後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭

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第八章 八州と北方の境界

六十話 岩の街に建つ豪商の館

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 椿珠(ちんじゅ)と名乗る謎の派手な美男子に、粗末な木札を貰った私たち。
 それを環(かん)貴人の生家である大豪邸の門番さんに見せれば、なにか良いことがある、と言うことだったけど。

「あ、あのう。申し訳ありませんが、ちょっといいでしょうか」

 立派すぎる門構えの正面入り口に行くのは気が引けて、勝手口に立つ守衛さんに声をかける。
 さすがに天下の大商人の家と言うだけあって、勝手口にも立派な守衛さんの詰め所が構えられていた。
 巌力(がんりき)さんほどではないにしても、大柄で強そうな男性が、サスマタを手に屹立している。

「用聞きのものか? 洗濯屋ならさっき来たはずだが」

 じろりと睨まれ、問いただされる。
 出入り業者の小間使いと思われたようだ。

「そういうわけではないんですけど。これを門衛さんに渡せばわかると、ある人から言われたもので」

 私は持っていた木札を守衛さんに渡す。
 面倒臭そうにそれを受け取った彼は、書かれていた「椿珠」と言う名前を目にした途端、顔色を変えて。

「こ、これは失礼いたしました。三弟(さんてい)のご友人でございましたか」

 そう言って仲間の守衛さんを呼び、扉を開けさせて、私たちの荷物を預かった。

「え、いや、あの」

 いきなりの神対応に、私はわけがわからず、とりあえず話をしようとするも。

「ご遠慮なさらず、どうか中でおくつろぎください。遠方からいらっしゃったのでしょう」

 親切ながらも強引に急き立てられ、私たちはお屋敷の中に招かれたのだった。

「お、これは思いがけず、美味いメシにありつける流れかな?」
「ヴァアアアァ!」

 全く警戒心ゼロで、軽螢とヤギは喜んでいる。
 
「翔霏、どう思う?」
「わからんな。なにか企んでいるなら、無理矢理にでも抜け出せばいい。相手がどうぞと言っているのに遠慮するのも失礼だろう」

 翔霏は軽螢とは別のベクトルで、頓着することとしないことがハッキリしてる性格だ。
 私の不安や混乱は共感されないのが、若干むず痒いのだった。
 翔霏は食いしん坊なので、ひょっとすると軽螢以上に、ごちそうに期待する気持ちが強いのかもしれない。
 ま、翔霏がいればなにかあっても、撃退できちゃうだろうし、いいか。
 油断は良くないけど、守衛さんたちに悪意の雰囲気が全くなかったので、私たちは大人しく従い、奥へ奥へ。

「ゆっくりと疲れを取っていただかねば。すぐに湯の用意もさせますので」

 中央にそびえるドデカい本宅ではなく、離れに案内された私たち。
 離れと言ってもそれ一つで豪邸と呼んでいい建物には、男女別のお洒落極まる浴室があった。
 
「よ、浴槽が、黒曜石だ。こんなお風呂、私、はじめて」
「さすが大商人、風呂一つとってもやることが派手だな」
 
 私と翔霏は、いくらお金がかかっているのか見当もつかないそのお風呂場で、感想を言い合う。
 美しく透き通り、黒光りする黒曜石の湯船にたっぷり貯えられた、程よく熱いお湯。
 水面には、おそらく春夏に摘んで乾燥保存させていたのであろう、色とりどりの花びらが散らされている。
 湯船の端には、付近の岩山から採取したであろう柱状節理の角ばった岩石が並べられ、その上や隙間をひたひたとお湯が流れ落ちて行く。
 どんな高級スパでも、こんなに趣味のいい浴室はないのでは、と私は感動することしきりだ。
 繰り返しになるけど、ここ、本宅じゃなくて、離れだからね?

「湯が甘いな。これはリンゴの香りか」

 二人で体を洗いっこして、極楽気分で湯船に入る。
 どうでもいいけど、翔霏は下の毛が、生えていな。
 いや、こんなことをいちいち言葉にするのはやめよう。
 他人の体についてどうのこうのと余計なことを言うのは、戒められるべきことである。
 翔霏が指摘したように、どうやらリンゴの皮のエキスがふんだんに滲み出たお湯のようだ。
 ああ、ダメだ~。
 こんな素敵なお風呂を体験してしまったら、先の人生、これ以上の楽しみなんてありゃしない~。
 そんなバカなことを想いながら、私と翔霏はほっかほかのユルユルになり、体から湯気を立ち昇らせ、着替えの部屋へ戻るも。

「服と棍がないな」

 翔霏が不機嫌そうに、自分の持ち物を勝手にいじられた不満を述べた。

「私も手持ち袋はあるけど、着ていた服がないや」

 裸でお屋敷の中をうろつくわけにもいかないよね。
 と困っていたら、戸口に誰か、声からすると女性が来て、姿を見せずに言った。

「お召し物は洗濯と繕いのために、預からせていただきました。どうぞこちらにお着替えいただきますよう」

 綿の簡易下着と、柔らかく温かそうな羽毛の入った部屋着をあてがわれた。
 もう、至れり尽くせりすぎて、私、バカになりそう。
 釈然としない顔で着替える翔霏をよそに、私はこの家で生まれ育った環貴人の穏やかさ、柔らかさを思い出すのだった。
 そりゃあ、こんなに不自由も刺々しさもない空間で育てば、あれだけ丸い性格と物腰になるよなあ。

「ヤギ公は空いてる厩(うまや)で面倒見てくれるってサ。しっかし、すごい風呂だったなあ」

 軽螢と再度合流し、私たちは食事の場である大部屋に案内された。

「男湯はどんなだったの?」
「とにかくいたるところ全部、真っ白な石だったぜ。お湯までなんか白かった。もう夜になるってのに目が覚めちまったよ」

 どうやら男湯と女湯で、意匠は全く違うらしい。
 男は陽、女は陰と言う意味合いで、白と黒に分かれているんだろうか。
 恒教(こうきょう)や泰学(たいがく)の理念とは合致しているな。 

「三弟はもうじき帰られます。それまで茶で喉を潤していただけますか。今、夕餉をご用意いたしておりますので」
「い、いただきます。なにからなにまですみません」

 目算にして横幅7メートル、奥行き15メートル以上はありそうな大部屋の真ん中に置かれた大テーブル。
 その端っこで、私たち三人は固まって、ちびちびとお茶を飲む。

「早く棍を返してほしいんだが」

 愛用の武器が手元から離れて、神経質っぽく翔霏が愚痴る。
 
「あの棍、もうボロボロじゃん。そろそろ替えどきだよ」
「そうだが、なにかあったときに素手と言うのもな」

 怒りと闘争の神を彷彿とさせる翔霏だけれど、素手の拳で人間や怪魔を殴るということは、まずない。
 彼女いわく「拳で殴ったら、こっちの骨が折れる」らしいので、それを嫌うがためである。
 パンチ力が強いボクサーは、拳の怪我に悩まされることが多いと言うし、翔霏も同じ悩みを抱えているのだろう。
 私たちがそんなことを話しながら、馥郁たる香りのお茶を楽しんでいると。

「お、大人しく待ってたな。重畳、重畳」

 満足げにそう言いながら、妖しいほどに美形の、派手な服で身を包んだ男が部屋に入って来た。
 昼に会ったときとは別の、葉桜のような模様が染め抜かれた綿の長衣であった。
 そう、岩崖の道で私たちに詩歌の問答を吹っ掛けたヒマ人、その彼だった。

「椿珠(ちんじゅ)さん、今日はこんな丁重なおもてなしをいただき、本当にありがとうございます」

 椅子から立ち上がり、私は深く頭を下げてお礼を言う。
 軽く手を振りながら、頬の片方だけを吊り上げた苦笑いで椿珠さんは答える。

「家の中がちいとバタバタしててな。ろくな世話もできずに申し訳ない。忙しくなければ親父どのや兄貴たちにも会ってもらうところなんだが」
 
 椿珠さんは使用人の人に申し付けて、卓の上にごちそうを並ばせた。
 焼いた鳥の肉と内臓、姿のまま揚げられた鯉、葛きりに似た透明な麺とキノコの入ったスープ。
 粉モノの団子やおせんべい各種、冬瓜と川エビの煮物、山椒がバッチリ効いた豆と挽肉の激辛炒め。
 タケノコやノビルの漬物、赤く甘酸っぱい木の実のヨーグルト和え、クルミ混じりのゴマ豆腐。

「…………!!」

 翔霏はそれらを、なんでも吸い込む不思議な生き物よろしく、片っ端から口に入れていた。
 つましい台所事情で旅をしてたからね。
 うんうん、こういうときこそいっぱいお食べ。
 と私も目に涙をにじませながら、昂国(こうこく)で最高峰と思われる美味珍味に舌鼓を打つ。

「で、食いながらの話として今更だが、お前らは一体なんなんだ?」

 モリモリと食材を食い散らかす、ほぼ初対面の私たち三人に対して、椿珠さんは改めて聞いた。
 軽螢も翔霏も食べることに夢中なので、私が答える役回りだろう。

「訳あって、ちょっと各地を旅して回ってるんです。道中で珍しい体験ができればと思い、こちらに寄らせていただきました」
「ふうん……」

 椿珠さんは卓上の料理を適当にちびちびとつまみながら、透明なお酒、おそらく強い蒸留酒を口に放り込み。

「カァーッ、うめえ」

 美しい顔を綻ばせたあと、こう言った。

「ひょっとして、うちの玉楊(ぎょくよう)に関係してることか?」

 唐突に図星を突かれて、私は不覚にも、表情をこわばらせてしまった。
 一瞬で気を取り直し、知らんぷりを装って私が答える。

「なんのことでしょうか。尊い貴妃さまと私たちに、関係などあるはずもありませんし」
「長い髪を後ろで結った棍使いの女と、後宮を抜け出した小柄な侍女の話はとっくに知ってる。巌力からも文は届いたからな。あの谷間の道で会うとは思ってなかったが」
「なんだ、最初っからバレてたんだ」

 どへー、と肩の力が抜けた私であった。
 巌力さんが私たちの話を環家に伝えているというのであれば、一々隠し事なんてしなくていいな。
 こうして腹の探り合いをしなくて済んだ私と椿珠さんは、お互いの状況、情報を交換し合うのだった。
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