土下座スキルと公爵令嬢

オータム

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第3話:公爵令嬢と挑む、運命の交渉

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海洋国家との貿易交渉会議の日。
王城の会議室は、磨き上げられた黒い大理石の床が光を反射し、壁には海を象徴する青いタペストリーが掛けられていた。
アレクは深呼吸をしながら席に着き、その隣には婚約者となったアリシアが静かに座っていた。
彼女はアレクの袖を軽くつまみ、小声で囁く。
「近くにいた方が、あなたの土下座をより強く軽蔑できるはずなので、同席せよとの指令です。……頑張りなさい」
アレクは苦笑しつつも頷いた。
会議が始まると、海洋国家の代表である宰相――灰色の髪を後ろに流し、鋭い目をした男――が、厚い書類を机に叩きつけるように置いた。
「王国には、これだけの関税上昇を飲んでもらう」
その数字を見た瞬間、王国側の貴族たちは青ざめた。
このまま受け入れれば、王国の経済は急速に衰弱し、周辺国家に付け入られるのは目に見えている。
視線がアレクへと集まる。
アレクは椅子を静かに下り、深く息を吸い込んだ。
そして、これ以上ないほど整った姿勢で土下座をした。
「この関税の上昇……無しにしていただけないでしょうか! どうか、よろしくお願いいたします!」
宰相は鼻で笑った。
「ふん……噂の土下座か。その程度で私の心が動くわけがないだろう」
アレクはさらに頭を下げ、声を震わせた。
「そこをどうにか……! 私の情けない顔であなたの靴を磨かせていただきますので! どうか関税を下げてください!!」
「気味の悪い男だ……。ダメだ! 我が国の重要な利益を、手放すわけにはいかない!」
宰相が席を立とうとする。
これまでかと誰もが思ったが、主人公の隣に駆け込んできた人物が、両手を揃えて額を床にこすりつけ、土下座をした。
「お待ちください、宰相様! 私からもお願いです。どうか、次回の貿易交渉までは関税を上げずにおいてください! 当家でできる限り、宰相様には今後便宜を図らせていただきますので!」
土下座をして叫んだのは、公爵令嬢アリシア・レーヴェンヒルドだった。
宰相は怒りを露わにした。
「ふざけるな、娘よ。私に自分の利益のために国家の利益を捨てろと言うのか」
「違います! 宰相様を通じて王国の……私たちの、貴国と親しくしたいという気持ちをわかってもらうための時間をいただきたいと、お伝えしたかったのです!」
彼女の声は震えていたが、瞳は強い意志を宿していた。
「私たちは自分たちの想いや文化を理解していただくために、宰相様を通じて貴国の貴族の方々に贈り物をしたいのです。もし次回の貿易交渉の時までに、共に発展していけそうだと思っていただけたなら、その時は関税は今のままにしてください。仲良くできそうもないと判断されたなら……それは私たちの努力不足ですので、関税の上昇は受け入れます。どうか……どうか時間をください!」
アレクは、自分の力不足で彼女に土下座をさせてしまったことを痛烈に悔い、床に頭を打ち付けた。
「申し訳ございません、宰相様。私が言葉足らずでした。今、お伝えした通りです。王国からどんな商品が貴国に輸出されるか、それが貴国の国民にどんな恩恵をもたらすか、宰相様をはじめとする皆様に、説明をする時間をください。どうか……お願いします! 私たちは、貴国とともに豊かになりたいのです!」
会議室に静寂が落ちた。
やがて、宰相はゆっくりと頷いた。
「なるほど、よくわかった」
「え……?」
「貴様たちの本音は知らんが、出席者の中で誰よりも若いのに、誰よりも真剣だ。こういう者たちが次世代を担うのなら、関係を深める価値はあるのかもしれん。まずは様子を見よう」
「宰相様……! ありがとうございます!」
アレクとアリシアは立ち上がり、深く礼を述べた。
こうして、貿易会議は無事に終わった。

海洋国家の使節団が去った後。
公爵家の応接室で、アリシアは父である公爵に激しく叱られていた。
「お前というやつは、勝手にあんなことを言い出しおって……!」
「いいじゃない、うまくいったんだから」
「よくない! 不敬だと思われたら、より事態が悪化していたかもしれないんだぞ!」
アレクは服を整え、アリシアの隣に並んで頭を下げた。
「公爵様、申し訳ございません。私の力不足で、お嬢様にあのような行為をさせてしまいました」
公爵はため息をついた。
「まったくだ……! スキルが効いたからよかったものの……」
アレクは静かに告げた。
「いえ、実は、宰相様には土下座は効いていませんでした。胸元に光が出なかったので……。お嬢様と婚約までさせていただいたのに、申し訳ございません」
公爵は目を細めた。
「確かに、いつもの青い光が出ていなかったな」
アレクは深く頭を下げた。
「私の力はもう王国の役には立たないようです。なので……お嬢様と私との婚約は、破棄してください」
「ちょっと待ちなさい! それじゃあ私が土下座までして頑張った意味が無くなっちゃうじゃない!!」
公爵令嬢は勢いよく立ち上がり、アレクを睨んだ。
「大丈夫。今回アリシア様は、自身の知恵と誠意で見事に交渉をまとめた。公爵家として十分な成果と、皆が認めるはずだ」
「そうじゃなくて……あなたとの婚約が白紙にならないよう、こっちは必死だったのよ!? どうしてそんなこと言うのよ!!」
アレクは戸惑いながら答えた。
「アリシア様は、この世で一番素敵な男性と結婚したいと言っていたし……」
「だから、私にとってはあなたがこの世で一番素敵な男性なのよ! お父様が縁談を持ってきた時は、驚いたんだから!」
アレクは呆然とした。
「え……俺の評判のことは……?」
公爵令嬢は胸を張って言い切った。
「土下座をして、戦争を回避して、何万人もの命が失われる事態になるのを防いだのでしょう? 私と同い年なのに、凄すぎるわよ! 最高じゃない!!」
アレクの胸に、温かいものが広がった。
「アリシア様……」
彼女は頬を赤らめ、そっぽを向いた。
「でも、土下座をするときに身をさらすのはやめなさい。結婚相手以外に、そうそう見せるものではないはずです。私はそこまで寛容ではありません」
アレクは微笑んだ。
「ありがとう。これからは、恥ずかしい土下座は、可愛い婚約者を守るために必要な時だけにするよ」

数年後。
アレクとアリシアは、王国史上最も優れた外交官夫婦として、名を馳せることになった。
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