海と風の王国

梨香

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第四章  外交デビュー

11  アスラン王の訪問

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 ショウはロジーナと夜中過ぎまで舞踏会に居たので、帰って寝たのが遅かった。

 いつもは早起きなのだが、珍しく寝坊する。分厚いカーテンが朝の日差しを遮っている薄暗い寝室で、ショウはすやすやと眠っていたが、ヌートン大使に叩き起こされた。

「ショウ王子、起きてください! アスラン王が、もうすぐおいでです」

 ヌートン大使も舞踏会で寝坊していたのか、寝起きに慌てて服を着たグシャとした格好のままだ。寝ていたところを起こされて、ショウは驚いた。

「父上が来られるのですか?」

「ええ、ホインズが先行して知らせてくれました。もうすぐお着きですよ」

 ショウが起きたので、侍従に洗面を用意させて、今はメーリングで休憩しておられると言うと、大使も身支度に部屋に帰った。

「メリルが子竜スローンを産んだから、当分はレイテを離れないかなと思っていたけど、何か用事かな?」

 ショウも慌てて顔を洗うと、服を着替えた。いつアスラン王が来るのかわからず、ヌートン大使は竜騎士のホインズに様子を尋ねたりしていたが、兎に角朝ご飯を食べようと食堂へ向かった。

「おはようございます」

 夜更かししたロジーナ以外の全員が朝食を食べ終わっており、遅れて来たショウと大使が慌ただしく食べるのを不審そうに眺めた。

「何かあったのですか?」

 カミラ夫人に質問されて、ハッと大使はアスラン王が来られるから部屋を用意するようにと告げる。カミラ夫人は慌てて席を立つと、今は一番良い部屋をショウが使っているのだと困惑して立ち止まる。

「私なら、どの部屋でも構いませんよ。父上に部屋を譲ります。女の子達の部屋まで、変わらなくて良いです」

 ショウを二番目の部屋に移すと、何人も部屋を移動しなくてはいけなくなると困っていたカミラ夫人は、有り難いですと申し入れを受けた。

 ゆっくり朝食を食べていたロジーナや、朝食後のお茶を飲みながら舞踏会の話を聞いていたメンバーは慌てて部屋に着替えに行った。

「父上は、いつも突然来られるのですか?」

 慌ただしい準備が終わると、サロンで大使と到着を待ちながらショウはヌートン大使に尋ねた。

「今回は、ホインズが知らせてくれてラッキーでした。何時もは嵐のように来られて、去っていかれます。大使館や、領事館に滞在される事も稀で、困っているのです」

 ヌートン大使は東南諸島の男としては宴会好きで無いが、メーリングのタジン領事や、駐カザリア王国のパシャム大使の宴会攻撃に辟易した経験のあるショウは、少し羨ましく思った。

「本当に我が儘ですね~」

「誰が我が儘なんだ?」

 バーンと扉を開けて、アスラン王がサロンに入って来た。

「アスラン王、ようこそお越し下さいました」

 ヌートン大使が慌てて立ち上がって、飲み物や食事の用意をさせようとするのを手で制して、ソファーにもたれかけた。

「父上、突然いらしたのは何か問題でもあったのですか? それとも、スチュアート皇太子殿下の結婚式に参列されるとか?」

 そんなわけ無いだろうと思いながら口に出したショウに、馬鹿かとクッションを投げつける。

「お前が兄上達を心配させるから、こうしてやって来る羽目になったのだ。メリッサをパロマ大学に留学させるとか、ロジーナをユングフラウに置き去りにするとか、ミミを竜騎士にしてウィリアム王子に嫁がすとか書くから、うるさくて仕方が無かったぞ」

 ショウはメリッサ以外の事は伯父上達に手紙など書いてないと抗議したが、父上に面倒くさそうに無視される。

「ヌートン大使、イルバニア王国のマウリッツ外務次官ともう一度プリウス運河の通行料金について、ショウと話し合わせろ。ユージーンは変に責任感のある男だから、自分の娘が皇太子に竜騎士の王子を授けられるか案じているだろう。ミミが竜騎士なら、ウィリアム王子かレオポルド王子との縁談目当てで妥協してくるぞ」

 ショウはミミを許嫁にはしたくなかったが、竜騎士だからと政略結婚の道具にするのは酷いと思った。

「おや、ミミを手放すのが惜しいのか?」

 からかう父上に、ショウは腹を立てた。

「父上! 私の気持ちではなく、ミミの気持ちが大切なのです」

 言った瞬間に、しまった! と、ショウは父上の罠に嵌まったのに気づいた。ミミはずっとショウのお嫁さんになりたいと、公言していたのだ。

 ヌートン大使は、まだまだショウはアスラン王の掌の中で転がされているなと、内心で気の毒に感じる。東南諸島連合王国に竜騎士を増やしたいアスラン王が、ミミを外国に嫁がせるわけが無かったのだ。

「姪が竜騎士だなんて嬉しいぞ。いや、娘になるんだな」

 上機嫌のアスラン王と対照的に、ショウがドッと落ち込むのを見ながら、ヌートン大使はミミの件だけでユングフラウに来られたのでは無いだろうと思った。

「ミミが竜騎士の素質があるのに気付くのが遅くなったのは、女性の竜騎士が東南諸島連合王国にいなかったからだ。竜との会話能力は若い頃から発達している者もいるが、かなり成長してから能力が発達する者もいる。改めて竜騎士の血筋の者を集めて調査したが、そうそうは上手くいかないかと諦めかけた。が、お前の妹のエリカが、素質を持っていた」

 ショウは離宮に移って妹達とはあまり親しくはしていなかったが、四歳年下のエリカの名前と顔ぐらいは知っていた。

「イルバニア王国も、国王の姪より、娘の方が政略結婚には相応しいと思うだろ。エリカは後からユングフラウに到着するので、お前が面倒をみてやれ。そうだなぁ、リューデンハイムにミミと一緒に留学させてみても良い。どちらか一方を、イルバニア王国の王子と結婚させれば良いから、お前の判断に任せる」

 大勢の侍女にかしずかれて育ったミミやエリカが、リューデンハイムの寮生活に耐えられるとは思えなかった。

「しかし、リューデンハイムの寮には、侍女も連れて行けないのですよ。それにミミは竜騎士になりたいと思っているのかどうかもわかりません。あっ! エリカには許婚がいた筈ですよ」

 馬鹿馬鹿しいと、アスランは全てを却下する。

「侍女が居なくても、死ぬわけではあるまい。イルバニア王国のアリエナ王女、ロザリモンド王女、キャサリン王女も、リューデンハイムの寮で暮らされたと聞いているぞ。エリカの許婚は喜んで婚約を解消してくれたぞ、少し喜び過ぎだと思ったがな。まぁ、姉達の評判が恐ろしいから、ホッとしたのだろう。ミミは本人に決めさせてやろう!」

 アスラン王の命令で、ミミは呼び出された。

「叔父上、突然にいらしたので驚きましたわ」

 アスランは、にこやかに姪のミミの挨拶を受けた。

「驚いたのはこちらだ。ミミに竜騎士の素質があるだなんて、嬉しい驚きだった。ミミは竜騎士になるのは乗り気でないと、ショウから聞いたのだが、残念だと思っている」

 ミミはアスラン王が竜騎士を増やしたいと考えていると父上が愚痴っているのを聞いていたので、考えながら返事をする。

「それはショウ兄上の誤解ですわ。私は竜騎士のことを知らないだけです。それに子供の時から、ショウ様のお嫁さんになりたいと願っていたので、竜騎士になっていいのか迷っているのです」

 ショウは慌てて、ミミはララの妹なのですと口を挟もうとしたが、黙れとクッションを投げつけられた。 

「ふ~ん、実はエリカにも竜騎士の素質があるのがわかったのだ。私はエリカをリューデンハイムで竜騎士の勉強をさせたいと考えている。ミミも一緒に学んでくれたら、エリカも心強いと思うのだが」

 ミミはショウから離れてリューデンハイムになんか行きたくないと思ったが、アスラン王の言葉の裏の意味を考える。

「叔父上、私はショウ様と結婚させて下さるなら、妹になるエリカ様の付き添いとしてリューデンハイムで竜騎士になる修行も厭いませんわ」

「ミミ、そんな動機で竜騎士を目指すなんて、馬鹿げている。リューデンハイムには、侍女も連れて行けないんだよ。あっ、竜騎士になれるのは、二十歳ぐらいまでかかるそうだ」 

 二十歳と聞いて十二歳には永遠の長さに感じてミミは怯んだ。

「ミミ、あの馬鹿の言う事など、気にしないで良い。見習い竜騎士の試験に合格すれば十分だ。見習い竜騎士は頑張れば、十五歳でなれるぞ」

 ミミは十五歳までは結婚できないのだから、それなら我慢しても良いと思った。

「ショウ兄上と結婚させて下さいますか? それなら頑張って、見習い竜騎士に早くなります!」

 アスラン王にショウの許嫁と認められて、飛び上がって喜ぶミミと、渋い顔のショウを見て、ヌートン大使は王子という立場も楽ではないと同情する。

 しかし、ヌートン大使は竜姫と呼ばれるエリカのお守りをさせられるのに気づいて、ショウに同情している場合ではないと気を引き締めた。
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