後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭

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第八章 八州と北方の境界

五十八話 貴妃の故郷と伝説の豹

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「さっきのガキどもが言ってたけど、おヒメさんを連れて悠々と逃げて行く戌族(じゅつぞく)たちを、ふもとの道で見たってサ」

 子どもたちと目いっぱい遊び終えた軽螢が、私たちのところへ戻って報告した。
 この町は小高い丘の中腹にあるので、ふもとを走る北方への街道を見下ろせるのだ。

「どんな様子だったのか、詳しい話はしてた?」

 情報収集はなによりも優先する。
 私は些細なことでもいいから、覇聖鳳率いる青牙部(せいがぶ)の付け入る隙を探るべく、そう聞いた。
 環(かん)貴人が手荒い扱いを受けていないかどうかも、気になるからね。

「町のみんな、おっかないから遠巻きに見てただけらしいけどな。首領らしい男が、町の方を見て笑って刀を振ってたってよ」

 それは間違いなく、覇聖鳳だろうな。
 まったく、余裕があるのか、目立ちたがり屋なのか、あるいはその両方か。
 それ以上の詳しい情報は得られず、収穫は乏しいか、と思っていたけど。 

「あとは戌族の連中、道の先々でこんな竹の切れ端を落として行ったってさ」

 軽螢がそう言って、私に一片の竹簡を見せてくれた。
 町の子どもが拾ったものを、一つ分けて貰ったのだそうだ。
 そこには、短い文章が書いてあった。

「聖鳳飛天空、莫氏別統地」

 聖なる鳳が天空に飛翔し、氏族の区別なく地を統一する、との意味になるか。
 これが、覇聖鳳お得意の、いつも通りのハッタリなのか。
 それとも奴の最終的な目的は、北方の草原も、昂国(こうこく)八州も区別なく、天下を統一することなのか。

「わからんな。奴は一体、なにを考えてるんだか」

 竹簡を覗き見た翔霏も、私と同じ感想を持った。
 そう、わからないからこそ、恐ろしい。
 私が神台邑(じんだいむら)と皇都の朱蜂宮(しゅほうきゅう)で垣間見たのは、覇聖鳳の暴虐と果断、その一片でしかない。 
 麻耶(まや)さんの他にも優秀なブレーン、参謀がいるのかどうかすら、私は知らないのだ。

「わかンねーこと考えても仕方ねえし、さっさと寝ようぜ」
「そうだね」

 子どもたちとはしゃぎまわって疲れたのか、軽螢があくびをしながら言った。
 明日のために休む。
 ここから先、旅も戦いも長いのだから、それはとても大切なことなのだ。
 首尾よく軽螢が、遊んでいた子供たちの一人の家の物置に泊めてもらう段取りをしてくれていた。

「こういう如才なさって言うか、人懐っこくて要領のいいところは、私も翔霏もないからねえ」
「まあ、そうだな。あいつは昔から、自分が汗をかかずに周りに面倒見てもらうのが上手いんだ」

 邑の中では軽螢の姉代わりとして様々な面倒を見ていたであろう翔霏が、冷めた顔で評した。
 翔霏はなにかあればすぐに体が動くタイプだし、私は人に指示されてこき使われている方が、気分的に楽なタイプだ。
 へらへら笑顔と口八丁で他人を動かし、自分は楽をする、と言うのは苦手分野である。
 そもそも私も翔霏も、野宿なら野宿で構わないか、と思ってここまで歩いて来たし、実際そうしていたので、町に来たからと言ってタダで泊まれるところを探し回ろうという意識が薄い。
 でも機会さえ許すならば、屋根と壁のあるところでしっかり休んだ方が良いに決まっている。
 物置の隅っこで、すぅかぁと気持ちよさそうに寝息を立ててる軽螢に、私は無言で感謝を捧げるのだった。
 ゆっくり休んで、その翌朝。

「ごちそうが目の前に並んでると思ったら夢だった。また寝直して続きを見たいんだけど」

 バカを言っている軽螢をスルーして、私たちは物置を貸してくれた方々にお礼を。

「昨夜はとても助かりました。これ、少ないんですけど」

 そう言って、多少の銀銭を指し出そうとする私。
 しかし、家長らしきおじいさんが顔の前で手を振って、拒否の意思を示す。

「いやいや、身内のかたき討ちのために、戌族たちの後を追ってるんじゃろう? 粗末な小屋を貸してたくらいで銭なんか取っては、恰好がつかんわい……今どき、見上げた若者たちじゃあ」

 私たちに対してやけに恐縮し、おじいさんは言った。

「軽螢、あんたいったい、ここのおうちの人になにを言ったの」
「訳あっておおっぴらには言えないけど、覇聖鳳たちを追ってるんだ。って、そのまんま話しただけだぜ」

 言い方~。
 つい最近、大きな事件を起こした戌族を追いかけてるなんて言ったら、このおじいさんが変に誤解しても仕方ないじゃないか。
 いや、誤解じゃないか、まったくその通りなんだけどさ。
 正直に話してしまったせいで、おじいさんに気を遣わせちゃったよね。
 差し障りなく「気ままな旅の途中なんです」とでも言っておけばいいのに。
 でも。
 とっさに上手い嘘が出て来ないというのは、きっとそれは軽螢の美点だけれどね。
 私みたいに嘘つきが極まってしまったら、もう取り返しがつかないし。

「おお、そうじゃそうじゃ、お嬢さんたち」
「はい?」

 私たちが出発しようとしたとき、おじいさんが一言、情報をくれた。

「ここから北西に行くとのう、毛州(もうしゅう)と鱗州(りんしゅう)の境に街があるんじゃが、そこは、狗族(くぞく)どもに連れ去られたお妃さまの、ご生家があるんじゃ」
「環(かん)貴人のおうち!」

 そこは、行っておきたい街だ。
 これ以上西へ向かうと、覇聖鳳たち青牙部の根拠地に行くには回り道、寄り道になってしまうけど。
 環貴人を連れ去った覇聖鳳たちのことを知るには、重要な情報が得られるかもしれない。
 私の心の底に、環貴人をもっと知りたい気持ちがあるせいで、そう思うのかもしれないけれどね。
 
「そうじゃ。環家と言えば昂国八州の北部において比類なき大商家じゃでの。戌族との取引も多かろうて、足を運んでみれば決して、無駄にはなるまいよ」
「貴重な情報をありがとうございます。ぜひ行ってみようと思います」
 
 と、おじいさんに深くお礼を言って、出立してしまったけれど。

「か、勝手に決めちゃって良かった?」

 後になって、軽螢と翔霏の顔色を窺う私であった。

「麗央那(れおな)が決めたなら、いいンじゃね?」
「どのみち目的地は同じなんだ。情報が集められそうなら問題あるまい」

 二人がそう言って理解を示してくれたので、私たちはここから西北にある、岳浪(がくろう)という街を目指すのだった。

「岳浪って言えば、おとぎ話にあったよな」

 道中、雑草の茎を笛にしてぴゅーと吹きながら、軽螢が言う。

「ああ、谷の間で旅人に詩の問答を吹っ掛ける、豹の怪物だったか」

 私の知らない話を、翔霏が補足して教えてくれた。

「なにそれ怖い。問答に満足に答えられなかったら、どうなっちゃうの?」
「もちろん食い殺されるという話だな。私はそんな怪魔ごときにやすやすと食われてやるつもりはないが」

 自信満々にいつもの無表情で言ってのける翔霏。
 私は、翔霏に万が一のことがあった場合を備えて、必死に頭の体操をしながら、豹が出たと伝わる谷の道を歩くのだった。
 やっぱり、変に寄り道しない方が、良かった!?
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