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第143話 小さな……
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理恵の家の問題はひとまず決着したようだが、栞たちにはまだ解決しなければならない事がたくさんあった。
理恵の転校の話が出た事で、具体的なリミットが示されたために、水崎警部をはじめとした面々の作業は急ピッチで行われていった。
久々に理恵が学校にやって来たその日、栞は久しぶりに千夏となじみの喫茶店に顔を出していた。
「ここに来るのも久しぶりね」
「ええ、そうね。最近は慌ただしくてなかなか顔を出せなかったものね」
二人は揃っていつものを注文していた。ここのコーヒーとケーキはおいしいから仕方がない。
「それにしても、まさかあの噂の数々の本体が学園の外だとは思わなかったわね」
「そうね。そのせいで、私たちの存在がだいぶ宙に浮いちゃってる気がするわ」
栞も千夏も役立たずになってきたせいか、ため息を吐いている。
実際、その通りで仕方がない。
学生と教師という立場である以上、どうしても学校の外となると関われる時間が少なくなってしまう。特に教師という立場にある千夏は、余計に時間が割けないのだ。結局、今まで通り学校内の調査に留まらざるを得ないのである。
「それはそうと千夏」
「何かしら、栞」
「飛田先生となんかいい雰囲気だとか聞くけど、いつの間にそんな事になってるのよ」
「べ、別にいいじゃないのよ。同じ教師なんだからそのくらいの交流、当たり前でしょう?」
栞から問い詰められて、焦ったように言い訳をする千夏。顔が真っ赤になっているので、栞ですら簡単に分かるくらいの反応をしていた。
しかし、幼馴染みとして千夏の事を応援してあげたいものだが、童顔でちび、そして何より、現在進行形で中学生をやらされている自分にとってはなかなか無縁な事に、栞はものすごく複雑な心境になっていた。栞に春は訪れなさそうである。
「ま、千夏はそのままの調子でいいわよ。完全に学校の外の話になっちゃってるもの。私は友人が絡んでいる話だから、もう少し首を突っ込むつもりだけどね」
栞はケーキを頬張りながら、千夏に当てつけのように言っている。
「その話なら私も聞いてるわ。まさかそんな子ばかりが集まるなんて思ってもみなかったわね。警部さんのお子さんが一番普通じゃないの?」
「まーちゃんと勝くんよね。まあ、確かにそんな気がするわね。わっけーは最初っから変な奴だったけど」
千夏の指摘に、栞はどういうわけか頭を抱えた。大体はわっけーのせいである。その頭を抱える栞を見て、つい笑ってしまう千夏だった。
「はあ、とりあえず今週末が勝負になるかしらね。理恵ちゃんの転校話が出たって事は、あいつは来週には行動を起こすってわけだし。被疑者逃亡で決着なんて、締まらないと思うわ」
コーヒーをお替りした栞は、ミルクと砂糖を突っ込んで2杯目を味わっている。
栞のその姿を見た千夏は驚いている。なにせ、大概はブラックで飲むし、入れても量は知れていた。その栞が、なんと砂糖をスプーン2杯も入れているのである。これは衝撃だった。
「なによ」
衝撃を受けている千夏を見て、栞が文句ありげに眉間にしわを寄せている。
「いや、砂糖を入れる栞が珍しいかなって思ってね」
「ああ、確かにそうかもね。でも、今日は入れたい気分なの」
そう言いながら、栞はコーヒーをかき混ぜる。
「栞、それ砂糖入れるためのスプーンよ」
「えっ?」
栞は改めて、自分が持っているスプーンを確認する。すると、確かにそれは喫茶店備え付けの砂糖を入れるためのスプーンだった。コーヒー用のスプーンは、カップの上に置かれたままになっていた。
「あっちゃ~……。言って交換してもらうわ」
栞はそそくさと立ち上がってカウンターへと向かっていった。その姿を見て千夏は笑ってはいたのだが、やはり、栞にもかなり心の余裕がなくなってきているのだと感じていた。なにせ、普段の栞ならまずするはずのないミスを犯していたのだから。
(やっぱり、最近の身の回りの事にかなり衝撃を受けているような感じかしらね。同じ調査員として情報は共有しているけれど、私ですらこれなら、栞の心境はもっと複雑なんでしょうね)
そう思いながら、千夏は恥ずかしそうにスプーンを受け取って戻ってくる栞の姿を眺めていた。
「千夏」
席に座ってスプーンを戻した栞は、千夏に声を掛ける。
「何かしら、栞」
「今週末は私は忙しいからね」
「分かったわ」
栞が言った言葉はこれだけだが、千夏は長年の友人という事もあって、何を言いたいのかすぐに分かった。
昔っから正義感は強い栞だし、その性格なら間違いなく首を突っ込むはずだからだ。
だからこそ、千夏は軽く頷くだけで栞を止めるような事はしなかった。止めたって無駄だからだ。
「派手にやってきなさいよ、栞」
千夏はこう言って栞に発破を掛けていた。それに対して栞は、無言で親指を立てて笑っていた。
その後、別れて家に帰った栞と千夏。
いくら仕事とはいえど、千夏は栞に対して、危険な事にこれ以上首を突っ込んでほしくなかった。でも、正義感あふれる栞を止めるのは難しいだろう。
この週末、一体どんな結末が待っているかは分からない。
千夏は一番の親友を信じて待つだけしかできなかった。
理恵の転校の話が出た事で、具体的なリミットが示されたために、水崎警部をはじめとした面々の作業は急ピッチで行われていった。
久々に理恵が学校にやって来たその日、栞は久しぶりに千夏となじみの喫茶店に顔を出していた。
「ここに来るのも久しぶりね」
「ええ、そうね。最近は慌ただしくてなかなか顔を出せなかったものね」
二人は揃っていつものを注文していた。ここのコーヒーとケーキはおいしいから仕方がない。
「それにしても、まさかあの噂の数々の本体が学園の外だとは思わなかったわね」
「そうね。そのせいで、私たちの存在がだいぶ宙に浮いちゃってる気がするわ」
栞も千夏も役立たずになってきたせいか、ため息を吐いている。
実際、その通りで仕方がない。
学生と教師という立場である以上、どうしても学校の外となると関われる時間が少なくなってしまう。特に教師という立場にある千夏は、余計に時間が割けないのだ。結局、今まで通り学校内の調査に留まらざるを得ないのである。
「それはそうと千夏」
「何かしら、栞」
「飛田先生となんかいい雰囲気だとか聞くけど、いつの間にそんな事になってるのよ」
「べ、別にいいじゃないのよ。同じ教師なんだからそのくらいの交流、当たり前でしょう?」
栞から問い詰められて、焦ったように言い訳をする千夏。顔が真っ赤になっているので、栞ですら簡単に分かるくらいの反応をしていた。
しかし、幼馴染みとして千夏の事を応援してあげたいものだが、童顔でちび、そして何より、現在進行形で中学生をやらされている自分にとってはなかなか無縁な事に、栞はものすごく複雑な心境になっていた。栞に春は訪れなさそうである。
「ま、千夏はそのままの調子でいいわよ。完全に学校の外の話になっちゃってるもの。私は友人が絡んでいる話だから、もう少し首を突っ込むつもりだけどね」
栞はケーキを頬張りながら、千夏に当てつけのように言っている。
「その話なら私も聞いてるわ。まさかそんな子ばかりが集まるなんて思ってもみなかったわね。警部さんのお子さんが一番普通じゃないの?」
「まーちゃんと勝くんよね。まあ、確かにそんな気がするわね。わっけーは最初っから変な奴だったけど」
千夏の指摘に、栞はどういうわけか頭を抱えた。大体はわっけーのせいである。その頭を抱える栞を見て、つい笑ってしまう千夏だった。
「はあ、とりあえず今週末が勝負になるかしらね。理恵ちゃんの転校話が出たって事は、あいつは来週には行動を起こすってわけだし。被疑者逃亡で決着なんて、締まらないと思うわ」
コーヒーをお替りした栞は、ミルクと砂糖を突っ込んで2杯目を味わっている。
栞のその姿を見た千夏は驚いている。なにせ、大概はブラックで飲むし、入れても量は知れていた。その栞が、なんと砂糖をスプーン2杯も入れているのである。これは衝撃だった。
「なによ」
衝撃を受けている千夏を見て、栞が文句ありげに眉間にしわを寄せている。
「いや、砂糖を入れる栞が珍しいかなって思ってね」
「ああ、確かにそうかもね。でも、今日は入れたい気分なの」
そう言いながら、栞はコーヒーをかき混ぜる。
「栞、それ砂糖入れるためのスプーンよ」
「えっ?」
栞は改めて、自分が持っているスプーンを確認する。すると、確かにそれは喫茶店備え付けの砂糖を入れるためのスプーンだった。コーヒー用のスプーンは、カップの上に置かれたままになっていた。
「あっちゃ~……。言って交換してもらうわ」
栞はそそくさと立ち上がってカウンターへと向かっていった。その姿を見て千夏は笑ってはいたのだが、やはり、栞にもかなり心の余裕がなくなってきているのだと感じていた。なにせ、普段の栞ならまずするはずのないミスを犯していたのだから。
(やっぱり、最近の身の回りの事にかなり衝撃を受けているような感じかしらね。同じ調査員として情報は共有しているけれど、私ですらこれなら、栞の心境はもっと複雑なんでしょうね)
そう思いながら、千夏は恥ずかしそうにスプーンを受け取って戻ってくる栞の姿を眺めていた。
「千夏」
席に座ってスプーンを戻した栞は、千夏に声を掛ける。
「何かしら、栞」
「今週末は私は忙しいからね」
「分かったわ」
栞が言った言葉はこれだけだが、千夏は長年の友人という事もあって、何を言いたいのかすぐに分かった。
昔っから正義感は強い栞だし、その性格なら間違いなく首を突っ込むはずだからだ。
だからこそ、千夏は軽く頷くだけで栞を止めるような事はしなかった。止めたって無駄だからだ。
「派手にやってきなさいよ、栞」
千夏はこう言って栞に発破を掛けていた。それに対して栞は、無言で親指を立てて笑っていた。
その後、別れて家に帰った栞と千夏。
いくら仕事とはいえど、千夏は栞に対して、危険な事にこれ以上首を突っ込んでほしくなかった。でも、正義感あふれる栞を止めるのは難しいだろう。
この週末、一体どんな結末が待っているかは分からない。
千夏は一番の親友を信じて待つだけしかできなかった。
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