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第104話 落ち着かないイジス
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その後、言うだけ言ったスピアノは自分の領地へと戻っていった。
すっかり心をかき乱されたイジスは、父の留守を預かっているというのに、仕事になかなか手がつかなかった。
「いい加減にして下さいませんかね、イジス様。ただでさえ年末が近づいて忙しくなっていますのに。旦那様がいらっしゃらない状況では、イジス様に頑張って頂かないと領地が回りませんよ」
ランスがお小言を漏らしている。
そのくらいに、イジスは仕事に手がつかなかったのだ。
ちなみにモエはなんとか復活して仕事を行っている。ただ、一緒にいてはダメだということで、先日から部屋は別々にして仕事にあたっている。
モエにとってはその方がよかったのだが、このことによって今度はイジスがこのありさまなのである。まったくどうしろというのだろうか。
「まったく、旦那様がせっかく王都まで出向いて後ろ盾を確保して下さっているというのに、このままでは跡取りとして推薦できませんね。旦那様にご再考して頂かねば」
ランスはイジスに対してわざと聞こえるように言っている。
だが、当のイジスは「ああ……」とつぶやくだけで手がまったく動いていなかった。
「はあ、見てられませんね。私はモエさんの方を見てきますので、それまでの間、代わりの方を来て頂きますね」
ランスは部屋を出て行く。
だが、イジスの腑抜けっぷりは酷いものである。
ランスがいてもいなくても、ずっとぼーっとしたままである。このままではガーティス子爵領の将来が危ぶまれるくらいに身が入っていないのだ。
しばらくすると、扉がノックされる。
「失礼致します。イジス様、調子はいかがでございますでしょうか」
やって来たのはメイド長のマーサだった。
「ああ、そこそこだよ」
気の抜けたような声が返ってくる。
これを聞いたマーサの顔が、引きつり始める。
「いけませんね、イジス様。いよいよ明日は旦那様が戻られるというのにそんな状態では」
「ああ……」
マーサが怒っているというのに、イジスからは生返事である。これにはマーサはさらに腹を立てている。
「分かりました。ランス様が投げられたわけが分かりました。では、使用人を代表して、このマーサが厳しくいかせて頂きます。お覚悟はよろしいでしょうか」
「ああ……」
マーサが怒っているのに、イジスはまだ生返事である。
「イ、ジ、ス、さ、ま?」
イジスの正面に立って、マーサが圧力をかける。
「まったく、この状態ではモエさんを任せるわけには参りませんね。ええ、そうですね。確か相手のいらっしゃらない貴族の殿方は……」
「わわっ、待て待て!」
マーサがモエの結婚相手について言及し出すと、ようやくイジスがまともに反応していた。
「や、やめてくれ。その話題は私に効く」
イジスはマーサに泣きつこうとしている。子爵家の跡取りがなんとも情けない姿である。
慌てふためくイジスの姿に、マーサはにっこりと微笑んでいる。
「では、しっかりと仕事をなさって下さい。モエさんはもう割り振られた仕事を終えられましたよ?」
マーサはにっこりと微笑んでいる。
「も、もう済ませたのか。分量はどのくらいなんだ?」
「イジス様とグリム様とほぼ三分割でございます。ちなみにグリム様ももう終えられておりますので、あとはイジス様だけですよ」
「そ、そうか……。ならば、私もすぐに済ませなくてはな」
もう仕事が残っているのは自分だけだと聞いて、ようやくイジスは仕事と向き合う気になったようである。
「ふぅ……。よしっ」
呼吸を整えると、イジスはようやくまともに机に向かっていた。
(まったく、坊ちゃまはいくつになっても手のかかる方でいらっしゃるんですから……)
マーサは少し離れて、仕事に打ち込むイジスの姿を見つめていたのだった。
その頃のモエはというと……。
「ふぅ、終わったわ」
「お疲れ様です、モエさん」
仕事を終えて書類を片付けたモエは、ラビから労いを受けている。
同じ亜人ということもあってか、ラビかキャロのどちらかがモエと一緒にいることが多い。
「モエさんの集中力は素晴らしいですね。キャロもこの集中力を見習ってもらえるといいのですけれど」
ラビはお茶を淹れながら、同室で過ごすキャラル族のキャロの愚痴をこぼしていた。
「自由が売りのキャラル族ですから、仕方がないのではないでしょうか」
「それはそうですけれど、今は使用人なのですから、最低限の仕事はこなしてもらいませんとね」
「確かに、その通りですね」
ラビの言い分に、モエは頷いている。
「そういえば、明日旦那様が戻られるということは聞いてらっしゃいますか?」
「いえ、初耳ですね」
「そうですよね。私も先程聞いたばかりですからね。そもそもその連絡をくださった早馬が本日の昼前に到着されたばかりです。ご存じなわけありませんよね」
「あっ、そうなのですね」
そろそろ戻るだろうという予測はあったが、まさか連絡が前日の到着になるとは思わなかった。
早馬の兵士もいろいろとトラブルに見舞われたような形跡があったらしい。
「もしかしたら、屋敷に賊を放った人物が、まだ何人か潜伏させているかも知れませんね」
ラビがそういえば、モエは自分の胸に手を当てている。そこにあるのは、魔道具師であるピルツが作ってくれた魔道具である。
「……これ、使うことがなければいいんですけれどね」
モエに不安がよぎってしまう。
「大丈夫ですよ。旦那様ですから」
「そ、そうですね。子爵様ならきっと大丈夫ですよね」
「では、モエさん。書類を持ってイジス様のところに参りましょうか。最後はすり合わせが必要ですよね?」
「そうですね、参りましょう」
書類を持ってモエが立ち上がろうとすると、部屋の扉がノックされた。
誰が来たのだろうかと、警戒を強めるモエたちだった。
すっかり心をかき乱されたイジスは、父の留守を預かっているというのに、仕事になかなか手がつかなかった。
「いい加減にして下さいませんかね、イジス様。ただでさえ年末が近づいて忙しくなっていますのに。旦那様がいらっしゃらない状況では、イジス様に頑張って頂かないと領地が回りませんよ」
ランスがお小言を漏らしている。
そのくらいに、イジスは仕事に手がつかなかったのだ。
ちなみにモエはなんとか復活して仕事を行っている。ただ、一緒にいてはダメだということで、先日から部屋は別々にして仕事にあたっている。
モエにとってはその方がよかったのだが、このことによって今度はイジスがこのありさまなのである。まったくどうしろというのだろうか。
「まったく、旦那様がせっかく王都まで出向いて後ろ盾を確保して下さっているというのに、このままでは跡取りとして推薦できませんね。旦那様にご再考して頂かねば」
ランスはイジスに対してわざと聞こえるように言っている。
だが、当のイジスは「ああ……」とつぶやくだけで手がまったく動いていなかった。
「はあ、見てられませんね。私はモエさんの方を見てきますので、それまでの間、代わりの方を来て頂きますね」
ランスは部屋を出て行く。
だが、イジスの腑抜けっぷりは酷いものである。
ランスがいてもいなくても、ずっとぼーっとしたままである。このままではガーティス子爵領の将来が危ぶまれるくらいに身が入っていないのだ。
しばらくすると、扉がノックされる。
「失礼致します。イジス様、調子はいかがでございますでしょうか」
やって来たのはメイド長のマーサだった。
「ああ、そこそこだよ」
気の抜けたような声が返ってくる。
これを聞いたマーサの顔が、引きつり始める。
「いけませんね、イジス様。いよいよ明日は旦那様が戻られるというのにそんな状態では」
「ああ……」
マーサが怒っているというのに、イジスからは生返事である。これにはマーサはさらに腹を立てている。
「分かりました。ランス様が投げられたわけが分かりました。では、使用人を代表して、このマーサが厳しくいかせて頂きます。お覚悟はよろしいでしょうか」
「ああ……」
マーサが怒っているのに、イジスはまだ生返事である。
「イ、ジ、ス、さ、ま?」
イジスの正面に立って、マーサが圧力をかける。
「まったく、この状態ではモエさんを任せるわけには参りませんね。ええ、そうですね。確か相手のいらっしゃらない貴族の殿方は……」
「わわっ、待て待て!」
マーサがモエの結婚相手について言及し出すと、ようやくイジスがまともに反応していた。
「や、やめてくれ。その話題は私に効く」
イジスはマーサに泣きつこうとしている。子爵家の跡取りがなんとも情けない姿である。
慌てふためくイジスの姿に、マーサはにっこりと微笑んでいる。
「では、しっかりと仕事をなさって下さい。モエさんはもう割り振られた仕事を終えられましたよ?」
マーサはにっこりと微笑んでいる。
「も、もう済ませたのか。分量はどのくらいなんだ?」
「イジス様とグリム様とほぼ三分割でございます。ちなみにグリム様ももう終えられておりますので、あとはイジス様だけですよ」
「そ、そうか……。ならば、私もすぐに済ませなくてはな」
もう仕事が残っているのは自分だけだと聞いて、ようやくイジスは仕事と向き合う気になったようである。
「ふぅ……。よしっ」
呼吸を整えると、イジスはようやくまともに机に向かっていた。
(まったく、坊ちゃまはいくつになっても手のかかる方でいらっしゃるんですから……)
マーサは少し離れて、仕事に打ち込むイジスの姿を見つめていたのだった。
その頃のモエはというと……。
「ふぅ、終わったわ」
「お疲れ様です、モエさん」
仕事を終えて書類を片付けたモエは、ラビから労いを受けている。
同じ亜人ということもあってか、ラビかキャロのどちらかがモエと一緒にいることが多い。
「モエさんの集中力は素晴らしいですね。キャロもこの集中力を見習ってもらえるといいのですけれど」
ラビはお茶を淹れながら、同室で過ごすキャラル族のキャロの愚痴をこぼしていた。
「自由が売りのキャラル族ですから、仕方がないのではないでしょうか」
「それはそうですけれど、今は使用人なのですから、最低限の仕事はこなしてもらいませんとね」
「確かに、その通りですね」
ラビの言い分に、モエは頷いている。
「そういえば、明日旦那様が戻られるということは聞いてらっしゃいますか?」
「いえ、初耳ですね」
「そうですよね。私も先程聞いたばかりですからね。そもそもその連絡をくださった早馬が本日の昼前に到着されたばかりです。ご存じなわけありませんよね」
「あっ、そうなのですね」
そろそろ戻るだろうという予測はあったが、まさか連絡が前日の到着になるとは思わなかった。
早馬の兵士もいろいろとトラブルに見舞われたような形跡があったらしい。
「もしかしたら、屋敷に賊を放った人物が、まだ何人か潜伏させているかも知れませんね」
ラビがそういえば、モエは自分の胸に手を当てている。そこにあるのは、魔道具師であるピルツが作ってくれた魔道具である。
「……これ、使うことがなければいいんですけれどね」
モエに不安がよぎってしまう。
「大丈夫ですよ。旦那様ですから」
「そ、そうですね。子爵様ならきっと大丈夫ですよね」
「では、モエさん。書類を持ってイジス様のところに参りましょうか。最後はすり合わせが必要ですよね?」
「そうですね、参りましょう」
書類を持ってモエが立ち上がろうとすると、部屋の扉がノックされた。
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