毒にも薬にもならぬ短編保管倉庫

黒い白クマ

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鏡にうつった芝生

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「私はね、カフェオレをミルクとコーヒーに分けられるんだ。」

君が言った時、僕はさして気にもとめずにへぇ、と気のない返事をした。気のない、というとちょっと違うか。嘘だよと笑う君は、やろうと思えば本当に不可逆変化の法則を無視することが出来そうで、あまり驚かなかった、というのが本音。嘘だよと言われた時の方が驚きで目を見開いてしまったくらいだ。

***

大学生はバイトとサークルと勉強から2つ選ぶ。使い古されてもはや味もしない表現だ。時折ここに恋愛も入れることがあるものの、まぁ3つになろうが4つになろうが僕には関係の無いこと。バイトも月数回、サークルはお金が無いので入らず、勉強は良い成績が取れるように頑張ることが第一なので知識の習得自体には不真面目、恋愛はそもそも恋愛感情を持ったことがない。どれも打ち込む程じゃ、ない。大学生とも名乗りがたい、消化戦みたいな毎日。

この後どうするのだろう、とずっと考えている。大学に来たはいいけど、あと3年も経たずに卒業してしまう予定だ。卒業したらどうするのだろう。何に打ち込んでいるわけでもなく、何か得意なわけでもなく。

「明日死ぬかもしれない君が未来に備えて今を苦しんでいるのは些か滑稽ではあるね。」
「……君に相談した僕が馬鹿だった。」

才に溢れた学友の食事に向けて溜息を吐く。せめて僕の不幸を少しくらい君の胃に送り込んでやりたかった。

「君、悪い成績じゃないだろ?ここはそれなりに良い大学だし、就職の口くらいあるさ。そう悲観するなよ。」
「やりたいことがないんだよ。」

どこでもいい、と言えるほどこだわりを捨てたわけじゃない。というより、責任を負ってまでやりたいことがひとつも思いつかなかった。どの仕事にもリスクと責任が伴う。それを背負い込めるような勇気も度胸も動機もなかった。生きたい。そのためには金がいる。でも、出来れば何もしなくない。あぁなぜ息を吸って吐くだけじゃ時給を貰えないんだろうか?

「金のために働くのもまた一興なんじゃないか?」
「そこまで積極的に生きたくもない……」
「はは。」
「笑い事じゃないんだぜ、本当に。」

私にとっちゃ笑い事さ、と君はカラカラ笑う。口に運ばれた僕の不幸は、きっと君の強い胃酸で溶けて無くなってしまうのだろう。

「君はいいよな。」
「そう?」
「そうとも……大抵のものをそつなくこなしてしまうし。何より、熱意がある。夢もあるだろ?楽しそうだ。」

夢と希望と熱意。才能より余程大切なものだ。僕にはないもの。

「君だって、大抵の事は出来るだろ。運動音痴とあと……音楽、楽器はダメだったか。でも歌は歌えるよな?」

それを言うなら君は壊滅的な画伯だよな、と言いかけて、軽口を飲み下した。意味もなく手元にあるカップをくるくると回しながら、言葉を選ぶ。

「……出来る、のギリギリラインさ。」

へぇ、と君は片眉を上げた。器用な表情だなと笑えば、眉を寄せて先を促してくる。なんだかんだと面倒見のいい君は、何度も繰り返したような愚痴も飽きもせずに相手をしてくれるのだから、嫌いだ。適当に相手して、何度も聞き流すくせに、こっちが本気で凹んでいる時はこうやって話を掘り下げてくる。はぐらかしても追ってくる。見極めが上手いのが、嫌い。つい口が滑ってしまうから。

「成績はAかBだし、カラオケは80点だし、料理は不味くないし、絵は下手じゃない。壊滅的な音痴でも画伯でもないけど、突出する才能もない。極めつけに君みたいに熱意に、恵まれてないんだよ。」

努力や集中、熱中。これだって生まれつきの才能だ、と思う。僕の覇気のなさは、僕が怠けているからじゃない。僕が頑張ろうと思ったら、人よりもひとまわりもふたまわりもエネルギーが必要に違いない。僕が頑張っても、すぐガス欠になって置いていかれてしまう。頑張れないのだ。怠けているわけじゃない。と、思う。

「出来ないことは少ないけど、打ち込むこともないんだ。」
「それは、踊れなくなったから?」
「……足を悪くしたのは僕がまだ一桁のころだよ?小学校低学年で絶えた夢なんて、さして影響していないと思うけれど。」

ちくりと昔の記憶を刺されて、思わず目が泳ぐ。破れた夢は戻ってこない。それを分かっているのに、それに固執していたらただの言い訳だろう。悪くなった足を乗り越えるほど、ダンスにも打ち込めなかった。それだけの話だ。

「どんな手を使っても叶えるか、諦めるか。夢ってそういうものだろ。」
「ふぅん?」
「僕の場合、どんな手を使っても叶えたいことがないのさ。……なりふり構わず頑張れるほど好きじゃないのに、運や才の無さを嘆いたりしないよ。だから、これは関係ない。」

そういって笑えば、君は呆れたように吹き出した。

「言い訳はしないときた。見上げた心意気だね。」
「免罪符は役に立たない運命だろ。」
「世界史かぁ、懐かしいな。」

ガタリと席を立って、君はドリンクバーの方へ歩いていった。その後ろ姿をぼんやり見送って、溜息を飲み込む。手元でカラカラと鳴る氷が、君の笑い声に聞こえた。

生まれが、育ちが、運が、タイミングが。何かのせいにするには、あまりにも熱意がない。あれのせいでと恨めるほど、エネルギーがない。

足が悪いからダンサーになれなかった?
先生と合わなかったから成績が振るわなかった?

八つ当たりみたいにそう笑って言うこともある。でも、本心からそう思えるほど……自信は、無い。
 
きっと足が悪くなくても、先生と仲良しでも同じ結果だったさとバカにして笑う、いやに諦めに満ちた自分がいつも真後ろに立っていた。そんなに頑張っていないでしょうと。

頑張る才能がない。紛れもない本心だ。でも真後ろの自分が笑う。頑張る気も、ないでしょうと。

「何取ってきたの。」
「カフェオレ。」
「ふぅん。……僕もそれ取ってこようかな。」

僕が席を立とうとした時、君は徐に口を開いた。君にしては珍しく、僕の動きを遮るみたいに。

「私はね、カフェオレをミルクとコーヒーに分けられるんだ。」
「へぇ?」
「やだな、嘘だよ。どうして納得するんだい。」

心底可笑しそうに笑って、君はくるくるとカップをかき混ぜる。

「だって出来そうじゃないか。」
「何故?」
「さぁ。感覚。」

あは、と君は目を細めて笑う。嫌な奴だよ、君は。

「私は君だよ。」
「は?」
「大抵のことをそつなくこなす。突出して出来ることは無い。君より少し自信があって、君より少し生きたがりってだけさ。少しの自信で、自分と同じ力量の相手でも魔法さえ使えそうに見えるんだな。」

そうだろ、と君はこちらを見る。才がある同級生。ずっとそう思っていたけれど、君が、僕より出来ることはなんだ?改めて考えれば、パッとは出てこない。さして僕と、変わらないスペック。何故か満ちてみえる自信。

「隣の芝生は青いっていうだろ。君も君自身を客観視すれば羨ましく見えるのかもな。私が羨ましいと思うなら、君だって大差ないぜ。」
「そうは言ったって、僕のことを羨ましいとは思わないだろ、君。」
「そう思う?私には、君の芝生が青く見える。」
「へぇ?どこが。」
「興味関心が広い。可能性が広い。私はそつなくこなせるうちの一つを選んだけれど、君はそつなくこなせるもの全部楽しんでいるように見えるな。」
「ただの、趣味だよ。」
「はは。」
「すぐ笑う。」
「それが凄いんじゃないか。分からない?」

なにか返事をしようとしたけれど、結局言葉が見つからずに僕はドリンクバーに向かう。カフェオレのボタンを押せば、ミルクがカップに蒸気と共に送り込まれた。

「楽しいな、と思うことだけ摘み食いすることは、楽しくないのかい。」

席に戻るなり投げられた言葉に、僕は思わず声を出して笑った。カラカラ。思えば君と僕は笑い声もよく似ている。

「楽しいよ、その場その場はね。でも、それじゃ生きていけないだろう。」

僕のその言葉に、生きられればいいんだね、と君は悪戯っ子のように微笑んだ。なんとなしに嫌な予感がして、僕はどういう意味、と眉を寄せる。

「じゃあ私が成功して君を飼えるようになったら、私のものになるかい?好きなことしてればいいよ、私はそれを見ているのが楽しい。」
「告白としては30点だね。僕は、」
「君の道具じゃない?」
「そう。分かっているじゃないか。」

君のペットになるにもリスクと責任がいる。君の道具になる熱意も、ない。暫く、僕も君も無言でカフェオレを啜った。

「いいじゃないか、摘み食いで何が悪い。狂詩曲で何が悪い。」

突然落とされた言葉に顔を上げれば、君はぼんやりと頬杖をついて窓の外を見ていた。

「即興、断章、メドレー、って所?引用ありの、ごちゃまぜ形式。」
「君、それ音楽家に言っちゃダメだぜ。」
「勿論言わないさ。……ふぅん、狂詩曲ね。」

狂詩曲、またはラプソディ。主にメドレー式のそれは、即興性を打ち出した音楽ジャンル、だったはず。あまり詳しくは知らないのだけれど。

「明日死ぬかもしれないんだよ。」
「そうだね。」
「じゃあ、いいじゃないか。」

楽しいことだけしていようぜ。そう言って笑う君ほど、僕は割り切れないけれど。

「明日死ぬって、分かったらそうするよ。」

万が一、明日世界が終わると分かったら。

ラプソディに合わせて踊ろう。全く関係の無い思い出を切り貼りして、一際嬉しかったことを再演しよう。楽しいと分かっていることだけ、いくつも、いくつもかき集めて。君の楽しいと、僕の楽しいが、全部ぐちゃぐちゃに混ざって戻らなくなるまで。

ラプソディに合わせて踊ろう。僕は大嫌いな君となら、痛む足を引き摺ってでも踊り狂えるって気がするんだよ。
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