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Mission175
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シュヴァリエに謹慎が言い渡されてからというもの、城の中の雰囲気が少し変わったように思える。
しかし、それが果たして解決なのかというと、アリスは少しもそのように考えていなかった。
(シュヴァリエ殿下が謹慎、アルヴィンは魔力を封じられて地下牢。ひとまずの形で決着はつきましたが、どうもすっきりしませんね)
くさいものにふたをしたような状況だけに、アリスはどうも納得していないようだ。
それもそのはず。アリスの願いはギルソンの幸せだが、他の誰も不幸になることなど望んでいないのだから。
(このままシュヴァリエ殿下に何かあっても困りますからね。早いうちに接触を図ってみますか)
ギルソンにも相談はしたいところだが、余計な心配をさせたくないと思ったので、アリスは一人で行動することにするのだった。
なんといってもギルソンは今は学生だし、今なら兄のアワードか帝国の皇子イスヴァンのどちらかが一緒に行動している。その間に限れば、アリスは自由が利くのである。
アリスはゆっくりと城の中を歩いていく。とある目的があるからだ。
そうやってやって来たのは、シュヴァリエが監禁されている本人の部屋だった。
「失礼致します」
アリスは部屋の外で構える衛兵に声を掛ける。
「なんでしょうか。この部屋には何人たりとも近付けるなと仰せつかっております。いくらギルソン殿下のオートマタであるあなたであっても、例外ではございません」
だが、衛兵には冷たくあしらわれてしまう。
とはいっても、アリスがこのまま引き下がるわけがない。
ギルソンの幸せの中に、シュヴァリエの不幸など描かれていないのだ。ここで諦めるわけにはいかないのである。
アリスは衛兵と粘り強く交渉する。まだこの謹慎の浅い時期にシュヴァリエに会っておかないと、絶対後悔すると思ったからだ。
「はあ、分かりましたよ。その代わり身の危険を感じたらすぐ呼んで下さいね」
「分かりました。感謝致します」
衛兵がどうにかして折れてくれたので、アリスは中へと入っていく。
部屋に入ってまず目についたのは、とにかく荒みまくったシュヴァリエの姿だった。
「……なんだ、人形風情が。俺を笑いに来たのか?」
目の下にはクマができている。
力強く民衆を導くヒーローの役割を持ったシュヴァリエの姿はそこにはなかった。そこにあったのは、末の弟であるギルソンへの嫉妬に狂った兄の姿だった。
「あなたを笑ったとしても、私の気持ちは晴れませんよ。むしろ逆でございます」
「はっ、逆だと?! 笑わせるなよな」
アリスがシュヴァリエへと言葉を返すと、シュヴァリエは狂った笑いを浮かべてアリスを睨んでいる。
このシュヴァリエの姿に、アリスは心底今までを後悔した。ギルソンに構い過ぎて、他者に目を向けていなかった現実が、こうやって今目の前にあるのだから。
「シュヴァリエ殿下の名誉の回復、私でよければご協力致しましょう。このままあなたにやけを起こされては、マイマスターも気に病まれると存じますので」
「はっ、何を今さら言いやがる。何をもって俺に構うというのだ」
アリスの言い分を鼻で笑うシュヴァリエ。何を言っても届かないと思われるが、それでもアリスは諦めるつもりはない。
「マイマスターの兄君ですから。……それが不満だと仰られるのですか?」
「……」
アリスの真剣な表情で放たれたひと言。
だが、この言葉は思いの外、シュヴァリエに効いたようだ。
さっきまで強い恨みや妬みのこもった視線を向けていたシュヴァリエが、急にふらふらとしながら椅子に座り込んだ。
アリスからしてみれば、一体何が起こったのか分からない。それでも、前世で94歳まで生きた老婆には、分からなくとも察せられるというものなのだ。
「マイマスターも私も、誰の不幸も望んでいません。あなたがそこまで堕ちたとしても、私たちは必死に引っ張り上げてみせます。諦めないで下さいませ」
胸元に右手をそろえて添えるアリス。その堂々とした態度に、あれだけかみつきに掛かっていたシュヴァリエもすっかり黙り込んでしまった。
しばらくすると、シュヴァリエは体を震わせ始める。
「……ぜだ」
ぼつりとした言葉がゆえに、アリスは聞き取れない。顔をしかめてシュヴァリエを見ている。
「なぜ俺にそこまで構う!」
ギルソンはアリスに向けて叫んでいる。
「先程申しましたでしょう。マイマスターの兄君だと。理由などそれで充分なのです」
アリスはオートマタらしく淡々と答える。
「……お前は、お前はこの俺を許すというのか?」
「許すも何も、最初からそのような感情は持ち合わせてはおりません。むしろ、シュヴァリエ殿下をないがしろにしていたことを謝罪したい気持ちでございます」
淡々と告げるアリスの言葉に、シュヴァリエは完全に沈黙してしまった。
「……俺は王族として立場を取り戻せるのか?」
「年齢的には確かに厳しいかと存じますが、不可能とはまったく思っておりません。むしろ、死んでしまえばその機会は永遠に失われることになります」
「……何をすればいい」
自分の話にシュヴァリエが食いついたと確信したアリスは、にこりと笑顔を浮かべる。
「現状では案はございません。ですが、必ずや役立てることがあると思います。ファルーダン王国の交流域も広がっておりますからね」
やることがなければ探せばいい。アリスはシュヴァリエにそう言い放つのだった。
しかし、それが果たして解決なのかというと、アリスは少しもそのように考えていなかった。
(シュヴァリエ殿下が謹慎、アルヴィンは魔力を封じられて地下牢。ひとまずの形で決着はつきましたが、どうもすっきりしませんね)
くさいものにふたをしたような状況だけに、アリスはどうも納得していないようだ。
それもそのはず。アリスの願いはギルソンの幸せだが、他の誰も不幸になることなど望んでいないのだから。
(このままシュヴァリエ殿下に何かあっても困りますからね。早いうちに接触を図ってみますか)
ギルソンにも相談はしたいところだが、余計な心配をさせたくないと思ったので、アリスは一人で行動することにするのだった。
なんといってもギルソンは今は学生だし、今なら兄のアワードか帝国の皇子イスヴァンのどちらかが一緒に行動している。その間に限れば、アリスは自由が利くのである。
アリスはゆっくりと城の中を歩いていく。とある目的があるからだ。
そうやってやって来たのは、シュヴァリエが監禁されている本人の部屋だった。
「失礼致します」
アリスは部屋の外で構える衛兵に声を掛ける。
「なんでしょうか。この部屋には何人たりとも近付けるなと仰せつかっております。いくらギルソン殿下のオートマタであるあなたであっても、例外ではございません」
だが、衛兵には冷たくあしらわれてしまう。
とはいっても、アリスがこのまま引き下がるわけがない。
ギルソンの幸せの中に、シュヴァリエの不幸など描かれていないのだ。ここで諦めるわけにはいかないのである。
アリスは衛兵と粘り強く交渉する。まだこの謹慎の浅い時期にシュヴァリエに会っておかないと、絶対後悔すると思ったからだ。
「はあ、分かりましたよ。その代わり身の危険を感じたらすぐ呼んで下さいね」
「分かりました。感謝致します」
衛兵がどうにかして折れてくれたので、アリスは中へと入っていく。
部屋に入ってまず目についたのは、とにかく荒みまくったシュヴァリエの姿だった。
「……なんだ、人形風情が。俺を笑いに来たのか?」
目の下にはクマができている。
力強く民衆を導くヒーローの役割を持ったシュヴァリエの姿はそこにはなかった。そこにあったのは、末の弟であるギルソンへの嫉妬に狂った兄の姿だった。
「あなたを笑ったとしても、私の気持ちは晴れませんよ。むしろ逆でございます」
「はっ、逆だと?! 笑わせるなよな」
アリスがシュヴァリエへと言葉を返すと、シュヴァリエは狂った笑いを浮かべてアリスを睨んでいる。
このシュヴァリエの姿に、アリスは心底今までを後悔した。ギルソンに構い過ぎて、他者に目を向けていなかった現実が、こうやって今目の前にあるのだから。
「シュヴァリエ殿下の名誉の回復、私でよければご協力致しましょう。このままあなたにやけを起こされては、マイマスターも気に病まれると存じますので」
「はっ、何を今さら言いやがる。何をもって俺に構うというのだ」
アリスの言い分を鼻で笑うシュヴァリエ。何を言っても届かないと思われるが、それでもアリスは諦めるつもりはない。
「マイマスターの兄君ですから。……それが不満だと仰られるのですか?」
「……」
アリスの真剣な表情で放たれたひと言。
だが、この言葉は思いの外、シュヴァリエに効いたようだ。
さっきまで強い恨みや妬みのこもった視線を向けていたシュヴァリエが、急にふらふらとしながら椅子に座り込んだ。
アリスからしてみれば、一体何が起こったのか分からない。それでも、前世で94歳まで生きた老婆には、分からなくとも察せられるというものなのだ。
「マイマスターも私も、誰の不幸も望んでいません。あなたがそこまで堕ちたとしても、私たちは必死に引っ張り上げてみせます。諦めないで下さいませ」
胸元に右手をそろえて添えるアリス。その堂々とした態度に、あれだけかみつきに掛かっていたシュヴァリエもすっかり黙り込んでしまった。
しばらくすると、シュヴァリエは体を震わせ始める。
「……ぜだ」
ぼつりとした言葉がゆえに、アリスは聞き取れない。顔をしかめてシュヴァリエを見ている。
「なぜ俺にそこまで構う!」
ギルソンはアリスに向けて叫んでいる。
「先程申しましたでしょう。マイマスターの兄君だと。理由などそれで充分なのです」
アリスはオートマタらしく淡々と答える。
「……お前は、お前はこの俺を許すというのか?」
「許すも何も、最初からそのような感情は持ち合わせてはおりません。むしろ、シュヴァリエ殿下をないがしろにしていたことを謝罪したい気持ちでございます」
淡々と告げるアリスの言葉に、シュヴァリエは完全に沈黙してしまった。
「……俺は王族として立場を取り戻せるのか?」
「年齢的には確かに厳しいかと存じますが、不可能とはまったく思っておりません。むしろ、死んでしまえばその機会は永遠に失われることになります」
「……何をすればいい」
自分の話にシュヴァリエが食いついたと確信したアリスは、にこりと笑顔を浮かべる。
「現状では案はございません。ですが、必ずや役立てることがあると思います。ファルーダン王国の交流域も広がっておりますからね」
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