩壊は完全に停止している。
「ふぅ。とりあえず、穴が広がるのは止められたな」
ソウジは腰のトングを鳴らしながら、ツギハギだらけの無様な空間を見渡した。
世界を揺るがす未曾有のダンジョン崩壊は、クリーン・ファンタジー社の「ドタバタ応急処置」によって、強引に鎮圧されたのである。
「やりましたね社長! 世界を救いましたよ俺たち!」
剣崎が歓喜の声を上げるが、ソウジの顔は晴れなかった。
彼は足元に散らばる「緑色のテープ」と「ボロボロに崩れた真っ白な氷の残骸」を見つめ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「……ふざけんな。何が世界を救った、だ」
「えっ?」
「これは『掃除』じゃねぇ。ただの『ごまかし』だ」
ソウジは珍しく、本気で悔しそうに顔を歪めた。
汚れなら、どんなにガンコでも落としてみせる。だが……薬品の放置で完全に死んでしまった床材は、どれだけ洗剤を使っても元には戻らない。
「掃除屋の敗北だ。こうなったらもう、床板ごと根本から『張り替え』するしか……」
ピロロロロッ!
ソウジが悔しさを滲ませていたその時、剣崎のスマートフォンがけたたましい緊急速報のアラートを鳴らした。
「ひっ!? ま、またですか!?」
剣崎が慌てて画面を確認する。そこには、国際ニュースの速報テロップが滝のように流れていた。
『──緊急速報です! エジプトのピラミッドに光すら通さない【黒い大穴】が出現!』
『──ニューヨークのビル群が、突如として線画(ワイヤーフレーム)のように透けて崩落!』
『──世界各地のダンジョンで、モンスターが文字化けして消失する現象が多発!』
「しゃ、社長! 南極だけじゃありません! 世界中で空間が崩壊してます! もう終わりだぁぁ!」
剣崎が頭を抱えてしゃがみ込む。
だが、ソウジはそのニュース群をゴーグル越しに睨みつけ、フツフツと怒りのオーラを沸き立たせていた。
「酸焼けに、壁紙の剥がれに、ホコリの塊だと……? ふざけやがって」
ソウジの目には、その終末の光景が「最悪の管理不足による建物の老朽化」にしか見えていなかった。
「間違いない。この『家』、見えないところの柱も床も、根本から全部腐ってやがる! こんな欠陥だらけのボロ家に住まわせやがって……大家は今まで何をしてたんだ!」
ソウジの怒りの矛先は、もはや目の前のバグではなく、この世界を管理・放置している「オーナー」へと向いていた。
「大家を引っ張り出して、床板ごとタダで全面張り替えさせてやる! ……だが、どこのどいつにクレームを入れりゃいいんだ!?」
ソウジが苛立ちながら叫んだその時。
コアちゃんが、ポンッと手を叩いた。
「マスター! 大家さんなら、私、居場所を知ってますよ!」
「なんだと!?」
「私に空間圧縮の魔法を教えてくれた、ずーっと引きこもってるお兄さんがいるんです。……私が生まれた、新宿のダンジョンのいっちばん深いところに!」
その言葉を聞いた瞬間、ソウジの唇が凶悪な三日月の形に釣り上がった。
「……なるほどな。灯台下暗しってやつか」
ソウジはバンの荷台から、巨大なモップと洗剤のタンク、そして重たい工具箱を引っ張り出した。
神話級のモンスターを前にした時よりも遥かに恐ろしい、ドス黒い怒りのオーラが立ち昇っている。
「総員、新宿へ飛ぶぞ! 原点に戻って、クソ大家の部屋のドアをブチ破ってやる!!」
世界の崩壊の連鎖を止めるため。
そして、非常識極まりない怠惰な管理者に、清掃業者としての最上級のクレームを入れるため。
クリーン・ファンタジー社は、すべての始まりである「新宿深度2000メートル」へと踵を返した。
本当の絶望を、掃除でぶん殴るために。
(続く)
***
-あとがき-
読者の皆様、お疲れ様です。
株式会社クリーン・ファンタジーの灰坂です。
この度は、南極の現場にお付き合いいただきありがとうございました。
今回は正直に言って、清掃業者としては「敗北」です。完全に私の力不足……いや、現場への到着が遅すぎました。
強力な塩素系漂白剤を原液のまま放置すると、どうなるか。
南極の氷床は、まさに素材の繊維が死んだ状態でした。こうなってしまっては、いくら中和しようが、水ですすごうが、失われた素材は元には戻りません。
ミカエルの養生テープと、セシリアの大量の水洗いでなんとか穴が広がるのを防ぎましたが、あれはあくまで応急処置。いずれは床板ごと張り替えが必要になるでしょう。
しかもニュースを見れば、エジプトで酸焼けの穴が空き、ニューヨークで壁紙が剥がれ落ちている始末。
どうやらこの「世界」という家を管理している大家は、メンテナンスを完全にサボり、家を腐らせている超絶ブラックな悪徳業者のようです。
我々清掃業者は、建物を綺麗にするのが仕事です。ですが、建物自体が腐って崩れ落ちようとしているなら、それは大家の責任です。
絶対に許しません。これから新宿の地下深く、大家の部屋に直接乗り込んで、床板の全面張り替え(タダ)を要求してきます。インターホンに出ないなら、ドアごと外してやりますよ。
追伸:愛用している【真実の魔眼(解析ゴーグル)】の調子が悪いです。
いつもなら「油汚れ」や「赤サビ」と汚れの成分をスパッと解析してくれるのですが、『システムエラー』だの『深刻なテクスチャ欠損』だの、意味不明な横文字ばかり表示されるようになりました。
おかげで作業のペースが狂って仕方ありません。これもクソ大家の嫌がらせでしょうか? 新宿に着いたら、まずはレンズをしっかり磨かないといけませんね。
緊急案件ですので、今回はこの辺で失礼します。
それでは、次の現場でお会いしましょう。
株式会社クリーン・ファンタジー
代表取締役社長 灰坂ソウジ
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