不死の少女は王女様

第63話 ベルオムの思惑

　ベルオムの予想より少し遅く、１６日後にステラが小屋に戻ってきた。ステラのうっ憤晴らしのせいである。

「ただいま戻りました」

「ああ、おかえり、ステラ」

　ステラが挨拶をすれば、ベルオムが普通に出迎える。
　次の瞬間、ステラはベルオムに殴りかかっていたのだが、ベルオムはそれを冷静に受け止めていた。

「まったく、いきなり何をするのかな、このお姫様は」

　ステラの拳を受け止めながら、ベルオムは涼しい顔で煽っている。
　ステラの方はかなり怒っているのか、体が震えているようだ。

「まったく、何を書いておいたんですか。中身について聞いても教えてもらえなかったんですが」

「そうだろう。話さないでくれって書いておいたんだからね。まあ、結果はゆっくり待とうじゃないか」

　不機嫌極まりないステラが拳に力を入れているというのに、ベルオムは楽に受け止めたまま笑っていた。

「本当に、師匠は酷い人ですね」

　本気で不機嫌な声を出すステラだったが、この程度で動じるベルオムではなかった。

「今さらだろう。それよりも、ステラにお使いに行ってもらっていた間に、リューンくんがどうなったのか気にならないかな？」

　ステラの怒りをどこまでも無視するベルオムは、違う話題を振ってきていた。
　無視されて怒るはずのステラだったが、リューンの状態が気になるのも事実。ひとまず怒りを収めてこくりと頷いた。

「それじゃリューン。私と少し剣を交えようか」

「はい」

　小屋の中で様子を見ていたリューンが外に出てくる。
　その姿に、ステラは思わずびっくりした。
　以前に見たどこかおどおどとした雰囲気が、今のリューンからは感じ取れなかったからだ。

（ずいぶんと鍛えられた感じがしますね……。こんな短期間でここまで変わるなんて）

　ステラはただただリューンの姿を見つめるだけだった。自分にはここまでリューンを変える事ができなかったからだ。
　そのステラを見て笑みを浮かべたベルオムは、特訓で使っていた自分の剣を取り出す。

「さあ、リューン。特訓の成果をステラに見せつけてやりなさい」

「はい」

　リューンも魔法鞄から剣を取り出すと、きちんと構えてベルオムと向かい合った。
　リューンとベルオムが向かい合う姿を、じっと見つめるステラ。この状態では問い質している場合じゃないと判断したからだ。
　ひとまずベルオムの小屋の玄関の前に陣取って、このやり取りを見守っている。

「いきますよ、ベルオムさん」

「ああ、いつでも来なさい」

　ベルオムがいうと、リューンが剣をかざして突撃していく。その動きは以前とはまるで違っている。

（なんと。まるで別人ですね）

　ステラも舌を巻くくらいである。この短期間で一気に成長したものだ。
　しかし、リューンがしっかり打ち込んでも、ベルオムは涼しい顔をしてそれを捌いている。接近されると厳しい長剣を使っているというのに、さすがは年の功といった感じだ。
　とはいえ、リューンは弾き返される事なく、しっかりと踏みとどまって攻撃を続けている。
　だが、その攻防は長くは続かなかった。

「はあはあ……」

　リューンが息切れを起こしたのである。根本的な体力でベルオムに敵わなかったのだ。

「あっ！」

　剣を弾かれて、顔に剣を突きつけられるリューン。

「勝負あり、だな」

「うう、参りました……」

　リューンが降参すると同時に、近くの地面に剣が突き刺さるのだった。

「急ごしらえだったからというのはあるから、まだまだ動きに甘さが多いな。それでも魔物相手であるなら、このくらいできればさほど苦戦する事はないだろう。さらに精進する事だね」

「はい」

　ベルオムの評価に、リューンは素直に返事をしていた。本当にリューンはいい子なのである。
　それにしても、今回のリューンの動きには目を見張るものがあった。
　同時にステラはショックを受けていた。
　なにせ自分もリューンの指導を行っていたからだ。ところが、ベルオムの指導によってリューンの動きは目を見張るくらいによくなっていた。これではステラの立つ瀬がないというものである。

（なんでしょうね。リューンくんの成長は嬉しいのですが、こうなんというか納得しない気持ちというのは……）

　ステラは脱力感がすさまじかった。

「疲れましたので、今日はもう休みますね。おやすみなさい」

　考えることをやめたステラは、そのまま小屋に入ってベッドに横になってしまった。

「どうされたのですかね、ステラさんは」

「長旅から帰ってきたんです。今はそっとしておきましょう」

　首を傾げるリューンに、ベルオムはそう言い聞かせておく。不思議に思いながらも、リューンはその言葉に納得したのだった。
　小屋の中の様子が気になりながらも、リューンはベルオムとの特訓を再開する。
　ステラのため、これから起こるだろうことに備えるため、ベルオムはリューンを必死に鍛える。リューンもそれに応える。
　ベルオムがタクティクの商業組合向けに出した手紙。その一通の手紙が、状況を大きく動かすことになろうとは、この時誰も知らなかった。