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第102話 北よりの来訪者
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「では、ごゆっくり」
私を部屋に押し込むと、メイドは扉を閉めて去っていく。
「アイラ殿?」
部屋に放り込まれた私に気が付いて、ピゲストロさんが驚いた顔をしている。
「あはは、こんにちは、ピゲストロさん。ファングウルフの様子を見に来ました」
私はどうにか真っすぐ姿勢を正し、ピゲストロさんに挨拶をする。
なんというか、先日のプロポーズのことが頭に浮かんできて気まずくてたまらない。自分でも表情が引きつっているのがよく分かるわ。
「ああ、そうか。あのウルフたちはアイラ殿の従魔でしたな。わざわざすみませぬな」
「いえいえ。従魔にしておきながら面倒を押し付けてしまったんですから、当然ですよ。あははは」
気まずさがすごくて、無理やり笑わないとやっていられないわ。どうしてこうなったのかしら。
「で、では、早速様子を見に行ってきますので、お仕事を頑張って下さいませ。以前に比べてかなり血色もよくなられたようですしね」
私はいそいそと挨拶もそこそこに出ていこうとする。
ところが、ピゲストロさんはそうさせてくれなかった。
「アイラ殿」
「はいいっ!!」
呼び止められて、つい背筋を伸ばして立ち止まってしまう。
「……決心はおつきになりましたでしょうか」
ピゲストロさんが真剣な声を掛けてくる。
どうしよう、プロポーズの答えを催促されているわ。
私が困っていると、屋敷の外からファングウルフたちの鳴き声が聞こえてくる。かなりうるさいので、何かあったのだろうか。
「ピゲストロ様、ファングウルフたちが!」
「分かった、すぐに向かう」
駆け込んできた部下に答えると、ちらりとピゲストロさんは私を見てくる。
「答えは本当に待ちますが、我もオークです。いつまでも我慢が利くとは思わないで頂きたい」
「え、ええ。気をつけます」
この時のピゲストロさんの声は、かなり怖かった。
多分、話を邪魔されたことへの怒りのせいよね。うん、きっとそのせいよ。
私はそう思いながら、お屋敷の外へと駆け出していった。
「バウバウ!」
私が外に出ると、ファングウルフたちが駆け寄ってくる。さすがは私の従魔だわ。
「ガウウ、バウガルッ!」
「ふむふむ、見たことのない魔族が北からやって来てる……と」
従魔の言葉は以前に比べてよく分かるようになってきた。
多分、従魔との信頼関係が強くなってきているからかも。
それにしても、見たことのない魔族とは一体何のことなのだろうか。
「ティコ、キイ」
「にゃうう!」
「ギャウ!」
私が呼び掛けると、二匹が私の近くまでやってくる。
「大なれ!」
私の魔法でティコとキイが大きくなる。
私はティコに乗り込むと、ファングウルフたちに案内を頼む。
この間はほんのわずかで、ピゲストロさんたちを始め、オークの誰も追いつくことはできなかった。
「この辺りですね。案内ありがとう」
「ワウーン!」
私がお礼を言うと、ファングウルフは吠えていた。
目的地に着いたので、私はティコから降りて一歩前に出る。
その瞬間、妙な魔力を感じて私は立ち止まる。
「そこにいるのは誰ですか!」
私が身構えると、目の前から一人の魔族が姿を見せる。
「ほほう、俺の魔力を感じ取れた上に、平気でいられるとはな」
言葉だけでずいぶんと空気が震える。
よく見ると、ティコもキイもファングウルフたちも伏せてしまっていた。
魔力の威圧が圧倒的に違う。
「俺が立つだけで、ほとんどの魔族は立っているのは困難になるのだがな。女、ずいぶんと素晴らしい素質の持ち主のようだな」
魔族はずいぶんと大きな態度を取っている。
確かに私は立ってはいるけれど、その場から動けない。
足が完全にすくんでしまっている。
「ふむ、魔物を従える力か……。マンティコア、ファングウルフ、それにキマイラ。大したものだな。この俺の配下に加えてやってもいいくらいだ」
私の周りを見たあと、まるで値踏みをするかのように私に視線を向けてくる。
その目は冷めきっており、感じるのは恐怖だけ。
(足が、動かない……)
私にできることは、真っすぐとその魔族を見ることだけだった。
「あなたは……、一体どなたなのですか」
私は精一杯の気力を振り絞って、目の前の魔族に名前を問い掛ける。
急に辺りの空気が変わる。
「ふふふっ、魔族でありながら、この俺を知らぬとはな。そのような者がいるとは、思いもしなかったぞ」
魔族から放たれる魔力に、私の体の震えは大きくなっていく。
彼の魔力と言葉から、私の中にはひとつの存在が浮かび上がってくる。
否定はしたいけれど、状況を考えるとこれ以外に考えられない。
「もしや、魔王?」
「そのもしやだとしたら、女、お前はどうするというのだ?」
「どうもしないわ。ただし、みんなに危害を加えるというのなら、戦う」
「ほう……。この俺に戦いを挑むというのか?」
「人の話聞いてた?」
驚く私だけれど、次の瞬間、目の前の魔族が姿を消した。
「ど、どこ?!」
目で必死に追おうとする私だけど、何も見えない。
「ここだ」
「うっ!」
後ろから声がしたかと思うと、私はがっちりと体をつかまれてしまった。
「これで終わりか? さあ、見せてみろ、お前の実力をな」
魔王と思われる魔族に捕らえられてしまった私。
過去最大の危機に、私は必死に抵抗を試みるのだった。
私を部屋に押し込むと、メイドは扉を閉めて去っていく。
「アイラ殿?」
部屋に放り込まれた私に気が付いて、ピゲストロさんが驚いた顔をしている。
「あはは、こんにちは、ピゲストロさん。ファングウルフの様子を見に来ました」
私はどうにか真っすぐ姿勢を正し、ピゲストロさんに挨拶をする。
なんというか、先日のプロポーズのことが頭に浮かんできて気まずくてたまらない。自分でも表情が引きつっているのがよく分かるわ。
「ああ、そうか。あのウルフたちはアイラ殿の従魔でしたな。わざわざすみませぬな」
「いえいえ。従魔にしておきながら面倒を押し付けてしまったんですから、当然ですよ。あははは」
気まずさがすごくて、無理やり笑わないとやっていられないわ。どうしてこうなったのかしら。
「で、では、早速様子を見に行ってきますので、お仕事を頑張って下さいませ。以前に比べてかなり血色もよくなられたようですしね」
私はいそいそと挨拶もそこそこに出ていこうとする。
ところが、ピゲストロさんはそうさせてくれなかった。
「アイラ殿」
「はいいっ!!」
呼び止められて、つい背筋を伸ばして立ち止まってしまう。
「……決心はおつきになりましたでしょうか」
ピゲストロさんが真剣な声を掛けてくる。
どうしよう、プロポーズの答えを催促されているわ。
私が困っていると、屋敷の外からファングウルフたちの鳴き声が聞こえてくる。かなりうるさいので、何かあったのだろうか。
「ピゲストロ様、ファングウルフたちが!」
「分かった、すぐに向かう」
駆け込んできた部下に答えると、ちらりとピゲストロさんは私を見てくる。
「答えは本当に待ちますが、我もオークです。いつまでも我慢が利くとは思わないで頂きたい」
「え、ええ。気をつけます」
この時のピゲストロさんの声は、かなり怖かった。
多分、話を邪魔されたことへの怒りのせいよね。うん、きっとそのせいよ。
私はそう思いながら、お屋敷の外へと駆け出していった。
「バウバウ!」
私が外に出ると、ファングウルフたちが駆け寄ってくる。さすがは私の従魔だわ。
「ガウウ、バウガルッ!」
「ふむふむ、見たことのない魔族が北からやって来てる……と」
従魔の言葉は以前に比べてよく分かるようになってきた。
多分、従魔との信頼関係が強くなってきているからかも。
それにしても、見たことのない魔族とは一体何のことなのだろうか。
「ティコ、キイ」
「にゃうう!」
「ギャウ!」
私が呼び掛けると、二匹が私の近くまでやってくる。
「大なれ!」
私の魔法でティコとキイが大きくなる。
私はティコに乗り込むと、ファングウルフたちに案内を頼む。
この間はほんのわずかで、ピゲストロさんたちを始め、オークの誰も追いつくことはできなかった。
「この辺りですね。案内ありがとう」
「ワウーン!」
私がお礼を言うと、ファングウルフは吠えていた。
目的地に着いたので、私はティコから降りて一歩前に出る。
その瞬間、妙な魔力を感じて私は立ち止まる。
「そこにいるのは誰ですか!」
私が身構えると、目の前から一人の魔族が姿を見せる。
「ほほう、俺の魔力を感じ取れた上に、平気でいられるとはな」
言葉だけでずいぶんと空気が震える。
よく見ると、ティコもキイもファングウルフたちも伏せてしまっていた。
魔力の威圧が圧倒的に違う。
「俺が立つだけで、ほとんどの魔族は立っているのは困難になるのだがな。女、ずいぶんと素晴らしい素質の持ち主のようだな」
魔族はずいぶんと大きな態度を取っている。
確かに私は立ってはいるけれど、その場から動けない。
足が完全にすくんでしまっている。
「ふむ、魔物を従える力か……。マンティコア、ファングウルフ、それにキマイラ。大したものだな。この俺の配下に加えてやってもいいくらいだ」
私の周りを見たあと、まるで値踏みをするかのように私に視線を向けてくる。
その目は冷めきっており、感じるのは恐怖だけ。
(足が、動かない……)
私にできることは、真っすぐとその魔族を見ることだけだった。
「あなたは……、一体どなたなのですか」
私は精一杯の気力を振り絞って、目の前の魔族に名前を問い掛ける。
急に辺りの空気が変わる。
「ふふふっ、魔族でありながら、この俺を知らぬとはな。そのような者がいるとは、思いもしなかったぞ」
魔族から放たれる魔力に、私の体の震えは大きくなっていく。
彼の魔力と言葉から、私の中にはひとつの存在が浮かび上がってくる。
否定はしたいけれど、状況を考えるとこれ以外に考えられない。
「もしや、魔王?」
「そのもしやだとしたら、女、お前はどうするというのだ?」
「どうもしないわ。ただし、みんなに危害を加えるというのなら、戦う」
「ほう……。この俺に戦いを挑むというのか?」
「人の話聞いてた?」
驚く私だけれど、次の瞬間、目の前の魔族が姿を消した。
「ど、どこ?!」
目で必死に追おうとする私だけど、何も見えない。
「ここだ」
「うっ!」
後ろから声がしたかと思うと、私はがっちりと体をつかまれてしまった。
「これで終わりか? さあ、見せてみろ、お前の実力をな」
魔王と思われる魔族に捕らえられてしまった私。
過去最大の危機に、私は必死に抵抗を試みるのだった。
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