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第三章

襲撃と圧倒

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 十焉星とは以前俺が、それはそれは死闘を繰り広げた末に倒すに至ったデスラー・ハウンドと並ぶリターンズ内での実力者集団だ。

 その実力は人間族最強と謳われるヘルメース先生が警戒し、多忙の身な彼がわざわざ時間を割いてまで俺たちに直接忠告しに訪れるほど。

 オウラルと名乗った男は単身乗り込んできたのか、それとも何処かに部下を待機させ、オウラルの合図があれば一気に雪崩込み場を制圧する作戦か。

 俺なら迷わず後者の作戦を選択するな。仮にも騎士の卵たちが通う学院に単身で襲撃するのは、どう考えても無謀な自殺行為に等しい。しかも、リンドウというチート級の生徒会長がいるなら尚の事。

 そして今現在、俺の目の前では主人公ポジな俺を除け者にして、リンドウとオウラルの間では強者特有の無言で睨み合う牽制の時間が続いており、残念ながら俺がそこに割って入れる隙間はなくて。

 本来ならば俺が関わらなきゃならないし、是非とも首を突っ込ませて頂きたく存じる重要なストーリーイベントの真っ最中。このイベントの進行具合によっては今後の世界の命運を左右しかねないが、順調に蚊帳の外へと追いやられた俺に割って入る度胸などあるわけがない。

 以上の事を踏まえ、俺は渋々モブ的な傍観者に徹するのであった。

 そうこうしていると異変に気がついた騎士団が駆けつけ、オウラルを取り囲んだ。ざっと数えてその人数は百ってところか。

 騎士一人一人の顔をじっくりと眺めるオウラルの態度は、一貫して他人事のような余裕が感じられる。

「おぉ、休日返上の騎士団の方々がたくさんお出ましだ」

「まったくだ。これも全ては貴様ら犯罪者共が世界の平和を脅かすせいなのだがな。解ったのなら大人しく投降するんだ!既に我々は応援要請を済ましている。じきに王都中に展開していた別の部隊もこの闘技場に集うだろう。お前の逃げ場はありはしない!!!」

 民を守る盾であり、悪を一刀両断せし正義の剣であるアースガルズ騎士団。彼らがたからにはもう安心だと言わんばかりに観客たちは小さく息を吐いた。

「・・・困ったっすね」

 オウラルは嘲るように歪んだ頬をかく。

 僅かに変化する空気感を察知したのは、この場で俺とリンドウのみ。何かしらの意味を込めていると思われる視線でこちらを見つめるリンドウと、訳も分からないままアイコンタクトを取った俺はとりあえず頷いておく。

 どうやら俺は正解を引き当てたらしく、リンドウは口元を綻ばせながら俺に会釈をすると、一転して凛とした顔つきで騎士さんへと向き直った。

「騎士殿、お気をつけて。奴は何かを仕掛ける気でいる。わたしも加勢しよう、指示を出してくれ。言われれば何でもこなす」

「忠告感謝する。しかし、君たちは下がっていなさい。ここは大人の我々に任せてくれ」

「・・・時は一刻を争う緊急事態だ。学院を守るのに年齢などは関係ないはず。変なこだわりは今すぐ捨て去るべきだ。偏った考えのままに突き進めば、救えるものも救えなくなってしまう」

「騎士団の指示は王宮からの指示でもあるのだ。大人しく従いなさい。それと・・・言葉遣いにも気をつけるように。今は君の言う通りの緊急事態だからな、今回だけ見逃してやる。次はないぞ?」

「解らないな。わたしと”彼”の実力は貴殿に引けを取らない。人手が多いに越したことはないこの状況下で、確実に戦力となり得るわたしと”彼”を除け者にするとは、まさに愚の骨頂」

 ちゃっかり俺を巻き込むのを止めてくれ。騎士さんが「何言ってんだ、こいつ・・・んで、お前誰だよ」という表情で俺を見ているじゃないか。

「戦場に出たことのない子供が大人に楯突くな。訓練と実戦とでは訳が違う。もういいだろ、君たちは下がって騎士団の戦いぶりを観察して勉強するんだ」

 しかし彼は、有り難き生徒会長様の助言に対して聞く耳持たず、俺とリンドウの避難を促すのであった。

 リンドウは呆れたらしく、首を振って騎士団から距離を置いた。あーあ、どんどん悪い方向に突っ走ってるよ。リンドウが言っても聞かないならもうお手上げ。

 主人公キャラたちを差し置いて、敵に攻撃を加えるモブ騎士たちは呆気なく殺られると、アニメでは相場が決まっている。

「オイラは仕事をスマートにこなす主義なんすよ。なんで、神器だけ渡してくれたら命だけは助けてやるっす」

 オウラルの真面目に考えたと思われる提案を、煽りと受け取った騎士さんは語気を強めた。

「わ、我々を愚弄するか!【最狂の召喚士】と巷で騒がれても所詮は人の道を外れた小悪党!世界中の人々に恐怖を与えることでしか、己の存在意義を見い出すことのできぬ愚かな若造が調子に乗るでない!!」

「調子に乗るねぇ・・・・今回限りの出血大サービスなんすけど、本当にいいんすか?後悔しても知らないっすよ?オイラは一度決めたことは二度と覆さない漢の中の漢!でやらしてもらってますから」

 やれやれと手を広げため息をつくオウラルに、プライドを踏みつけられまくっているアースガルズ騎士団は、遂にオウラル捕縛or抹殺に動くようだ。

「・・・・最終警告だ。無駄な抵抗はよせ。我々は民を救う為ならば、お前を殺すのも厭わぬと上より命を受けている」

 憤りを必死に噛み殺す騎士団の最終警告であったが、オウラルは舌を思いっきり出して笑ってみせると、

「やーなこった」

 圧倒的な数的不利の状況にしてもこの尊大な自信は、初対面にも関わらずオウラル・フラッシーという男に相応しいと俺は思った。騎士団はキレ散らかしているが、外の立ち位置からやり取りを眺めていれば、それが嫌味にならないだけの豊富な実戦経験と、内に秘めたる強大な魔力がひしひしと伝わってくる。

 一瞬時が止まったかのように呆けた騎士団であったが、直ぐに我に返ると物凄い形相でオウラルを睨みつける。騎士が絶対にやっちゃいけない顔なだけに、先程の俺とリンドウに対する言動含めて、もはやどちらが正義の味方か判別不可である。

「くっ!それが貴様の答えか!いいだろう、総員配置につけ!アレを行うぞ!この王国に害をもたらす愚かな犯罪者に正義の鉄槌を下す!!」

 百人余りの騎士団が揃って五角形を描くようにオウラルを囲み直すと、魔力を練り出したのであった。
 
「喰らえ悪党め!我々アースガルズ騎士団の秘伝技を、お見舞いしてやる!!」

五重封界ごじゅうふうかい

 五角形をなぞった五重にもなる青白い結界が、オウラルを閉じ込めた。

 オウラルは驚いた顔をしたがそれもほんの一瞬で、以降は微動だにせず虚空を見つめ続ける彼は不気味だ。

 そんなオウラルを見て、抵抗の術を失ったと勘違いしてそうな騎士は高笑いし悦に浸る。

「ふ・・・ふっはっはっ!!随分と威勢のいい事を言っていたが、驚きで言葉を失ったか。そうなのだ、この結界技が決まりさえすればお前も終わり!騎士団を侮辱し、我々を怒らせたお前を生かす選択肢は消え去ったのだ!」

 要は煽られたから殺しますよって話だ。プライドを持つのも大切だけどさ、どこの世界線でも騎士の煽り耐性の低さは折り紙付きよな。

 そんな時、ふと視線を感じた俺は嫌々ながらも目を合わせにいく。すると、予想通りに視線の主であるオウラルがこちらを凝視していたのだ。

 奴は唇で弧を描き、笑いつつも横柄に言う。

「あれ~?これで終わりっすか?」

「そうだ!お前はもう詰んでいる!この結果は次第に縮まってゆき、最終的にはお前を押し潰す!今更命乞いをしたとて遅いぞ!!」

「いやいや、オイラはこれで終わりかって聞いてるんすよ」

「だからそうだと言っている!往生際が悪いぞ!!」

「そっすか。ならそろそろ反撃といくっすよ」

 オウラルの瞳が不敵な光を宿す。これはよくない兆候である。

 案の定オウラルの周りで、突発的な魔力上昇を感知すると彼の両隣にどでかい魔法陣が出現した。

《召喚・ヌメリゴン、ロックタイガー》

 魔法陣から飛び出した二体の魔物。

 ヌメリとした液体に身を包まれた七つの頭を持つドラゴン擬きに、鋭利に尖った岩石を身体中に纏った虎がオウラルの両隣で咆哮を上げると、結界を激しく揺さぶる。

「何なのだ、あの化け物は・・・・・・?」

 驚いたように騎士さんが言葉を漏らす。それはこの闘技場内全員が同じく抱いた感想で、この化け物たちが同じ地上に存在している事実を本能が拒絶しているのであった。

 いや、全員は少々盛りすぎた。正しくは俺、リンドウ、いつメン美女たちを除くだろう。

「さぁ、オイラの可愛い魔物たちよ。組織の野望を果たすべく、オイラをこの結界から出せ!!」

 オウラルの一声で魔物たちは身をくねらせ、ヌメリゴンとやらは火を吹き、ロックタイガーは身体中に纏っていた岩石を頭部に移動させると、先端が尖った巨大な一枚岩で結界に突進を繰り返す。

「お、おい、壊されないよな?結界・・・・・」
 
 不安に駆られた騎士が同僚に尋ねた。

「あ、当たり前だろ!俺たちアースガルズ騎士団の必殺結界が魔物如きに破られるもんか!!」

 君たちに死亡フラグという言葉を教えてやりたいよ。

 バリィィィィィィィン!!!!

 騎士団の頑張り虚しく、本日二度目の砕け散る結界を鑑賞する俺は「太陽が反射して綺麗だな」 と場違いな感想を一人述べる。視線を移動させれば、主に騎士団と観客たちの青ざめた顔を拝むことができた。

 渾身の合体技をあっさりと破られた騎士団は慌てふためき、観客以上のパニック状態に陥っていた。

「そんなバカな!」

「・・・し、信じられんっ・・・・!!あの魔物たち、これまで幾多の魔獣を封じ込めてきた五重封界をあれほど簡単に!」

「き、切り替えろ!元々一筋縄でいくような相手ならば、リストのS級になってないだろ!」

「そうだ!あの二体の魔物が観客や生徒たちに襲いかかる前に、何としても我々で食い止めねば!」

 騎士団はオウラル捕縛よりも、人命救助を優先しようと陣形を組み直す。

「あんたらは自分の心配をした方がいいっすよ」

 オウラルの不穏な台詞。この数秒後に俺は、死亡フラグの恐ろしさを改めて知るのであった。

「孵化しよ、魔虫!騎士の身体を食い破ってこい!!」

 オウラルが叫ぶ!!すると、どうだろう。突然一人を除いた騎士たちが悶え苦しみ地面に膝をつくと、彼らの身体の一部が異様に膨れ上がった。

「お、おい、しっかりしろ!急にどうした!?」

「うぁぁあ!!いてでぇぇえ!!な、なんだ、ごれぇ・・・・・・」

 呻く騎士が力尽きるように地面に倒れ込むと、体内からハエのような気色の悪い虫が姿を現したのであった。

「ひっ!!な、な、何だよ、この虫!?・・・・・・こ、こっちにくるなぁ!!う、うわぁぁぁ!やめろぉぉお!!」

 残りの一人も集まってきた虫に喰われてしまった。

 その光景を見て、オウラルは手を叩き実に愉快そうに笑っていた。

「魔虫はオイラが必死こいて世界中を周って探し出した、名前の通り魔界に存在すると言われる吸血虫でしてね。凄い暴れるもんだから取り込むのもすっげー大変だったんすよ。その代わりと言っちゃあなんすけど、苦労した分愛着が湧いちゃって・・・今回が初の実戦投入なんす。ほら、見てください!このクリックリな目とか結構可愛いっしょ?」

 うん、騎士団は相手が悪かった。こんな常識が通用しなそうな奇人相手とか同情も禁じ得ない。そしてこれからこの男と戦うであろう俺も可哀想だ。

「オイラの提案を蹴って殺し合いを望んだのはアースガルズ騎士団っす!恨むんならオイラじゃなくて騎士団を恨むんすよ!!」

 オウラルは高々と右拳を突き上げた。

「待たせたっすね、お前たち。王国に虐げられ、身を追われてきたお前たちの溜まりに溜まった鬱憤を晴らしてくださいっす!王国の若い命をその手で蹂躙せよ!!!」

「きゃぁぁぁぁぁあ!!!!」

 観客席から悲鳴が上がった。

 観客席ではオウラルと騎士団の様子を静観していた、いかにも怪しい黒いローブを羽織る連中が一斉に立ち上がり、ローブの内側に隠していた剣を手に取り抜刀したかと思えば、そのまま一般の国民や生徒たちに斬りかかったのだ。
  
 どっからどう見てもリターンズの組織員な黒ローブの男たちの人数は軽く二百人にまで上り、既に騎士団の手に負える規模を超えている。てか、闘技場の部隊は全滅だし。それに闘技場の外から怒号が聞こえ始めた辺り、駆けつけた援護部隊と外に配置したリターンズの組織員が衝突したみたい。

 全身怪しい奴コーデの組織員に気づかず、闘技場内への侵入を許してしまった平和ボケ口だけ騎士団と、王都の流行りで済ました自分とアテーネを心の中で一発ぶん殴っておく。

 一発に留めておいたのは、今はそんな悠長なことをしている場合じゃないからだ。

 武術・剣術に心得のない一般の国民は仕方ないにせよ。普段威張り散らしている先輩方や貴族連中は動揺しまくって逃げ惑う挙句、貴族とその取り巻きが仲間割れを起こして我先にと出口へ駆け出せば、その背中を無様に斬られている。

 俺のクラスメイトが座る席の近くにはリターンズの組織員はおらず、幸いにも全員無事だ。
 
 どっから手をつけるか悩んでいると、視界の隅で影が動いた。正体は怒りで身体を震わせる我らが生徒会長。

「やはり騎士団は信用ならん。最初からわたしが動くべきだった」
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