姫ティック・ドラマチカ

磨己途

文字の大きさ
56 / 138
第二幕 転ポラリー・エチュード

55 還りし者 4

しおりを挟む
 老精霊は非常識にも、横向きの俺の目線に対して真っ直ぐ、つまり建物の外壁に対し垂直に立ってこちらを見つめていた。

「困っとるようじゃの。どれ、通れるようにしてやろうか」

 そう言うが早いか、老精霊は杖を掲げて上下させるあの奇妙な踊りを始めた。

 ちょっ!? ちょっと待て! もしかして、元の姿に戻すつもりか?

『何、このおじいちゃん、カワイイ。ねぇ、可愛くない?』

 可愛くない! 全然可愛くない!

 今戻されるのはとても不味い。
 いや、この際、戻してくれるのは良いが、せめてここから飛び降りた後にして欲しい。
 ジョセフィーヌの細い手足では、二階から飛んで無事で済むとは思えない。
 俺は必死で残りの身体半分を小窓から引き抜くと、窓のへりを蹴って地上の植栽に向かって跳んだ。
 落下しつつ、無数の小枝が身体を傷付ける衝撃を覚悟する。

 だが、衝撃の代わりに感じたのは身体がフワリと浮くような奇妙な感覚だった。
 猛烈な風がゴウと吹き、周囲の枝木がしなる音。
 それとほぼ同時にまばゆい光に包まれ視界が塞がれた。

 ややあって、足の裏に地面の確かさを感じた俺はおそるおそる目を開ける。
 二階から飛び降りたにも関わらず、俺は全く衝撃も受けず、二本の足で綺麗に降り立っていた。
 植栽に向かって跳んだはずが、身体はその手前の何もない地面に押し戻されている。
 そして、目の前には木の葉を巻き上げながら宙に浮く、風の精霊の姿があった。

 フーちゃん!

 俺は懐かしさと嬉しさのあまり、思わず彼女を抱き寄せようとして手を伸ばす。
 ……が、風の精霊フーちゃんは俺が手を近付けると、大きな旋風を巻き起こし、一瞬で姿をかき消してしまった。

 ああ、しまった。そうだった。
 危うくジョセフィーヌの指を飛ばしてしまうところだった。

 俺は落ち着いて周囲をキョロキョロと見回し、次いで、今飛び降りてきた二階の窓を見上げた。
 良かった。
 今のところ誰かに見つかった様子もない。

「ありがとう。助かったよ、フーちゃん」

 姿は見えなくとも精霊はどこにでもいる、と言っていたミスティの言葉を思い出し、そっと呟いた。
 ドレスに乱れがないことを確認すると、足早にその場を離れる。
 不思議なもので、本来自分のものではない姿に戻ってしまったというのに、俺はそのことに確かな安堵を覚えていた。
 この身にまとう、薄く可憐かれんなドレスが、どんな鎧にも増して心強かった。

 ……これはなにも女性の身体の方に慣れてしまったというわけではない。
 川の中に魚がいて、森の中に獣がいる。そういう類の話と同じだ。
 この王都の、アカデミアの中においては、身元不明のユリウスでいるよりも、ジョセフィーヌという王女の姿でいた方が自然だし、安全だというだけの話。
 きっとそうに違いない。

『ちょっと……。ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!』

 あ、そうだった。髪は大丈夫かな?

 手で頭を払うと先ほど舞っていたと思われる小さな葉が落ちてきた。
 後ろに垂らした長い髪をでつけて綺麗に整える。

『ちょっとぉ……! 聞こえてるんでしょ!? 無視しないでよ。何が起きてるのか説明しなさいよ。フーちゃんて誰ぇ!?』

 俺はもう一度周囲に人の気配がないことを確認してから、小さな声で返答する。

「後で必ず説明するから。今は黙って見ててくれ。絶対に、ボロを出すわけにはいかないんだ」
『はぁっ? そんなわけにいかないわよ。今すぐ説明して。ねえ、その声、女の人じゃない? ドレスも着てたし。私、また別の誰かの身体に入っちゃったのかって焦ったんだけど。ねえ、本当にさっきと同じあんたなの?』

 黙ってくれと頼んだはずだが、余計にうるさくなった。
 こんなことなら聞こえない振りをしておけば良かった。
 軽く後悔しつつも俺はまた足早に歩き出す。

 急がなければ。
 時間が経つほど騒ぎは大きくなる。
 それにエミリーが、俺の失踪にさぞや慌てふためき心配していることだろう。

 敷地内で迷っていたふうを装うため、皆の前にどんな演技をして姿を現すべきか考えていたが、建物の裏手側は妙に入り組んでいて、ナチュラルに迷ってしまった。
 何度目かの角を曲がったとき、ようやく建屋の中に入る入口を見つける。
 入って廊下を進んでいくと、見覚えのある後ろ姿があった。
 パトリックだ。
 その大きな身体の陰からエミリーが姿を現す。

「お姉さま!」

 こちらの姿を認めると、物凄い勢いで駆け寄って来る。
 今にも泣き出しそうな表情のまま思い切り抱きつかれた。

「ごめんなさい、エミリー。心配をかけました」

 エミリーをしっかり抱き留めたまま、優しくそう声を掛けた。

『は? ちょっとエミリー? 何で? お姉様は私でしょ? 何で私以外の人間にこんなに懐いてんのよ? 一体誰なのよ、あんた。私がいない間に何が起きてんの?』

「大丈夫です。お姉さま。わたくし必ず戻られると信じておりましたから。もしっかりお守りしましたよ?」

「ありがとう、エミリー。本当に」


 先にその情報を確認できたのは大きかった。
 本当にエミリーには感謝しなければならない。
 その後駆け付けたオリアンヌやセドリックに対し、俺は変に動揺せず、あくまで散策中に迷子になってしまっただけという筋書を説明して納得させることができた。
 それもこれも、ジョセフィーヌとユリウスの関係が相手にバレていない、という確信があったればこそだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安
恋愛
穏やかな美青年王子が、即位した途端に冷酷な王に変貌した。そしてそれが、不羈の令嬢ベアトリスの政略結婚相手。 ポストファンタジー宮廷ロマンス小説。 ※拙作「山賊王女と楽園の涯」の完結編という位置づけでもありますが、知らなくとも問題ないよう書いてあります。興味があればそちらもお読みください(ただしずいぶんジャンルが違い、とても長いです)。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

魔眼の剣士、少女を育てる為冒険者を辞めるも暴れてバズり散らかした挙句少女の高校入学で号泣する~30代剣士は世界に1人のトリプルジョブに至る~

ぐうのすけ
ファンタジー
赤目達也(アカメタツヤ)は少女を育てる為に冒険者を辞めた。 そして時が流れ少女が高校の寮に住む事になり冒険者に復帰した。 30代になった達也は更なる力を手に入れておりバズり散らかす。 カクヨムで先行投稿中 タイトル名が少し違います。 魔眼の剣士、少女を育てる為冒険者を辞めるも暴れてバズり散らかした挙句少女の高校入学で号泣する~30代剣士は黒魔法と白魔法を覚え世界にただ1人のトリプルジョブに至る~ https://kakuyomu.jp/works/16818093076031328255

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

処理中です...