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第一章 大陸編
第180話 転生者、試される
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レストランに入ると、露骨に従業員が俺を見て嫌な顔をしてくる。
気持ちは分かるのだが、さすがに聖国の同行者がいる中でよくそんな顔ができるなと感心してしまう。聖王の耳に入って罰が下されるぞ。
心の中でそう思いつつも、表面上はにこにことしておく。敵対することが目的じゃないからな。ましてや相手は一般人だ。魔王である俺とは実力差がありすぎる。弱い者いじめにすらなりゃしないってもんだ。
態度は気になるものの、とりあえずこのレストランの料理がいかほどのものか味わうことにしよう。
「それじゃ、オーダーをしてもいいかな」
「はい、今伺います」
とてとてと女性の給仕がやって来る。
「うわぁ、きれいな毛並みですね。お手入れをなさっているんですか?」
「うん、まあな。これでも多くの部下の上に立つ身なのでね、見た目には結構気を遣っているんだ」
注文をしようとしたら、俺の姿を見ながら女性が目を輝かせている。うん、思ってもみなかった反応だな。
「ああ、分かりました。噂で魔王がやって来ていることは聞き及んでおります。なんでも料理にもお詳しいそうですね」
「なんだ、気付かれてたか」
「いえ、美しい毛並みを持った女性だと聞いておりましたので、近くで見てピンときました。お任せ下さい、ちゃんとした料理を出すようにお伝えしておきますから」
女性はにこにことした様子で俺に話し掛けている。魔王と分かって怖くないのだろうか。
俺が尋ねようとした時には、もうその給仕の女性は目の前にいなかった。
仕方ないので、俺はそのまま座って料理がやって来るのを待った。
……って、俺って料理注文してないよな?
ついて来ていた案内役のソルトと護衛のペッパーに聞いてみても、やっぱり注文していない。まったく、どうしてさっさと行ってしまったのか。謎の行動だな。
しばらくすると、給仕の女性が料理を持って戻ってきた。注文もしてないのに、一体何を持ってきたんだよ。
「お待たせ致しました。ボアの煮込みスープでございます」
運ばれてきたのは、ボアと呼ばれる猪によく似た魔物の肉を使った料理だった。
「なあ、聞いていいか?」
「はい、なんでしょうか」
俺の質問に、女性は笑顔で返事をしてくる。
「俺、注文してないんだけど、なんでこれを持ってきた?」
「ああ、そのことでございますか」
女性はとぼけたような顔をしている。
「魔王が相手となれば、やはり最高のものでもてなすのが筋かと思いまして、一番いいものをご用意させて頂きました」
腰に手を当てて胸を張って笑っている。この上ない笑顔だな、おい。
まったく「一番いいものを頼む」じゃねえんだよ。
この手のやり取りを実際にされると、頭が痛くなってくるってものだな。
それだというのに、目の前の女性はにこにこと笑顔を見せ続けていた。この俺たちの温度差に、周りはどう反応していいのか困惑しているようだ。
このまま困っていても埒が明かないな。
しょうがないので、俺は運ばれてきたスープを食べることにした。
ちなみにだが、運ばれてきた料理は俺の付き添いの二人の前にも置かれている。二人の顔を見てみる限り、この二人も味わったことのない一品と見ていいのだろうか。お前ら、神殿で何を食ってるんだよ。
横では給仕の女性が微笑みを浮かべてずっとこちら見ている。その目の前で一口目を口へと運んだ。
「うん?!」
シチューではなくスープといわれたのでちょっと構えて口にしたせいか、しっかりとした味わいに思わず目を見開いてしまう。
ここまでの異世界食はちょっと物足りない感じだったのだが、聖国の自慢のレストランの料理はちょっと違っていた。
「ふむふむ、これはボアの骨から取ったダシだな。骨を煮詰めてダシを取るなんて、他の場所では聞いたことのない調理法だ」
「あらら、意外にすぐに分かってしまいましたか。さすがは食にうるさい魔王ですね、その通りでございます」
「食にうるさいって、それは褒めてないぞ」
給仕の女性の言葉に、俺はついつい笑ってしまう。
話をしながらもつい間食してしまった俺は、ダメ元で給仕の女性に声を掛ける。
「ちょっと無理を言っても大丈夫かな」
「給仕ごときに頼まれても、要求が通るとは思いませんけれど?」
「あんたのどこが給仕なんだ。言葉遣いや態度からもにじみ出てる。このレストランのオーナーかそれに近しい立場の人物だろ」
俺が指摘すると、女性はにやりと笑っていた。
「見抜かれるとは、思ってもみませんでしたね。お初にお目にかかります。当レストランの副支配人であるフェディラと申します」
給仕姿でありながら、貴族の女性らしい仕草で俺に自己紹介をしてきた。
なるほどな。副支配人なら俺のことが耳に入っていてもおかしくないか。商売人っていうのは情報にはどん欲だからな。
フェディラは俺に再び視線を向けると、こう提案してきた。
「どうでしょうか、魔王様。我がレストランの厨房をご覧になっていかれますか?」
「いいのか? 獣人は結構嫌われると思ったんだがな」
「神殿の厨房にも入られたのでしょう? それならば断わる理由などございませんよ」
「まったく、どこからそんな情報を仕入れるんだか」
「内緒です。商売人たるもの、情報は死活問題ですからね」
ウィンクしながら人差し指を唇に当てるフェディラ。
俺たちが食べた料理の空の食器を下げるついでに、フェディラに連れられて、俺たちは厨房へと向かっていった。
気持ちは分かるのだが、さすがに聖国の同行者がいる中でよくそんな顔ができるなと感心してしまう。聖王の耳に入って罰が下されるぞ。
心の中でそう思いつつも、表面上はにこにことしておく。敵対することが目的じゃないからな。ましてや相手は一般人だ。魔王である俺とは実力差がありすぎる。弱い者いじめにすらなりゃしないってもんだ。
態度は気になるものの、とりあえずこのレストランの料理がいかほどのものか味わうことにしよう。
「それじゃ、オーダーをしてもいいかな」
「はい、今伺います」
とてとてと女性の給仕がやって来る。
「うわぁ、きれいな毛並みですね。お手入れをなさっているんですか?」
「うん、まあな。これでも多くの部下の上に立つ身なのでね、見た目には結構気を遣っているんだ」
注文をしようとしたら、俺の姿を見ながら女性が目を輝かせている。うん、思ってもみなかった反応だな。
「ああ、分かりました。噂で魔王がやって来ていることは聞き及んでおります。なんでも料理にもお詳しいそうですね」
「なんだ、気付かれてたか」
「いえ、美しい毛並みを持った女性だと聞いておりましたので、近くで見てピンときました。お任せ下さい、ちゃんとした料理を出すようにお伝えしておきますから」
女性はにこにことした様子で俺に話し掛けている。魔王と分かって怖くないのだろうか。
俺が尋ねようとした時には、もうその給仕の女性は目の前にいなかった。
仕方ないので、俺はそのまま座って料理がやって来るのを待った。
……って、俺って料理注文してないよな?
ついて来ていた案内役のソルトと護衛のペッパーに聞いてみても、やっぱり注文していない。まったく、どうしてさっさと行ってしまったのか。謎の行動だな。
しばらくすると、給仕の女性が料理を持って戻ってきた。注文もしてないのに、一体何を持ってきたんだよ。
「お待たせ致しました。ボアの煮込みスープでございます」
運ばれてきたのは、ボアと呼ばれる猪によく似た魔物の肉を使った料理だった。
「なあ、聞いていいか?」
「はい、なんでしょうか」
俺の質問に、女性は笑顔で返事をしてくる。
「俺、注文してないんだけど、なんでこれを持ってきた?」
「ああ、そのことでございますか」
女性はとぼけたような顔をしている。
「魔王が相手となれば、やはり最高のものでもてなすのが筋かと思いまして、一番いいものをご用意させて頂きました」
腰に手を当てて胸を張って笑っている。この上ない笑顔だな、おい。
まったく「一番いいものを頼む」じゃねえんだよ。
この手のやり取りを実際にされると、頭が痛くなってくるってものだな。
それだというのに、目の前の女性はにこにこと笑顔を見せ続けていた。この俺たちの温度差に、周りはどう反応していいのか困惑しているようだ。
このまま困っていても埒が明かないな。
しょうがないので、俺は運ばれてきたスープを食べることにした。
ちなみにだが、運ばれてきた料理は俺の付き添いの二人の前にも置かれている。二人の顔を見てみる限り、この二人も味わったことのない一品と見ていいのだろうか。お前ら、神殿で何を食ってるんだよ。
横では給仕の女性が微笑みを浮かべてずっとこちら見ている。その目の前で一口目を口へと運んだ。
「うん?!」
シチューではなくスープといわれたのでちょっと構えて口にしたせいか、しっかりとした味わいに思わず目を見開いてしまう。
ここまでの異世界食はちょっと物足りない感じだったのだが、聖国の自慢のレストランの料理はちょっと違っていた。
「ふむふむ、これはボアの骨から取ったダシだな。骨を煮詰めてダシを取るなんて、他の場所では聞いたことのない調理法だ」
「あらら、意外にすぐに分かってしまいましたか。さすがは食にうるさい魔王ですね、その通りでございます」
「食にうるさいって、それは褒めてないぞ」
給仕の女性の言葉に、俺はついつい笑ってしまう。
話をしながらもつい間食してしまった俺は、ダメ元で給仕の女性に声を掛ける。
「ちょっと無理を言っても大丈夫かな」
「給仕ごときに頼まれても、要求が通るとは思いませんけれど?」
「あんたのどこが給仕なんだ。言葉遣いや態度からもにじみ出てる。このレストランのオーナーかそれに近しい立場の人物だろ」
俺が指摘すると、女性はにやりと笑っていた。
「見抜かれるとは、思ってもみませんでしたね。お初にお目にかかります。当レストランの副支配人であるフェディラと申します」
給仕姿でありながら、貴族の女性らしい仕草で俺に自己紹介をしてきた。
なるほどな。副支配人なら俺のことが耳に入っていてもおかしくないか。商売人っていうのは情報にはどん欲だからな。
フェディラは俺に再び視線を向けると、こう提案してきた。
「どうでしょうか、魔王様。我がレストランの厨房をご覧になっていかれますか?」
「いいのか? 獣人は結構嫌われると思ったんだがな」
「神殿の厨房にも入られたのでしょう? それならば断わる理由などございませんよ」
「まったく、どこからそんな情報を仕入れるんだか」
「内緒です。商売人たるもの、情報は死活問題ですからね」
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