バイト先は後宮、胸に秘める目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~

西川 旭

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第七章 答え合わせ

五十六話 もう一度、スタートラインに

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 河旭(かきょく)の西門を出て、玄霧さんと話し、別れた後。
 私たちは次の邑を目指し、しばらく街道沿いに歩いた。
 田園地帯から歩き続けて山が近付くにつれて、土地に起伏が大きくなり、畑の数も減る。
 まばらに木々が立ち並び、その向こうに川の流れる音が聞こえた。
 いつだったか、三人で歩いたような気がする、そんなよくある山際の田舎道。
 
「いやあ、皇帝の赤ちゃんなんて、おめでたい話を聞いちゃったな。旅始めの景気づけにはもってこいだ」
「メエメェ」

 軽螢(けいけい)が笑って道の先を行く。
 わかっているのかいないのか、白ヤギが隣で相槌を打った。

「赤ん坊はいつごろ生まれることになるんだ?」
「うーん、多分だけど次の夏のくらいじゃないかな」

 私と翔霏(しょうひ)がその後を歩き、世間話をする。
 軽螢と、翔霏と、私。
 三人で話しながら丘の草木の間を、河の横を歩いて往く。
 なんてことのない、あたりまえだったこの時間と空間を、私は一度、根こそぎ奪われた。
 すべてがこの手から、こぼれ落ちて行った。
 それでもやっと今、この手に取り戻したんだ。

「そう言えば二人とも、どうしてあんな絶好の場面で陛下のお城になんか来たの?」

 疑問に思っていたことを改めて聞く。
 あの日、あの場所で戌族(じゅぞく)が騒ぎを起こすなんてことは。
 知の巨人である姜(きょう)さんでも、直前にならなければわからなかったことだ。
 翔霏と軽螢率いる少年たちが、それを予見して駆けつけたということは、まずありえないと思った。

「クソ狗どもに行き合わせたのは全くの偶然だ」

 翔霏の言葉に、軽螢がウンウンと頷いて、続きを教えてくれる。

「翼州で軍の小間使いしてるときに小耳に挟んだンだよ。神台邑の生き残りの中に、河旭のお城へ働きに行った女の子がいる、って」
「それ私じゃん」

 おそらく玄霧さんの部下の誰か、軽螢たちに教えてくれたんだな。
 グッジョブすぎる。
 そのおかげで再会できたんだから、感謝のしようもないわ。

「だから俺たちも、それ麗央那(れおな)じゃね? って思って、会いに行こうかって話になったんだ。な、翔霏?」
「ああ。軍が戌族の連中と国境でぶつかり合うことがあれば、参加したいと思っていたんだが。どうも州の将軍と戌族の大人(たいじん)との間で取り決めがあったらしく、国境に不穏な空気はなくなった」

 覇聖鳳(はせお)とは別の勢力の大頭目と昂国軍(こうこくぐん)の間で、なんらかの手打ちや講和が成されたということだろう。
 戌族相手に戦闘しても昂国としてはなんの得にもならないので、穏当に済ませた方がいいという結論だ。

「きっと、姜(きょう)さんの判断だろうね。あの場にいた、ヒョロっとした若白髪の軍師の人だよ」

 首切り魔人なんてあだ名のせいで残酷イメージが先行しているけれど、姜さんの本質は、合理主義者である。
 効率的な作戦を選んだ中に、たまたま尾州(びしゅう)数千人の処刑という選択肢があっただけで、彼は決してシリアルキラーではない。
 殺したほうがいいなら殺すし、活かしたほうがいいなら活かす。
 感情に囚われずそれを使い分ける多面性こそが、彼が幼い麒麟とも、魔人とも呼ばれる所以であろう。
 もっとも彼は、なんでもかんでも迅速にことを進めようとして、組織の序列をすっ飛ばし、手続きを省略しがちな傾向がある。
 きっとそれは姜さんの、明確な悪癖であり弱点だ。
 ありていに言えば、横着したがる気持ちが、姜さんにはあるのだ。
 自分の体力では持ちきれないほどの本を一度に抱えて、中書堂の急な階段を登れなくなったようにね。
 上手く行っている間は良いけど、なにか大きな落ち度や失態があった場合、周囲から猛烈に突き上げを喰らうだろうな。
 ま、たまには痛い目の一つ、見てしまえばいいんだ。
 軽螢が笑顔で続きを話す。

「なら麗央那の手掛かりを探すついでに、皇都見物もいいンじゃね? って俺が言ったんだよ」
「お前は普段ろくに働かないくせに、今回は全くたまたま、いい仕事をしたな」
「へへっ、こう見えてやるときはやる男だぜ、俺はヨゥ」
「褒めてないんだが……」

 遅かれ早かれ、なにがあってもなくても。
 翔霏と軽螢は、私に会いに来てくれたんだ。
 切っても切れない絆のようなものを感じ、私は胸が温かくなる。

「そっかあ」

 うん、だから。
 大丈夫、大丈夫。
 これからの旅路でも、きっと、大事なものを取り戻せる。
 待っててね、環貴人。
 待ってろよ、覇聖鳳。  
 我ら神台邑の三人衆、生まれた地と日は違っても。
 きっと同じ日、同じときに、そこまで一緒に辿り着く。 
 三人で覇聖鳳の息の根を止めて。
 三人で、環貴人のお友だちになるんだ。

「ところでさっきから腹が減りっぱなしなんだ。この赤い木の実、食えると思うか?」

 腹ペコ虫だった翔霏が、道端の木を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。
 葉がない冬の森と青空に映える、朱色の木の実が、枝に鈴なりに実っている。

「確か食べられるよ。本で読んだ。死ぬほど酸っぱいはずだけど」

 なんて話しながら枝に手を伸ばそうとしたとき。

「って、なんかいるし」

 私は異変を感じて後ずさる。
 見れば林道の脇に、三つの瞳を持つ、イタチの化物が潜んでいた。

「ギッ! キャッ! キキャーッ!」

 樹木の間から私たちの様子を、虎視眈々と伺って、威嚇の声を放っている。

「む、怪魔か」

 翔霏が棍を構える。

「あんまりでっかくないな。爪が剣みたいで痛そうだけど」

 軽螢は腰の青銅剣に手をかけすらしない。
 翔霏に任せて楽をするつもりのようだ。
 怪魔の体高は人間と同じくらいで、中くらいか、やや小さい部類と言える。
 翔霏や軽螢にとっては、経験値稼ぎの雑魚にもなるまい。
 剣のようだと評された爪は、確かに長く鋭く、もし引っかかれたらただでは済まないだろう。
 私はその、見ようによってはフサフサしていて、可愛いと言えなくもない邪悪な獣を睨みつけて。

「やんのかゴラァーーーーーーーーーッ!!」
「キュッ!?」

 いきなり自慢の大声を発し、恫喝した。
 イタチの怪魔は、びくっと体を震わせキュートな叫びを上げ、林の奥へと一目散に逃げて行く。

「ふん、気合いの足らんやつめ」

 邪魔者がいなくなった林から、私は木の実を摘み取って、口の中に放り込む。

「ンギギギッ、酸っぱぁい。でも癖になりそう」

 軽螢も翔霏も、口と目をあんぐりと大きく開いて、驚いていた。
 ふふ、どんなもんだい。
 私だって、やればできるんだぞ。
 会えなかった間の私の成長を、二人に見てもらえて、とても気分が良かった。
 目じりを濡らすものの原因は、木の実の激しい酸味だけではない。


 埼玉のお母さん。
 いつ帰られるかわからないけど、まだちょっとかかりそうだけど。
 私は、麗央那は、元気です。
 届くかどうかわからない手紙を書いて、渡り鳥の足にでも、括り付けておきますね。
 それではまた、いつか。
 生きていれば、お便りを書き続けます。
 また会える日まで、お元気で。
 さようなら。


                       
(進学先は異世界、就職先は後宮 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~ 完)
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