転生オートマタ

未羊

文字の大きさ
176 / 248

Mission175

しおりを挟む
 シュヴァリエに謹慎が言い渡されてからというもの、城の中の雰囲気が少し変わったように思える。
 しかし、それが果たして解決なのかというと、アリスは少しもそのように考えていなかった。
(シュヴァリエ殿下が謹慎、アルヴィンは魔力を封じられて地下牢。ひとまずの形で決着はつきましたが、どうもすっきりしませんね)
 くさいものにふたをしたような状況だけに、アリスはどうも納得していないようだ。
 それもそのはず。アリスの願いはギルソンの幸せだが、他の誰も不幸になることなど望んでいないのだから。
(このままシュヴァリエ殿下に何かあっても困りますからね。早いうちに接触を図ってみますか)
 ギルソンにも相談はしたいところだが、余計な心配をさせたくないと思ったので、アリスは一人で行動することにするのだった。
 なんといってもギルソンは今は学生だし、今なら兄のアワードか帝国の皇子イスヴァンのどちらかが一緒に行動している。その間に限れば、アリスは自由が利くのである。
 アリスはゆっくりと城の中を歩いていく。とある目的があるからだ。
 そうやってやって来たのは、シュヴァリエが監禁されている本人の部屋だった。
「失礼致します」
 アリスは部屋の外で構える衛兵に声を掛ける。
「なんでしょうか。この部屋には何人たりとも近付けるなと仰せつかっております。いくらギルソン殿下のオートマタであるあなたであっても、例外ではございません」
 だが、衛兵には冷たくあしらわれてしまう。
 とはいっても、アリスがこのまま引き下がるわけがない。
 ギルソンの幸せの中に、シュヴァリエの不幸など描かれていないのだ。ここで諦めるわけにはいかないのである。
 アリスは衛兵と粘り強く交渉する。まだこの謹慎の浅い時期にシュヴァリエに会っておかないと、絶対後悔すると思ったからだ。
「はあ、分かりましたよ。その代わり身の危険を感じたらすぐ呼んで下さいね」
「分かりました。感謝致します」
 衛兵がどうにかして折れてくれたので、アリスは中へと入っていく。
 部屋に入ってまず目についたのは、とにかく荒みまくったシュヴァリエの姿だった。
「……なんだ、人形風情が。俺を笑いに来たのか?」
 目の下にはクマができている。
 力強く民衆を導くヒーローの役割を持ったシュヴァリエの姿はそこにはなかった。そこにあったのは、末の弟であるギルソンへの嫉妬に狂った兄の姿だった。
「あなたを笑ったとしても、私の気持ちは晴れませんよ。むしろ逆でございます」
「はっ、逆だと?! 笑わせるなよな」
 アリスがシュヴァリエへと言葉を返すと、シュヴァリエは狂った笑いを浮かべてアリスを睨んでいる。
 このシュヴァリエの姿に、アリスは心底今までを後悔した。ギルソンに構い過ぎて、他者に目を向けていなかった現実が、こうやって今目の前にあるのだから。
「シュヴァリエ殿下の名誉の回復、私でよければご協力致しましょう。このままあなたにやけを起こされては、マイマスターも気に病まれると存じますので」
「はっ、何を今さら言いやがる。何をもって俺に構うというのだ」
 アリスの言い分を鼻で笑うシュヴァリエ。何を言っても届かないと思われるが、それでもアリスは諦めるつもりはない。
「マイマスターの兄君ですから。……それが不満だと仰られるのですか?」
「……」
 アリスの真剣な表情で放たれたひと言。
 だが、この言葉は思いの外、シュヴァリエに効いたようだ。
 さっきまで強い恨みや妬みのこもった視線を向けていたシュヴァリエが、急にふらふらとしながら椅子に座り込んだ。
 アリスからしてみれば、一体何が起こったのか分からない。それでも、前世で94歳まで生きた老婆には、分からなくとも察せられるというものなのだ。
「マイマスターも私も、誰の不幸も望んでいません。あなたがそこまで堕ちたとしても、私たちは必死に引っ張り上げてみせます。諦めないで下さいませ」
 胸元に右手をそろえて添えるアリス。その堂々とした態度に、あれだけかみつきに掛かっていたシュヴァリエもすっかり黙り込んでしまった。
 しばらくすると、シュヴァリエは体を震わせ始める。
「……ぜだ」
 ぼつりとした言葉がゆえに、アリスは聞き取れない。顔をしかめてシュヴァリエを見ている。
「なぜ俺にそこまで構う!」
 ギルソンはアリスに向けて叫んでいる。
「先程申しましたでしょう。マイマスターの兄君だと。理由などそれで充分なのです」
 アリスはオートマタらしく淡々と答える。
「……お前は、お前はこの俺を許すというのか?」
「許すも何も、最初からそのような感情は持ち合わせてはおりません。むしろ、シュヴァリエ殿下をないがしろにしていたことを謝罪したい気持ちでございます」
 淡々と告げるアリスの言葉に、シュヴァリエは完全に沈黙してしまった。
「……俺は王族として立場を取り戻せるのか?」
「年齢的には確かに厳しいかと存じますが、不可能とはまったく思っておりません。むしろ、死んでしまえばその機会は永遠に失われることになります」
「……何をすればいい」
 自分の話にシュヴァリエが食いついたと確信したアリスは、にこりと笑顔を浮かべる。
「現状では案はございません。ですが、必ずや役立てることがあると思います。ファルーダン王国の交流域も広がっておりますからね」
 やることがなければ探せばいい。アリスはシュヴァリエにそう言い放つのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...