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第4章 炎が呼び覚ます記憶
天使の背後には悪魔(シイナ視点)
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「おねがい! このままじゃ、おにいちゃんたち、しんじゃう‼」
目の前で目を潤ませて懇願する幼女を見ながら、私は必死に思考を巡らせました。
私はシイナ。
冒険者ギルドのルビウス王国アバト支部にて、受付主任を任されています。
歳は24。
ギルドでは公開していませんが、結婚して10年になる夫がいます。
彼は多忙で秘密癖のある変人……と評されている人物ですが、私にとっては魅力的で、気付いた時にはプロポーズしてしまっていました。
あ、いえ、こういう評価の人物と言うと、冒険者ギルドのギルマスと言う不条理な悪魔を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、彼ではありませんよ。
いくら私でもあのお方は恐れ多いです。
……話がそれてしまいました。
今は目の前の不憫な幼女をどうにか助けてあげたいのです。
この幼女がギルドに駆け込んで来たのはこれで2度目。
1度目は3日前でした。
その時に詳しく聞いた話では、住んでいるハンナ村が盗賊に襲われ、村人が10人程攫われたようです。
その中に幼女の兄が含まれており、助け出してほしいというのが彼女の依頼内容でした。
幼女はまだ4歳とのことでしたが、村の大人が恐怖で家から出ない中、1人で街道を歩いてアバトまで辿り着いたそうです。
一本道ですが、大人でも徒歩だと4時間ほどかかる距離をたった1人で……よほどお兄さんを助けたいのでしょう。
幼女の話とはいえ、時系列や内容が具体的で信用が置けたため、1度目の段階ですぐに領軍に伝令を送りました。
……ですが結果は聞かずとも明らかでした。
折り悪く今は国家の危機の真っただ中。
王都が魔王軍に包囲されているのです。
夫から聞き出した情報からも、地方の小村に盗賊が出た程度の案件に、兵力を割ける状況ではないことはわかっていましたから。
領軍が動けない以上、協力関係にある冒険者ギルドが支援に回るのが筋ですし、私としても最大限協力したいところだったのですが……幼女は依頼料を持参していなかったので、ギルドとしては依頼を受けることができませんでした。
私の裁量で相場よりある程度安く受けることは可能ですが、依頼料は前払いと規則で厳しく定められております。
ツケや後払いは絶対に認められません。
ですので、1度目の時は他にどうしようもなく、依頼料が必要なことを説明して帰ってもらったのですが……4歳のいたいけな女の子に、村まで戻ってお金を集めて出直せと言うのは、心が引き裂かれるような苦痛を伴いました。
その日はもう日が暮れかけていたので、幼女にはギルドの1階で一晩過ごす許可を与えました。
どうせ宿賃も無いのでしょうから、せめて屋根のある場所で眠る事ぐらいは許してあげたかったのです。
幼女の訴えを盗み聞きしていた冒険者達も黙って見ていられなかったようで、こっそり食事を与えたり、酒場の隅にマントや毛皮で即席ベッドを作って幼女を寝かせたりしていました。
むさくるしい男たちが、与えられた食事の途中で舟をこぎ始めた幼女に慌てて、おっかなびっくりしながら彼女を即席ベッドに運ぶ姿は微笑ましいものでした。
翌朝、元気に起きた幼女は、荒くれ者達からこっそり受け取ったお弁当と水を背負って、『またくるからまっててね』と言い残して走っていきました。
自分の無力を痛感し、なんとも歯がゆい思いをしました。
そして、残された冒険者達の悔しそうな顔が印象的でした。
彼らも冒険者である以上、ギルドのルールには逆らえません。
ギルドが受けない以上、彼らが幼女の依頼を受けることはできないのです。
私は中でも、人格、強さ共に信用している冒険者に視線を送りました。
すると彼女はそれだけですべてを察したように、受付だけに聞こえるように独り言をつぶやいてから颯爽とギルドを出ていきました。
さすがです。
私が何も言わずとも、意図を汲んでくれたようです。
ギルドが正式に依頼を引き受けることはできませんが、冒険者が偶然、別の理由でハンナ村に行くというのであれば、私にはそれを止めることもできません。
もし道中で今の冒険者が幼女と知り合い、ハンナ村まで同行したとしても、それはよくある事です。
ギルドが関知するところではありません。
あとは事態がより良い方に動くのを祈るだけです……。
そう思っていたのですが、今日、幼女は再び1人で冒険者ギルドにやって来ました。
先日ハンナ村に向かった冒険者の姿はありません。
彼女ほどの実力があればそこらの盗賊などに何日も煩わされることなど無いと思うのですが……い、いえ、彼女はたまたまハンナ村に向かっただけですもんね。
盗賊と遭遇したと決めつけてはいけません。
それより、困ったことに今回は一応報酬を持ってきています。
と言っても、とても冒険者を雇える額ではありません。
きっと家中からお金になりそうなものをかき集めてきたのでしょう。
カウンターの上には硬貨の他に古びた鍋やお玉が置かれています。
ですが……正直、今回の依頼を受けるためには、最低でもこの100倍以上の金額が必要となります。
ハンナ村全体で協力すれば出せない額ではないはずですが、この子以外の村長や大人達は何をしているのでしょうか。
憤りを感じます。
私は冒険者ギルドの受付として規則に則り、依頼を断ることにしました。
可哀想ですが規則は規則です。
例外を作ってしまうと後々面倒なことになりえますので、規則は厳守しなければなりません。
私は痛む胸を押さえながら、これだけでは依頼を受けることができないと、幼女に説明しました。
すると幼女は目を涙でいっぱいにしながら、冒頭のセリフで私に懇願してきました。
「おねがい! このままじゃ、おにいちゃんたち、しんじゃう‼」
こんなにも、こんなにも自分が冒険者ギルドの受付であることを悔しく思ったことはありません。
私は、ただ自分の兄を助けたいというだけの、何の罪もないこの子に、非情な言葉を再び告げなければならないのです。
私は説明しました。
これ以上無意味に期待させないように、できるだけ冷静に。
私の言葉を受けて、幼女はこれ以上ない程に打ちのめされましたが、それでもあきらめずに、先日優しくしてくれた周りの冒険者達の方を見ます。
ですが、彼らもこればかりはどうにもできず、その想いに応えることができません。
幼女は涙を流し、ギルドを飛び出していきました。
何か……何か私にできることは無いでしょうか。
そう思っていると、様子を見ていたらしいナナさんが声をかけてきました。
「シイナさん、これ、あの子に返してきますね!」
「え、ええ。ハンナ村の子なので、おそらく北門に向かっていると思います」
「わかりました!」
ナナさんと私が話している間にミイアさんは幼女が置き忘れた硬貨と調理器具をまとめ、2人は走ってギルドを後にしようとします。
「あの! ナナさん! ミイアさん!」
私は思わず2人を呼び留めてしまいました。
2人は立ち止まり、振り返って私の方を見ます。
……私は、いったい何を言おうとしたのでしょうか。
私の立場で言えることなど、何一つとして無いというのに。
「お気をつけて」
……結局、そんなありきたりの言葉しか出てきませんでした。
それでも、2人は笑顔で私に頷き、ギルドを出ていきました。
2人の後を追うように、ミイアさんのパーティメンバーである少年2人も駆け出します。
しーん、と、ギルドが静かになりました。
時刻は日の出から2時間ほど経過した頃です。
いつもであればギルドに依頼を受けに来ていた冒険者達で、騒がしい時間帯です。
ですが、今日は皆、自分達の無力さや、私の判断への憤りで表情を険しくしています。
しばらくして大柄の男性冒険者が私に向かって口を開きました。
ガイラさんです。
先日、食事中に眠ってしまった幼女をベッドまで運んでくれていた熊のような獣人の方です。
「おい、なんとかしてやれねーのか?」
ガイラさんの言葉を皮切りに、周りの冒険者たちも口々に騒ぎ始めました。
「そうだ、俺たちだってできることならなんでも協力する! なあ、お前ら!」
「「「「「おう!」」」」」
「「「「「もちろんだぜ‼」」」」」
一気に騒然としたギルド内に私はため息をつきました。
できるなら、もうやっています。
ギルドとしては手が出せないから、悩んでいるのです。
「規則は規則です。破るのなら厳重な罰が与えられますよ。
あなた達は自分のやるべきことをやってください」
私は受付のプロとして、毅然と彼らを諌めました。
彼らもそう言われてしまっては、何も言い返せません。
冒険者ギルドの根幹を成す、依頼斡旋の仕組み。
この仕組みを守るために作られた規則は罰則が重く、場合によっては一度の違反で冒険者登録を抹消される可能性もあります。
「うっ……で、でもよぅ」
勢いを失い、それでも何か言いたそうにしている冒険者達。
ガイラさんも悔しそうにうつむき、言葉を探しています。
悔しいのは私も同じです……と思わず言い返しそうになりましたが、最初に幼女がここを訪れた夜、彼女を甲斐甲斐しく世話していた彼らの姿を思い出し、踏みとどまりました。
そう、同じなのです。
私も彼らも、同じ悔しさを抱えた同士なのです。
そう思い至った時、私はつい口を滑らせました。
「そういえばハンナ村と言えば……関係ない話ですが、少し前にヴァリアさんが向かいましたね。
なんでもギルドの酒場で出されるお酒の材料が不足していて、生産地であるハンナ村に直接取りに行くと言っていました。
たしか先ほどの女の子が最初にここに来た翌朝、彼女が帰った直後ぐらいでしたよ。
だから……ヴァリアさんを信じて、今は待ちましょう」
もちろん何を待つのか、なんてことは言いません。
でもこの情報は、彼らにも共有しておくべきだと判断したのです。
私の言葉に冒険者達が『おお!』と歓声を上げます。
鼓膜が破れるかと思いました。
ひとしきり歓声を上げた後、熊人族のガイラさんから嬉しそうに話しかけられました。
「さっすがヴァリアの姐さん! ってかシイナもグルだったのかよ!」
……その言葉は少し見逃せません。
私はグルではありません。
あくまでもヴァリアさんの個人的な理由による単独行動です。
多少、視線だけでお願いしたかもしれませんが、そんな記録は残っていません。
私は思いっきりガイラさんを睨みました。
そんなに大声で言って、上層部まで話が広まったらどうしてくれるんですか。
ガイラさんの表情が固まります。
冷や汗が頬をタラリと伝ったのが見えました。
「……あ、い、いや、シイナが関係ないならいいんだ。
酒が足りないならヴァリアの姐さんが材料を取り立てに行っちまうのも仕方ないよな!
うん、仕方がない。困った姐さんだぜ。
お、俺たちは姐さんが戻ってくるまで、姐さんの分まで働くってもんよ!
おいお前ら! 仕事に戻るぞぉ!」
「「「「「お、おうよ‼」」」」」
そう言って冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように冒険者ギルドから出て行ったのでした。
それから数分後、業務をこなしていた私に、涼やかな声がかけられました。
先ほど幼女を追いかけていったナナさんです。
何やら急いでいるようで……足が、ずっと駆け足のように動いています。
……疲れないのでしょうか。
「シイナさんお願いがあるんですが、え~と、ミイアちゃんがたまたまハンナ村に行って、たまたま盗賊見つけて、たまたま行方不明になった村人を……ってこれ違う。
何だっけ? あ、そうだ。
ミイアちゃんが都会に疲れちゃって、癒しを得るためにハンナ村を見たくなっちゃったんだって。
私もどうせ暇だし一緒に行ってくるから、ニアンが戻ってきたら伝えてもらってもいいですか?」
………どうやら、ナナさんは隠し事が致命的に下手なようです。
全然隠せていません。
駄々洩れです。
全部自白しておいてバレていないつもりなのか、気持ちのいい笑顔で私を見つめています。
相変わらず脚はその場でシュタタタタと駆け足したままですが。
……妙に速いですね、正直私ではナナさんの脚の動きが目で追えません。
しかし私はこの冒険者ギルドの優秀な受付主任。
表情はくずしませんでしたよ。
少し残念なものを見る目になってしまったかもしれませんが。
「ええ。もちろん構いませんよ。ニアンさんにはちゃんと伝えておきます。
ですから、ハンナ村をよーく見てきてくださいね。
ああ、ヴァリアさんという女性冒険者も先に向かっているはずですので、もし合流できればしてください。
信頼できる方ですので」
私がそういうとナナさんは元気よく頷いて、駆けていきました。
ナナさんが出て行った少し後。
何かいいモノでも見たかのように、晴れ晴れとした冒険者パーティがギルドに入ってきました。
彼らはギルド内の酒場に座ると、朝から酒を飲みながら周囲の冒険者たちに自慢するように話を始めました。
「いやー久しぶりに良いモノ見せてもらったぜ。
ほら、あのハンナ村の嬢ちゃんいただろ?
レニっていう名前らしいが、あの子が泣きながら村に帰ろうとしていたところに、バケツ姫様とミイア嬢様が追いかけて来たんだよ。
んで、バケツ姫様がレニの嬢ちゃんを抱き締めて慰めてさぁ。
でも俺たち冒険者じゃレニの嬢ちゃんの依頼を受けられねぇ。
だからこそ悔しくて腐ってたんだからな!
んで、どうするつもりか見ていたら……さすがはミイア嬢様、領主様の娘ってだけのことはあるぜ!
なんと、ミイア嬢様がハンナ村に行きたいからって、レニの嬢ちゃんに案内を依頼したのよ!
んで、手持ちの金が無いからって、報酬代わりに攫われた村人を助けてやるって言い放ってよ!
っかぁー‼ 俺ぁ頭を抱えちまったぜ! まさかそんな抜け道があるなんてよぉ!
たしかに俺達ゃぁ直接依頼を受けることは禁止されているが、冒険者じゃない一般人に対して、俺達冒険者が何か依頼をしちゃいけねぇって規則はない!
あったまいいわミイア嬢様!」
っかぁー!
私も頭を抱えました。
てっきり偶然を装うつもりだけかと思っていましたが、まさか依頼契約にそんな抜け道があるなんて……。
なぜ思いつかなかった!
私の阿保!
と、とはいえ、これは悪用されても仕方がない規則の穴です。
早速ふさぐ必要があります。
……まあ、今回の件には間に合いそうにありませんが。
「それに……これは実際に見たやつにしか分からないだろうがな、元気になったレニの嬢ちゃんを、バケツ姫様とミイア嬢様が両側から抱き締めたんだよ……その瞬間、俺も周りの奴らもみんな、馬鹿みたいに呆けちまってよ。
なにしろありゃぁ……」
天使に違いない、俺は天使様にお会いしたんだ、と男は話を締めくくりました。
話していた男のパーティメンバーも同じ意見なのか、恍惚とした表情でその光景を思い出しているようでした。
周りの冒険者達は茶化しつつも、否定する気は無いようです。
「たしかにあの子達、キレイだもんなぁ」
「だが手は出しちゃいけねぇぜ。
なんせ後ろにはあのニアンが、そしてさらにその後ろにはギルマスが……」
「ひぃ!」
「こ、こわっ!」
そんな感じで、酒場から噂は広まっていきます。
私? 私は噂を止めたりしません。
冒険者ギルドの受付は、噂に口出ししたりしないものです。
ですがまあ、表情には出しませんが、3人の天使様を想像すると、私の心の痛みもすぅーっと溶けて消えていくような気がしました。
ちなみにこのときの噂は、後にミイアさんがアバトの賢者と慕われるようになる最初の転機として語られるようになるのですが……それはまた別のお話です。
◇
目の前で目を潤ませて懇願する幼女を見ながら、私は必死に思考を巡らせました。
私はシイナ。
冒険者ギルドのルビウス王国アバト支部にて、受付主任を任されています。
歳は24。
ギルドでは公開していませんが、結婚して10年になる夫がいます。
彼は多忙で秘密癖のある変人……と評されている人物ですが、私にとっては魅力的で、気付いた時にはプロポーズしてしまっていました。
あ、いえ、こういう評価の人物と言うと、冒険者ギルドのギルマスと言う不条理な悪魔を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、彼ではありませんよ。
いくら私でもあのお方は恐れ多いです。
……話がそれてしまいました。
今は目の前の不憫な幼女をどうにか助けてあげたいのです。
この幼女がギルドに駆け込んで来たのはこれで2度目。
1度目は3日前でした。
その時に詳しく聞いた話では、住んでいるハンナ村が盗賊に襲われ、村人が10人程攫われたようです。
その中に幼女の兄が含まれており、助け出してほしいというのが彼女の依頼内容でした。
幼女はまだ4歳とのことでしたが、村の大人が恐怖で家から出ない中、1人で街道を歩いてアバトまで辿り着いたそうです。
一本道ですが、大人でも徒歩だと4時間ほどかかる距離をたった1人で……よほどお兄さんを助けたいのでしょう。
幼女の話とはいえ、時系列や内容が具体的で信用が置けたため、1度目の段階ですぐに領軍に伝令を送りました。
……ですが結果は聞かずとも明らかでした。
折り悪く今は国家の危機の真っただ中。
王都が魔王軍に包囲されているのです。
夫から聞き出した情報からも、地方の小村に盗賊が出た程度の案件に、兵力を割ける状況ではないことはわかっていましたから。
領軍が動けない以上、協力関係にある冒険者ギルドが支援に回るのが筋ですし、私としても最大限協力したいところだったのですが……幼女は依頼料を持参していなかったので、ギルドとしては依頼を受けることができませんでした。
私の裁量で相場よりある程度安く受けることは可能ですが、依頼料は前払いと規則で厳しく定められております。
ツケや後払いは絶対に認められません。
ですので、1度目の時は他にどうしようもなく、依頼料が必要なことを説明して帰ってもらったのですが……4歳のいたいけな女の子に、村まで戻ってお金を集めて出直せと言うのは、心が引き裂かれるような苦痛を伴いました。
その日はもう日が暮れかけていたので、幼女にはギルドの1階で一晩過ごす許可を与えました。
どうせ宿賃も無いのでしょうから、せめて屋根のある場所で眠る事ぐらいは許してあげたかったのです。
幼女の訴えを盗み聞きしていた冒険者達も黙って見ていられなかったようで、こっそり食事を与えたり、酒場の隅にマントや毛皮で即席ベッドを作って幼女を寝かせたりしていました。
むさくるしい男たちが、与えられた食事の途中で舟をこぎ始めた幼女に慌てて、おっかなびっくりしながら彼女を即席ベッドに運ぶ姿は微笑ましいものでした。
翌朝、元気に起きた幼女は、荒くれ者達からこっそり受け取ったお弁当と水を背負って、『またくるからまっててね』と言い残して走っていきました。
自分の無力を痛感し、なんとも歯がゆい思いをしました。
そして、残された冒険者達の悔しそうな顔が印象的でした。
彼らも冒険者である以上、ギルドのルールには逆らえません。
ギルドが受けない以上、彼らが幼女の依頼を受けることはできないのです。
私は中でも、人格、強さ共に信用している冒険者に視線を送りました。
すると彼女はそれだけですべてを察したように、受付だけに聞こえるように独り言をつぶやいてから颯爽とギルドを出ていきました。
さすがです。
私が何も言わずとも、意図を汲んでくれたようです。
ギルドが正式に依頼を引き受けることはできませんが、冒険者が偶然、別の理由でハンナ村に行くというのであれば、私にはそれを止めることもできません。
もし道中で今の冒険者が幼女と知り合い、ハンナ村まで同行したとしても、それはよくある事です。
ギルドが関知するところではありません。
あとは事態がより良い方に動くのを祈るだけです……。
そう思っていたのですが、今日、幼女は再び1人で冒険者ギルドにやって来ました。
先日ハンナ村に向かった冒険者の姿はありません。
彼女ほどの実力があればそこらの盗賊などに何日も煩わされることなど無いと思うのですが……い、いえ、彼女はたまたまハンナ村に向かっただけですもんね。
盗賊と遭遇したと決めつけてはいけません。
それより、困ったことに今回は一応報酬を持ってきています。
と言っても、とても冒険者を雇える額ではありません。
きっと家中からお金になりそうなものをかき集めてきたのでしょう。
カウンターの上には硬貨の他に古びた鍋やお玉が置かれています。
ですが……正直、今回の依頼を受けるためには、最低でもこの100倍以上の金額が必要となります。
ハンナ村全体で協力すれば出せない額ではないはずですが、この子以外の村長や大人達は何をしているのでしょうか。
憤りを感じます。
私は冒険者ギルドの受付として規則に則り、依頼を断ることにしました。
可哀想ですが規則は規則です。
例外を作ってしまうと後々面倒なことになりえますので、規則は厳守しなければなりません。
私は痛む胸を押さえながら、これだけでは依頼を受けることができないと、幼女に説明しました。
すると幼女は目を涙でいっぱいにしながら、冒頭のセリフで私に懇願してきました。
「おねがい! このままじゃ、おにいちゃんたち、しんじゃう‼」
こんなにも、こんなにも自分が冒険者ギルドの受付であることを悔しく思ったことはありません。
私は、ただ自分の兄を助けたいというだけの、何の罪もないこの子に、非情な言葉を再び告げなければならないのです。
私は説明しました。
これ以上無意味に期待させないように、できるだけ冷静に。
私の言葉を受けて、幼女はこれ以上ない程に打ちのめされましたが、それでもあきらめずに、先日優しくしてくれた周りの冒険者達の方を見ます。
ですが、彼らもこればかりはどうにもできず、その想いに応えることができません。
幼女は涙を流し、ギルドを飛び出していきました。
何か……何か私にできることは無いでしょうか。
そう思っていると、様子を見ていたらしいナナさんが声をかけてきました。
「シイナさん、これ、あの子に返してきますね!」
「え、ええ。ハンナ村の子なので、おそらく北門に向かっていると思います」
「わかりました!」
ナナさんと私が話している間にミイアさんは幼女が置き忘れた硬貨と調理器具をまとめ、2人は走ってギルドを後にしようとします。
「あの! ナナさん! ミイアさん!」
私は思わず2人を呼び留めてしまいました。
2人は立ち止まり、振り返って私の方を見ます。
……私は、いったい何を言おうとしたのでしょうか。
私の立場で言えることなど、何一つとして無いというのに。
「お気をつけて」
……結局、そんなありきたりの言葉しか出てきませんでした。
それでも、2人は笑顔で私に頷き、ギルドを出ていきました。
2人の後を追うように、ミイアさんのパーティメンバーである少年2人も駆け出します。
しーん、と、ギルドが静かになりました。
時刻は日の出から2時間ほど経過した頃です。
いつもであればギルドに依頼を受けに来ていた冒険者達で、騒がしい時間帯です。
ですが、今日は皆、自分達の無力さや、私の判断への憤りで表情を険しくしています。
しばらくして大柄の男性冒険者が私に向かって口を開きました。
ガイラさんです。
先日、食事中に眠ってしまった幼女をベッドまで運んでくれていた熊のような獣人の方です。
「おい、なんとかしてやれねーのか?」
ガイラさんの言葉を皮切りに、周りの冒険者たちも口々に騒ぎ始めました。
「そうだ、俺たちだってできることならなんでも協力する! なあ、お前ら!」
「「「「「おう!」」」」」
「「「「「もちろんだぜ‼」」」」」
一気に騒然としたギルド内に私はため息をつきました。
できるなら、もうやっています。
ギルドとしては手が出せないから、悩んでいるのです。
「規則は規則です。破るのなら厳重な罰が与えられますよ。
あなた達は自分のやるべきことをやってください」
私は受付のプロとして、毅然と彼らを諌めました。
彼らもそう言われてしまっては、何も言い返せません。
冒険者ギルドの根幹を成す、依頼斡旋の仕組み。
この仕組みを守るために作られた規則は罰則が重く、場合によっては一度の違反で冒険者登録を抹消される可能性もあります。
「うっ……で、でもよぅ」
勢いを失い、それでも何か言いたそうにしている冒険者達。
ガイラさんも悔しそうにうつむき、言葉を探しています。
悔しいのは私も同じです……と思わず言い返しそうになりましたが、最初に幼女がここを訪れた夜、彼女を甲斐甲斐しく世話していた彼らの姿を思い出し、踏みとどまりました。
そう、同じなのです。
私も彼らも、同じ悔しさを抱えた同士なのです。
そう思い至った時、私はつい口を滑らせました。
「そういえばハンナ村と言えば……関係ない話ですが、少し前にヴァリアさんが向かいましたね。
なんでもギルドの酒場で出されるお酒の材料が不足していて、生産地であるハンナ村に直接取りに行くと言っていました。
たしか先ほどの女の子が最初にここに来た翌朝、彼女が帰った直後ぐらいでしたよ。
だから……ヴァリアさんを信じて、今は待ちましょう」
もちろん何を待つのか、なんてことは言いません。
でもこの情報は、彼らにも共有しておくべきだと判断したのです。
私の言葉に冒険者達が『おお!』と歓声を上げます。
鼓膜が破れるかと思いました。
ひとしきり歓声を上げた後、熊人族のガイラさんから嬉しそうに話しかけられました。
「さっすがヴァリアの姐さん! ってかシイナもグルだったのかよ!」
……その言葉は少し見逃せません。
私はグルではありません。
あくまでもヴァリアさんの個人的な理由による単独行動です。
多少、視線だけでお願いしたかもしれませんが、そんな記録は残っていません。
私は思いっきりガイラさんを睨みました。
そんなに大声で言って、上層部まで話が広まったらどうしてくれるんですか。
ガイラさんの表情が固まります。
冷や汗が頬をタラリと伝ったのが見えました。
「……あ、い、いや、シイナが関係ないならいいんだ。
酒が足りないならヴァリアの姐さんが材料を取り立てに行っちまうのも仕方ないよな!
うん、仕方がない。困った姐さんだぜ。
お、俺たちは姐さんが戻ってくるまで、姐さんの分まで働くってもんよ!
おいお前ら! 仕事に戻るぞぉ!」
「「「「「お、おうよ‼」」」」」
そう言って冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように冒険者ギルドから出て行ったのでした。
それから数分後、業務をこなしていた私に、涼やかな声がかけられました。
先ほど幼女を追いかけていったナナさんです。
何やら急いでいるようで……足が、ずっと駆け足のように動いています。
……疲れないのでしょうか。
「シイナさんお願いがあるんですが、え~と、ミイアちゃんがたまたまハンナ村に行って、たまたま盗賊見つけて、たまたま行方不明になった村人を……ってこれ違う。
何だっけ? あ、そうだ。
ミイアちゃんが都会に疲れちゃって、癒しを得るためにハンナ村を見たくなっちゃったんだって。
私もどうせ暇だし一緒に行ってくるから、ニアンが戻ってきたら伝えてもらってもいいですか?」
………どうやら、ナナさんは隠し事が致命的に下手なようです。
全然隠せていません。
駄々洩れです。
全部自白しておいてバレていないつもりなのか、気持ちのいい笑顔で私を見つめています。
相変わらず脚はその場でシュタタタタと駆け足したままですが。
……妙に速いですね、正直私ではナナさんの脚の動きが目で追えません。
しかし私はこの冒険者ギルドの優秀な受付主任。
表情はくずしませんでしたよ。
少し残念なものを見る目になってしまったかもしれませんが。
「ええ。もちろん構いませんよ。ニアンさんにはちゃんと伝えておきます。
ですから、ハンナ村をよーく見てきてくださいね。
ああ、ヴァリアさんという女性冒険者も先に向かっているはずですので、もし合流できればしてください。
信頼できる方ですので」
私がそういうとナナさんは元気よく頷いて、駆けていきました。
ナナさんが出て行った少し後。
何かいいモノでも見たかのように、晴れ晴れとした冒険者パーティがギルドに入ってきました。
彼らはギルド内の酒場に座ると、朝から酒を飲みながら周囲の冒険者たちに自慢するように話を始めました。
「いやー久しぶりに良いモノ見せてもらったぜ。
ほら、あのハンナ村の嬢ちゃんいただろ?
レニっていう名前らしいが、あの子が泣きながら村に帰ろうとしていたところに、バケツ姫様とミイア嬢様が追いかけて来たんだよ。
んで、バケツ姫様がレニの嬢ちゃんを抱き締めて慰めてさぁ。
でも俺たち冒険者じゃレニの嬢ちゃんの依頼を受けられねぇ。
だからこそ悔しくて腐ってたんだからな!
んで、どうするつもりか見ていたら……さすがはミイア嬢様、領主様の娘ってだけのことはあるぜ!
なんと、ミイア嬢様がハンナ村に行きたいからって、レニの嬢ちゃんに案内を依頼したのよ!
んで、手持ちの金が無いからって、報酬代わりに攫われた村人を助けてやるって言い放ってよ!
っかぁー‼ 俺ぁ頭を抱えちまったぜ! まさかそんな抜け道があるなんてよぉ!
たしかに俺達ゃぁ直接依頼を受けることは禁止されているが、冒険者じゃない一般人に対して、俺達冒険者が何か依頼をしちゃいけねぇって規則はない!
あったまいいわミイア嬢様!」
っかぁー!
私も頭を抱えました。
てっきり偶然を装うつもりだけかと思っていましたが、まさか依頼契約にそんな抜け道があるなんて……。
なぜ思いつかなかった!
私の阿保!
と、とはいえ、これは悪用されても仕方がない規則の穴です。
早速ふさぐ必要があります。
……まあ、今回の件には間に合いそうにありませんが。
「それに……これは実際に見たやつにしか分からないだろうがな、元気になったレニの嬢ちゃんを、バケツ姫様とミイア嬢様が両側から抱き締めたんだよ……その瞬間、俺も周りの奴らもみんな、馬鹿みたいに呆けちまってよ。
なにしろありゃぁ……」
天使に違いない、俺は天使様にお会いしたんだ、と男は話を締めくくりました。
話していた男のパーティメンバーも同じ意見なのか、恍惚とした表情でその光景を思い出しているようでした。
周りの冒険者達は茶化しつつも、否定する気は無いようです。
「たしかにあの子達、キレイだもんなぁ」
「だが手は出しちゃいけねぇぜ。
なんせ後ろにはあのニアンが、そしてさらにその後ろにはギルマスが……」
「ひぃ!」
「こ、こわっ!」
そんな感じで、酒場から噂は広まっていきます。
私? 私は噂を止めたりしません。
冒険者ギルドの受付は、噂に口出ししたりしないものです。
ですがまあ、表情には出しませんが、3人の天使様を想像すると、私の心の痛みもすぅーっと溶けて消えていくような気がしました。
ちなみにこのときの噂は、後にミイアさんがアバトの賢者と慕われるようになる最初の転機として語られるようになるのですが……それはまた別のお話です。
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