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第153話 追う者たち
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11月に入ってもう辺りはかなり暗くなっていた。
その日、家に帰って部屋の明かりをつけた調部長は、スマホを手に取る。
(これで……すべて終わってくれるといいのですが)
電話をしようとするが、今は夕方の18時だ。調部長は通話ボタンを押そうとしてはっと動きを止める。
時差を考えればアメリカはまだ夜中である。さすがにまだ寝ている時間だろうと考え、電話をする事ははばかられたのだ。
(……私とした事が、時差を計算に入れるのを忘れるところでしたね。お父様は今は眠ってらっしゃいます。起きたら電話を入れる事にしましょう。なので、とりあえず今はメールで済ませておきましょうか)
部屋で一生懸命メールを打ち込む調部長。
無事に英文を書き終えて送信をタップすると、スマホを机に置いて椅子にもたれ掛かって天井を見上げていた。
(脇田さんに見せてもらいましたが、どうもレオンはまだ逃走中のようですね。相手が相手ゆえに、お父様から精鋭を借りねば、とてもではないですが止められそうにもありませんね……)
ため息を吐きながら窓の外へと視線を移す調部長。街には次々と明かりがともり、見える景色はキラキラと輝きを少しずつ増していた。
しかし、この景色はまだまだ調部長には少々眩しいようだった。
(落ち着いてこの景色を見れるように、早く解決しませんとね)
ため息を吐くと同時に、調部長は視線を床へと落とした。
「お姉ちゃん」
「どうしましたか、リリック」
部屋の外から聞こえてきた声に反応する調部長。調部長を「お姉ちゃん」と呼ぶのは妹であるリリック・バーディア、調詩音だけである。
「うん、ご飯ができたから呼んだの。カルディさんもジャンさんも待ってるから、一緒に食べよう?」
少しまだつたないところはあるけれど、日本語を結構喋れるようになっている詩音である。一生懸命に日本の生活に馴染もうとして頑張っている詩音の姿に、調部長はつい微笑ましくなってしまう。
「ええ、そうですね。まずはご飯を食べて落ち着きましょうかね」
調部長はそう言って、詩音の呼び掛けに応じて部屋を出て食堂へと移動していく。
正直言えば落ち着けるわけのない調部長なのだが、食事の時くらいは落ち着こうと、小さく深呼吸をしたのだった。
―――
その頃、浦見市内の病院では……。
「義人、調子はどうだ?」
「おう、兄貴か。大丈夫だ。貫通してくれて助かったもんだ」
ベッドに横になっているのはトラこと四方津義人である。先日の捕り物劇の最中にレオンに撃たれて重傷を負ったものの、一命を取り留めて現在はおとなしく入院している状態なのだ。
月曜日の学校を終えたところで、兄である四方津正人が見舞いに来ている。そんな状況だった。
「しかし、失敗するとは思ってなかったな」
「そうだな。レオンの事を甘く見過ぎてしまったようだな」
薄暗い部屋の中で、窓の外を見ながら呟く義人。それに対して反省するように言葉を漏らす校長である。
いいところまで追いつめたというのに、まさかの部下の登場でまんまと逃げられてしまった。それが二人揃って悔しいというわけである。
「……で、今はどんな状況なんだ?」
窓の外を見ながら義人が校長に尋ねる。
「警察の方で行方を追っている状況だ。空港にはすでに手配を回してあるらしいから、まだ国内に潜伏していると考えられるそうだ」
「……そうか」
正直に校長が状況を答えると、義人は外を見たまま小さく呟いた。
義人がたそがれるのは無理のない話だった。なにせ、レオンを捕まえるために正人の頼みの下ここまで頑張ってきたのだから。それが報われなかったショックというものは、計り知れないものなのである。
校長もあまり言葉を掛けられずにいる。そのせいか、病室の中に男二人がただただ黙り続けるという重苦しい空間ができ上がってしまっていた。
「……結局、私も奴の前では無力だったか。ご苦労だったな、義人」
「兄貴……」
「費用は心配するな。私がなんとかする。お前は傷を治す事に専念してくれ」
「……分かった」
校長の言葉におとなしく従う義人。
「お前には無茶をさせてばかりだったからな。ここでなんとかしなければ、兄としての面目が保てないというものだ」
校長は義人に背を向けたまま呟いている。義人はそれを黙って聞いている。その姿に何かを感じ取ったのだろう。兄弟がゆえになんとなく分かってしまうのだ。
「ありがとうな、兄貴。必ずレオンを止めてくれ」
「ああ、任せておけ」
簡単に言葉を交わすと、校長は義人の病室から出ていった。
病室の中に一人となった義人。再び窓の外を眺めてから、少し上を向いてため息を吐く。
(まったく、兄貴はいろいろと抱え込み過ぎなんだよ……)
兄である校長の心配をしながら、義人はベッドに横になった。動くと傷口が痛むものの、校長の苦悩に比べればなんてものではないと義人は思った。
レオンとの決戦は敗走を許してしまい失敗に終わってしまった。それでも、久しぶりにゆっくりと気を落ち着けて休めた事に、義人は少し安堵を感じたのだった。
その日、家に帰って部屋の明かりをつけた調部長は、スマホを手に取る。
(これで……すべて終わってくれるといいのですが)
電話をしようとするが、今は夕方の18時だ。調部長は通話ボタンを押そうとしてはっと動きを止める。
時差を考えればアメリカはまだ夜中である。さすがにまだ寝ている時間だろうと考え、電話をする事ははばかられたのだ。
(……私とした事が、時差を計算に入れるのを忘れるところでしたね。お父様は今は眠ってらっしゃいます。起きたら電話を入れる事にしましょう。なので、とりあえず今はメールで済ませておきましょうか)
部屋で一生懸命メールを打ち込む調部長。
無事に英文を書き終えて送信をタップすると、スマホを机に置いて椅子にもたれ掛かって天井を見上げていた。
(脇田さんに見せてもらいましたが、どうもレオンはまだ逃走中のようですね。相手が相手ゆえに、お父様から精鋭を借りねば、とてもではないですが止められそうにもありませんね……)
ため息を吐きながら窓の外へと視線を移す調部長。街には次々と明かりがともり、見える景色はキラキラと輝きを少しずつ増していた。
しかし、この景色はまだまだ調部長には少々眩しいようだった。
(落ち着いてこの景色を見れるように、早く解決しませんとね)
ため息を吐くと同時に、調部長は視線を床へと落とした。
「お姉ちゃん」
「どうしましたか、リリック」
部屋の外から聞こえてきた声に反応する調部長。調部長を「お姉ちゃん」と呼ぶのは妹であるリリック・バーディア、調詩音だけである。
「うん、ご飯ができたから呼んだの。カルディさんもジャンさんも待ってるから、一緒に食べよう?」
少しまだつたないところはあるけれど、日本語を結構喋れるようになっている詩音である。一生懸命に日本の生活に馴染もうとして頑張っている詩音の姿に、調部長はつい微笑ましくなってしまう。
「ええ、そうですね。まずはご飯を食べて落ち着きましょうかね」
調部長はそう言って、詩音の呼び掛けに応じて部屋を出て食堂へと移動していく。
正直言えば落ち着けるわけのない調部長なのだが、食事の時くらいは落ち着こうと、小さく深呼吸をしたのだった。
―――
その頃、浦見市内の病院では……。
「義人、調子はどうだ?」
「おう、兄貴か。大丈夫だ。貫通してくれて助かったもんだ」
ベッドに横になっているのはトラこと四方津義人である。先日の捕り物劇の最中にレオンに撃たれて重傷を負ったものの、一命を取り留めて現在はおとなしく入院している状態なのだ。
月曜日の学校を終えたところで、兄である四方津正人が見舞いに来ている。そんな状況だった。
「しかし、失敗するとは思ってなかったな」
「そうだな。レオンの事を甘く見過ぎてしまったようだな」
薄暗い部屋の中で、窓の外を見ながら呟く義人。それに対して反省するように言葉を漏らす校長である。
いいところまで追いつめたというのに、まさかの部下の登場でまんまと逃げられてしまった。それが二人揃って悔しいというわけである。
「……で、今はどんな状況なんだ?」
窓の外を見ながら義人が校長に尋ねる。
「警察の方で行方を追っている状況だ。空港にはすでに手配を回してあるらしいから、まだ国内に潜伏していると考えられるそうだ」
「……そうか」
正直に校長が状況を答えると、義人は外を見たまま小さく呟いた。
義人がたそがれるのは無理のない話だった。なにせ、レオンを捕まえるために正人の頼みの下ここまで頑張ってきたのだから。それが報われなかったショックというものは、計り知れないものなのである。
校長もあまり言葉を掛けられずにいる。そのせいか、病室の中に男二人がただただ黙り続けるという重苦しい空間ができ上がってしまっていた。
「……結局、私も奴の前では無力だったか。ご苦労だったな、義人」
「兄貴……」
「費用は心配するな。私がなんとかする。お前は傷を治す事に専念してくれ」
「……分かった」
校長の言葉におとなしく従う義人。
「お前には無茶をさせてばかりだったからな。ここでなんとかしなければ、兄としての面目が保てないというものだ」
校長は義人に背を向けたまま呟いている。義人はそれを黙って聞いている。その姿に何かを感じ取ったのだろう。兄弟がゆえになんとなく分かってしまうのだ。
「ありがとうな、兄貴。必ずレオンを止めてくれ」
「ああ、任せておけ」
簡単に言葉を交わすと、校長は義人の病室から出ていった。
病室の中に一人となった義人。再び窓の外を眺めてから、少し上を向いてため息を吐く。
(まったく、兄貴はいろいろと抱え込み過ぎなんだよ……)
兄である校長の心配をしながら、義人はベッドに横になった。動くと傷口が痛むものの、校長の苦悩に比べればなんてものではないと義人は思った。
レオンとの決戦は敗走を許してしまい失敗に終わってしまった。それでも、久しぶりにゆっくりと気を落ち着けて休めた事に、義人は少し安堵を感じたのだった。
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