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第五章 王太子への道 ゴルチェ大陸
26 レーベン大使
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ショウはあまりに巨大な金色の蛇にショックを受けて、大使館に着いてもボンヤリとしていたが、レーベン大使に挨拶されてハッと我に返る。
「レーベン大使、出迎えありがとう。本来ならカドフェル号でこちらに来る予定だったのだが、ゴルチェ大陸を横断して来たのだ。未だ、カドフェル号は入港していないのだろう?」
レーベン大使は突然空から舞い降りたショウ王子に驚いたが、神出鬼没のアスラン王で慣れているので、取り乱したりはしない。
しかし、二頭の竜で来られるとは聞いて無かったのと、どう見ても竜騎士に見えない子供がもう一頭の竜から降りるのを怪訝そうに眺める。ショウはレーベン大使に途中のゴルザ村で従卒を雇ったのだと、凄く略した説明でピップスを紹介する。
「でも、あの竜は?」
「あれはシリンだよ。あっ、サンズと一緒に餌をやらなきゃね」
そうでは無くて、何故見知らぬ竜を連れた従卒を雇ったのかと聞いているのだとレーベン大使は聞き返したかったが、竜馬鹿なのはアスラン王と同じだと、先ずは餌を用意するように職員に命じる。
ショウの肩に舞い降りた大きな立派な鷹に、レーベン大使もホォと感嘆の声をあげた。
「これがターシュですね。レイテから大切に世話をするように、指令が届いています。庭に鶏を放し飼いにしておけば、良かったのですよね」
ショウはあとは水浴びの場所だなぁと思ったが、緑が溢れる大使館の庭には、あちらこちらに噴水や、高低差を生かした小さな滝が設けられていて、ターシュはサッサと水浴びを始める。
「これでターシュと竜達は大丈夫だな」
竜舎の前の敷き詰められた砂利の上で、サンズとシリンが丸々と太った水牛をガッツリ食べているのを見て、ピップスが少し気分が悪そうにしているのに気づいた。
「ピップス、竜騎士は自分の竜の食事の管理をしなくちゃいけないんだ。その内に慣れるよ……。え~と、それから言って無かったけど、僕は東南諸島連合王国の王子なんだ。旅の途中はワンダーやバージョンにも王子とは呼んで貰いたく無かったので、ピップスにも黙っていたんだ、御免ね」
ピップスは命を助けてくれたショウが、王子だろうと、何だろうと関係ないと思った。
「私はショウ様の側を離れません。でも、ワンダー様やバージョンさんがいなくなったら、誰に細々としたことを聞けば良いのでしょうか?」
う~ん、とショウも考えてしまう。
「取り敢えずは、僕の側で勉強しよう。でも、僕も忙しいので、竜騎士になる武術と勉強は学校でして貰うかもしれないな。このことは後で考えるよ」
サンズとシリンの食事が終わり、竜舎に落ち着くのを見て、ショウはレーベン大使が当たりか外れかを確認しに大使館へ向かう。
「ショウ王子、長旅の疲れをお湯で流して下さい。その後で、ささやかな歓迎の宴を開きたいと思います」
スラリとした体型のレーベン大使に、もしかしたら当たりかなと期待していたショウは内心で、チェ、外れだ! と毒づく。
東南諸島の王子らしくなく宴会が苦手なショウは、大使を当たりと外れに分けていたが、どうも外ればかりだと愚痴りながらお湯に浸かる。
ワンダーやバージョンも、カドフェル号が入港するまでは大使館に滞在するので、ピップスの世話を任せられるが、その後はどうしたものかなぁと、ショウは頭にお湯を掛けて貰いながら考える。
「もう少し一般の知識を身につけたら、見習い竜騎士のように側に置いて、仕事を手伝って貰えるけどなぁ。大使館付きの竜騎士にレイテへの書簡を頼んでも、緊急時に定期報告で留守だったりもするから、ピップスが飛行に慣れたら便利なのは確かなんだ。あっ、地図の読み方や、現在地の計測の仕方も教えなきゃ。ええっと、ピップスって泳げたかな?」
ショウは立派な竜騎士になるには、リューデンハイムか、ウェスティンに入学させればお互いにとって楽だけど、ピップスが自分の側を離れてくれるのか、そして微妙な感情を持っている旧帝国の流れを汲む三国の竜騎士の学校へ行ってくれるのかなと考える。
「ああ、これもレイテに報告書を書かなきゃいけないんだな……」
明日はアルジェ女王に到着の挨拶をしに行かなくちゃいけないしと、気が重くなりながら風呂から出て、バルコニーで夕暮れに沈むサリザンを眺めながら風で涼を取る。
「ショウ様? ショウ王子と呼んだ方が良いのでしょうか?」
ピップスも風呂に入って、さっぱりした感じで、侍従達が着ているような服に着替えていた。
「僕と二人の時はショウで良いよ。着替えたんだね、ピップスはスーラ王国の人間にも、東南諸島の人間にも見えるね。きっと帝国風の服を着たら、帝国の人間にも見えると思うよ」
帝国に抵抗してゴルチェ大陸の奥地に逃げた祖先が混血を繰り返した結果、独特な雰囲気の顔立ちをピップスに与えている。ピップスは肩をすくめて、僕は祖先返りなんですと苦笑する。
「それに僕の村は竜がいるので、周りからも浮いていましたから。でも、竜が居なくなって、少しは付き合いも頻繁になるかもしれません。村の外に嫁ぐ娘はいても、竜が怖いのか旦那さんは村に遊びになかなか来なかったから。竜は人を襲ったりしないのに……」
ゴルザ村の特別な事情と、その中でも先祖返りの顔立ちを持ったピップスに複雑な歴史を感じた。
ショウがノンビリお風呂に入っり、ピップスと村の歴史を話し合っていた頃、レーベン大使はワンダーを捕まえて、ザッとピップスの身元とシリンの出所を確認していた。
「貴方がついていながら、もしかしたら疫病かもしれない寒村によくショウ王子を行かせましたね」
ワンダーは、レーベン大使の矢面に立たされた。
「一応止めましたし、ショウ王子も村の外で疫病ではないと確認してから、治療することにされました」
未だ年若い王子が目の前の疫病患者を見捨てられたでしょうかねと、レーベン大使は着陸させたのが問題ですと、ワンダーを叱りつける。その点は結果が疫病では無くて幸運だったと、ワンダーも感じていたので自分の監督不行き届きを認める。
「まぁ、竜騎士のショウ王子が竜に命令するのを止めるのは、貴方にも無理だったかもしれません。しかし、竜騎士の隠れ里など、長年スーラ王国に駐在している私も聞いたことがありません。ピップスは本当に骨を折っていたのですか? 演技では無かったのでしょうね?」
ワンダーは質問の意味がわからなかった。
「何処かの国の見習い竜騎士をスパイとして、ショウ王子の側に潜入させたとかは考えられませんか? ゴルチェ大陸の一部の地区の変な風習を逆手に取って、ショウ王子に罠をしかけたとかは考えられませんか?」
スーラ王国の駐在大使として、レーベン大使は厳しくワンダーを詰問する。レーベン大使にとってショウ王子の身の安全が一番大事で、ワンダーの気分を害そうが歯牙にもかけていない。
「ピップスは全身骨折していました。折れていない骨を探す方が難しい程で、ショウ王子が通りかかって治療の技を使わなければ、折れた肋骨が肺を傷つけていましたから、命は無かったと思います。それに、ショウ王子はシリンと話せます。竜は嘘をつきませんから、他国の見習い竜騎士だなんて有り得ません。第一、ゴルザ村の上を飛ぶなんて誰も考えもつきませんよ」
レーベン大使もピップスが他国のスパイだとは真剣には考えてなかったが、可能性をキチンと潰さなければ側には置いて置けないので確認したのだ。
「ピップスはゴルザ村の竜騎士の末裔なのでしょう。私もショウ王子が気まぐれでゴルチェ大陸を横断するのに合わせて、全身骨折させるなんて策略を考えませんから。そんな策略で村人まで準備したら、更迭されますよ」
納得したレーベン大使だったが、ピップスの扱いには困惑する。
「ショウ王子は、ピップスを立派な竜騎士にすると約束されたのですね。あの方はきっと約束を守ろうとされるでしょう」
ショウと会うのは初めてだったが、各国の大使館からの報告書で、少年らしい正義感を持っているのをレーベン大使は知っていた。
「ピップスは鍛えれば良い護衛になりますよ。ショウ王子に心より忠誠を誓ってますし、竜騎士なので機動力もあります。当分は従卒扱いで、ショウ王子の身の回りの世話をさせながら、一般常識や、礼儀作法を叩きこんだら良いと思います」
レーベン大使は、ショウがスーラ王国の訪問を嫌がる理由も、カザリア王国駐在大使のパシャムから他の情報と交換して手に入れていたので、心を安らげるのには同じ年頃の側仕も良いかもしれないと頷く。
やっとレーベン大使から解放されたワンダーは、武官なので、手早く入浴を済ませて、こざっぱりした軍服に着替えた。バージョンは先に入浴を済ませて宴会場に先に降りていたが、レーベン大使にショウ王子とピップスを呼びに行くようにと命令された。
「ショウ王子、レーベン大使が宴会だとお呼びですよ。ピップス君も一緒に宴会に参加するようにと言われました」
ヤレヤレとショウはベランダの椅子から腰をあげて、階下へと向かう。
「宴会かぁ、レーベン大使は外れかなぁ?」
バージョンは、外れ? と、不思議に思ってショウに質問する。
「宴会好きな大使は、僕にとって外れなんだ。これからの滞在中、何回宴会につき合わされるのかなぁ。でも、ピップスには良い機会かも知れないね。東南諸島の男は宴会好きなんだ。僕の側にいるなら、宴会に慣れなきゃね」
ショウはピップスも一緒で良いと聞いて喜んだが、酒を飲み過ぎないようにと年上ぶって注意を与える。
「宴会に慣れなくてはいけないのは、ショウ王子でしょう。いつまでも宴会嫌いでは困りますよ」
サッサと入浴を済ませたワンダーと合流して、耳に痛い説教をされたショウは首を竦める。
「でも、父上も宴会嫌いですよ。兄弟では僕だけが、こんな迷惑な気質も受け継いだのです」
尊敬するアスラン王を持ち出されて、ワンダーはそれ以上はショウ王子の宴会嫌いを説教できなくなる。
「本当に、ああ言えばこう言うのだから。口では、ショウ王子に勝てませんね」
宴会は次々と料理が運ばれて、飲み物もふんだんに用意されていたし、音楽も心地よかったが、割と短時間でお開きになった。
「ゴルチェ大陸の横断旅行で、皆様お疲れでしょう。カドフェル号が到着したら、改めて宴会を開きましょう」
ショウはレーベン大使が、外れなのか、当たりなのか、判断を保留した。宴会好きなレーベン大使は、元々ショウと話し合わなくてはいけない事が山積みだったのに、ピップスの件も解決しなくてはいけないので、泣く泣くお開きを宣言したのだ。
書斎でショウと二人きりになったレーベン大使は、先ずは一番大事なアルジェ女王への訪問の段取りを説明する。
「未だ、カドフェル号が着くとは思ってませんでしたので、訪問の約束は取り付けておりません。しかし、竜が大使館に到着したのは報告されているでしょうから、朝一番に訪問の約束を取り付けて、先ずは到着の挨拶をお願いします。アルジェ女王は、朝から精力的に御政務を執り行われますから、もしかしたら午前中に挨拶に行くことになるかもしれません」
真面目な働き振りを父上にも見習って貰いたいと、ショウは内心でつっこんだ。
その後、スーラ王国と東南諸島連合との交易の諸問題をレーベン大使から、徹底的に叩き込まれたショウは頭がパンクしそうになる。
「え~っ、ちょっと待って下さい。香辛料は買っているのでは無いですか? 何で、売る時の関税が問題なのですか?」
レーベン大使はチッチと指を立てて横に振りながら、胡椒、ナツメグ、ターメリックは輸入してますが、唐辛子、八角、クミンなどは輸出しているのですと、香辛料と言っても全てをスーラ王国が生産していないのは当たり前でしょうと教える。
「ええ? でも、買う時は勿論ですが、関税0なのですよね。で、売る時は関税がかかるのですか? スーラ王国は自由貿易では無かったのですか?」
だから、問題なのですとレーベン大使はスーラ王国のやり方をこき下ろした。
「国内の香辛料の生産を保護しているのですね。香辛料や、米も取れるし、後は竜湶香や金と値段の高い物ばかりで、本来はスーラ王国は貿易は黒字な筈なのに? 何で、こんなに赤字なのかな?」
ショウは資料を見て首を傾げる。
「えっ、これは……小麦、絹、酒類、宝石類……贅沢品が凄く沢山輸入されていますね」
レーベン大使はスーラ王国の王族と神官達は贅沢が好きだからと眉を顰める。
「米を主食に川魚や海の幸の副食を食べるのが、スーラ王国の食文化だったのに、帝国風にパンや肉を食べだしてから、おかしな事になってます。自国で取れない小麦を輸入して、余った米を輸出しているのです。それにイルバニア王国から高いワインや、カザリア王国からウィスキーを輸入してますね。金鉱が有るので貿易が赤字でも、すぐには問題は起きないでしょうが、こう赤字額が膨らむと問題視されてきてます」
ショウは首都までの川沿いに広がる田んぼを思い出して、米を食べれば小麦を輸入しなくて良いのにと、溜め息をつく。
「貿易が赤字だから、輸入品には関税をかけるようになったのですね。でも、香辛料も自国で栽培されてない種類を輸入しているんでしょ? そんな物にチマチマ関税を取るより、この宝石類を輸入禁止にすれば良いのでは?」
レーベン大使は宝石類は東南諸島連合王国の主要輸出品ではありませんかと眉を逆立てる。
「宝石類と更紗と香辛料は我が国の主要輸出品です! 特に南洋真珠はスーラ王国の王族や神官達には好まれているのですよ。これらの品物に関税を掛けるなんて許されませんよ。あっ、酒類、小麦、絹はイルバニア王国の輸出品なので、これを贅沢品に指定してもいいですね。我が国の商人は運んでるだけですし、儲けが少なくなるので文句を言うでしょうが、我が国の生産物ではありませんから影響は少ないです」
徹底的に自国の利益を守ろうとするレーベン大使に、ショウは呆れてしまう。
「元々、スーラ王国と我が国は自由貿易協定を結んでいます。基本は関税0の自由貿易を目指して、交渉しましょう。自国の利益のみを優先しすぎると、ブロック貿易になり、自国貿易を将来的には阻害してしまいます」
理想を口にしたショウは、そんな甘いパロマ大学の教授が言いそうな夢物語を言っている場合ではないのですと、その後ニ時間に渡って徹底的にしごかれた。
どっと疲れたショウに、今夜はこれくらいにしておきますと、長旅の疲れを気遣うレーベン大使に、この狐! と内心で毒づいた。
「コホン! それでピップス君の扱いですが、レイテからの指示が来るまでは、ショウ王子付きの従卒扱いにさせて頂きます。もう少し慣れるように、ワンダー少尉とバージョン士官候補生に指導して貰いましょう」
やっとレーベン大使から解放されたショウは、ワンダーの部屋で東南諸島の礼儀作法、帝国三国の礼儀作法を徹底的に叩き込まれているピップスを見つけて、今夜はそのくらいにしてやれと解放してやる。
「一気には無理だよ。カドフェル号が寄港するまで、二人とも大使館に滞在するのだから、少しずつ教えてやってくれないか」
首都サリザンに着いた初日、疲れ果てたショウは巨大なヘビの彫像を思い出す暇もなく、ベッドに入った途端に眠りについた。
「レーベン大使、出迎えありがとう。本来ならカドフェル号でこちらに来る予定だったのだが、ゴルチェ大陸を横断して来たのだ。未だ、カドフェル号は入港していないのだろう?」
レーベン大使は突然空から舞い降りたショウ王子に驚いたが、神出鬼没のアスラン王で慣れているので、取り乱したりはしない。
しかし、二頭の竜で来られるとは聞いて無かったのと、どう見ても竜騎士に見えない子供がもう一頭の竜から降りるのを怪訝そうに眺める。ショウはレーベン大使に途中のゴルザ村で従卒を雇ったのだと、凄く略した説明でピップスを紹介する。
「でも、あの竜は?」
「あれはシリンだよ。あっ、サンズと一緒に餌をやらなきゃね」
そうでは無くて、何故見知らぬ竜を連れた従卒を雇ったのかと聞いているのだとレーベン大使は聞き返したかったが、竜馬鹿なのはアスラン王と同じだと、先ずは餌を用意するように職員に命じる。
ショウの肩に舞い降りた大きな立派な鷹に、レーベン大使もホォと感嘆の声をあげた。
「これがターシュですね。レイテから大切に世話をするように、指令が届いています。庭に鶏を放し飼いにしておけば、良かったのですよね」
ショウはあとは水浴びの場所だなぁと思ったが、緑が溢れる大使館の庭には、あちらこちらに噴水や、高低差を生かした小さな滝が設けられていて、ターシュはサッサと水浴びを始める。
「これでターシュと竜達は大丈夫だな」
竜舎の前の敷き詰められた砂利の上で、サンズとシリンが丸々と太った水牛をガッツリ食べているのを見て、ピップスが少し気分が悪そうにしているのに気づいた。
「ピップス、竜騎士は自分の竜の食事の管理をしなくちゃいけないんだ。その内に慣れるよ……。え~と、それから言って無かったけど、僕は東南諸島連合王国の王子なんだ。旅の途中はワンダーやバージョンにも王子とは呼んで貰いたく無かったので、ピップスにも黙っていたんだ、御免ね」
ピップスは命を助けてくれたショウが、王子だろうと、何だろうと関係ないと思った。
「私はショウ様の側を離れません。でも、ワンダー様やバージョンさんがいなくなったら、誰に細々としたことを聞けば良いのでしょうか?」
う~ん、とショウも考えてしまう。
「取り敢えずは、僕の側で勉強しよう。でも、僕も忙しいので、竜騎士になる武術と勉強は学校でして貰うかもしれないな。このことは後で考えるよ」
サンズとシリンの食事が終わり、竜舎に落ち着くのを見て、ショウはレーベン大使が当たりか外れかを確認しに大使館へ向かう。
「ショウ王子、長旅の疲れをお湯で流して下さい。その後で、ささやかな歓迎の宴を開きたいと思います」
スラリとした体型のレーベン大使に、もしかしたら当たりかなと期待していたショウは内心で、チェ、外れだ! と毒づく。
東南諸島の王子らしくなく宴会が苦手なショウは、大使を当たりと外れに分けていたが、どうも外ればかりだと愚痴りながらお湯に浸かる。
ワンダーやバージョンも、カドフェル号が入港するまでは大使館に滞在するので、ピップスの世話を任せられるが、その後はどうしたものかなぁと、ショウは頭にお湯を掛けて貰いながら考える。
「もう少し一般の知識を身につけたら、見習い竜騎士のように側に置いて、仕事を手伝って貰えるけどなぁ。大使館付きの竜騎士にレイテへの書簡を頼んでも、緊急時に定期報告で留守だったりもするから、ピップスが飛行に慣れたら便利なのは確かなんだ。あっ、地図の読み方や、現在地の計測の仕方も教えなきゃ。ええっと、ピップスって泳げたかな?」
ショウは立派な竜騎士になるには、リューデンハイムか、ウェスティンに入学させればお互いにとって楽だけど、ピップスが自分の側を離れてくれるのか、そして微妙な感情を持っている旧帝国の流れを汲む三国の竜騎士の学校へ行ってくれるのかなと考える。
「ああ、これもレイテに報告書を書かなきゃいけないんだな……」
明日はアルジェ女王に到着の挨拶をしに行かなくちゃいけないしと、気が重くなりながら風呂から出て、バルコニーで夕暮れに沈むサリザンを眺めながら風で涼を取る。
「ショウ様? ショウ王子と呼んだ方が良いのでしょうか?」
ピップスも風呂に入って、さっぱりした感じで、侍従達が着ているような服に着替えていた。
「僕と二人の時はショウで良いよ。着替えたんだね、ピップスはスーラ王国の人間にも、東南諸島の人間にも見えるね。きっと帝国風の服を着たら、帝国の人間にも見えると思うよ」
帝国に抵抗してゴルチェ大陸の奥地に逃げた祖先が混血を繰り返した結果、独特な雰囲気の顔立ちをピップスに与えている。ピップスは肩をすくめて、僕は祖先返りなんですと苦笑する。
「それに僕の村は竜がいるので、周りからも浮いていましたから。でも、竜が居なくなって、少しは付き合いも頻繁になるかもしれません。村の外に嫁ぐ娘はいても、竜が怖いのか旦那さんは村に遊びになかなか来なかったから。竜は人を襲ったりしないのに……」
ゴルザ村の特別な事情と、その中でも先祖返りの顔立ちを持ったピップスに複雑な歴史を感じた。
ショウがノンビリお風呂に入っり、ピップスと村の歴史を話し合っていた頃、レーベン大使はワンダーを捕まえて、ザッとピップスの身元とシリンの出所を確認していた。
「貴方がついていながら、もしかしたら疫病かもしれない寒村によくショウ王子を行かせましたね」
ワンダーは、レーベン大使の矢面に立たされた。
「一応止めましたし、ショウ王子も村の外で疫病ではないと確認してから、治療することにされました」
未だ年若い王子が目の前の疫病患者を見捨てられたでしょうかねと、レーベン大使は着陸させたのが問題ですと、ワンダーを叱りつける。その点は結果が疫病では無くて幸運だったと、ワンダーも感じていたので自分の監督不行き届きを認める。
「まぁ、竜騎士のショウ王子が竜に命令するのを止めるのは、貴方にも無理だったかもしれません。しかし、竜騎士の隠れ里など、長年スーラ王国に駐在している私も聞いたことがありません。ピップスは本当に骨を折っていたのですか? 演技では無かったのでしょうね?」
ワンダーは質問の意味がわからなかった。
「何処かの国の見習い竜騎士をスパイとして、ショウ王子の側に潜入させたとかは考えられませんか? ゴルチェ大陸の一部の地区の変な風習を逆手に取って、ショウ王子に罠をしかけたとかは考えられませんか?」
スーラ王国の駐在大使として、レーベン大使は厳しくワンダーを詰問する。レーベン大使にとってショウ王子の身の安全が一番大事で、ワンダーの気分を害そうが歯牙にもかけていない。
「ピップスは全身骨折していました。折れていない骨を探す方が難しい程で、ショウ王子が通りかかって治療の技を使わなければ、折れた肋骨が肺を傷つけていましたから、命は無かったと思います。それに、ショウ王子はシリンと話せます。竜は嘘をつきませんから、他国の見習い竜騎士だなんて有り得ません。第一、ゴルザ村の上を飛ぶなんて誰も考えもつきませんよ」
レーベン大使もピップスが他国のスパイだとは真剣には考えてなかったが、可能性をキチンと潰さなければ側には置いて置けないので確認したのだ。
「ピップスはゴルザ村の竜騎士の末裔なのでしょう。私もショウ王子が気まぐれでゴルチェ大陸を横断するのに合わせて、全身骨折させるなんて策略を考えませんから。そんな策略で村人まで準備したら、更迭されますよ」
納得したレーベン大使だったが、ピップスの扱いには困惑する。
「ショウ王子は、ピップスを立派な竜騎士にすると約束されたのですね。あの方はきっと約束を守ろうとされるでしょう」
ショウと会うのは初めてだったが、各国の大使館からの報告書で、少年らしい正義感を持っているのをレーベン大使は知っていた。
「ピップスは鍛えれば良い護衛になりますよ。ショウ王子に心より忠誠を誓ってますし、竜騎士なので機動力もあります。当分は従卒扱いで、ショウ王子の身の回りの世話をさせながら、一般常識や、礼儀作法を叩きこんだら良いと思います」
レーベン大使は、ショウがスーラ王国の訪問を嫌がる理由も、カザリア王国駐在大使のパシャムから他の情報と交換して手に入れていたので、心を安らげるのには同じ年頃の側仕も良いかもしれないと頷く。
やっとレーベン大使から解放されたワンダーは、武官なので、手早く入浴を済ませて、こざっぱりした軍服に着替えた。バージョンは先に入浴を済ませて宴会場に先に降りていたが、レーベン大使にショウ王子とピップスを呼びに行くようにと命令された。
「ショウ王子、レーベン大使が宴会だとお呼びですよ。ピップス君も一緒に宴会に参加するようにと言われました」
ヤレヤレとショウはベランダの椅子から腰をあげて、階下へと向かう。
「宴会かぁ、レーベン大使は外れかなぁ?」
バージョンは、外れ? と、不思議に思ってショウに質問する。
「宴会好きな大使は、僕にとって外れなんだ。これからの滞在中、何回宴会につき合わされるのかなぁ。でも、ピップスには良い機会かも知れないね。東南諸島の男は宴会好きなんだ。僕の側にいるなら、宴会に慣れなきゃね」
ショウはピップスも一緒で良いと聞いて喜んだが、酒を飲み過ぎないようにと年上ぶって注意を与える。
「宴会に慣れなくてはいけないのは、ショウ王子でしょう。いつまでも宴会嫌いでは困りますよ」
サッサと入浴を済ませたワンダーと合流して、耳に痛い説教をされたショウは首を竦める。
「でも、父上も宴会嫌いですよ。兄弟では僕だけが、こんな迷惑な気質も受け継いだのです」
尊敬するアスラン王を持ち出されて、ワンダーはそれ以上はショウ王子の宴会嫌いを説教できなくなる。
「本当に、ああ言えばこう言うのだから。口では、ショウ王子に勝てませんね」
宴会は次々と料理が運ばれて、飲み物もふんだんに用意されていたし、音楽も心地よかったが、割と短時間でお開きになった。
「ゴルチェ大陸の横断旅行で、皆様お疲れでしょう。カドフェル号が到着したら、改めて宴会を開きましょう」
ショウはレーベン大使が、外れなのか、当たりなのか、判断を保留した。宴会好きなレーベン大使は、元々ショウと話し合わなくてはいけない事が山積みだったのに、ピップスの件も解決しなくてはいけないので、泣く泣くお開きを宣言したのだ。
書斎でショウと二人きりになったレーベン大使は、先ずは一番大事なアルジェ女王への訪問の段取りを説明する。
「未だ、カドフェル号が着くとは思ってませんでしたので、訪問の約束は取り付けておりません。しかし、竜が大使館に到着したのは報告されているでしょうから、朝一番に訪問の約束を取り付けて、先ずは到着の挨拶をお願いします。アルジェ女王は、朝から精力的に御政務を執り行われますから、もしかしたら午前中に挨拶に行くことになるかもしれません」
真面目な働き振りを父上にも見習って貰いたいと、ショウは内心でつっこんだ。
その後、スーラ王国と東南諸島連合との交易の諸問題をレーベン大使から、徹底的に叩き込まれたショウは頭がパンクしそうになる。
「え~っ、ちょっと待って下さい。香辛料は買っているのでは無いですか? 何で、売る時の関税が問題なのですか?」
レーベン大使はチッチと指を立てて横に振りながら、胡椒、ナツメグ、ターメリックは輸入してますが、唐辛子、八角、クミンなどは輸出しているのですと、香辛料と言っても全てをスーラ王国が生産していないのは当たり前でしょうと教える。
「ええ? でも、買う時は勿論ですが、関税0なのですよね。で、売る時は関税がかかるのですか? スーラ王国は自由貿易では無かったのですか?」
だから、問題なのですとレーベン大使はスーラ王国のやり方をこき下ろした。
「国内の香辛料の生産を保護しているのですね。香辛料や、米も取れるし、後は竜湶香や金と値段の高い物ばかりで、本来はスーラ王国は貿易は黒字な筈なのに? 何で、こんなに赤字なのかな?」
ショウは資料を見て首を傾げる。
「えっ、これは……小麦、絹、酒類、宝石類……贅沢品が凄く沢山輸入されていますね」
レーベン大使はスーラ王国の王族と神官達は贅沢が好きだからと眉を顰める。
「米を主食に川魚や海の幸の副食を食べるのが、スーラ王国の食文化だったのに、帝国風にパンや肉を食べだしてから、おかしな事になってます。自国で取れない小麦を輸入して、余った米を輸出しているのです。それにイルバニア王国から高いワインや、カザリア王国からウィスキーを輸入してますね。金鉱が有るので貿易が赤字でも、すぐには問題は起きないでしょうが、こう赤字額が膨らむと問題視されてきてます」
ショウは首都までの川沿いに広がる田んぼを思い出して、米を食べれば小麦を輸入しなくて良いのにと、溜め息をつく。
「貿易が赤字だから、輸入品には関税をかけるようになったのですね。でも、香辛料も自国で栽培されてない種類を輸入しているんでしょ? そんな物にチマチマ関税を取るより、この宝石類を輸入禁止にすれば良いのでは?」
レーベン大使は宝石類は東南諸島連合王国の主要輸出品ではありませんかと眉を逆立てる。
「宝石類と更紗と香辛料は我が国の主要輸出品です! 特に南洋真珠はスーラ王国の王族や神官達には好まれているのですよ。これらの品物に関税を掛けるなんて許されませんよ。あっ、酒類、小麦、絹はイルバニア王国の輸出品なので、これを贅沢品に指定してもいいですね。我が国の商人は運んでるだけですし、儲けが少なくなるので文句を言うでしょうが、我が国の生産物ではありませんから影響は少ないです」
徹底的に自国の利益を守ろうとするレーベン大使に、ショウは呆れてしまう。
「元々、スーラ王国と我が国は自由貿易協定を結んでいます。基本は関税0の自由貿易を目指して、交渉しましょう。自国の利益のみを優先しすぎると、ブロック貿易になり、自国貿易を将来的には阻害してしまいます」
理想を口にしたショウは、そんな甘いパロマ大学の教授が言いそうな夢物語を言っている場合ではないのですと、その後ニ時間に渡って徹底的にしごかれた。
どっと疲れたショウに、今夜はこれくらいにしておきますと、長旅の疲れを気遣うレーベン大使に、この狐! と内心で毒づいた。
「コホン! それでピップス君の扱いですが、レイテからの指示が来るまでは、ショウ王子付きの従卒扱いにさせて頂きます。もう少し慣れるように、ワンダー少尉とバージョン士官候補生に指導して貰いましょう」
やっとレーベン大使から解放されたショウは、ワンダーの部屋で東南諸島の礼儀作法、帝国三国の礼儀作法を徹底的に叩き込まれているピップスを見つけて、今夜はそのくらいにしてやれと解放してやる。
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