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第九章 黄指部の村落
七十六話 夜に紅顔、朝に蒼白、その夕には
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私たちの協力者になるかもしれなかった、小柄で胡散臭い、沸教(ふっきょう)の僧侶。
年齢も素性も不明な彼が、真冬の曇天の下、物言わぬ死体に成り果てていた。
「関係者だと思われちゃ不味いから、離れよう」
私は翔霏(しょうひ)と軽螢(けいけい)にそう言って、急いでコソコソと現場の人だかりを離脱する。
二人は一瞬、驚いた顔を見せたけれど、なにも言わずに私に合わせて早足で路地裏から抜け出した。
人通りの少ない小路に出て、座るのにちょうどいい大き目の石材が転がっているのを見つける。
私はそこに腰を下ろして、ふー、はー、と呼吸を落ち着かせる。
「麗央那(れおな)、大丈夫か」
翔霏が優しく、肩と背中を撫でてくれる。
うん、大丈夫、大丈夫。
いきなり死体を、知ってる人の死に顔を見てしまったから、色々と良くないことを思い出しただけで。
「ごめん、ありがとう。二人はどう思う?」
呼吸を落ち着かせて、翔霏と軽螢の顔を見る。
沈痛な面持ちで、翔霏が言った。
「わからんが、私たち絡みで殺された可能性も、否定はできまい」
そしてどこか悔しそうに、地面の石を蹴った。
なにか私たちに、落ち度があったのか?
危険を予測して星荷さんを守ることはできなかったのだろうか?
分からないことが多すぎる。
けれども、情報が錯綜し、事態が複雑化しているこんなときこそ、思考はクリアに、シンプルに。
はっきりとわかることから、整理して拾わなければ。
「まず、最悪の場合を想定して考えよう。私たちにとって『敵』になる何者かが、脅しや警告のため、私たちを邪魔するために、星荷(せいか)さんを殺したのだとしたら?」
私の問いかけに、まず翔霏が、少しの沈思黙考の末、意見をくれた。
「もしそうであるなら、私たちの行動は、しっかり相手にとって脅威になっているという証明になる。私たちを軽んじているなら、そんな警告をする意味がないからだ」
「正解。翔霏におっきな花マルを」
特に意味のない勲章を授与されて、翔霏が軽螢にフフンとドヤ顔を見せた。
そう、もしも私たちの邪魔を、どこぞの誰かがしたいと思ってこんなことをしたのなら。
私たちの存在自体が、相手にとって厄介な問題であると、わざわざ告白してくれたようなものなのだ。
一方の軽螢はと言うと。
「本当にただ、野良犬にでも驚いて転んで死んだのかもしれンけどな。それか酔っ払い同士の喧嘩とか、元々病気を持ってたとかサ」
別方向からの、これまた可能性としては高そうな見解を示す。
私たちと別れた時点で、星荷さんは結構飲んでたし、気持ち良さそうにユラユラしていた。
酔っ払いは冬によく死ぬ、それは当たり前にあることだ。
「それならそれで、これ以上は悩まなくていいね。軽螢に5点」
「翔霏よりご褒美がショボくね?」
私は両手でパンパンと頬を叩き、ムンと気合を入れ直して立ち上がる。
翔霏と軽螢の意見を受けて複合し、昨夜のうちに元々決まっていた腹積もりを声に出す。
「昂国(こうこく)と赤目部(せきもくぶ)については、姜(きょう)さんや椿珠(ちんじゅ)さんが調べるのに任せよう。私たちは予定通り、白髪部(はくはつぶ)の土地を目指し、そこから青牙部の隙を窺う。それでいいよね?」
「望むところだ」
「賛成~」
「メェ! メェ!」
全員の了解を取り付けて、今後の方針が決まった。
こんなことになってしまい、星荷さんには本当に気の毒で申し訳ないけれど。
もしも、顔の見えない私たちの「敵」がこれを仕掛けて来たのだとしたら、目的はハッキリしている。
単なる足止めの、時間稼ぎだ。
私たちが躊躇して、悩み、考え、ここでモタモタ立ち止まることを、期待しているのだ。
断固としてその手には、乗ってやるもんか。
まことに残念で遺憾にも、私はどうやら相手の嫌がることをするのが、得意であるらしい。
今回もそれを大いに、発揮させてもらうとするよ。
歩みは止めない、むしろ加速してやる。
それが私たちに今できる、最善手であるのだと、敵がわざわざ教えてくれたのだ。
「なら、旅支度を済ませてさっさと出るか。この邑にもう用はないしな」
歩き出した翔霏に続き、私たちも移動する。
用もないし、私たちが星荷さんの死亡事件に関して、この邑のために役立つこともできないだろう。
土地勘もないし、夕べ会ったばかりの人だからね。
いつか、朱蜂宮(しゅほうきゅう)の物品庫で、侍女さんの死体を見つけたときと、事情は大きく違うのだ。
いちいち、迷っていられない。
迷うということは時間が経過するということであり、その過ぎ去っていく時間は、私たちが戦う相手を有利にするかもしれないのだから。
私たちはその後、両替屋さんで手形を見せて金銭を引き換えたり、足りなくなっていた道中の水分を補充した。
星荷さんの死体は片付けられたのか、すでに道行く人の話題にも上っていない。
黄指部(こうしぶ)の大邑を去る、その出口。
私は星荷さんの霊に、南無南無と片手を立てて拝を捧げる。
「いきなり現れていきなり死んだなんて人は、私の人生でもなかなかお目にかかれませんでした。どうか、虚空への旅路も安らかでありますように」
沸(ふつ)の門徒は、魂の果てを虚空と定めている。
現世の苦悶から解き放たれ、万物循環の理からも抜け出し、永遠の安らぎを得るのだろう。
星荷さんの魂よ、虚空の果てに永遠なれ、自由であれ。
感傷に満ちた気持ちで、そう願っていると。
「やれやれ、こいつはとんでもない薄情ものじゃわい。まさか知らんぷりをしてそのまま行こうとするとは。おぬしら、ろくな死に方をせんぞ」
小さい坊さんがノコノコと。
錫杖を杖のように突きながら歩いて来た。
「ぎゃあ! 出たぁ!! 沈深寂底(ちんしんじゃくてい)!! 不惑滅魂(ふわくめっこん)!!」
軽螢が腰を抜かして、坊さんに指を向け、呪言を唱える。
あれはお化け向けの禁術だろうか、死者を弔う追悼の辞か。
当然、なんの効果もありはしない。
緊縛の術にかからず、浄化もされないということは、怪魔でも幽霊でもなく、生きた人間であるのだろう。
私もあんぐりと口を開けて、こう言わざるを得ない。
「星荷さん!? 死んだはずでは!?」
ベタな反応で、済まない。
それ以外の感想が出て来ないんだ。
なんか昔、テレビで見た映画にあったな、こんなリアクション。
「せっかちな連中じゃのう。そう簡単にくたばりはせんわい」
「で、でも完全に動きも止まってたし、目の焦点も合ってなかったし、顔色だって」
私たちも、それなりに人の死に顔を見てきた経験がある。
明らかにあのときあの場で、星荷さんは死んでいるものと思っていたのだ。
「あんなもん、ただの死んだふりじゃ。素人芸より真に迫っておるのは、軽い手品みたいなもんじゃな。コツがあるんじゃ、コツが」
なんだ、そりゃ!!
そんなたちの悪いお芝居で、大邑のみなさんを無駄に驚かし、混乱させたというのか、このクソ坊主!?
チッ、と翔霏が舌打ちを鳴らす。
「確かに、本当に死んでいるのかどうか、しっかり調べなかったな。とんでもないペテン師だ」
いやいや、そうだけどさ~。
しっかり自分で調べないと、こういう落とし穴があるということか~?
先入観が人の目を曇らせるというのは、確かに沸教の説くところではある。
気を付けていたつもりだったのに、この麗央那、一生の不覚!
「そんなバカな演技をして、なんの意味があるんですか!!」
怒りと混乱で声を震わせながら、私は叫んだ。
いかんな、自分を見失い気味だ。
会ったばかりの人が翌朝に死んでいたというのがはじめての経験なら、その人が夕方には生き返って、平気なツラして歩いているというのも初めての経験である。
白骨のお文を書いた蓮如さんもびっくりだゼ。
予習復習していない出来事にはすっかり弱い、どうも私です。
星荷さんは、のんびりと顎をポリポリ掻いて、私の激情を受け流すように平然と答える。
「おぬしらを試したんじゃよ。ここで怯えて立ち止まるようなら、無理をせんと大人しく昂国(こうこく)に帰り、仕事を探してまっとうに生きるべき、そう諭すつもりじゃった。ワシは坊主じゃからのう、説教は本来の務めじゃ」
「残念ー! そうはなりませんでしたー! どうぞ用済みなのでお引き取り下さいー!」
べろべろばー、と子どものように言い返す私。
いや、まだ子どもなんだけどさ、自覚としては。
そうだよ、クサレ坊主が一人や二人、冬の大路で野垂れ死のうが、私たちの行く道を妨げる理由にはならないのだ。
やれやれ、と首を振って、星荷さんは嘆息する。
「どうやらおぬしら、ワシや除葛(じょかつ)の若造が考える幅を、軽く飛び越しておるようじゃの。死体を見たからこそ、むしろ毅然として歩みを早めるとは。年端もいかぬ子どもの考えることではないわ」
お前たちは、どうしてそうなってしまったのだ。
と言わんばかりに哀しい顔で、星荷さんは私たちを見つめる。
翔霏が忌々しげに吐き捨てた。
「今はクソ狗どもも多くの兵を喪って、体勢を立て直しきれていない。ここで時間を使って戸惑っていては敵を利するだけだ」
「おっちゃん、翔霏を怒らせない方が良いぜ。恨みはなくても邪魔だと思えば手足の二、三本はあっと言う間に折るようなやつだから」
軽螢の言葉はハッタリではない。
丁寧にのんびり進めるよりは、拙くても急いだ方が良いと、翔霏は深く理解している。
拙速を優先するのは荒事の基本であり、そもそも私たちの行く先は、修羅の道なのだから。
「なるほどのう。かと言って、若者が死地に急ぎ足で飛び込む様を黙って見送るのも、沸の教えにそぐわぬと言うもの。不本意じゃが見届けるしか」
「いやいや、来ないでください。迷惑です。ハッキリ言うと私はあなたが嫌いです」
なし崩しについてこようとする星荷さんにセリフをかぶせ、私は完全拒否の姿勢。
マジで、冗談じゃなく、消えて?
「そもそもおっちゃん、ゼニ持ってないだろ。メシとか宿の面倒なんて、俺たちは見てやらンぜ」
「ヴァー」
軽螢が無情なファインプレーを放ち、ヤギが勇ましく威嚇する。
そうだよ、先立つものがない以上、私たちがろくでなしを道連れにしてやる義理なんてないんだ。
「ほらほら、もっと唸って怖がらせてあげて。こっち来るなー、って吼え立てて」
「ブメェェェ……!」
と、私は巨体を誇る白ヤギくんを、星荷さんにけしかける。
こいつのタックルは痛いぞ。
「愛(う)いやつじゃな。毛並みも良いのう。なにを食ったらこんなに大きくなるんじゃ」
獣の扱いには慣れているような手つきで、星荷さんはヤギの顎、喉元をこしょこしょとくすぐる。
「バアァァ~……」
ヤギ、生臭坊主の愛撫に、一瞬で陥落の図。
は~、使えねえ~ッ!
こんな体たらくでは、非常食になる日もきっと近いな。
「心配には及ばん。除葛のやつから少々は小遣いをもらっておるからの。自分の身ひとつくらい、おぬしらの面倒はかけんわい」
「あの、それって姜さんが私たちに送ってくれたお金じゃないんですか? あなた、着服しようとしてませんか?」
カネ持ってるんだったら、昨日のメシ代も払えや!
「なんのことかのう。歳を食うと色々と物覚えが曖昧になってかなわん」
私と星荷さんが押し問答をしていると、翔霏が神妙で冷徹な顔になり、小声で言った。
「麗央那がどうしてもと言うのなら、人知れず始末して山に捨てても……」
「いや、そこまではしないで? 私こんな形で業を背負いたくない」
往く道が血に塗れていても、人の心はギリギリのところで失いたくないと思っている、北原麗央那であります。
「そうか……」
えーと、翔霏さん、冗談だよね?
怒り狂って戦っている姿より、今の寂しそうな顔の方が、よほど怖かった。
なにはともあれ、本当に迷惑なことに。
「これからよろしくのう、小娘二人に、小僧一人。それにヤギも」
まったく心を許していない、ろくでなしの怪しい僧侶が、新しくパーティーメンバーに加わった。
「チェンジ! チェーーーーンジ!! もう一回、旅人の集まる酒場に行くから、仲間を選び直させて!! こいつは嫌!!」
悲痛な叫びが、私の中から飛び出して、曇天の夕空にこだました。
なかなか体験できない感情で、できれば体験したくもなかった。
「次に怪魔が出たら、上手く置き去りにできないものか……」
本心から物騒で残酷なことを考えている翔霏を、どうにかコントロールしないとなあ。
年齢も素性も不明な彼が、真冬の曇天の下、物言わぬ死体に成り果てていた。
「関係者だと思われちゃ不味いから、離れよう」
私は翔霏(しょうひ)と軽螢(けいけい)にそう言って、急いでコソコソと現場の人だかりを離脱する。
二人は一瞬、驚いた顔を見せたけれど、なにも言わずに私に合わせて早足で路地裏から抜け出した。
人通りの少ない小路に出て、座るのにちょうどいい大き目の石材が転がっているのを見つける。
私はそこに腰を下ろして、ふー、はー、と呼吸を落ち着かせる。
「麗央那(れおな)、大丈夫か」
翔霏が優しく、肩と背中を撫でてくれる。
うん、大丈夫、大丈夫。
いきなり死体を、知ってる人の死に顔を見てしまったから、色々と良くないことを思い出しただけで。
「ごめん、ありがとう。二人はどう思う?」
呼吸を落ち着かせて、翔霏と軽螢の顔を見る。
沈痛な面持ちで、翔霏が言った。
「わからんが、私たち絡みで殺された可能性も、否定はできまい」
そしてどこか悔しそうに、地面の石を蹴った。
なにか私たちに、落ち度があったのか?
危険を予測して星荷さんを守ることはできなかったのだろうか?
分からないことが多すぎる。
けれども、情報が錯綜し、事態が複雑化しているこんなときこそ、思考はクリアに、シンプルに。
はっきりとわかることから、整理して拾わなければ。
「まず、最悪の場合を想定して考えよう。私たちにとって『敵』になる何者かが、脅しや警告のため、私たちを邪魔するために、星荷(せいか)さんを殺したのだとしたら?」
私の問いかけに、まず翔霏が、少しの沈思黙考の末、意見をくれた。
「もしそうであるなら、私たちの行動は、しっかり相手にとって脅威になっているという証明になる。私たちを軽んじているなら、そんな警告をする意味がないからだ」
「正解。翔霏におっきな花マルを」
特に意味のない勲章を授与されて、翔霏が軽螢にフフンとドヤ顔を見せた。
そう、もしも私たちの邪魔を、どこぞの誰かがしたいと思ってこんなことをしたのなら。
私たちの存在自体が、相手にとって厄介な問題であると、わざわざ告白してくれたようなものなのだ。
一方の軽螢はと言うと。
「本当にただ、野良犬にでも驚いて転んで死んだのかもしれンけどな。それか酔っ払い同士の喧嘩とか、元々病気を持ってたとかサ」
別方向からの、これまた可能性としては高そうな見解を示す。
私たちと別れた時点で、星荷さんは結構飲んでたし、気持ち良さそうにユラユラしていた。
酔っ払いは冬によく死ぬ、それは当たり前にあることだ。
「それならそれで、これ以上は悩まなくていいね。軽螢に5点」
「翔霏よりご褒美がショボくね?」
私は両手でパンパンと頬を叩き、ムンと気合を入れ直して立ち上がる。
翔霏と軽螢の意見を受けて複合し、昨夜のうちに元々決まっていた腹積もりを声に出す。
「昂国(こうこく)と赤目部(せきもくぶ)については、姜(きょう)さんや椿珠(ちんじゅ)さんが調べるのに任せよう。私たちは予定通り、白髪部(はくはつぶ)の土地を目指し、そこから青牙部の隙を窺う。それでいいよね?」
「望むところだ」
「賛成~」
「メェ! メェ!」
全員の了解を取り付けて、今後の方針が決まった。
こんなことになってしまい、星荷さんには本当に気の毒で申し訳ないけれど。
もしも、顔の見えない私たちの「敵」がこれを仕掛けて来たのだとしたら、目的はハッキリしている。
単なる足止めの、時間稼ぎだ。
私たちが躊躇して、悩み、考え、ここでモタモタ立ち止まることを、期待しているのだ。
断固としてその手には、乗ってやるもんか。
まことに残念で遺憾にも、私はどうやら相手の嫌がることをするのが、得意であるらしい。
今回もそれを大いに、発揮させてもらうとするよ。
歩みは止めない、むしろ加速してやる。
それが私たちに今できる、最善手であるのだと、敵がわざわざ教えてくれたのだ。
「なら、旅支度を済ませてさっさと出るか。この邑にもう用はないしな」
歩き出した翔霏に続き、私たちも移動する。
用もないし、私たちが星荷さんの死亡事件に関して、この邑のために役立つこともできないだろう。
土地勘もないし、夕べ会ったばかりの人だからね。
いつか、朱蜂宮(しゅほうきゅう)の物品庫で、侍女さんの死体を見つけたときと、事情は大きく違うのだ。
いちいち、迷っていられない。
迷うということは時間が経過するということであり、その過ぎ去っていく時間は、私たちが戦う相手を有利にするかもしれないのだから。
私たちはその後、両替屋さんで手形を見せて金銭を引き換えたり、足りなくなっていた道中の水分を補充した。
星荷さんの死体は片付けられたのか、すでに道行く人の話題にも上っていない。
黄指部(こうしぶ)の大邑を去る、その出口。
私は星荷さんの霊に、南無南無と片手を立てて拝を捧げる。
「いきなり現れていきなり死んだなんて人は、私の人生でもなかなかお目にかかれませんでした。どうか、虚空への旅路も安らかでありますように」
沸(ふつ)の門徒は、魂の果てを虚空と定めている。
現世の苦悶から解き放たれ、万物循環の理からも抜け出し、永遠の安らぎを得るのだろう。
星荷さんの魂よ、虚空の果てに永遠なれ、自由であれ。
感傷に満ちた気持ちで、そう願っていると。
「やれやれ、こいつはとんでもない薄情ものじゃわい。まさか知らんぷりをしてそのまま行こうとするとは。おぬしら、ろくな死に方をせんぞ」
小さい坊さんがノコノコと。
錫杖を杖のように突きながら歩いて来た。
「ぎゃあ! 出たぁ!! 沈深寂底(ちんしんじゃくてい)!! 不惑滅魂(ふわくめっこん)!!」
軽螢が腰を抜かして、坊さんに指を向け、呪言を唱える。
あれはお化け向けの禁術だろうか、死者を弔う追悼の辞か。
当然、なんの効果もありはしない。
緊縛の術にかからず、浄化もされないということは、怪魔でも幽霊でもなく、生きた人間であるのだろう。
私もあんぐりと口を開けて、こう言わざるを得ない。
「星荷さん!? 死んだはずでは!?」
ベタな反応で、済まない。
それ以外の感想が出て来ないんだ。
なんか昔、テレビで見た映画にあったな、こんなリアクション。
「せっかちな連中じゃのう。そう簡単にくたばりはせんわい」
「で、でも完全に動きも止まってたし、目の焦点も合ってなかったし、顔色だって」
私たちも、それなりに人の死に顔を見てきた経験がある。
明らかにあのときあの場で、星荷さんは死んでいるものと思っていたのだ。
「あんなもん、ただの死んだふりじゃ。素人芸より真に迫っておるのは、軽い手品みたいなもんじゃな。コツがあるんじゃ、コツが」
なんだ、そりゃ!!
そんなたちの悪いお芝居で、大邑のみなさんを無駄に驚かし、混乱させたというのか、このクソ坊主!?
チッ、と翔霏が舌打ちを鳴らす。
「確かに、本当に死んでいるのかどうか、しっかり調べなかったな。とんでもないペテン師だ」
いやいや、そうだけどさ~。
しっかり自分で調べないと、こういう落とし穴があるということか~?
先入観が人の目を曇らせるというのは、確かに沸教の説くところではある。
気を付けていたつもりだったのに、この麗央那、一生の不覚!
「そんなバカな演技をして、なんの意味があるんですか!!」
怒りと混乱で声を震わせながら、私は叫んだ。
いかんな、自分を見失い気味だ。
会ったばかりの人が翌朝に死んでいたというのがはじめての経験なら、その人が夕方には生き返って、平気なツラして歩いているというのも初めての経験である。
白骨のお文を書いた蓮如さんもびっくりだゼ。
予習復習していない出来事にはすっかり弱い、どうも私です。
星荷さんは、のんびりと顎をポリポリ掻いて、私の激情を受け流すように平然と答える。
「おぬしらを試したんじゃよ。ここで怯えて立ち止まるようなら、無理をせんと大人しく昂国(こうこく)に帰り、仕事を探してまっとうに生きるべき、そう諭すつもりじゃった。ワシは坊主じゃからのう、説教は本来の務めじゃ」
「残念ー! そうはなりませんでしたー! どうぞ用済みなのでお引き取り下さいー!」
べろべろばー、と子どものように言い返す私。
いや、まだ子どもなんだけどさ、自覚としては。
そうだよ、クサレ坊主が一人や二人、冬の大路で野垂れ死のうが、私たちの行く道を妨げる理由にはならないのだ。
やれやれ、と首を振って、星荷さんは嘆息する。
「どうやらおぬしら、ワシや除葛(じょかつ)の若造が考える幅を、軽く飛び越しておるようじゃの。死体を見たからこそ、むしろ毅然として歩みを早めるとは。年端もいかぬ子どもの考えることではないわ」
お前たちは、どうしてそうなってしまったのだ。
と言わんばかりに哀しい顔で、星荷さんは私たちを見つめる。
翔霏が忌々しげに吐き捨てた。
「今はクソ狗どもも多くの兵を喪って、体勢を立て直しきれていない。ここで時間を使って戸惑っていては敵を利するだけだ」
「おっちゃん、翔霏を怒らせない方が良いぜ。恨みはなくても邪魔だと思えば手足の二、三本はあっと言う間に折るようなやつだから」
軽螢の言葉はハッタリではない。
丁寧にのんびり進めるよりは、拙くても急いだ方が良いと、翔霏は深く理解している。
拙速を優先するのは荒事の基本であり、そもそも私たちの行く先は、修羅の道なのだから。
「なるほどのう。かと言って、若者が死地に急ぎ足で飛び込む様を黙って見送るのも、沸の教えにそぐわぬと言うもの。不本意じゃが見届けるしか」
「いやいや、来ないでください。迷惑です。ハッキリ言うと私はあなたが嫌いです」
なし崩しについてこようとする星荷さんにセリフをかぶせ、私は完全拒否の姿勢。
マジで、冗談じゃなく、消えて?
「そもそもおっちゃん、ゼニ持ってないだろ。メシとか宿の面倒なんて、俺たちは見てやらンぜ」
「ヴァー」
軽螢が無情なファインプレーを放ち、ヤギが勇ましく威嚇する。
そうだよ、先立つものがない以上、私たちがろくでなしを道連れにしてやる義理なんてないんだ。
「ほらほら、もっと唸って怖がらせてあげて。こっち来るなー、って吼え立てて」
「ブメェェェ……!」
と、私は巨体を誇る白ヤギくんを、星荷さんにけしかける。
こいつのタックルは痛いぞ。
「愛(う)いやつじゃな。毛並みも良いのう。なにを食ったらこんなに大きくなるんじゃ」
獣の扱いには慣れているような手つきで、星荷さんはヤギの顎、喉元をこしょこしょとくすぐる。
「バアァァ~……」
ヤギ、生臭坊主の愛撫に、一瞬で陥落の図。
は~、使えねえ~ッ!
こんな体たらくでは、非常食になる日もきっと近いな。
「心配には及ばん。除葛のやつから少々は小遣いをもらっておるからの。自分の身ひとつくらい、おぬしらの面倒はかけんわい」
「あの、それって姜さんが私たちに送ってくれたお金じゃないんですか? あなた、着服しようとしてませんか?」
カネ持ってるんだったら、昨日のメシ代も払えや!
「なんのことかのう。歳を食うと色々と物覚えが曖昧になってかなわん」
私と星荷さんが押し問答をしていると、翔霏が神妙で冷徹な顔になり、小声で言った。
「麗央那がどうしてもと言うのなら、人知れず始末して山に捨てても……」
「いや、そこまではしないで? 私こんな形で業を背負いたくない」
往く道が血に塗れていても、人の心はギリギリのところで失いたくないと思っている、北原麗央那であります。
「そうか……」
えーと、翔霏さん、冗談だよね?
怒り狂って戦っている姿より、今の寂しそうな顔の方が、よほど怖かった。
なにはともあれ、本当に迷惑なことに。
「これからよろしくのう、小娘二人に、小僧一人。それにヤギも」
まったく心を許していない、ろくでなしの怪しい僧侶が、新しくパーティーメンバーに加わった。
「チェンジ! チェーーーーンジ!! もう一回、旅人の集まる酒場に行くから、仲間を選び直させて!! こいつは嫌!!」
悲痛な叫びが、私の中から飛び出して、曇天の夕空にこだました。
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大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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