伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊

文字の大きさ
336 / 500
第七章 3年目前半

第336話 暗躍する者たち

しおりを挟む
 平和な年明けを迎える中、王都からそう遠くない場所にある打ち捨てられた廃屋。そこの中に不審な人影が見える。
 全身を黒く包んだ人影は、人目を避けるかのようにして集まっていた。
「で、どうだった?」
「ダメだ。王都はもう攻め込めるような状態じゃない」
「意外とこの国は王族に対して不満がない。ちょっと煽ってみようとしたが窘められて聞く耳を持たなかったぞ」
 サーロイン王国の中で何やら工作をしようとしているようだが、どうもうまくいっていないらしい。出てくる言葉がどれもこれも失敗の報告ばかりである。
 この報告を聞いて、少し離れた場所で一人座る男は、不機嫌になっている。
「くそっ、一体どうなっているんだ、この国は!」
 ガンと壁を叩く男。その声と音に黒い人影たちはしんと静まり返っていた。
「お前ら、本当にちゃんと分断工作をやっているのか? 口をそろえて情けない事ばかり抜かしてるんじゃねえ!」
「ひっ!」
 男の怒号に、恐怖とともに静かになる室内。そこへ、一人の女が男へと近付いていく。
「イスンセ、どうしてそこまで焦っているのよ」
「ああ?! うるせえぞ、クガリ」
 クガリの問い掛けに、声を荒げるイスンセ。
「俺は、どうやってもこのサーロインを滅ぼさなきゃいけないんだよ。それこそどんな手を使ってもな」
 ぎりぎりと歯を食いしばるイスンセ。その様子を見ているクガリはどうもその態度が理解できなかった。
「私たちの役目はあくまでもサーロインの動きを見張って報告する事でしょう? 私たちはあなたの部下だからおとなしく従ってはいるけど、ここ数年のあなたはどうもおかしいわ。本当にどうしたっていうのよ」
「うるせえ……。この俺に指図するつもりか?」
 クガリの苦言に、突き刺さるような視線を向けるイスンセ。まるで全身の血が凍るような視線に、クガリは息が詰まりそうになる。
(く、苦しい。イスンセ……、こんな能力を、隠して、いたのね……)
 思わず苦しくなり、顔色が青ざめるクガリ。イスンセが視線を外すとようやく楽になるが、息苦しさのあまりその場に座り込んでしまう。
「ひぃ……」
 その光景を見た他の諜報員たちは、思わず青ざめて引いてしまう。
「お前ら、夏までだ。夏の終わりまでにサーロインを崩壊させる手掛かりを見つけ出せ。いいな!」
「は、はいぃっ!!」
 イスンセの鋭い睨みに、震え上がりながら諜報員たちは散っていった。
「お前もだ、クガリ」
「わ、分かったわ」
 どうにか起き上がったクガリは、よろめきながらも廃屋を出て行く。だが、その寸前でぴたりを動きを止めた。
「……すべてが終わったら、ちゃんと話してよね、イスンセ」
「ああ、終われたらな」
「……約束だからね」
 確認するように呟くと、ようやくクガリも出て行ったのだった。

 一人廃屋に残ったイスンセは、自分の手を見つめながら黙って座っていた。
「まったく……使えぬごみどもだな」
 イスンセが呟いている。
「キャハハハ、こんな所に居たんだ」
「耳障りな笑い声はやめろ、テリア」
 イスンセが振り返って叫ぶと、そこにはこの世界では珍しい露出度の高めの服を着た、背中にこうもりの羽を持つ縦ロール状のサイドテールの女性が……浮かんでいた。
「えー、頑張ってここまでやって来たのに、冷たいなぁ。テトロってば相変わらず短気なんだからぁ~」
「その名で呼ぶな。今の俺はイスンセだ」
 テリアがけらけらと笑いながら話し掛けると、声を荒げて言い返すイスンセである。それにしても、テトロとは一体何なのだろうか。
「で、この地の力にやられる覚悟までして、俺を笑いに来ただけなのか?」
「ん~ん、あたしはそんなおバカじゃないわよぅ。様子を見に行ってこいって言われたから、ここまで来たのよ。のろまなあんたが悪いのよ」
 イスンセの愚痴に、テリアは両腕を組んで顔を背けながら文句を言っている。どうやらこの二人は仲が悪いようだ。
「ちっ、悪かったな」
 イスンセは吐き捨てるように言う。
「で、サンカリーのやつからの伝言は何なんだ?」
「あたしのここまでの話だけで分かったわけ? うっわ、きっも」
「うるさい。さっさと伝えろ。消えてえのか」
 両腕を抱えて嫌な顔をするテリアを叱りつけるイスンセ。その大声に、耳を塞ぎながら遠ざかるテリアである。
「わーったわよ、伝えるからよくその耳の穴かっぽじって聞きなさいよね。『今から半年の間にサーロインを潰せ。さもなくばその人間の体ごとお前を潰す』だそうよ。サンカリー様も随分お冠のようね、キャハハハ」
 跳びながら宙がえりをするテリア。その聞くに堪えない声に、イスンセは不快感を示している。
「くそ……、やはり夏が期限か」
「まあ、よく待ってくれた方だと思うわよ。あの方の復活はあたしたちの悲願ですものねぇ」
 テリアの声にイスンセは黙り込んでしまう。
「おやおやぁ、なんで黙るのかしらね。あっ、もしかして人間に情でも湧いたぁ? キャハハ、おっかしいの~」
 宙に浮かびながらお腹を抱えて笑うテリア。次の瞬間、イスンセは腕を素早く振っていた。
「っと、あっぶな~い。それだけの血の気があるなら、さっさとやっちゃってよねぇ。ここはあたしら魔族にとって、生身じゃ長く居られないんだからさぁ」
「分かったよ。やってやるから黙って見とけって伝えてくれ」
「アハハ、りょうか~い」
 次の瞬間、テリアの姿はかき消すようにその場から消え去った。
「くそっ……。もう時間がねぇ。なんとしてもサーロイン王国は潰してくれるぞ、必ずな」
 焦るイスンセは、廃屋の壁を強く殴りつけたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

処理中です...