バイト先は後宮、胸に秘める目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~

西川 旭

文字の大きさ
27 / 56
第四章 皇城の泡沫(うたかた)

二十七話 秋の涼風と共に便りは訪れる

しおりを挟む
 朱蜂宮(しゅほうきゅう)の中庭に立つ樹木の葉にも、赤や黄色が目立つようになってきた。
 夏が終わり、そろそろ本格的に秋に差し掛かる。

「当然、中庭の落ち葉の掃除は私の仕事なわけですよね。はいはい、わかってましたよ」

 独り言で愚痴りながら、落ち葉を道具ですくって拾い集める。
 ホウキではなく、櫛のように無数の隙間の空いたチリトリを使っている。
 中庭の土をホウキで掃くと、土ぼこりが立って、周りの建物に飛び散るので、よろしくない。
 そんな理由で、後宮ではこのやり方に決まっているらしい。
 貴賓には蒙塵させるべからず、である。
 強い風が吹けば、誰でもホコリくらい被ると思うんだけどな。

「野良仕事でもないのに、腰が痛くってかなわんなこりゃ」

 別に翠蝶(すいちょう)貴妃殿下の侍女が、中庭掃除の当番と決まっているわけではない。

「新人なんだからまず掃除をしっかりやんなさい。部屋だけじゃなくみんなが使うところもね」

 翠さまがそう言うので、私は暇があれば各所の掃除を行うルーティーンになっているのだ。
 身代わりで高貴な妃に成りすましていない時間の私は、かように平凡な、一介の侍女でしかない。

「央那、ただ今戻りました」

 昼前に中庭の掃除を終えて、翠さまの部屋に帰還。
 絹衣を何重にも重ねた、いかにも厳かで動きにくそうな服に、翠さまはお召し替えをしていた。
 え、きちんとしたよそ行きの正装をしているということは。
 また誰か、亡くなられたのか。
 なんて悲しい想像をしてしまったけど。

「陛下のご寝所に行かれるのよ」

 小声で先輩侍女の毛蘭さんが教えてくれた。
 あ、お、おう。
 そうか、そういうことか。
 後宮の、貴妃だもんね。
 皇帝陛下に、寝室にお呼ばれされることは、そりゃ、あるよね。
 熱く、甘い夜を、お過ごしに、なられる、のだな。

「む、むふっ、んふっ」

 普段から近しくお世話になっている翠さまが、そういう情愛の現場へ赴くのだと思うと。
 なにを言っていいのかわからないし、どんな顔をすればいいのかもわからない。
 おぼこ娘の私は、あわあわ、おどおど、と混乱するしかなかった。

「なにを興奮してるの。いやらしい子ね。玄兄(げんにい)さまからあんたにも手紙が来てたわよ」

 私よりずっと冷静な翠さまが、机の上に置かれた封書を見て行った。
 いつものすまし顔の翠さまに、特別なお変わりはないように見えるけど。
 服と髪のチェックをしている間、ニヤ、とわずかに口角が上がったのを、私は見逃さなかったぞ。
 あるじが嬉しそうにしていると、私もなんだか、楽しくなってきた。
 イケメンの玄霧さんからも、お手紙貰ったし。

「附送麗」

 と、右上がりの字で大書きされている。
 玄霧(げんむ)さん、あんまり字が上手じゃないな。
 麗に送るを附す、という意味なので、翠さま苑てのお手紙に添えて、私の分もわざわざなにか書いてよこしてくれたのだ。

「ありがたく拝読させていただきます」
 
 玄霧さんから翼州(よくしゅう)や北の国境の状況を詳しく連絡してもらうというのは、後宮入りする際に交わした大事な約束だ。
 それを反故にされたなら、私はいつでも後宮を逃げ出す準備がある。
 裸一貫で、なりふり構わず。
 翠さまのことは好きだし、後宮の仕事に文句はないけれど、それとこれとは別なのだ。
 どうせ逃げたところで私には、連座で罪に問われるような肉親も関係者も、いないのだし。

「じゃあ行ってくるわ。あとはよろしく」

 侍女全員で朱蜂宮の門まで翠さまを送り、そこから先は宦官が翠さまを皇帝陛下のご寝所まで導いた。
 さて、あるじが一泊二日の、今回はなにも後ろめたいことがないお出かけ。

「その間、私たちはどう過ごすんですか?」

 侍女頭の毛蘭さんに聞く。

「いつも、みんな割とのんびりやってるわよ。央那(おうな)も今までろくに休みなんてなかったし、夕方までに帰って来るなら、お出かけしてもいいんじゃないかしら」
「本当ですか。じゃあ、お言葉に甘えて」

 ありがたい提案に沿い、私は半日の休みをいただくことにした。
 まずは掃除して綺麗になった中庭で、玄霧さんからのお手紙を読むとする。
 以下に記すのは、その大まかな内容である。

「翼州(よくしゅう)北辺の小邑(しょうゆう)の民をあらかた避難させ終わったが、無人となった邑(むら)に流浪の民が勝手に住み着いているようだ。

 軍を用いて取り締まるほどの混乱はきたしていないが、その流民が万が一に、戌族(じゅつぞく)の匪盗(ひとう)に襲われた場合、どのように対処すべきかで諸官の意見が割れている。

 覇聖鳳(はせお)の青牙部(せいがぶ)が跋扈したという情報は今のところない。

 死んだという情報もないので、戌族領内で交易に従事しているか、他部の保護を受けるなどして、健在であるのだろう。

 晩秋の収穫後を狙い、青牙部に限らぬ戌族諸部が町邑(ちょうゆう)を荒掠(こうりゃく)する可能性は大いにある。

 国境防衛を増援し、翼州および東隣の角州(かくしゅう)の北の国境沿いに重点的に兵を配し、対応することになる。

 忙しくなるので次にいつ文を出せるかわからんが、お前はお前の務めを油断なく続けるように」

 そこまでが一枚目。
 てっきりこれで終わりかと思って手紙を仕舞おうとしたら、二枚目を発見した。
 封筒に引っかかってたので最初は気付かなかった。
 半端な大きさの紙切れに、一枚目よりさらに雑な字だ。
 私への要らぬお説教を後から思いついて、適当に書きなぐったのか、玄霧の野郎。
 と思ったけど違うようで、次のように書かれていた。

「これは軍の正式な方針ではなくあくまでも俺の独り言だが。

 もし覇聖鳳めらが我が隊の面前に出現したならば。
 
 俺も、麾下(きか)の士卒も、勢い余ってやつばらを殺してしまうかもしれぬ。

 軍として命令がなくとも、神台邑の惨状は、兵の心にいまだ根強く残り続けておるからな。

 お前が自分で仇を討つことの邪魔をする結果になろうとも、せいぜい怨んでくれるなよ」 

 二枚目の追伸までを読み終えて。
 あの普段はムスッとした玄霧さんが、これを書いたのだと思うと、私は、私は。
 心が、魂が震えるのを、感じた。
 悲しみではない涙が、両の頬に滝のように流れて来た。

「なんだよ、玄霧さんのやつぅ。私には『冷静でいろ、時期を待て、軍隊は報復の道具じゃない』なんてカッコつけて言ってたくせにぃ」

 やっぱりあの人も、覇聖鳳を殺したくて、うずうずしてるんじゃないか。
 遠く離れた翼州の国境沿いにいる、玄霧さんと、玄霧さんによく似て働き者揃いの部下の人たち。
 一緒に神台邑の、無数の遺体を焼いて埋めたあの人たちと。
 私は、同じ怒りを共有している。
 仲間なんだ。
 ぶっきらぼうな文章で雑な字もいいところだけど、照れくさそうに私を仲間だと認めてくれる玄霧さんの心を、熱い気持ちを、手紙から感じた。
 
「う、ううう」

 久しぶりに、泣いた。
 いっぱい泣いた。
 嬉しい涙だから、これは、セーフ。

「ひっく、うっく、うっぐう、ふえええん」

 玄霧さんの、昂国軍の仕事の結果として、覇聖鳳が討伐されたのなら、それはそれで、文句はない。
 もちろん私がこの手で、私の考えで、奴らをどうにかしてやりたいのが一番だけど。 
 ベストではないけど、限りなくそれに近いベターなのだと、納得もできるよね。

「むんっ、玄霧さんに負けないように、私も頑張ろう」

 手紙を懐に収め、私は涙に濡れた顔をぬぐう。
 呼吸と横隔膜が落ち着くのを待ち、さて、まだ与えられた休み時間は残っている。
 足が向かう先は、昂国のあらゆる知識の凝縮にして真髄、ガリ勉の塔こと、木造五階の中書堂。

「毒の本にしようか、火薬の本にしようか、まずは戌族の情報にしようかな」

 私の心を更に大きく燃やしてくれる本を、すんなり借りることができるだろうか。
 いざとなれば「翠さまの夜のお話相手として色々勉強中なんです」とでも言って借りるか。
 思いのたけ泣いてスッキリしたからか、頭の中もすっかり澄み切っているのを感じる。

「今ならどんな本を読んでも、すいすい吸収できる気がするぞ。このテンションに身を任せるしかない」

 最近、少し気持ちが沈んで鬱々としたり考え込んだこともあったけど。
 手紙のおかげで、全部、すっ飛んだ。
 皇帝陛下のところに行った翠さまも、良い夜でありますように。
 なんてことを願う気持ちの余裕が出て来たぞ。

「ありがとうございます、玄霧さん、翼州左軍のみなさん」

 澄み渡る青空に負けないくらい、晴れ晴れとした気持ちで、私は殺戮の知を求める。
 重く静かにそびえ立つ中書堂の扉はどう思いながら、そんな私を迎え入れたのだろう。
 わからないし、どうでもよかった。
 今の私、無敵すぎる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能と追放された俺、死にかけて覚醒した古代秘術を極めて最強になる

仲山悠仁
ファンタジー
魔力がすべての世界で、“無能”と烙印を押された少年アレックスは、 成人儀式の日に家族と村から追放されてしまう。 守る者も帰る場所もなく、魔物が徘徊する森へ一人放り出された彼は、 そこで――同じように孤独を抱えた少女と出会う。 フレア。 彼女もまた、居場所を失い、ひとりで生きてきた者だった。 二人の出会いは偶然か、それとも運命か。 無能と呼ばれた少年が秘めていた“本当の力”、 そして世界を蝕む“黒い霧”の謎が、静かに動き始める。 孤独だった二人が、共に歩き出す始まりの物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy
ファンタジー
 もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。  村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。  ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。  しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。  まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。  幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

処理中です...