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第15章 次代の王
16 ヘビ神様の前で……
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「婿入りって、そういえばはじめてだなぁ……そんなにせかさなくても結婚式は夕方だろう?」
昨夜はサバナ王国の件や、自分の妻達のいざこざなどを考えてなかなか眠りにつけなかったショウは、しびれを切らしたレーベン大使に叩き起こされた。
「そんなに呑気なことを仰っていないで、お風呂に入って下さい!」
気合いの入っているレーベン大使に風呂を勧められるが、今から入ってもまた汗をかきそうだと首を傾げる。
「結婚式は夕方ですが、その前にヘビ神様に挨拶に行かないといけません」
そんなの聞いてなかったと愚痴るショウ王太子に、ヘビ嫌いだから黙っていたのですとレーベン大使の面の皮は厚い。
「ヘビ神様に会うのは別に良いけど……二回も着替えるのは面倒だな」
侍従達に礼服に着替えるのを手伝って貰いながら、やはり裳裾は止めたいと内心で愚痴る。帯の正式な結び方に手間取る侍従達にレーベン大使は苛つく。ふと、ショウは、明日からはどうするのだろうと疑問を持つ。
「ねぇ、一月は王宮で暮らすんだろ? 着替えとかは持って行かなきゃいけないんじゃないか? あっ、サンズは連れて行って良いんだよね。でも、餌はどうしよう? 大使館へ食べさせに帰ろうかな?」
レーベン大使は、そんなことは手配済みですと、神殿へ急がせる。
神殿の奥深く、ヘビ神様の前で、アルジェ女王とゼリア王女が待っていた。ショウは、ゼリアの腰まで伸ばした艶やかな黒髪にうっとりとした目を向ける。
「ショウ王太子、よくいらして下さいました」
アルジェ女王は、簡単に挨拶を済ませると、ヘビ神様との間の御簾をあげる。そこには巨大な龍がゆったりと横たわっていた。
『ショウ、久しぶりですね。元気そうで良かったわ。キイロドクカエルの毒の影響はなさそうね』
ザイクロフト卿が決闘の時、剣にキイロドクカエルの毒を塗っていたのを、何故ヘビ神様が知っているのか? ショウは不思議に思ったが、それは詮索しないことにする。
『お陰さまで、元気に暮らしています』
『あの黄色いチビカエルを食べてはいけないのですよ。ショウも気をつけなさい』
ゴルチェ大陸に生息する猛毒を持つカエルを食べてはいけないと諭されたが、ショウは食べたわけではない。しかし、逆らわないことにして頷く。カエルを食べる習慣は、東南諸島には無いから嘘をつくわけではない。
『あのカエルを食べると、神経を侵されてしまいますからね。私は子ヘビ達に注意するように教えているのですよ。でも、ショウは大丈夫そうで安心しました』
満足そうにのたうつヘビ神様に、アルジェ女王もホッとする。ヘビ神様の前だから大人しくしていたゼリアは、パッとショウに抱きついた。
『では、ショウ様と結婚しても良いのですね!』
『もちろんですよ』
健康チェックも済んだので、ヘビ神様は許可する。昨夜、優れた王女を二人とスーラ王国には珍しく優秀な王子まで授けてくれると夢で見たのだ。とっとと床入りを済ませて欲しいと願うが、人間はあれこれややこしい。それに、ショウには尋ねたい事もあった。
『少し、ショウと二人で話したいのです。アルジェとゼリアは結婚式の準備もあるでしょうから、王宮へ帰りなさい』
結婚式といっても、神官にヘビ神様へ捧げ物を持って行かせて報告するぐらいだ。もちろん、ゼリアは香油の入ったお風呂で身体を清めたり、二人で親密に食べる食事会なども用意するが、先に王宮へ帰らなくてはいけない程のものではない。
「何かお話があるのでしょう。さぁ、ゼリア、帰りましょう」
一時もショウから離れたくないと、未練がましいゼリアの手を引いて、アルジェ女王はヘビ神様の前を辞した。他国の王太子と何を話すのか? アルジェも興味を持ったが、話して良い事なら、後でヘビ神様が教えてくれるし、秘密にしたいなら仕方がないと達観している。ヘビ神様は予知ができるが、それを人間に全て話すのは良くないと考えているのだ。
……ジェナスを諦めなさいと何度も警告を受けたのに、私は自分では処分できなかった。あの子も赤ん坊の時はとても可愛いらしかったのですもの……
ショウ様と残りたかったと、婚約指輪の見事な真珠を指先で愛しそうに触りながら愚痴るゼリアに、スーラ王国の女王としてヘビ神様との関わり方を教えなくてはいけないと、アルジェは深い溜め息をついた。ヘビ神様は、スーラ王国の護り神ではあるが、時々人間の感情には疎い事もあるのだ。百年単位で考えたら、ジェナスを始末することなど些末なことなのだろう。
……その真珠に籠められた女王の品格に相応しく教育しなくてはいけませんわね……
『アルジェ……大丈夫か?』腕に絡みつきながら、デスが息子を亡くした悲しみから立ち直っていないのを心配する。同じ輿に乗っていたゼリアは、母上が何故あんな愚かな兄上の死をいつまでも嘆いているのか理解できなかった。
『きっと、自分が産んだ子どもには、人間は特別な愛情を持つんだよ。ヘビ神様も私達を愛して下さっているけど、少し違う気がするよ』
ロスはソッとゼリアの耳元で囁いた。ショウ様との結婚で浮かれていたゼリアは、自分の子どもが死んだらと想像して、母上の嘆きを少し理解した。あまり会ったこともないジェナスを兄上というより、改革を邪魔し、母上を嘆かせる障害として見ていたのだ。
『そうね……自分の幸せに浮かれてばかりで、母上の気持ちを蔑ろにしていたわ』
しゅんとしたゼリアに気づき、アルジェは優しく微笑んだ。
「今は、ショウ様との結婚のことだけを考えていなさい」
忙しい東南諸島の王太子を後宮にずっと留めてはおけないのだ。ヘビ神様は何も言わなかったが、あの結婚に積極的な態度から、きっと優れた王女に恵まれると予知されたに違いない。ゼリアの女王教育はハネムーンが終わり、ショウが帰国してからでも良いとアルジェは、有能な女王として判断した。
昨夜はサバナ王国の件や、自分の妻達のいざこざなどを考えてなかなか眠りにつけなかったショウは、しびれを切らしたレーベン大使に叩き起こされた。
「そんなに呑気なことを仰っていないで、お風呂に入って下さい!」
気合いの入っているレーベン大使に風呂を勧められるが、今から入ってもまた汗をかきそうだと首を傾げる。
「結婚式は夕方ですが、その前にヘビ神様に挨拶に行かないといけません」
そんなの聞いてなかったと愚痴るショウ王太子に、ヘビ嫌いだから黙っていたのですとレーベン大使の面の皮は厚い。
「ヘビ神様に会うのは別に良いけど……二回も着替えるのは面倒だな」
侍従達に礼服に着替えるのを手伝って貰いながら、やはり裳裾は止めたいと内心で愚痴る。帯の正式な結び方に手間取る侍従達にレーベン大使は苛つく。ふと、ショウは、明日からはどうするのだろうと疑問を持つ。
「ねぇ、一月は王宮で暮らすんだろ? 着替えとかは持って行かなきゃいけないんじゃないか? あっ、サンズは連れて行って良いんだよね。でも、餌はどうしよう? 大使館へ食べさせに帰ろうかな?」
レーベン大使は、そんなことは手配済みですと、神殿へ急がせる。
神殿の奥深く、ヘビ神様の前で、アルジェ女王とゼリア王女が待っていた。ショウは、ゼリアの腰まで伸ばした艶やかな黒髪にうっとりとした目を向ける。
「ショウ王太子、よくいらして下さいました」
アルジェ女王は、簡単に挨拶を済ませると、ヘビ神様との間の御簾をあげる。そこには巨大な龍がゆったりと横たわっていた。
『ショウ、久しぶりですね。元気そうで良かったわ。キイロドクカエルの毒の影響はなさそうね』
ザイクロフト卿が決闘の時、剣にキイロドクカエルの毒を塗っていたのを、何故ヘビ神様が知っているのか? ショウは不思議に思ったが、それは詮索しないことにする。
『お陰さまで、元気に暮らしています』
『あの黄色いチビカエルを食べてはいけないのですよ。ショウも気をつけなさい』
ゴルチェ大陸に生息する猛毒を持つカエルを食べてはいけないと諭されたが、ショウは食べたわけではない。しかし、逆らわないことにして頷く。カエルを食べる習慣は、東南諸島には無いから嘘をつくわけではない。
『あのカエルを食べると、神経を侵されてしまいますからね。私は子ヘビ達に注意するように教えているのですよ。でも、ショウは大丈夫そうで安心しました』
満足そうにのたうつヘビ神様に、アルジェ女王もホッとする。ヘビ神様の前だから大人しくしていたゼリアは、パッとショウに抱きついた。
『では、ショウ様と結婚しても良いのですね!』
『もちろんですよ』
健康チェックも済んだので、ヘビ神様は許可する。昨夜、優れた王女を二人とスーラ王国には珍しく優秀な王子まで授けてくれると夢で見たのだ。とっとと床入りを済ませて欲しいと願うが、人間はあれこれややこしい。それに、ショウには尋ねたい事もあった。
『少し、ショウと二人で話したいのです。アルジェとゼリアは結婚式の準備もあるでしょうから、王宮へ帰りなさい』
結婚式といっても、神官にヘビ神様へ捧げ物を持って行かせて報告するぐらいだ。もちろん、ゼリアは香油の入ったお風呂で身体を清めたり、二人で親密に食べる食事会なども用意するが、先に王宮へ帰らなくてはいけない程のものではない。
「何かお話があるのでしょう。さぁ、ゼリア、帰りましょう」
一時もショウから離れたくないと、未練がましいゼリアの手を引いて、アルジェ女王はヘビ神様の前を辞した。他国の王太子と何を話すのか? アルジェも興味を持ったが、話して良い事なら、後でヘビ神様が教えてくれるし、秘密にしたいなら仕方がないと達観している。ヘビ神様は予知ができるが、それを人間に全て話すのは良くないと考えているのだ。
……ジェナスを諦めなさいと何度も警告を受けたのに、私は自分では処分できなかった。あの子も赤ん坊の時はとても可愛いらしかったのですもの……
ショウ様と残りたかったと、婚約指輪の見事な真珠を指先で愛しそうに触りながら愚痴るゼリアに、スーラ王国の女王としてヘビ神様との関わり方を教えなくてはいけないと、アルジェは深い溜め息をついた。ヘビ神様は、スーラ王国の護り神ではあるが、時々人間の感情には疎い事もあるのだ。百年単位で考えたら、ジェナスを始末することなど些末なことなのだろう。
……その真珠に籠められた女王の品格に相応しく教育しなくてはいけませんわね……
『アルジェ……大丈夫か?』腕に絡みつきながら、デスが息子を亡くした悲しみから立ち直っていないのを心配する。同じ輿に乗っていたゼリアは、母上が何故あんな愚かな兄上の死をいつまでも嘆いているのか理解できなかった。
『きっと、自分が産んだ子どもには、人間は特別な愛情を持つんだよ。ヘビ神様も私達を愛して下さっているけど、少し違う気がするよ』
ロスはソッとゼリアの耳元で囁いた。ショウ様との結婚で浮かれていたゼリアは、自分の子どもが死んだらと想像して、母上の嘆きを少し理解した。あまり会ったこともないジェナスを兄上というより、改革を邪魔し、母上を嘆かせる障害として見ていたのだ。
『そうね……自分の幸せに浮かれてばかりで、母上の気持ちを蔑ろにしていたわ』
しゅんとしたゼリアに気づき、アルジェは優しく微笑んだ。
「今は、ショウ様との結婚のことだけを考えていなさい」
忙しい東南諸島の王太子を後宮にずっと留めてはおけないのだ。ヘビ神様は何も言わなかったが、あの結婚に積極的な態度から、きっと優れた王女に恵まれると予知されたに違いない。ゼリアの女王教育はハネムーンが終わり、ショウが帰国してからでも良いとアルジェは、有能な女王として判断した。
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