33 / 109
第33話 女性だけの交渉
しおりを挟む
男爵様のいる部屋から移動して、マリエッタさんとその母親と向かう合う私。貴族の二人と平民の私が同じ場所で向かい合っているなんて、おそれ多くてものすごく緊張してしまう。
マリエッタさんだけならあまり緊張はしないのだけれども、さすがに男爵夫人を相手となると私の体はつい固くなってしまっていた。
「アイラさんと申しましたわね。どうぞ、お気を楽にして下さい」
男爵夫人から声を掛けられるけれど、私の緊張がそんな簡単に解けるわけがなかった。
返事をするものの、声が裏返ってしまっている。
見かねたマリエッタさんが、私に向けてこんな提案をしてくる。
「お母様は居ないものとして、わたくしとだけ話を致しましょう」
「ちょっと、マリエッタ」
「仕方ないじゃありませんの。このままは緊張で固まったアイラを相手にしなければなりませんわ。とても話がスムーズに進むとは思えませんもの」
母親相手にこの言いっぷりである。
マリエッタさんは自警団でずいぶんと精神を鍛えられたのだと思われる。
このとんでもないマリエッタさんの発言で、私の気持ちはずいぶんと楽になった気がする。
ここで一度大きく呼吸をしなおすと、私は落ち着いてマリエッタさんの顔を見る。
私の表情を見たマリエッタさんは、ようやく落ち着いて話を切り出し始める。
「それじゃ、今日の納品を見せてもらえるかしら」
「はい、こちらですね」
私は鞄からポーションと茶葉を取り出す。
机の上に並べられていく量は、いつもと同じ数だ。現状ではこれ以上の要求はされていないので、作る量を増やしても持ってくることはない。
マリエッタさんから要求があれば増やすけれど、マリエッタさんはそういう性格の人ではないので安心できる。
「下級ポーション二十本と茶葉一袋。はい、確かに受け取りましたわ」
マリエッタさんは受け取ると、帳簿のようなものを取り出して書き込んでいる。
「マリエッタさん、それは一体何でしょうか」
気になった私は、ついつい聞いてしまう。
「ああ、これですか。これは帳簿ですわよ。アイラから納入された物品とその金額を記したものですわよ。もちろん、空の容器代は差し引かせて頂きますけれどね」
見たことのある冊子だと思ったら、やっぱり帳簿だった。
「あら、マリエッタ。代金はお渡ししないのかしら」
男爵夫人が口を挟んでくる。
マリエッタさんは帳簿に記入しながら、男爵夫人の質問に答える。
「お母様、アイラはお金が必要ありませんの。ですから、代金はこちらで預金という形でお預かりしていますのよ。必要な時にいつでもアイラが引き出せるようにしておりますの」
記入を終えたマリエッタさんは、帳簿を閉じて机に置くと、男爵夫人に顔を向けている。
「あら、そうなのですね。でも、アイラさんはそれでよろしいのかしら」
男爵夫人が私の方を見てくる。
しかし、その質問に答えたのは私ではなくマリエッタさんだった。
「わたくしとアイラとの間で話し合った結果ですわよ。アイラも納得しておりますわ」
「そう。それならよろしいですけれど」
きっちりとしたマリエッタさんの回答に、男爵夫人は納得したようだった。
男爵夫人が黙り込むと、マリエッタさんは再び私に顔を向ける。
「これから町に人が増えてくると、今よりもいろいろ大変になるでしょう。現状はこの数から増やすつもりはございませんが、そのうち数を増やして頂く可能性があることを予告しておきますわね」
「大丈夫です。今の倍くらいまでなら余裕がありますから」
マリエッタさんの忠告に、私は大丈夫といわんばかりに笑顔で答えた。
ところが、私の笑顔を見て、マリエッタさんの表情が暗くなった気がする。気のせいだろうか。
「当面は大丈夫というわけですね、安心しました。ですが、わたくしとしてはアイラの負担を増やすつもりはございませんので、この町でもポーションを作れる環境を整えたいと思っておりますわ。アイラのポーションは品質がいいですし、よく効きますから頼りきりですと絶対負担になりますもの」
「よく考えているわね、マリエッタ」
「恩人に仇を返すわけには参りませんわ」
マリエッタさんは胸を張って言い切っていた。
でも、私はそこまで誇りに思われるのはなんとも心外だった。だって、薬瓶に薬草と水を入れて魔力を注ぐだけなんだもの。それだけでポーションはできてしまう。
目の前の二人の様子を見ていると、とてもそんなことを言い出せない雰囲気になっていた。どうしよう……。
結局、私はポーションの作り方を言い出すことができず、話し合いはまとまってしまった。
一日あたりポーション十本と茶葉は都度適量、それが納品の基本的な量と決まった。あとは在庫の具合で増減させるという方向だという。
ただ、現状は余剰が増えつつあるらしいけれど、ポーションは多いことに越したことはないということで、現状の納品ペースは維持されるそうだ。
「うふふ、これからもよろしくでしてよ、アイラさん」
「あはは、こちらこそよろしくお願い致します」
話を終えると、私は男爵夫人から握手を求められる。私なんかでいいのかなと思いつつも、にこにことした表情に逆らうことができずにやむなく握手に応じたのだった。
「それでは話も終わりましたし、お父様やクルスの様子を見に戻りましょうか」
私たちの様子を見たマリエッタさんは、口に人差し指を当てながら意地悪そうに私たちに告げたのだった。
マリエッタさんだけならあまり緊張はしないのだけれども、さすがに男爵夫人を相手となると私の体はつい固くなってしまっていた。
「アイラさんと申しましたわね。どうぞ、お気を楽にして下さい」
男爵夫人から声を掛けられるけれど、私の緊張がそんな簡単に解けるわけがなかった。
返事をするものの、声が裏返ってしまっている。
見かねたマリエッタさんが、私に向けてこんな提案をしてくる。
「お母様は居ないものとして、わたくしとだけ話を致しましょう」
「ちょっと、マリエッタ」
「仕方ないじゃありませんの。このままは緊張で固まったアイラを相手にしなければなりませんわ。とても話がスムーズに進むとは思えませんもの」
母親相手にこの言いっぷりである。
マリエッタさんは自警団でずいぶんと精神を鍛えられたのだと思われる。
このとんでもないマリエッタさんの発言で、私の気持ちはずいぶんと楽になった気がする。
ここで一度大きく呼吸をしなおすと、私は落ち着いてマリエッタさんの顔を見る。
私の表情を見たマリエッタさんは、ようやく落ち着いて話を切り出し始める。
「それじゃ、今日の納品を見せてもらえるかしら」
「はい、こちらですね」
私は鞄からポーションと茶葉を取り出す。
机の上に並べられていく量は、いつもと同じ数だ。現状ではこれ以上の要求はされていないので、作る量を増やしても持ってくることはない。
マリエッタさんから要求があれば増やすけれど、マリエッタさんはそういう性格の人ではないので安心できる。
「下級ポーション二十本と茶葉一袋。はい、確かに受け取りましたわ」
マリエッタさんは受け取ると、帳簿のようなものを取り出して書き込んでいる。
「マリエッタさん、それは一体何でしょうか」
気になった私は、ついつい聞いてしまう。
「ああ、これですか。これは帳簿ですわよ。アイラから納入された物品とその金額を記したものですわよ。もちろん、空の容器代は差し引かせて頂きますけれどね」
見たことのある冊子だと思ったら、やっぱり帳簿だった。
「あら、マリエッタ。代金はお渡ししないのかしら」
男爵夫人が口を挟んでくる。
マリエッタさんは帳簿に記入しながら、男爵夫人の質問に答える。
「お母様、アイラはお金が必要ありませんの。ですから、代金はこちらで預金という形でお預かりしていますのよ。必要な時にいつでもアイラが引き出せるようにしておりますの」
記入を終えたマリエッタさんは、帳簿を閉じて机に置くと、男爵夫人に顔を向けている。
「あら、そうなのですね。でも、アイラさんはそれでよろしいのかしら」
男爵夫人が私の方を見てくる。
しかし、その質問に答えたのは私ではなくマリエッタさんだった。
「わたくしとアイラとの間で話し合った結果ですわよ。アイラも納得しておりますわ」
「そう。それならよろしいですけれど」
きっちりとしたマリエッタさんの回答に、男爵夫人は納得したようだった。
男爵夫人が黙り込むと、マリエッタさんは再び私に顔を向ける。
「これから町に人が増えてくると、今よりもいろいろ大変になるでしょう。現状はこの数から増やすつもりはございませんが、そのうち数を増やして頂く可能性があることを予告しておきますわね」
「大丈夫です。今の倍くらいまでなら余裕がありますから」
マリエッタさんの忠告に、私は大丈夫といわんばかりに笑顔で答えた。
ところが、私の笑顔を見て、マリエッタさんの表情が暗くなった気がする。気のせいだろうか。
「当面は大丈夫というわけですね、安心しました。ですが、わたくしとしてはアイラの負担を増やすつもりはございませんので、この町でもポーションを作れる環境を整えたいと思っておりますわ。アイラのポーションは品質がいいですし、よく効きますから頼りきりですと絶対負担になりますもの」
「よく考えているわね、マリエッタ」
「恩人に仇を返すわけには参りませんわ」
マリエッタさんは胸を張って言い切っていた。
でも、私はそこまで誇りに思われるのはなんとも心外だった。だって、薬瓶に薬草と水を入れて魔力を注ぐだけなんだもの。それだけでポーションはできてしまう。
目の前の二人の様子を見ていると、とてもそんなことを言い出せない雰囲気になっていた。どうしよう……。
結局、私はポーションの作り方を言い出すことができず、話し合いはまとまってしまった。
一日あたりポーション十本と茶葉は都度適量、それが納品の基本的な量と決まった。あとは在庫の具合で増減させるという方向だという。
ただ、現状は余剰が増えつつあるらしいけれど、ポーションは多いことに越したことはないということで、現状の納品ペースは維持されるそうだ。
「うふふ、これからもよろしくでしてよ、アイラさん」
「あはは、こちらこそよろしくお願い致します」
話を終えると、私は男爵夫人から握手を求められる。私なんかでいいのかなと思いつつも、にこにことした表情に逆らうことができずにやむなく握手に応じたのだった。
「それでは話も終わりましたし、お父様やクルスの様子を見に戻りましょうか」
私たちの様子を見たマリエッタさんは、口に人差し指を当てながら意地悪そうに私たちに告げたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる