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第1話 灯台に暮らす少女
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青い空と青い海。それらの眺めを望める岬の先端に、いつ建てられたのか分からない古ぼけた塔が建っている。
この塔のてっぺんには四方を照らす光の魔法が灯されており、行く手を照らす導の灯を掲げる燭台ということから灯台と呼ばれるようになっていた。
人々はそこに住まう者たちに感謝を込め、敬意を込めてこう呼んでいる。
――『灯台守』と。
◇
海に面した小国『オリゾンテ』。
周辺国に比べると圧倒的に面積の小さな国ではあるものの、その担う役割は大きい。
それが海岸にそびえたつ灯台の存在である。
いつ頃誰が何の目的で建てたのかは分からないが、灯台が灯す導の灯のおかげでこの辺りを行き交う船舶たちの安全が守られている。
そして、その灯台には灯台の灯を守る一族が住んでおり、彼らのおかげで今日も海の安全が守られているのだ。
「う~ん、いい天気~」
灯台のバルコニーの手すりから身を乗り出す少女。見たところ、大体年齢は十三歳前後といったところだろうか。
「キュイー」
「おはよう、カモメちゃん」
寄ってくるカモメに挨拶をした少女は、灯台の中へと戻っていく。
トタタタと駆け下りていく少女は、地上にある張り出した台所で朝食を作り始める。
「おはよう、おじいちゃん」
少女は挨拶をするが、誰の返事もない。
それもそうだろう。
少女が挨拶をした相手は、部屋の中に飾られた少女の祖父の肖像画だ。
一緒に暮らしていた祖父も先日亡くなってしまい、少女は灯台で一人暮らしをしているのである。
彼女の両親は灯台暮らしには耐えられず、少女を灯台守であった祖父に押し付けてよそへと引っ越してしまった。
祖父が亡くなった直後の少女は、それは悲しみに明け暮れていた。当然、そんな状況になっても少女の両親が姿を見せることはなかった。
そんな少女が立ち直れたのは、近くにある港町の人たちの励ましと、なにより祖父が大事にしてきたこの灯台の存在だった。
海の人々の安全を守るというこの灯台。それを守れるのは、もう自分しかいないのだ。
自分の抱えた使命と、自分を心配する人たちのために、少女は無事に立ち直ったのだった。
「ベニー!」
朝食を食べて作業をこなす少女のところに、なにやら少年の声が聞こえてくる。
「マストン、どうしたのよ。そんなに慌てて何かあったの?」
「いやぁ、ベニー。今日もいい天気だね」
「オールさんまで。……くんくん、もしかしてパンの差し入れですか?」
なにやら鼻を突くいい香りに、少女は目をキラキラとさせている。
「ああ、そうだよ。ベニーってば、ずっとここで一人暮らしでしょ。今日はこの子が差し入れをって聞かなくてね。心配ないっていうのに、本当にね」
「いえ、助かりますよ。オールさんの家のパンはとてもおいしいですから」
「そうかい。旦那にも伝えておくよ、ベニーが褒めてくれてたって」
少女の言葉に、女性はとても照れくさそうに答えていた。
「ベニーもさ、一度港に来ればいいのに。そしたら、俺んとこのパンだって食べ放題だぜ?」
「もう、マストンってば。私はここを守るという使命があるの。離れられないのよ」
詰まらなさそうな顔をする少年に、少女は無邪気な笑顔で言い切っていた。これには少年はますますへそを曲げるばかりである。
女性が少年の前に立って、少女に話し掛ける。
「すまないね、うちのバカ息子が変なことを言って。あたしらがこうやってたまに来るから、何かあったら教えておくれ。できる限りは対応してあげるからさ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。私はまったく不自由してませんから」
心配そうに話す女性ではあるものの、少女のこの純粋な笑顔の前にはこれ以上のお節介をするわけにはいかなかった。
「そうかいそうかい。本当に偉いね。うちの息子にも見習ってもらいたいもんだ」
少女の意思の固さに、女性は完全にお手上げである。息子である少年を見ながら、完敗のため息をついていた。
少女は女性と少年を見送ると、受け取ったパンを持って灯台の中に戻っていく。
先程もらったパンとミルクの入ったツボを持つと、少女はバルコニーへと登っていく。
持ってきた木のコップにミルクを注ぐと、魔法で熱を加える。
「うん、いい温かさ」
祖父から教えてもらった魔法もお手の物だった。どのくらいの火を加えてやればいい温度になるのかすっかり把握している。
「やっぱりパンにはホットミルクよね。うん、海からの風が気持ちよくて、ますますおいしくなるわ」
少女はバルコニーに引っ張り出したテーブルとイスで、のんびりと食事を食べている。
だが、食べ終われば次の仕事が待っている。灯台守は忙しいのだ。
少女は灯台に一人暮らしではあるものの、この仕事には誇りを持っている。
大好きな祖父から受け継いだ立派な仕事だ。少女は両親のようにこの仕事を放棄するつもりはない。
「おじいちゃんから聞かされたもん。この灯台があるからこの辺りは平和なんだって。平和を守る仕事、かっこいいじゃないの」
少女が両手を握りしめて空を見上げている。おそらく、亡くなった祖父に話し掛けているのだろう。
灯台に暮らす一人の少女が織りなす物語。
今日も青い空の下、青い海はキラキラと輝いている。
この塔のてっぺんには四方を照らす光の魔法が灯されており、行く手を照らす導の灯を掲げる燭台ということから灯台と呼ばれるようになっていた。
人々はそこに住まう者たちに感謝を込め、敬意を込めてこう呼んでいる。
――『灯台守』と。
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海に面した小国『オリゾンテ』。
周辺国に比べると圧倒的に面積の小さな国ではあるものの、その担う役割は大きい。
それが海岸にそびえたつ灯台の存在である。
いつ頃誰が何の目的で建てたのかは分からないが、灯台が灯す導の灯のおかげでこの辺りを行き交う船舶たちの安全が守られている。
そして、その灯台には灯台の灯を守る一族が住んでおり、彼らのおかげで今日も海の安全が守られているのだ。
「う~ん、いい天気~」
灯台のバルコニーの手すりから身を乗り出す少女。見たところ、大体年齢は十三歳前後といったところだろうか。
「キュイー」
「おはよう、カモメちゃん」
寄ってくるカモメに挨拶をした少女は、灯台の中へと戻っていく。
トタタタと駆け下りていく少女は、地上にある張り出した台所で朝食を作り始める。
「おはよう、おじいちゃん」
少女は挨拶をするが、誰の返事もない。
それもそうだろう。
少女が挨拶をした相手は、部屋の中に飾られた少女の祖父の肖像画だ。
一緒に暮らしていた祖父も先日亡くなってしまい、少女は灯台で一人暮らしをしているのである。
彼女の両親は灯台暮らしには耐えられず、少女を灯台守であった祖父に押し付けてよそへと引っ越してしまった。
祖父が亡くなった直後の少女は、それは悲しみに明け暮れていた。当然、そんな状況になっても少女の両親が姿を見せることはなかった。
そんな少女が立ち直れたのは、近くにある港町の人たちの励ましと、なにより祖父が大事にしてきたこの灯台の存在だった。
海の人々の安全を守るというこの灯台。それを守れるのは、もう自分しかいないのだ。
自分の抱えた使命と、自分を心配する人たちのために、少女は無事に立ち直ったのだった。
「ベニー!」
朝食を食べて作業をこなす少女のところに、なにやら少年の声が聞こえてくる。
「マストン、どうしたのよ。そんなに慌てて何かあったの?」
「いやぁ、ベニー。今日もいい天気だね」
「オールさんまで。……くんくん、もしかしてパンの差し入れですか?」
なにやら鼻を突くいい香りに、少女は目をキラキラとさせている。
「ああ、そうだよ。ベニーってば、ずっとここで一人暮らしでしょ。今日はこの子が差し入れをって聞かなくてね。心配ないっていうのに、本当にね」
「いえ、助かりますよ。オールさんの家のパンはとてもおいしいですから」
「そうかい。旦那にも伝えておくよ、ベニーが褒めてくれてたって」
少女の言葉に、女性はとても照れくさそうに答えていた。
「ベニーもさ、一度港に来ればいいのに。そしたら、俺んとこのパンだって食べ放題だぜ?」
「もう、マストンってば。私はここを守るという使命があるの。離れられないのよ」
詰まらなさそうな顔をする少年に、少女は無邪気な笑顔で言い切っていた。これには少年はますますへそを曲げるばかりである。
女性が少年の前に立って、少女に話し掛ける。
「すまないね、うちのバカ息子が変なことを言って。あたしらがこうやってたまに来るから、何かあったら教えておくれ。できる限りは対応してあげるからさ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。私はまったく不自由してませんから」
心配そうに話す女性ではあるものの、少女のこの純粋な笑顔の前にはこれ以上のお節介をするわけにはいかなかった。
「そうかいそうかい。本当に偉いね。うちの息子にも見習ってもらいたいもんだ」
少女の意思の固さに、女性は完全にお手上げである。息子である少年を見ながら、完敗のため息をついていた。
少女は女性と少年を見送ると、受け取ったパンを持って灯台の中に戻っていく。
先程もらったパンとミルクの入ったツボを持つと、少女はバルコニーへと登っていく。
持ってきた木のコップにミルクを注ぐと、魔法で熱を加える。
「うん、いい温かさ」
祖父から教えてもらった魔法もお手の物だった。どのくらいの火を加えてやればいい温度になるのかすっかり把握している。
「やっぱりパンにはホットミルクよね。うん、海からの風が気持ちよくて、ますますおいしくなるわ」
少女はバルコニーに引っ張り出したテーブルとイスで、のんびりと食事を食べている。
だが、食べ終われば次の仕事が待っている。灯台守は忙しいのだ。
少女は灯台に一人暮らしではあるものの、この仕事には誇りを持っている。
大好きな祖父から受け継いだ立派な仕事だ。少女は両親のようにこの仕事を放棄するつもりはない。
「おじいちゃんから聞かされたもん。この灯台があるからこの辺りは平和なんだって。平和を守る仕事、かっこいいじゃないの」
少女が両手を握りしめて空を見上げている。おそらく、亡くなった祖父に話し掛けているのだろう。
灯台に暮らす一人の少女が織りなす物語。
今日も青い空の下、青い海はキラキラと輝いている。
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