異世界転生者のTSスローライフ

未羊

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第一章 大陸編

第41話 転生者、キリエの兄と会う

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 その力は圧倒的だった。
 高く飛び上がり、放たれた魔法を拳で相殺して、相手へと襲い掛かる。
 きっと見た者たちは、恐怖に打ち震えたはずだ。ありえないと。

 実際に俺に跪く純魔族の連中は、その全身を震わせていた。
 自分たちのリーダーであるヒョウムが、たったの拳一撃で気絶させられたのだ。
 その想像を絶する状況に、敵うわけがないと絶望したってわけだ。
 その時の状況を見ていたキリエは、密かにだけど笑っていたように見えた。

「私たちの出番、まったくなかったわね」

 そう愚痴めいたものを漏らすのはピエラである。

「いやはや、さすがは前魔王様からその座に指名されるだけのことはございます。あまりの強さゆえに、このバフォメットも感動してしまいました」

 淡々と話しているようで、このバフォメットもかなり興奮しているようだ。いつもと比べると少々巻き気味に喋っていたのだ。

「まさか、お父様を一撃で倒してしまうとは……。さすが魔王様でございますね」

 キリエも淡々と喋っているようだが、その表情はどこか安心したような感じだった。おそらく俺に忠誠を誓っていたので、それが間違いではなかったと再確認しているのだろう。

「しかし、どう致しましょうか……。ヒョウム殿が気を失ってしまわれては、話し合いというわけには参りますまい」

「あっ……。つい怒りに任せてぶん殴っちまったからな。これは失敗したな」

 バフォメットから指摘されて、改めて自分のしでかした事の重大さに今さらながらに気が付いたのだ。

「まっ、やっちまったもんは仕方ない。ピエラ、怪我だけでも治しておいてくれないか?」

「……セイがそういうのなら仕方ないわね。それに、これからは魔王領で暮らすんだし、少しは恩を売っておかないとね」

「全部口に出てるぞ、ピエラ。『それに』から後ろは、せめて心の中に留めておけよな……」

 俺から指摘されて、驚いたように口に手を当てるピエラ。今頃気が付くのかよ。どこかうっかりしてるのは、昔っからなんだよな……。
 ピエラは頭の後ろを擦りながら、舌を出して照れ笑いをしている。やめろ、てへぺろはやめろ。
 漫画とかでは可愛らしい仕草として見ていたが、この状況でやられるとなんか腹が立つな。本当に不思議な感覚だぜ。
 ひとまずヒョウムの傷を回復させた俺たちは、ヒョウムの部下に命じてベッドまで運ばせたのだった。

 それにしても困ったものだ。
 純魔族の長であるヒョウムが完全に伸びてしまっている。これでは改めて話し合いをしようにも、目を覚ますまで不可能だ。
 俺たちは上級魔族と会うための応接間に移動して、どうするかしばらく考え込んでいた。
 ところが、俺たちは失念していた。どうして客間ではなく応接間に移動させられたのかということを。
 しばらく悩んでいると、部屋の扉が開けられる。

「セキランお兄様」

 入ってきた人物の姿を見て、思わず声を上げてしまうキリエである。
 それにしても、キリだのカスミだのモヤだのヒョウだの、気象関係の名前ばっかりがついているな、この家族。名前の共通点に気が付いた俺は、ついつい心の中でツッコミを入れてしまっていた。
 どうでもいい事はともかくとして、このセキランと呼ばれた人物は、さっきぶっ飛ばしたヒョウムと比べてずいぶんと雰囲気が違う。

「セキランお兄様は、私たち兄弟の中の一番上にあたる人物です。お父様の後継として最有力候補なのですよ、魔王様」

 頼んではいないのだが、キリエは勝手にセキランの紹介を始めていた。なるほど、つまりはキリエたちの中では最も強く賢いといったところなのだろうかな。
 俺は座ったままセキランを見つめる。

「急に呼ばれたと思ったら、獣人の相手か。しかし、獣人らしからぬ恐ろしいまでの魔力を感じるな」

 品定めをするかのように俺の事をじろじろと見るセキラン。だが、さっきまで向けられていた視線とは違って、なめた感じがまったくしない。純粋に俺の事を見ているということだろう。

「聞いたが、親父を一発でのしたらしいな」

 じっと俺を見つけてくるセキラン。
 隠し立てする必要もないので、俺はそれを肯定しておく。
 するとどうした事だろうか。セキランは怒る事なく、大声で笑い飛ばしていた。

「くくっ、あの親父を一発殴っただけで気絶させるとか、素晴らしい力だな」

「そうですよ、セキランお兄様。これも魔王様が魔王の力を使いこなしているという証左です。お仕えする身として、これほどまでに喜ばしい事はございません」

 笑いながらも俺の力を褒めるセキラン。キリエもそれに全力で乗っかっている。
 うん、なんとなくだけど恥ずかしいものだな。

「親父を簡単に倒せる人物が現れたのは嬉しい限りだ。そこでだ。交渉の場は俺が担当仕様でないか」

「セキランお兄様が?」

 思わず驚きの表情を見せるキリエである。

「そうだ。どうせ目を覚ました親父は怒り狂ってるだろうからな。そうなると話し合いどころじゃない。だからこそ、たまたまその場に居合わせた俺が話をしようというわけだ。俺は親父ほど純魔族至上主義ではないからな」

 確かに、ここまでの応対の内容を思えば、ヒョウムよりは話ができそうな雰囲気だった。
 セキランの言い分に納得がいった俺は、改めて純魔族との話し合いをする事に決めたのだった。
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