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第二章 亡失の中で

十一話 最初から自分であるのではない。自分になるのだ

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「おい、麗(れい)なにがし。お前にも話がある」
「麗央那(れおな)です。なんでしょうか」

 玄霧さんに呼び止められて、名前の間違いを訂正する。 
 一瞬、不機嫌そうな顔をした玄霧さんだけど、私の生意気にいちいち怒らずに。

「損なわれた邑(むら)を一刻も早く復興したい気持ちは強かろうが、戦略的な理由で今はできん」
「また、覇聖鳳(はせお)とかいう連中が、略奪しにくるかもしれないからですか?」

 私が答えると、今度は明確に驚いた顔をした。
 そうそう、せっかくイイ男なんだから、表情はころころ変える方がいいですよ。
 あくまでも私の趣味。

「その通りだ。周囲の他の邑にも、もっと南へ避難勧告を出す。北の戌族(じゅつぞく)が手を出せんように、軍の防衛線も整え直す」

 国境の向こうから悪いやつが来るなら、国境の近くに住まなければいい。
 農民が住まずに軍が駐留しているような地域を、わざわざ略奪に来るほど暇な奴らはいない。
 合理的な防衛判断だと私は思った。

「わかりました。私ごとき小娘からは、特に文句もありません」

 正直、神台(じんだい)邑のことしか知らない。
 あとは周辺の、川の形だけ。
 そんな私が口を挟める問題じゃないことは理解できた。

「貴重な情報をくれた礼だ。多少の便宜は計ってやろう。別の邑に居候する口くらいは聞いてやるぞ」

 あえて私を安心させるような柔らかい笑顔を作って、玄霧さんが提案してくれた。
 尊大ではあるけど、冷たい人ではないらしい。

「ありがたいお話ですけど、そこで私のやりたいことができるかな」
「なにか希望があるか。遠慮なく申してみろ。倉の番をしていたとか、地図を測って書けると言っていたが、そういった仕事か?」
「邑のみんなの、かたき討ちです」

 ぽかん、と玄霧さんが口を開ける。
 そして、カカと笑って、手を横に振った。

「お前の細腕でどうするものか。その華奢な成りで軍に志願しても門前払いだ。もちろん俺も薦めはせん」
「それは、無理かもしれませんけど」

 肉体労働に関しては、ハッキリ言って自信はない。
 やる気がいくらあろうとも、体力的な問題で過酷な軍務は無理だろう。

「なにより州軍、いや昂国(こうこく)すべての軍兵は、皇帝陛下と国土臣民を守る為の弓楯(きゅうじゅん)である。お前の私怨を晴らす匕首(あいくち)ではない」

 わかるよ、玄霧さんの言うことはさ。
 国境の向こうで活動する覇聖鳳だとか、その仲間をやっつけるかどうか。
 そんな計画は、玄霧さんよりももっと、偉い人が決めることなんだろう。
 今は他の邑の住民を守るために、避難させることしかできないという結論だ。
 弓と楯は公的な防衛力であり、匕首は私的な暴力という対比で、玄霧さんは言ったんだな、ということも、わかるよ。
 でも、それでも。

「自分の力や、軍のみなさんの力でもできないとしても、他に手段は、あります」
「ほお。小娘なりに知恵は多少回るようだが、例えばどんな手だ」

 悪い笑顔で、玄霧さんが問う。
 意外とおしゃべり好きだな、この人。

「ええと、それは」
「我が州軍でも手を焼く戌族の騎馬部隊を、どのように撃滅せんとする。奴らの馬は速いぞ。此度のように、あっという間に逃げられるぞ」
「ぐぬぬ」

 いい大人が正論で女子供をやり込めて、なにか楽しいか?
 そんな反発心から、私はギギギと歯噛みし、それでもあてずっぽうで、言い返す。

「お金を貯めて、殺し屋を雇います」
「んなっ」

 玄霧さんが、少し間抜けな声を出した。
 しかしいったん口に出してみると、それは冴えたアイデアではないか、と私の気持ちが前向きになる。

「そうだよ、それがいい。翔霏くらい腕の立つ人を何人も見つけて。その人たちに、びっくりするくらいのお金を渡して。そのためには、うんと稼がなきゃ」

 驚いているのか、呆れているのか。
 無言でこっちを眺める玄霧さんをよそに、私はうわごとのようにつぶやく。

「毒殺もいいな。毒の勉強をして、毒の武器を集めれば、少ない人数であいつらを仕留められるかも。なんなら放火でもいいんだ。あいつらが神台邑にやったように、なにもかも燃やし尽くしてやる。溺死させてもいいし、崖の上から落としてやってもいい。覇聖鳳ただ一人を的にかけるなら、非力な私にだっていくらでもやりようはあるんだ。木や竹の串一本だって、刺さりようによっては簡単に人を殺せるはずなんだ」

 ああ、いくらでも湧いてくる。
 頭の中から、覇聖鳳を殺す算段が、いくらでも湧き出てくるぞ。
 そうか、これなんだ。
 私の、本当に、心からやりたいことは、これだったんだ!

「お前は、鬼女か。仲間を喪った心痛で、脳が損なわれたか」
「あはは、きっと、そうかもしれません」

 お母さん、ごめんなさい。
 家に帰るのは、ちょっと、いや、しばらく遅くなるかも。
 こっちでやりたいことが、やらなければいけないことができたから。

「もう、なにもできずに足踏みしている自分が、いい加減、許せないんだ。私は、私のやりたいことをやる。手始めに、あのゲスどもを皆殺しにしてやるんだ」

 亡くなった邑のみんなの弔いと。 
 さらに強い熱で私を動かす、復讐の炎。
 神台邑を焼き尽くした覇聖鳳とかいうやつを。

「この世から、消してやる。燃えカス一つ残らないようにしてやる! 体を細切れに刻んで地面に散らして、その一つ一つを念入りに踏み潰してやる!!」

 やつらがこの邑にした仕打ち。
 その何倍、何百倍、何万倍もの痛みと苦しみを、やつらに。
 それをしないことには、やり遂げないことには、きっと。
 私は私を、いつまでも許せない。

「もうたくさんだ! 後悔するのも、泣きべそかくのも、大事な人と離ればなれになるのも、もう、うんざりなんだ!」

 商店ビルの火災からこっち、ずっと考えていた。
 なにもできなかった後悔と、なにかしたくてたまらない、私の心の奥にある気持ちと。
 ずうっと、私の心の中でぶすぶすと燻(くすぶ)り続けて、じりじりと魂をすり減らしているものの正体を。
 お母さんや埼玉の友だちに会えなくなって、せっかく受かった東京の高校にも通えなくて。
 それでも出会えた素敵な、小さな、愛しいこの邑をわけも分からず、焼かれて奪われて。

「もう完ッッ全にキレた! これが私の運命なら、徹底的にやってやる! 私をこんな目に遭わせたやつらの喉笛を、一人残らず順に噛みちぎってやるぞ!!」

 私は叫ぶ。
 灰燼と化した神台邑の真ん中で。
 今、私が私であるための、憎しみと呪いの詩(うた)を。
 血には血を。
 炎には炎を。
 恐怖には恐怖を。
 絶望には絶望を。
 殺戮には、殺戮を!
 そっくりそのまま、お返ししてやるんだ!!

「ぬう、どうしたものか、この狂った娘」

 玄霧さんは渋い顔で、頭を押さえていた。
 しかしそのとき、ふと彼はなにかが思いついたように。

「麗(れい)、ちょっとよく顔を見せてろ」

 名前は相変わらず省略されてるけど。
 いきなり、玄霧さんは私の顔を、いわゆる「あごクイ」の状態で、間近で覗き込んだ。
 え、ちょ。
 凛々しく逞しい男の人にあごクイとか、生まれてはじめてなんですけど。
 って言うか私、今まですごい勢いで、怒り狂って絶叫してたんですけど。
 こういうとき、どういう顔をすればいいのか、わからないな?

「ふーむ。眉は描けると言うしな、うむ、やはり目鼻は似ている。背格好もほぼ同じであろう。あとは化粧と重ね着でなんとでもなろうか」

 私の顔面を注意深く観察しながら、あまり色気の感じられない品評をしている。

「あの、いったい、なにが」

 わけもわからず顔面をぐにぐに弄繰り回されて、ロマンスのかけらもない。

「金を稼ぎたいと、そう申したな」
「は、はい。沢山、腕の立つ殺し屋を何人も雇えるくらい、稼ぎたいです。毒とか武器とか火薬とかを買い集めたいんです。たくさん稼がなきゃ、ならないんです」
「そうであればいい仕事がある。ともすれば、お前にはうってつけかもしれぬ」

 ありがたい話だ、ぜひともお願いしたい。
  
「なんでもやります。どんな仕事ができるかなんてわからないけど、頑張って覚えます」

 泥棒や海賊をやれと言われても、望むところだぞ。

「そうか、せいぜい励むといい」

 ニカっとイイ笑顔をして、玄霧さんは、私の勤め先を告げた。

「お前が行くのは、後宮だ」

 就職先は、すんなりと決まった。
 神台邑を後にして、県を越えて、さらにその上の州も通り過ぎ。
 昂国全土の頂点に君臨する、皇帝陛下の後宮に入ることに、なったのだ。
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