『バケツ姫と魔王の異世界伝説』 - これは 願いを込めた 罪滅ぼし -

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第1章 異世界転移

2人の帰る場所②

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例のスキー合宿だ。
スキー合宿に行くには授業料とは別に費用が掛かる。
スキーウェアやグッズのレンタル、宿泊費。合わせて約8万円。
仕事も順調になってきた将来有望な兄が支える神崎家の家計だが、残念ながらまだ一般的な家庭に比べると予算が乏しい。
それをナナは正確に理解していた。
兄ならば自分のために、より無理をしてしまうだろうことも。
だからこそ、不参加を譲らない。
譲るわけにはいかないのだ。
だが兄も、ナナに楽しい思い出を作って欲しいがために、自分が無理をしてでも参加させることを譲らない。

これは、ナナ史上初の、兄妹大喧嘩であった。

「お兄ちゃんの気持ちもわかるけど!
体力使う仕事なんだから、もっと休んでほしい!
自営業で何の保証も無いからって頑張りすぎだよ!
毎日限界まで働けるように、お兄ちゃんイケメンなのに仕事を優先して彼女作らないようにしてるって知ってるんだからね!
あのね、お兄ちゃんはセンスあるから、これからぜったい成功する!
だから今は、頑張りすぎちゃだめ! ゆっくりでいいの!
これからまだまだ頑張るんだから! だからッ‼」

お互いに、相手のことを思う気持ちをぶつけ合う。
これまでにも少し意見が食い違うことはあったが、ここまで激しく喧嘩をしたのは……重ねて言うが、ナナ史上初だ。
コウキもいつもより語気を強めていたが、ナナなんて泣きながら叫んでいる。

そして睨み合いが続いたが、それは互いに、相手に負担をかけてしまっていることを思い知るという、なんとも後味の悪い結果に終わった。
そもそも、両者がお互いを思い合っての喧嘩である。
相手を大切に思っているが故に主張がぶつかり合っているのだ。
睨んだところで、憎む気持ちなど一欠片たりとも持ち合わせてはいない。

結局すぐにいたたまれなくなったナナは、逃げるように自室に駆け込み、ベッドに潜り込んだ。
そしてしばらく自分を罵り続けた末に、健康優良児であるナナはあっさりと眠りに落ちたのだった。


――そして冒頭の、もふもふクッションを抱きかかえた状態に至った。
これまでにない大きな喧嘩をしてしまったナナは、朝目覚めるやいなや兄への不平不満と申し訳なさで苦悶していたら、またもベッドから落ちた。
そして痛みにのたうち回った結果、こうなったのである。

少し落ち着いたナナは喧嘩のことを思い返しては「はぁ……」とため息を吐く。
窓から見える真っ青な空、そののどかな広場をゆっくり散歩する、これまた真っ白な雲を目で追いかけながら思考を巡らせる。

(もうっ! どれもこれもお兄ちゃんが分からず屋なのが悪いんだから!
朝からいろんなところが痛いし!
……うーん、でもあんなこと言っちゃって、お兄ちゃんにどんな顔して会えばいいのかな……)

ナナは兄の至らないところをぶつぶつと呟くついでに、直接兄が関与していない朝の事件も兄のせいにしていたが、すぐに昨晩の発言を思い出して顔を赤くする。
心の中身を全部ぶっちゃけてしまったのだ。
年頃のナナにとってそれはもう、恥ずかしくて仕方がない。

だが、ナナはさらに話を切り替える。
ナナは思考の切り替えが早い。
ナナの友人たち曰く、超を絶するほどに早い。
友人たちからはよく二度見されている。
これは特異な性質のようではあるが、実のところ、つらい境遇の中でも『いいこと』にフォーカスして頑張り続けた結果である。
意図してのことか切り替えを重ねたナナは、強引に話をイイ方に持っていく。
そして。

(だけど、今思えば昨日の喧嘩はお互いのためを思い合った喧嘩だったんだなぁ。
ふふっ、なんだかあったかいね。
私たち、2人だけで大変なこともあるけど、いい家族だよね。
今はまだ謝ってあげないけど、部活から帰ってきたら仲直りしてあげようかな)

などと、とても上から目線なことを考えていた。

家事全般を担当しているナナにとって、よく帰宅したまま玄関で力尽きている兄は、いつまでも子供のような、手のかかる可愛い兄なのである。
ナナにとっての兄は、もちろんかっこいいところも沢山あるが、玄関で倒れているのが意外とデフォルトだったりする。
玄関の兄は優しく起こしてあげると、ちょっと嬉しそうに生き返るのだ。

喧嘩の原因となった事象は放置したまま、大喧嘩を美談に強制変換してすっかりご機嫌になったナナは、今日の予定を考える。
今日は土曜日だが部活があるため、ナナは支度をして家を出ることにした。

(ちょっとまだ、『行ってきます』って言うのは悔しいから、言わないで家を出よう。ふんっ)

と、まあ諦め悪く意地を張っているが。
仕方がないだろう。喧嘩中の兄妹にはよくあることだ。

こうしてナナ史上初の『いってきますを言わないで家を出る』を実行したナナは、ほんの少し憂いを帯びた表情のまま、学校に向かった。
なんだかんだで、ナナの中で兄という存在が占める領域は大きいのだ。

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