マジカル☆パステル

未羊

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第88話 たまには海で気分転換

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 パステルピンクとパステルシアンがグーレイを撃退してから、数日経った時の事だった。
 千春たちはどういうわけか海に居た。というのも、
「夏といえば海は外せませんわよね!」
 といって、雪路が強引に千春たちを誘ったのである。
「なんで、あたいたちまで……」
「まあまあ、姉さん」
 楓はなぜか文句を言っているが、ならどうしてついて来たのだろうか。
 今はちょうど浜辺に来ており、全員が揃っている。
 千春は伝説の戦士のメンバーの中でも唯一の男子なので、当然ながら海パンである。美空はワンピース型の水着で、名前のイメージからなのか意外とトロピカルなデザインの物になっている。
 杏と楓は双子ながら、かなり好みの方向性が分かれていて、杏がスポーティーな感じのセパレート水着に対して、楓は意外と露出の多いタイプの水着を着ている。マジェやパステルブラウンの時に着ている衣装とほぼ同じである。
 ちなみに雪路は白地に紫のラインの入ったワンピース型。フリルが多めでさすがお嬢様といった水着である。
 この五人以外には、チェリー、グローリ、ワイスの聖獣たち、それとイエーロや冬柴家の使用人たちがやって来ていた。
「ここは冬柴家のプライベートビーチですから、他人の目を気にしなくてよろしいですわ。思いっきりくつろいで下さいまし」
 雪路はビーチパラソルの下で、ビーチチェアに寝そべっている。白い帽子にサングラスを掛け、日焼け止めも塗って万全である。さすがお嬢様、抜かりはなかった。
「ふぅん、たまにはこういうのも、悪くはないわねぇ」
 イエーロもバリバリに楽しむ気満々である。太陽にムキムキの筋肉が眩しい。
「むぅん、どうよ、この私の肉体美!」
 まるでボディビルダーのようにポージングを決めるイエーロ。いつも以上に筋肉の主張できる場所に、少々興奮しているようである。
「さあ、少年。走り込みをするわよ。あなたの攻撃のメインは格闘技なんだから、足腰はきちんと鍛えておかなきゃだめよ~?」
「うへぇ……」
 やる気満々のイエーロに、千春はものすごくダレている。
「あのねぇ、サッカーにとって足腰と体幹は重要よ? 将来すごいサッカー選手になりたいのでしょう?」
「ぐぅ、まさかよその世界の奴にそんな事を言われるとは……」
 痛いところを突かれて、千春はやむなくイエーロの特訓に付き合う事にした。砂浜でランニングを開始するイエーロと千春。その姿を美空が微笑ましく見守っている。
「まったく、あのイエーロがこっちにすっかりなじむとは思ってもみなかったわね」
「確かにね。モノトーンではどういう感じだったの、姉さん」
 楓の物言いに、杏は気になって尋ねてみた。
「まぁオネエ全開で気持ち悪かったけれど、属性が似ているレドとはいまいち仲が悪かったわね。グーリとは言わずもがな。その代わり、ブルーエとは思ったより悪くはなかったわ。冷たくあしらっているように見えて、パシモに追い詰められたところを助けているんだからね」
「ああ、あの時か。そんな仲のいいようには見えなかったんだけどね」
 楓が思い出しながら話していると、ブルーエとイエーロのやり取りを一度見た事のある杏は、あごに手を当てて首を傾げていた。
「そりゃあ、敵に弱みなんて見せないでしょうに。非情な軍団と見せて牽制するのはよく使う手よ」
「なるほど……」
 楓に言われて納得する杏。
「まあ、あたいも非情にはなり切れなかったわねぇ。パシモを目の前にすると、つい気が緩んじゃってたものね。おかげでグーリに足元をすくわれる事になったわけだけど」
 楓は思い出して、苦虫を噛み潰したような表情をする。やっぱり、モノトーンの軍勢を騙しきれなかったのは、いまだに引きずっているようである。
「まあまあ、今はそんな事は忘れて、夏の海を満喫しましょう」
「ひゃっ!」
 後ろから声が聞こえて振り返ると、冷たい飲み物を持った雪路が立っていた。その飲み物の入ったグラスに頬が触れた事で、楓は素っ頓狂な声を出してしまったのである。
「お、驚かせないでよ」
「あら、これはごめんなさい」
 楓が口をすぼめて顔を背けると、雪路は笑いながら謝った。
「あの、雪路さん」
「はい、なんでしょうか」
「実はあたしたち、泳げないんですよ」
 杏が衝撃的な事を口にする。確かに聖獣時代からも泳ぐ事はなかった。つまり、正確には泳げないのではなく、泳げるかどうか分からないのであった。プールの授業もいろいろごねて参加しなかったくらいだ。
「それでしたら大丈夫ですよ。この海岸は遠浅ですし、離岸流もありません。私有地の柵の中でしたら、溺れる事はそうそうありませんよ。それこそ海岸でうつぶせにでもならない限りは」
 雪路がにっこりと微笑む。というわけで、そこまで言うのならと、杏と楓は覚悟を決めて海岸から海へと足をつけたのだった。
「いいわねぇ、人間サイズだと色々楽しめて」
「ボクたち聖獣の中じゃ、まともに泳げるのはグローリだけだもんね」
「まったくだ。俺っちなんてこの毛皮のせいで水に入ったら沈むだけだからな」
 聖獣たちもビーチパラソルの下でくつろいでいるようだ。どうやらワイスは、羊毛が水を含んでしまうと、重くなって浮けなくなってしまうらしい。意外な弱点を持っていたようだ。
「まっ、そうとはいっても、たまにはこんなのもいいもんだぜ。昔みたいでよ」
「そうね」
 モノトーンに滅ぼされる前の、パステル王国を思い出した三体。少し湿っぽくなったが、杏と楓がわいわいと騒ぐ声にすぐにそんな気分は吹き飛んでしまった。
 雲もほとんどない空の下、千春たちは久々にゆったりとした非日常を楽しんでいた。
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