マジカル☆パステル

未羊

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第58話 絶望の雨

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 完全に怒っているイエーロを目の前に、パステルピンクとパステルシアンは冷や汗を流している。なにせイエーロが放つ殺気が尋常ではないからだ。
 ぶっちゃけてしまえば、パステルピンクが言い放った「おかま野郎」は完全に勇み足。見事に虎の尾を踏み抜いたのである。
「さすがに私をここまで怒らせたからには~、ただじゃ死なせてあげない。それこそ苦痛に歪む顔でも見せてもらわなきゃ~ねぇ……」
 激昂するイエーロが、一歩、また一歩と二人ににじり寄ってくる。非常にゆっくりとしたその動作は、一層威圧感を増したものだった。
「なんで、パステルピンクは相手の地雷を踏み抜くのよぉっ!」
 パステルシアンが、パステルピンクを掴んで前後に激しく揺らしている。
「んな事知るかよっ! それよりも来るぞっ!」
 パステルピンクが身構えるが、イエーロは一瞬で目の前まで詰め寄っていた。
(は、速えっ!)
 あまりの速さに驚きはするが、パステルピンクはイエーロの攻撃をどうにか回避する。マジックを振り回す速さはそうでもなかったからだ。むしろ、その移動速度の方が問題である。
 だが、パステルピンクが対応がぎりぎりという事は、
「うぐっ!」
「パステルシアンっ!」
 パステルシアンには躱す事が叶わないという事なのだ。だが、イエーロはどういうわけかマジックではなく、膝蹴りを食らわせていた。だが、その一撃でパステルシアンがうずくまると、それ以上攻撃はしなかった。
「はぁ~、なんて弱っちいのかしら。この程度で動けなくなるなんて~、鍛え方が足りないわよ~?」
 そう言い放つと、今度は水平方向へ蹴り飛ばした。その衝撃で、パステルシアンは壁に激突する。
「パステルシアン!」
 体育館の壁に大きな穴が見えるが、パステルシアンの姿は見えなかった。外まで吹き飛んでしまったようだ。
「あらぁ~、手加減をミスっちゃったかしら?」
 イエーロは人差し指を頬に当てて首を傾げている。怒ってはいるが、いつものイエーロである。
「でも、これで~……」
 イエーロが顔を向けて、パステルピンクをぎょろりと睨む。
「口の利き方のなってない悪い子だけになったわねぇ?」
 その気味の悪さに、パステルピンクは思わず震え上がった。
「く、来るなら来やがれっ! 俺は簡単にはやられねえぞっ!」
「はは~ん、強がっちゃってぇ。いいわよ、あなたは簡単には殺さないわ~。泣いて謝ったって、許してあげないんだからねぇ」
 戦いの構えを取るパステルピンクに、不気味に笑うイエーロが襲い掛かった。

 一方その頃、壁を突き破って外へと落ちたパステルシアンは、梅雨の長雨に打たれながら苦痛で泣いていた。
 自分ではイエーロの動きについていけないし、防御する事すらできなかったのだ。あまりの情けなさに、悔しさと痛みで激しく涙がこぼれている。
「パステルシアン!」
 そこにチェリーとグローリの2体が駆けつけた。
「どうしたんだい、すごく傷だらけじゃないか」
「イエーロが……、襲い掛かってきたの」
 チェリーの問い掛けに、パステルシアンは力なく答えた。
「って事はパステルピンクは中に居るんだね」
 チェリーが尋ねると、パステルシアンはこくりと頷く。
「グローリ、パステルシアンを頼む。ボクはパステルピンクのサポートに行くよ」
「分かったわ」
 グローリの返事を聞いたチェリーは、とててと体育館へと走っていった。
 チェリーを見送ったグローリは、パステルシアンを見る。全身に傷があり、服もところどころ破れている。その顔を見ると、ずっと涙を流し続けている。
「私ってば、ただの足手まといの、役立たずなのかなぁ……」
 パステルシアンがいつになく弱気になっていた。
「そんな事はないわ。確かに、運動能力とかは低いから最初に脱落しちゃうけれど、だからといって必要ないというわけじゃないわ」
 グローリは辛辣な事を言いつつも、パステルシアンを励ましている。
「でも、今だって、パステルピンクの口の悪さを止められなかったし、真っ先にイエーロの攻撃であっさりこの状態なのよ? 私が何の役に立てるというの?」
 もう完全に心折れている状態だった。それは見ているだけでもつらい状態だ。しかし、だからといってグローリは諦めない。パステルシアンは、山海美空は、自分が選んだパートナーなのだから。
「確かにね……。今のパステルシアンなら、何の役にも立たないでしょうね」
 グローリは弱音を吐くパステルシアンに追い打ちをかける。
「でもね、誰だって得意不得意はあるの。身体能力でどうにもできないのなら、他で補えばいいのよ」
「他で……補う?」
 グローリの語り掛けに、パステルシアンは弱々しくながらも反応する。
「そうよ。さあ思い出しなさい、パステルシアン。自分が伝説の戦士になったきっかけを!」
 グローリの叫びに、パステルシアンははっとした。
 そう、自分がグローリからの呼び掛けに応えて伝説の戦士パステルシアンとなった理由を。
「そう……よ。私は千春を助けるために、パステルシアンになったのよ」
 パステルシアンの体に力が入る。ぐっと立ち上がると、蹴られたお腹周りを押さえながらも、その表情には力強さが戻っていた。
「パステルピンクを助けられないまま、どうして私が逃げなきゃいけないのよ」
 パステルシアンがそう叫んだ時、固有武器であるパステルミストが突如として出現し、眩いばかりの光を放ったのだった。
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