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第一章 孤城の魔王

閑話だって必要です

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………………。

…………。

……。


 ばさり、と最後に青いマントを羽織りザッと身形を確認する。シンプルでありながらも上品な気品のある服でパッと見はどこかのお金持ちの紳士のようだがいかせん初代勇者さんは顔が怖い上、十字傷が凶悪すぎる。

 ちょっと微笑んで見たりすればイケオジさんなのでそこだけが大変惜しい。

おおよそおかしな箇所がないことだけ確認して、部屋を出る。

 先ほどのメイドさんが扉の近くで待機してくれていた。


「お待たせしました」

「まあ、よくお似合いで……あら? 顔色がよろしくありませんが、やはり、もう少し休まれますか?」

「いいえ、大丈夫です。お待たせする訳にもいきませんので、案内をお願いします」

「かしこまりました」


 無駄な好奇心なんて出さなきゃ良かったと後悔しながらトボトボと先を行くメイドさんの後に続く。

 男子が女子の体になったら真っ先に胸を揉むように、自分の持たない部位にちょっと興味が出るのは許されてしかるべきではなかろうか。そんな思いで着替えるときにちょこっと視線を下げたのがいけなかった。後悔と申し訳なさと遅れてきた羞恥心に崩れ落ちたい。痴女かわたしは。スコップがあったら穴を掘って埋まりたい。

 こう、グロかった。大きかった。年相応に性への知識はあるのがいけない。深く考えたら男性恐怖症になりそうだ。

 取り合えずブンブンと首を振り思考と記憶を出来る限り吹き飛ばす。怪訝そうに振り返るメイドさんには笑って誤魔化した。

 カツカツと長くて広い廊下にわざと靴の音を響かせながら気を紛らわせながら進む。いつもの歩調だとメイドさんにぶつかってしまいそうになるのでゆっくりと。だが、ある突き当たりの扉を前にメイドさんの歩みが止まり、わたしも足を止める。

 扉の左右には物々しい鎧の騎士が二人構えていて、重たい空気に吊られて胃が捻れそうだった。


「こちらで、陛下がお待ちです」


 わたしに道を開けたメイドさんの言葉に頷くと、左右に控えていた騎士が扉に手をかける。

 待って心の準備が! とか言うまもなく軽やかに扉は開いてしまう。

 扉の向こうは、真っ赤な絨毯がまっすぐ道のようにひかれた、大きな広間のような部屋。その最奥。一段高くなっている場所に据えられた玉座へと座る白服と赤いマントに金糸の男性。……若くない? 多分二十代くらいだよね? 若くない? 陛下っていうからアリアのお父さんだと勝手に思ってたんだけど。それとも異世界流エイジングケアなのだろうか。あそこまで行くと羨ましいより怖い。


 目の前の光景にわたしが呆然としていると、入り口の左右の騎士が、ザッと膝をついた。

 それにようやく我を取り戻し、呆けているわけにも行かないと一歩踏み出す。

 絨毯の上をまっすぐ進み、こういう場所の礼儀作法を何一つ知らないことに内心冷や汗をかく。さっきのメイドさんに聞いときゃ良かった。

 取り合えず漫画やアニメのそれっぽい知識を総動員し、ある程度進んだところで片膝をつき頭を垂れる。大丈夫大丈夫、初代勇者さん見た目いいから! メイドさんが持ってきてくれた服もそれっぽいから堂々としていれば多少の不馴れはカバーされてる。筈。


「この度は、ご拝顔の栄に浴する機会を与えていただきまして恐悦至極に存じ上げます」

「よい。面を上げよ」

「はっ」


 顔を上げる。

 静かに見下ろしてくる彼や背後で扉を守る騎士たちに嘲笑や不審の気配はない……と思う。今のところ大きな失敗はないようだ、と思いたい。


「此度はアリア姫を孤城の魔王より守りきったこと、大義である。アリア姫の身に比べればあまりに粗末と言う他ないが、褒美を遣わそう」

「恐れ入ります」


 背後の騎士二人が立ち上がり退室すると同時、扉が仰々しく閉ざされる。頭を下げたまま返答する間も情報が流れ込んでいた。

 見ていないのに脳裏に的確な距離と映像が映るほど鮮烈な感覚にはなれそうにない。


「……当たり前の感謝の言葉を伝えることすら、こんなにも仰々しい前置きが必要な立場なのだ。許されよ」


 玉座から立ち上がった王様が近付き、膝をついたままのわたしに視線を会わせるように膝を折り、床に置いていた片手を取ると祈るように握り額へと掲げる。

 彼の柔らかな金糸が指先を僅かに擽った。


「アリアを……我が妹を救ってくれたこと、心より感謝する。異界の来訪者クロノス殿」

「……当たり前のことを、したまでです」


 嗚呼、親子じゃなくて兄妹なんだ、とぼんやりと停止しかけた思考で考えながら反射的な返答をする。

 当たり前というか、反射と勢いだったのだけど。

 その場のノリによる行動をこうも評価されるとむず痒いを通り越して気まずくなってきたので視線を泳がせれば、正面から小さな笑い声を拾った。


「ふ、アリアの言う通りかな。力ではなく、その善性こそが勇者の証か」

「……お言葉ですが、行き過ぎた評価は脅迫に近いです」

「ならば、行き過ぎた謙遜は傲慢だよ。勇者クロノス」


 微笑んだ表情は、アリアに良く似ている。

 するりと握られていた手は離れた。艶やかな金髪を揺らし、白い肌にほんのりと朱が刺す。青い瞳を細め唇が弧を描いた。

 王者に相応しい威厳ある表情は良い意味で崩れている。わあ、美形。思わず息を止めて見入ってしまうくらいには美形だ。

 この顔で口説かれたら普通に戦場の前線へ飛び出すはめになりそう。いや、わたしはそこまでちょろくはない……はず。きっと、多分、メイビー。


「さて、では褒美の話をしようか」

「いえ、褒美など、畏れ多い」

「我が国の姫君を救ったものが畏れ多いなどと褒美を辞退したら、他の誰も受け取れんよ。どうやらクロノス殿はこう言った場が不馴れらしいな」


 見透かされたがまったくもってその通りである。むしろ現代日本で王様と謁見することになれてる中学生がいるなら紹介してほしいくらいだ。

 なんで、異世界の王様と会うときのマナー教本とかなんで売ってないんだ! 例え、売っててもネタ目的以外では買わなかっただろうけど! なんて理不尽を内心喚きながら目を伏せることで多くは語らず肯定する。


「素直に受け取りなさい。私が言うことではないが固辞し続けるのも無礼に当たる。……さて、褒美は何がほしい?」

「そう言われましても。わたしは御存じの通りこの世界へ来て間もないのです。褒美など、なにを望めば」

「……では、アリア姫を褒美としようか」

「……? ……!?」


 何を言ってるんだこの人、と驚愕を隠せず顔を上げる。

 確かにゲームとかでも勇者へ褒美としてお姫様と結婚なんてよくある話だけどわたしは女でアリアも女でだから結婚は出来ないし子供も作れないしっていや待てわたし今男だ! 初代勇者の体だから男だ!


「アリアは少しお転婆ではあるが器量もいいし、身内贔屓に聞こえること覚悟で言うが、心も美しい娘だろう」

「それは心底同意いたしますが……!」

「俺の可愛い妹だ。今では唯一の家族でもある……魔王にくれてやるくらいなら、貴方に貰ってほしい」


 うん、分かる。

 あの顔面爬虫類の進化系にアリアは勿体無さすぎる。

 いやだがしかしだな……!


「……アリア姫とわたしでは、その、問題が多いかと……」

「ああ、そうか。貴方の肉体が初代勇者様のものであると失念していたよ。……いずれ元の世に帰る身であるからか?」

「それもあります」


 初代勇者さんも外見結構歳いってるしね。下手したらアリアと親子ほど離れているわけで。顔怖いし。しかも中身のわたしが女子! 同性! 流石にこれの奥さんはね、魔王並みに不憫と言うかね!?


「一時の享楽で手は出さない、とは。ほとほと紳士なのだね」

「……それに、褒美としてアリア姫を妻に迎えたとして。それは彼女と合意であっても、本意ではないでしょうし。それに」


 魔王にも宣言したのですが、と一言置いて。


「わたし、女を力付くで抑え込もうとするようなやつ、大嫌いなので」


 そう締め括り、当たり障りなく辞退する。……当たり障り、なかった筈。

 なにか無礼なことと判断されて不敬ととられて首飛ばされたらどうしようと内心冷や汗ものだ。


「ははっ勇者様に嫌われるのは困るな……しかし、アリアに並ぶ褒美はどうにも思い付かないかな」

「…………あの娘の笑顔ひとつで十分です」

「……英雄色を好むというが、貴方は色に好まれそうな物言いをする」

「えっ」


 王様の朗らかな笑顔が一転して真顔になった。

 不味いことを言っただろうかと発言を思い返してみるが、あれか、やはり褒美を断るのは不味いか。しかし、欲しいものなんてやっぱり思い付かない。

 強いて言うなら帰り方。しかしそれは現在不明だし、アリアが探してくれるって言ってたし、重ねてお願いするのは信用してないみたいで尚不敬になりそうだ。

 うむむ、と悩むも良い案は出てこない。

 そうして頭を抱えるわたしの正面へ「よっこいしょ」と絨毯の上へ直接胡座をかいた王様を思わずガン見した。


「堅苦しいのは苦手でなぁ。普段は弁えているが、クロノス殿はむしろこちらの方が馴染みやすいだろう?」

「……そうですね。国王との謁見など、経験がないもので」

「貴方も楽にしてくれ」

「……お言葉に甘えて」


 同じく片ひざをつく姿勢を崩して胡座を掻く。

 王様の背後には立派な玉座もあるのに、だだっ広い謁見の間のど真ん中で二人して直接絨毯に座る光景はシュールを通り越して滑稽である。

 胡座をかいている王様に至っては完全にリラックス状態だ。それでいいのか国王。

 因みに姿勢を楽にしてもわたしの心は楽にならない。


「さて、それでは褒美の話はまたあとにして、本題に入ろう」

「本題……?」

「あぁ。……貴方の、身の振り方についてだ」


 ついに来たか、その話題。

 思わず、内心でそっと頭を抱えた。
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