バイト先は後宮、胸に秘める目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~

西川 旭

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第一章 神台邑(じんだいむら)

八話 神台邑でいちばん、熱い、夏

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 家に帰ることはできなくても、否応なく季節は過ぎる。

「昼は暑くなって来たね」

 邑(むら)のみなさんにわざわざ新しく仕立ててもらった麻の衣も、すっかり肌に慣れてしまった。
 春に育てたおカイコさんたちも、一網打尽に煮殺されて、艶やかに見事な絹糸と成り果てた。
 カイコが死んでいくのは哀しかったけど、マユを解いて紡がれていく綺麗な糸を見たときは、テンション上がっちゃった。
 そんな初夏のある日。

「秋になれば野良仕事も暇になる。その頃に、麗央那(れおな)のご両親のことを調べに、州都に行こう」

 山歩きの途中、翔霏がそんなことを言い出した。
 私は邑から少し離れた川辺の地図を作るために、翔霏(しょうひ)を用心棒として伴い、調査に出ていた。
 神台(じんだい)邑の人はほぼ全員、自分がどこにいても、なぜだか東西南北がわかる。
 だから測量の相方としては最高なのだ。
 って、そんなことより。

「え、翔霏、一緒に来てくれるの?」

 彼女が言う「州都」とは、山をいくつか越えた先にある、この地方で一番大きな街、らしい。
 都会で、人も沢山いて、様々なお店や公共施設が軒を連ねている。
 私のような流れ者の身の上についても、なにかしら情報が得られるかもしれない。
 とは、長老である雷来(らいらい)おじいちゃんの談。

「私が連れ合いでは不満か。なんなら軽螢も連れて行くが」
「そんなことない、最高。むしろ大好き。結婚して。湖の側に小屋を建てて犬を飼おう」

 むぐ、と翔霏が言葉を詰まらせて、顔を赤くする。
 翔霏はこの手のからかいに弱いので、たまに意地悪して赤面させてる。
 それをごまかすように翔霏は、ゴホン、とわざとらしい咳払いをして。

「と、とにかく、今までは邑から遠くに出る余裕がなかったが、麗央那にとっても、親御さんにとっても、離れ離れのままというのは、よくない」

 眉間にしわを寄せながらも、彼女の言葉は、どこまでも優しかった。

「ありがとう、なにからなにまで、よくしてもらっちゃって」

 正直、泣きそうなくらい。
 嬉しい涙だから、流してもいいとは思うけど。
 翔霏にウザがられるだろうから、我慢する。

「お互いさまだ。麗央那がいるおかげで、こういう仕事も、進んでいるのだからな」

 話しながら、私と翔霏は河原に等間隔に、目印となる杭を打ちこんでいく。

「もっとも、私にはこの仕事になんの意味があるのか、よくわからないのだが」 

 疑問はあるようだけど、翔霏は力強く美しいフォームで、河川の曲がり角ごとに杭を次々に打つ。
 杭と杭の間の距離を測り、南北を基準とした角度を記録することで、上空から見た際の大まかな川の図を描くことができる。
 伊能忠敬センセが海岸線を測量して地図を作った方法と、原理は同じだ。
 もっとも、この単純なやり方では、高低差によってわずかに生じる誤差を解決できない。
 厳密な地図測量を求められても困るので、多少の誤差は許容範囲としてもらいたい。

「この辺でお昼にしようよ」

 河川敷にいい感じの草原スペースを見つけた私が提案する。

「腹も減ったし、日陰にでも入るか。今年は去年より暑い気がする」

 私たちはお弁当を広げつつ、ランチタイムのガールズトークを決め込む。
 かねてからの疑問を、翔霏に聞いてみた。

「邑の周りに溝を掘っただけで、どうして魔物が入って来なくなるの?」

 極めて女子力の低い話題になってしまった。
 神台邑の人たちが怪魔と呼ぶ異形の獣たちは、なぜか邑の中には絶対に入って来ない。
 私にはそのシステムが謎だった。

「詳しいことは知らんよ。昔の偉い人がまじないを施した、と私も聞かされただけで、そういうものなのかと、疑問に思ったことすらなかったな」
「不思議だねえ。なにか魔物が嫌う物質でも撒いてるのかな」

 邑を囲む濠(ほり)は、水で満たされてもいる。
 その水の中になにか秘密があるのかもしれなかった。

「怪魔よりも厄介な連中はいるさ。近くの別の邑で、女や子供が攫われていなくなった、という話があっただろう」

 雷来おじいちゃんたちが話していたことだ。
 稀にある神隠し説で片付けるには、数が多すぎるらしい。

「犯人が誰かって、わかんないのかな」
「大方、国境の向こうの狗盗(くとう)どもの仕業だろう。そうに決まってる」

 甘さ控えめのメロン的なウリ的な果実の種をぺっぺと吐き捨てながら、翔霏が言った。
 彼女の言う「狗盗」という言葉が、ならずもの全体を指す一般名詞なのか、それとも特定の誰それを指す意味合いなのか、私にはわからない。
 けれど、その話をしているときの翔霏は、普段のポーカーフェイスを明らかに崩している。
 まるで気持ちの悪い虫でも見たかのような、苦い表情をするのだった。

「少し風が出て来たな。このまま涼しくなればいいが」

 昼食休憩もそろそろ切り上げようか、と翔霏が立ち上がる。
 ふわっ、っと気持ちよく吹いた風が、翔霏の長いポニーテールを撫でた、そのときだった。

「焦げ臭いね」

 風上から、なにかが燃えるような匂いがしたのだ。
 ツンと鼻に来るその空気を感じ、翔霏は目の色を変えて、言った。

「野焼きの匂いじゃない」
「え?」

 私はてっきり、誰か邑の人が焼畑作業をしているか、あるいは生活上の産廃、ゴミを焼いているのかなと思った。
 翔霏の言うには、違うらしい。

「火事が起きてる」

 邑のある方向から、河川敷を下るように、異臭を伴う風がここまでたどり着いたのだ。
 枯れ木や炭、枯草だけではない。
 焼肉、バーベキューを思わせる、油脂や他の有機物が燃えて焦げるような臭いが、確かに私にもわかった。

「い、急いで戻らなきゃ!」
「麗央那、慌てなくてもいい、私から離れるなよ」

 邑になにかあったなら、一刻も早く翔霏に走って、戻ってもらいたい。
 けれど、こんな野っぱらの真ん中に私一人置き去りにされると、私が怪魔に食べられちゃう可能性が高い。
 こんなときでも、私は誰かの足を引っ張ってしまうのか。
 そう思うと涙が出てきそうだけど。
 ええい、泣いてる場合なんかじゃないっての!
 走れ!
 今はとにかく、少しでも速く!
 私の小さく非力な体の、すべてを尽くして!

 走れ!!




 手足を、体を、前に前に。
 そうして辿り着いた先、視線の先には邑の入り口に建てられた、立派な石碑。

「あ、あああ、あ」

 邑の入り口まではまだ距離がある。
 それでも、なにが起きているのか、わかった。
 わかってしまった。

「こ、この……」

 翔霏はぶるぶる、と体を怒りに震わせて。

「薄汚い糞狗(くそいぬ)どもがああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 愛用の長尺棍を握りしめ、その現場まで、惨劇のさなかまで、猛烈な勢いで、奔った。
 翔霏が向かうその先、神台邑の境界から内側の環濠の中では。

「まだ元気な奴がいるな。ガキと赤ん坊以外は殺せ! 一人も逃がすな!」

 白馬の鞍上で長い刀を振るい、よく通る大声で叫ぶ長髪の男と。

「絹や銭(ぜに)、宝石以外は、燃やしちゃって構わないからね! 持ち運ぶのに手間だから!」

 男の側に付き従う、長槍を携えた褐色片目の女と。

「手向かってくる連中は、殺しちまって構わねえよなあ?」

 二人の指示を受けながら、邑の人たちに、戯れのように槍や大刀を振り下ろす、手下の男たち。

「ぎゃあ、た、助けて!!」

 鈍い音のあとに、途絶える声。
 猛然と走って、凶行が行われている中に飛び込んだ、翔霏の怒号が響いた。

「皆殺しは、貴様らの方だあああああああーーーーーーーッ!!」

 ガギィン! 
 衝突音が鳴る。
 翔霏必殺の棍の一撃が、片目女の槍に防がれた。
 さすがの翔霏なだけあって、最短距離を一直線で、リーダーらしい長髪の男に立ち向かった。
 けれど、それを守るように片目女が立ちはだかった。

「うわっ、手がしびれちまったよ。あんた、とんでもないねえ?」
「黙れ売女!! 開いてる方の目も喰ってやる!!」

 ガァン、ギィンと鋭い音が繰り返される。
 片目女と翔霏が武器をかち合わせているその周囲で、殺戮は無慈悲に広がる。
 老人も。
 女の人も。
 若い人たちも。
 体が不自由で、逃げられない人まで。
 わけのわからない連中の凶刃の下に、血と叫びを残して、斃れて行く。

「な、なんで、なんでこんなこと」

 炎の柱を立てながら燃えて行く、家や倉。

「ご、後生だよ~、この子の、この子の命だけは~」

 哀願するようなオバサンの声。

「こんなことして、お前ら、タダで済むとッ!?」

 途中で遮られる、オジサンの声。

「逃げろ! みんな逃げろ! とにかく逃げろ! 一人でも多く逃げ延びてくれよ!!」

 ああ、軽螢の声だ!
 軽螢、どこにいるの?
 無事なんだね?
 逃げて、お願い。
 軽螢も逃げて、生き延びてよ。

「軽螢ー! 翔霏ー! 後のことは任せたからのー!!」

 雷来おじいちゃんの声。
 その直後に。

 ドオオオオオオォォォォン!!

 な、なにか爆発した?
 火薬? 
 油?
 なにか、色々なものが飛び散っているように見えたけど、見たくない。
 血も肉片も見たくない、これ以上の叫び声を聞きたくない、もう、なにも。
 もう、なにもかも、よくわからない。

「麗央那!! お前も逃げろ!! こっちに来てはいけない!!」
「チッ、よそ見してる余裕があるんだねえッ!?」

 翔霏と、片目女の声が聞こえた気がする。
 でも、私は動けない。

「うううう。あ、ああああ」

 油を撒かれて焼かれるカイコ小屋。
 人と馬に無軌道に踏み荒らされる桑畑。
 おカイコさんのお世話、楽しかったのにな。
 もちゅもちゅと桑の葉を食べるカイコの幼虫、可愛かったのにな。
 全部、ぐちゃぐちゃにされちゃった。
 私たちが絹糸を採取するために、たくさんのマユを煮て、乾かすように。
 神台邑が、無慈悲に焼かれて、殺されていく。

「や、やめ、やめて」

 私は逃げることも、見知らぬ襲撃者たちの蛮行を停めることもできずに。

「やめて、お願い。お願いしますから」

 両目からとめどない涙を溢れさせ、力を失ってへたり込んで。

「神さまあああ。仏さまあああ。お願いだからなんとかしてよおおおおお」

 燃えて行く邑と、血の海に沈んでいくみんなを前にして、泣き叫び。

「もうやだああああ。お母さああああああん。帰りたいよおおおおおおお。誰か助けてえええええ……」

 目の前の現実から逃げて、情けないことを口にし続けるしか、できなかった。
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