海と風の王国

梨香

文字の大きさ
180 / 368
第七章  王太子への道 プロポーズ

18  バッカス大使

しおりを挟む
 ヤング艦長に支えられて大使館に到着したショウは、走り寄った大使館付きの武官に抱き上げられて、ベッドまで連れて行って貰う。

「服もびしょ濡れだわ、早く着替えさせなくちゃ」

 嬉しそうにショウの服を脱がせようとするバッカス大使の手を、ヤング艦長は強く握って制する。

「ショウ王子に、指一本でも触るな!」

「あら? 怖い顔。でも、濡れた服が身体に障るのは、ヤング艦長もご存知でしょう」

 そう言うと文官のバッカス大使なのに、ヤング艦長の手を片手で払いのける。ショウはベッドにとっとと寝たい気分だったし、何となく動機に不純な物を感じるバッカス大使に、着替えを手伝って貰いたくない。

「自分で着替えられます」

 冷たく断られて、そうですかぁと残念そうなバッカス大使の前で、スパッと服を脱ぎ捨てる。

「いやん! ショウ王子ったら大胆ねぇ。キヤッ、綺麗な身体だわぁ~」

 ヤング艦長は、この変態! とバッカス大使にショウの着替えを見せないように身体を盾にしたが、それと同時に王子様はいつも侍従に世話をされているので、羞恥心が無いのだと呆れる。

 ショウは少し変な言葉を発するバッカス大使を気にするどころではなくて、身体がフラフラするのでサッサと濡れた服を脱ぎ捨てて、用意されていた袖口にレースが付いた寝間着に着替えてベッドに横たわる。絹の掛け布団もレースの縁取りのあるシーツがセットされていて、ベッドには天蓋から極薄のカーテンがドレープして下がっている。

「眠れる王子様……」

 ポオッと頬を染めるバッカス大使の頭を、殴りつけたくなったヤング艦長だが、治療師が診察しだしたのでおとなしくする。

 大使館付きの治療師は、グッタリしているショウの脈や熱を診察し、具合の悪くなった時間などを問診していく。

「魔力の使い過ぎと、過労ですね。それと、冷たい雨に打たれたのが、良く無かったのでしょう。安静にして体力を回復させるしかないですね」

 治療師は技を使って少し熱を下げたが、全ては下げきらない。

「何故、ちゃんと治療しないのだ」

 心配で気が立っているヤング艦長は、治療師が熱を下げないのに不満をぶつける。

「熱が出るのは、身体が危険信号を出しているのよ。ショウ王子は無理をしすぎなのだわ。だから、熱が下がるまで、ゆっくりと休養することが必要なの」

『ゆっくり』という言葉に顔をしかめたヤング艦長だったが、ショウの健康の為には休養が必要だと我慢する。

「ヤング艦長もずぶ濡れねぇ、お風呂をお使いになったら? 着替えは私の服をお貸しするわ」

「結構です! 軍務期間中は軍服を着用させて貰います」

 ピンクの服など絶対に着たくないが、ショウの側を離れるのも心配なヤング艦長は、マスカレード号から従卒に着替えを持って来させる。自分が風呂を使う間、従卒にショウの部屋を見張らせていたが、素早く湯から上がり部屋へと向かう。

「全く、自国の大使館で、ショウ王子の身の安全を心配しなくてはいけないだなんて!」

 ブツブツ文句を言いながら、ヤング艦長はショウの部屋の前で従卒と揉めている、バッカス大使の前まで駆けていく。

「ああ、ヤング艦長。この無粋な従卒が、ショウ王子の看病をしようとする私の入室を拒むのですよ。此処は東南諸島連合王国の大使館で、私は駐在大使なのですよ。これは越権行為です」

 指を一本振り立てて怒るバッカス大使も、濡れたピンクの服から、これまた東南諸島の男が絶対に着ない薄いフェミニンな水色の長衣に着替えている。確かにマルタ公国では、駐在大使であるバッカス大使が一番上位だ。

「それは失礼しました。しかし、バッカス大使に看護などして頂かなくても、従卒がショウ王子の身の回りの世話を致します」

 キッパリ言い切ったヤング艦長だが、分が悪いのは目に見えている。しかし、バッカス大使は、まぁ良いでしょうと、あっさりと諦めた。

「ヤング艦長、少しサロンにいらして下さる?」

 ヤング艦長はやけに諦めが良いなぁと不審に感じながら、サロンへとついていく。

「うっ、これは……」

 東南諸島の大使館なので、建物自体はレイテにあるような屋敷だったが、サロンの壁際に大理石の美青年の等身大の裸像が置いてある。

「バッカス大使! 不敬罪ですぞ!」

 その裸像の顔はどう見ても、アスラン王にそっくりだった。

「何故、不敬罪なのですか? こうしてアスラン王を崇めていますのに」

 全く意にかえしていないバッカス大使に、ヤング艦長は怒り心頭で裸像だなんてと怒鳴りつける。

「あら? ちゃんと節度を守って、局部は布で隠しているでしょ?」

 確かに大理石の像の腰には白い布を巻き付けてはあったが、このような像を造ること自体が問題だとヤング艦長は真っ赤になって怒る。

「ああ、武官なんて無粋で嫌だわねぇ! アスラン王は笑ってらしたわよ。大爆笑されて、バンバン裸像の肩を叩かれてしまったので、倒れて壊れてしまったの。これはだから、2代目なのよ。まさかヤング艦長は、アスラン王の像を壊したりなさらないわよね~」

 アスラン王にこれを見せて首を切り落とされなかったのに驚く。ヤング艦長は、バッカス大使がさぞかし高い能力を持っているのだろうと見直す。

「そんなことより、イルバニア王国の駐在大使から、依頼があった件の方が問題なのよねぇ。本来ならショウ王子に報告するところなんだけど、お身体に障るし」

 ヤング艦長も、マリーゴールド号の子息達の件は、イルバニア王国がマルタ公国と海戦を始める動機になりそうだと心配していたので、身を乗り出して、生きていたのですか? と聞く。

「まあね、海賊達は金になりそうだと生かしておいたみたいよ。マリーゴールド号に乗っていた子息達だけでなく、他の船に乗っていた乗組員達も抵抗をしなかった者は、生かして人質にしているわ。まぁ、殆どは殺されたみたいだけどね」

 ヤング艦長はキリキリと歯軋りをして、海賊達への恨みを吐き出す。
 
「ちょっと大使館の人員だけでは、作戦を立て難いと悩んでいたところなの。ヤング艦長、ちょっと手助けをして下さらない?」

 ヤング艦長は自国民の救出なら命を賭けるのも厭わないが、他国の子息達の為にと渋い顔をする。

「ヌートン大使からは、子息達の生存確認をグレゴリウス国王から依頼されたと聞いていますが……」

 渋るヤング艦長に、バッカス大使は馬鹿ねぇ、とお説教を始める。

「今はビザンには、イルバニア王国の大使も居ないのよ。国交を断絶しちゃって、大使館を閉鎖しちゃったの。華やかな一等書記官のアンドリュー卿も、ユングフラウに帰ってしまわれて寂しいわ。それにイルバニア王国が海軍を増強するのは拙いのよ」

 オネエ言葉だが、マリーゴールド号に乗っていた子息達の消息を調べあげた早さといい、マルタ公国での全権大使であるバッカス大使の判断にしたがうしかないと、ヤング艦長は溜め息をつく。
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...