落ちこぼれ勇者、つまはじき聖女の護衛に ~ぽんこつ主のご飯と生活のお世話~

苺味初芽

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見た目は子供、頭脳は大人? その名は迷探偵ピア!

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 『お料理勇者の朝は早い』、と小さな手がメモ帳に走り書きをする。

 昨日ニルの活動開始時間に間に合わなかったピアは、今朝未明から通路の角に隠れてニルの部屋のドアを見張っていた。

「ふわぁ~」

 熱心に走り書きで『ドアを出ると、大口を開けて間抜けなあくびをする』、と書き加える。

 ニルはキチンと支給された装備に長剣と短剣を帯びて甲板へと出て行った。ドレスとウィッグで変装をしたピアが足音を殺して後を追った。

 ニルが朝早く出かけるのはここ数日前から始まっていた。今の所ピアにその理由はわからなかったが、妙な陰謀などがあれば、委細つまびらかにして全てを祖父へと報告するつもりであった。

 現在彼らは新生組織『アルカナ』に属することとなったが、活動に関する命令は下っておらずに待機状態にある。良からぬ企みを働くのなら、これ以上のタイミングはない。

 霧が足元を隠す中、曲がり角や柱に隠れながら距離を取り、慎重にニルという男を追跡するとやがて朝市へとたどり着いた。

 ここで間者と情報をやり取りするのであろうか。あるいは怪しげな物品の取引であろうか。

 ピアは、あの料理勝負に関しては自分に責があったと考えているが、そもそも論として、腑に落ちない感覚がぬぐい切れなかった。

 何かしら捨て置いてはいけないというざわつくような感情が、あのニルという人物について自分の中にくすぶっているのであった。

 ニルという勇者は何かおかしい。つねに隙だらけでとても勇者とは思えない。魔術に長けている訳でもない。名前も訳がわからない。何もかもが意味を成さない矛盾だらけの男であった。

 だが、彼が勇者庁から使わされた何かしらのスパイであると考えればどうだ。空隙だと思われていたそこには、急にこれ以上ない必然性が生まれるではないか!

 そのニルという自称勇者は、聖女フェリシアの護衛の任を受けたという話である。勇者庁が聖堂会の活動を監視するためであろうか?

 あるいは、勇者庁の中自体に全く別の間諜組織がすでに根を張っていて、虎視眈々と陰謀を働く機会をうかがっているのかもしれない……。

「大将、これいくら?」

 間抜けな声でニセ勇者ニルが店頭の人物に話しかける。彼の手には一見両手鍋のようにも見えなくもない円筒形の調理器具らしきものがあった。

 ピアは彼の一言一句を正確に記入することにした。暗号であった場合、書き損じがあってはいけない!

「ああ、それ、鍋っぽいのに何に使うかわからんから、旦那なら五十リブラでいいよ」

「え? 何に使うのか分からないなら二十くらいにしてよ!」

「三十でどうだ?」

「こないだ魔道ヤカン買ったじゃん。二十五!」

 店主はニルの言葉に難しそうな顔をして、思いついたようにしゃがみ込むと謎のガラクタを取り出した。

「これ一緒に買ってくれたら合わせて三十にしてやるよ!」

 ニヤリと笑う店主の顔を見ると、ニルが顎に手を当てて、その滑車と紐が組み合わさった複雑なガラクタをしげしげと様々な角度から見た。

「これ、ここに何か部品はまるんじゃないのかな? ここに引っ掛かる仕組みがある」

 店主は視線を上にやって、思い出したようにしゃがみ込むと平行四辺形のシンプルなガラクタを取り出した。

「こいつが一緒に来たかも知れん。なんせ積んであった箱を適当に仕入れたから良く分からんのよ」

 ニルがその小さながらくたを大きい方のガラクタの一部にはめ込んでみた。カチリという子気味良い音と共にあつらえたように納まる。

「大将、これ黒いし、料理道具じゃないのは分かってるんじゃない?」

 店主が可笑しそうに自分だけ笑って言う。

「そこはそれ、使い方が分かってからのお楽しみだろう!」

 ニルがそのガラクタを右手に握って片目を瞑ってしげしげ眺めていた。

「ま、いっか。何かの役に立つかもしれんし。じゃあ、三十で」

「まいど!」

 何に使うのか分からないものが二つ売れた店主は上機嫌で愛想を振りまいた。

 その後何件もの出店や店舗を廻っていたニセ勇者ニルの行動から、一つ重要なキーワードを手に入れることが出来た。

 どうやら、ニセ勇者ニルは、『コメ』というものを探しているようだった。ピアの知っているコメといえば、手のひらサイズの穀物であったが、どうやらそれとは違う物らしい。

 ともすれば隠語で、何か違法な取引のことを言っているのかもしれない。

 ピアがそこまで書き終えると、先ほどまで乾物屋の軒先にいたニセ勇者がどこかへと姿を消していた。舌打ちをして路地を小走りに進み辻でその男の姿を探す。

 変装とはいえドレスを着て来たことを後悔しかけた時、彼女は急に後ろから声をかけられて飛び上がった。

「よう、ピアじゃん。朝早くからおめかししてどっかお出かけ?」

 そういって声をかけて来たのは今最も見つかりたくなかった相手、ニセ勇者ニルであった。

「さ、散歩です」

 苦しい良い訳であったが、ニルはそれに対して軽く頷いただけで特に追求はしてこなかった。

「やっぱ良家の子女は違うよな。散歩でもそれなりにドレスアップするもんなんだな」

 都合の良い勘違いをこの際は有難く利用することにした。

「ま、まあそうですね。ところで、勇者様は今朝は何をしに?」

 気取られないようにニルを観察するピアを気にする様子も見せずにニルは言った。

「待機の間に調理機材とかストック出来るものは買っておこうと思ってね。米があると良いんだけど、少なくともこの地域には米食文化はないっぽいよね」

「コメならありますよ?」

「あのデカいやつだろ? あれの小さいやつが欲しいんだ。麦より小さい品種が俺の出身地では主食になってて、それがあるとメニューがかなり広がるんだけどなぁ」

 ピアはその発言をメモに書き留めた。顔を上げるとニルと視線が合い、メモを背後に隠して誤魔化すように言った。

「そ、祖父に聞いてみます。顔が広いので、もしかしたら知ってるかも知れません」

 ニセ勇者ニルは何も考えていない笑みを浮かべて唐突に変なことを言いだした。

「助かる。それにしても、ピアって美人さんなんだな。やっぱ分かんなかった俺がおかしいって思うわ」

「なっ、何でそんな話になるんですか!?」

 ピアは声が裏返るのを自覚した。この男に心理的に揺さぶられることの危険性を訴えるように、彼女の頭の中で緊急事態のサイレンが鳴り響いていた。



 その後、ピアは尾行をあきらめてそのままニルについて市場を巡り、結局大して得る物もなく船へと戻って来た。

 騎士の装備へと着替え、ニルの様子を見るべくキッチンに顔を出すと、そこではユウとリナが何やら下準備をしていた。

 ダイニングへ行くと、ニルがそこに魔道コンロとスキレットを用意して、人数分の食器類を席の前へ並べている所であった。

「手伝いましょうか?」

 ピアの言葉にニルが答える。

「もう終わるから大丈夫」

 やけに機嫌が良い。ピアの眼前で今朝の市場で何かよからぬ計画が進んだのだろうか。

 そうこうするうちに、全員がダイニングに集まって来る。ニルが魔道コンロに火を入れると、ユウとリナが今朝彼が買ってきた謎の調理道具を彼の隣に置いた。

 ニルが口をひらく。

「今朝魔道炊飯器を手に入れたので、朝食はローストビーフをサラダとパンで食べようと思う!」

 ニルの言葉にヴィクトリアが色めき立った。

「マジかよ!!」

 フェリシアが少し心配げに言う。

「そのように色々購入されていますが、無理なさらないで下さいね」

 ピアは心が引き締まる思いをした。こんな得体のしれない男にも優しい聖女様をニセ勇者から守らねばなるまい。

 このおとぎ話から抜け出したような美しく高貴な存在に使えることより騎士として誉高いことがあるだろうか。

「勇者の俸給はそこそこありますから心配ないですよ」

 ピアは自分の耳がピクリと動くのを感じた。彼が勇者であるのはスパイであるためと当たりをつけていたが、あるいは公金を引き出して横領する手段かも知れないと思いついたからだ。

 怪しげな男が怪しげに口を開いた。メモを書き入れる。

「今回の材料はこちら! まずローストビーフ用の牛肉! 塩! 胡椒! そして今回はタレには麺つゆ! ポン酢! ホースラディッシュ!」

 ニルが肉のブロックを取り出して塩コショウをまぶし始めた。

「お肉屋さんでローストビーフ用が欲しいといえば丁度良い肉をくれます。調理手順としては、まず塩をします。これをフリーザーバッグへ入れます! そして今回の場合は、炊飯器で低温調理!」

 ニルが炊飯器をあけると、そこにはすでに調理されていたフリーザーバッグが入っていた。ニルがその二つのフリーザーバッグを入れ替え、新しい肉の入った炊飯器の蓋を閉める。

「ちなみに沸騰したお湯と水を一対一くらいで入れると、五十度から六十度の間のどこかになるので、その状態から保温で炊飯器による調理を開始します。調理時間は六十分で」

「炊飯器から取り出した肉は、急速冷却すると菌が繁殖しやすい温度帯を素早く通り抜けられるので、氷水にこのまま入れます!」

 そういうと、ニルは傍らにあった氷水が入った深鍋に炊飯器に入っていた肉を入れ、入れ替わりに中からすでに冷えているものを取り出した。

「はい、事前にこの冷えた時点でローストビーフ用の肉を取り出し、水分を拭き取って胡椒を振ります! そしてスキレットやフライパンで焼き色を付けます! 油は出来れば牛脂で!」

 すでに火がついていた魔道コンロの上のスキレットにニルが牛脂を乗せて溶かし、その中に肉を乗せる。

 温度が上がっていた鉄の上で牛肉が香ばしい匂いを立てる。一面に奇麗に焼き色が付いたのを確認して肉をスキレットの上で返す。

「厚みがある場合は、表裏だけじゃなくて、横にも焼き色を付けましょう。メイラード反応でお肉が香ばしくなって美味しくいただけます!」

 肉を焼き終えるとそれをまな板の上に乗せて手早く薄切りにしはじめた。

「本当はお肉を休ませると肉汁があんまり出なくて良いんですが、みんなお腹空いてるだろうから、一個目はもう切っちゃいましょう」

 切り分けたローストビーフを皿に盛りつける。

「今回はタレは麺つゆとポン酢を二対一で混ぜて、そこにホースラディッシュを入れて混ぜます。サラダとパンを用意しているので、別々に食べても良いですし、サンドイッチにして食べても美味しいよ! パンにはバターを塗ってもマヨを塗ってもオーケー!」

 ユウが大きなサラダボウルに山盛りになった野菜をダイニングの上にトングと一緒に置く。リナが卵の入ったボウルとマヨネーズにバターをトレーの上からテーブルの上に置いた。

「温泉卵もリナが用意してくれたんで、ローストビーフと一緒に食べても美味しいよ!」

 それぞれが立ち上がって野菜やローストビーフを皿に取り始めた。リナとユウが気を利かせてチーズなども持ってくる様子を見てニルは満足げに頷いてこぼした。

「これで米があればなぁ~」

 ヴィクトリアがローストビーフに温泉卵を乗せながら行儀悪くフォークでニルの方を指した。

「これだから若いジャップはよぉ、二言目には米かよ。今食べられるものに感謝する心はどこへ行ったよ?」

 ニルはジト目でヴィクトリアを見て返すと言った。

「お前ローストビーフ丼先生を目の前にしてそんなこと言えるの?」

 ヴィクトリアは一瞬固まったあと居住まいを正し、彼女にしてはやけに礼儀正しく頭を下げた。

「サーセンでした!」

 ニルは手帳を取り出すとメモに書き入れた。

「ヴィクトリア、マイナス四十点、っと」

「おい! なんの減点だよ!」

 その様子を見てまたニルが何かを書き込む。

「ちょっと、それヤメロよ!」

 ピアは咀嚼しながらその二人の様子に何か思いついたかのように、自分のメモ帳を取り出して書き入れた。

 ヴィクトリアを睨んでメモを書き込むニルの様子を自分のメモを書き込むピアに、リナが可笑しそうに彼女に向かって言った。

「なんかピアちゃんって、ニル様に似てるね!」

 ピアはその何気ない言葉に期せずして大きな衝撃を受けていた。

 今まで心に掛かっていた事象がその言葉で具体的な形を取り始め、『同族嫌悪』という言葉に着地した時、思わずその手にしていたメモ帳を取り落としていた。


******


「セネクス様、本日は何か良いことでもございましたか?」

 セネクス・テリウス、ピアの祖父がその少年にしか見えない面にほのかな笑みを浮かべながら手にした書簡に目を通していた。

「これからな、孫娘から頻繁に書簡が来るのだ」

 立派な髭を湛えた初老の男が主人の執務机にカップとソーサーを置きながら聞いた。

「ピア様が? それはまた、どうした風の吹き回しでしょうか?」

 その少年にしか見えない主人は椅子の上でゆっくりと脚を組んで見せると、いたずらの種明かしをするような笑みを見せて彼に言った。

「公職にかこつけて、報告書を書かせているのだ」

 彼はカップへ紅茶を注ぎながら、その嬉しそうな主人に釣られて笑みを返さずにはいられなかった。

「それはようございますな。差し支えなければなんと?」

 ピアは彼にとっても孫のような存在で、元気にしていると知ってはいるものの、いつもどうしているのか気がかりではあった。彼の主人が方眉を上げて見せる。

「それがな、どうも今朝は意中の男と買い物をして来たらしい」

 今度は彼が眉を上げる番だった。両眉だ。

「あのお転婆なピア様が!? ……失礼しました」

 目の前の少年が笑いを漏らす。

「まあ、お前にピアのことで隠し立てするような話もあるまいて」

 主人がその書簡を彼に渡してくる。

「では、失礼しまして」

 彼はその書簡に目を通すと複雑な表情を行き来させた。

「また、面妖な……」

 主人が何か思いついたように口を開いた。

「その男がピアには気がかりなようだが、祝言の下準備をしておくか……」

 老人がその主人にの真剣な様子に思わず口を挟んだ。

「いささか性急ではございませんか?」

 主人が目の焦点を空中から彼へと動かして言った。

「ピアだからな」

 彼は主人の言葉を否定する要素を見つけられずに呟き返した。

 ピアと言えば思い込みが激しく、思いついたことは直ちに実行するという、多くの場合周囲を不用意に混沌に巻き込む質がある、というのが周囲の彼女への評価であった。

「そうでございますな……」

 そうしてピアのあずかり知らぬところで謎の準備が始められるのであった。
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