戯曲「サンドリヨン」

黒い白クマ

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 ――残酷な姉、自分の妹に手を上げて。
 ――残酷な夫人、己の娘の声を無視して。
 ――残酷な魔法使い、他者の未来を食い物にして。
 ――残酷な王子、己の罪から目を逸らして。
 ――残酷なサンドリヨン、命をいともあっさり刈り取って。
 ――罰が下るのは、とてもとても、自然なこと。

「……なんでしょうかね?」

 耳元でした声に振り返る。

「おや、もう驚いてはくれないようだ。」

 もう見慣れた案内人が立っていた。フードの影から笑った口元だけが覗く。

「第二幕にはご満足いただけましたか?」

 本を手にしたまま、彼は小首を傾げた。相変わらず、返答には興味がないらしい。勝手に彼は続きを話し出す。

「いずれ罰が下る、という考えはほとんど理性の願望に近い。そうは思いませんか。」

 彼は自由に歩き回りながら、朗々と響く声で言葉を連ねていく。何もない空間では、まるで四方から彼の声が聞こえるようだった。

「あれほどの力があるのなら、何かペナルティがあって然るべきだ。あれほどの罪を犯したなら、なにか報いがあるべきだ。こんなことをしてしまったのだから、何かひどい目に合うに違いない。」

 笑い声が響く。

「ま、妬み嫉みや罪悪感をお上品にしたようなものです。」

 彼は足を止めてこちらを見た。といっても、その目は見えない。

「人は印象に残ったことだけ記憶する。ほら見ろ、罰が下った、と思うことばかりを記憶して、のうのうと力を甘受した者の記憶を消してしまえば、天罰、ってやつへの信頼は上がっていく。」

 彼は芝居がかった動作で手を広げた。

「やっぱり人間、報われたいですからね。狡をしているように見える人間が得をしていたら、恨みが募る。何か釣り合いが取れるようなことを探したくなる。」

 こちらを覗き込むように案内人が顔を寄せた。それでも、表情は伺えない。

「そして天罰を信じた者が自分の狡に気がつくと、なんとか言い訳を探してみたりするわけです。そう、魔法の言葉を唱えることになったり、ね。これは『運命』だ、『誰も悪くなかったのだ』、と。」

 そうでしょう?と問いかけてから、彼は手元の本に目線を移した。

「それにしても、事実天罰なんてものがあるなら……それ、誰から見た罪に下るものなのでしょうね?」

 相変わらず彼の表情は見えない。楽しそうな声であることは確かだが、それが演技でないとは言えないだろう。言葉は嘘を吐き、表情までもが嘘を含む。信じられるのは己の目で見た出来事のみ。それすら勘違いの多い両の目を通す羽目になるのだから。はて、これは誰の言葉だったか。

「さて、第三幕に移りましょうか。そろそろハッピーエンドが見られますよ。お気持ちが整いましたら、こちら。」

 彼がまた手元の開いた本を差し出した。

「ページを、進めてください。」

 彼が差し出した本のページを捲る。そしてまた、舞台は暗転を始めた。
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