後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭

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第十一章 林間に煌めく火花

八十六話 白と青の混じる邑

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 急ぎ急いで、お馬ちゃんもヤギくんも頑張ってくれて。
 青牙部(せいがぶ)と白髪部(はくはつぶ)の間で領有問題に揺れている、山の中の邑(むら)。
 太陽が真上に差し掛かる前、私たちはその手前の丘まで到達した。

「おいそれと近付くのはやはり危険か。この辺りはどうだ」

 翔霏(しょうひ)が邑を見下ろせそうな山の斜面を、地図と目の前の景色に照らし合わせて指差す。
 覇聖鳳(はせお)との距離が近付いている実感が湧いて来たけれど、翔霏は冷静だ。
 学習し成長しているのは、敵だけじゃない。
 私たちだって、お前を殺すために日々、昨日よりもさっきよりも、どんどん鋭くなっているぞ。

「こっちにしようぜ」
「なぜだ、夕陽に向かう側だぞ」

 軽螢(けいけい)が反対側の斜面がいいと注文を付け、翔霏がそれに疑義を返す。
 これから夕方が近付くにつれて、確かに邑を観察するためには太陽を背負った方が良い。
 言われたから気付くことで、さすが、山育ちは違うなあ、と私は感心した。
 しかしそれ以上の不安が軽螢にはあるらしく。

「なんか、ヤな感じがすンだよな。お前もそうだろ?」
「メェ……」

 ヤギにまで否定か肯定かわからない返事を求めて、提案した場所を譲らなかった。
 軽螢なりに、なにか「見える」ものがあるのだろう。

「わかった。不思議とお前の勘は当たるからな」

 結局は翔霏もその第六感を信用した。
 私たちは借りた馬を別の場所に隠して繋ぎ、ヤギくんを連れてちょっとした登山を図る。 
 雪がちらつく冬の山。
 幸いにも背の高い針葉樹が生え連なっており、身を隠しながら観察ポイントに辿り着くことができた。
 軽螢と翔霏の視力でギリギリ見える距離を選択したので、まず相手から見つかることはあるまい。 
 
「邑の南側を見ろ。兵がいる」

 遠くに目を凝らして翔霏が確認する。
 私の眼にはぼんやりとしか像を結ばないけれれど。
 確かに山々に挟まれる場所に細い道があり、邑に繋がっている。
 動いてる点々は人だろう。

「本当だ。武器持ってるやつが、何人かいるな。覇聖鳳や緋瑠魅(ひるみ)って姉ちゃんが持ってたような、長い曲刀や立派な薙刀だ」

 軽螢の言葉に、私たちは確信する。
 あの邑を占拠し駐屯しているのは、覇聖鳳の部下、青牙部の面々だ。
 ここまでは、予想通りのことを確認できたまでの話だけれど。

「……邑に、荒れている様子はないな」

 翔霏がぽつりと言った。
 目の悪い私でも、眼下に見える小さな邑が、なにか大きな問題を現在進行形で抱えているようには、見えなかった。
 泣き声や叫び声も聞こえなければ、武器や馬の脚に薙ぎ倒されている人もいない。
 むしろ。

「兵士の近くでも子どもが元気に走り回ってらァ。平和なもンだぜ」

 そう、平和な空気が、俯瞰した遠くここからもわかるのだ。
 食糧問題は?
 病気の蔓延は?
 理不尽大王、覇聖鳳の支配と苛政に苦しむ、哀れな邑人は? 
 そのどれもが存在していない。
 逆に想定していなかった穏やかな状況が、目の前に広がっている。

「マズい、マズいぞ」
「麗央那?」

 うわ言のように呟く私を、翔霏が訝しんだ。
 邑が平和だというだけなら、不味いことなど本来は、ないのだ。
 しかし私は自分の思索と、仲間への伝達を同時に行うため、脳内の情報すべてを口に出す。

「覇聖鳳のやることが理解できないときは、必ず私たちの危機に繋がってる。あいつはとにかく人を驚かせて混乱させてから、自分の思うようにことを進めようとしてきた。神台邑のときもそうだし、講和が成立した直後に後宮を襲ったこと、そのために宦官まで仲間に入れて翠(すい)さまを人質に取ったこと。今まで全部そうだった。今回もそうに違いないんだ」

 モヤシ軍師と一緒に中書堂で解き明かした、覇聖鳳の指針。
 そう、私たちは「びっくり」してしまった。
 覇聖鳳の支配下で苦しんでいるはずの小さな邑が、実はそうでなかったこと。
 子どもたちは元気に外で遊び。
 家々からは食事の支度をする煙と湯気が立ち上り。
 洗濯ものを抱えた女性たちが行き交い。
 兵士は横暴を働かず、邑の出入り口を規律正しく守っている。
 その光景に、私たちは意表を突かれてしまった。
 まさしくこれは覇聖鳳の術中で、あいつのやり口を知っている私はかろうじて、警戒できるけれど。

「あれ、邑の入り口に別の兵隊さんが来たぜ」

 観察を続けている軽螢が報告してくれた。
 ちょうど私たちが見つめる今、白髪部の領域側からぞろぞろと兵士が来て、入り口で青牙部の衛兵と押し問答をしている。
 邑の状況を調べに来たのだろうか?
 声は遠すぎて聞こえない。

「どうする? もう少し近付くか?」

 ぶつぶつ言っている私の横で、翔霏が囁く。
 入り口でなにかの交渉をしているであろう、白髪部と青牙部の兵士たち。
 私は自分の「対・覇聖鳳専用危機感知センサー」を信頼することにして、答えた。

「行こう」

 軽螢や翔霏だけじゃない。
 私も私なりに、なにか、言葉にするのが難しいものを「感じる」ようになって来ていた。

「どうしてももう少し、足りない情報を埋めたいんだよね。なにかあったらすぐに言うから、それだけ気を付けて」
「わかった」

 翔霏が表情を更に引き締め直す。

「へへっ、面白くなってきやがったぜェ」
「メェッ……!」

 きみたちは、楽しそうでいいねえ。
 私たちは来たときよりもさらに用心深く、かつ急いで、兵たちの話し声が届く場所まで丘を下る。
 と言っても私の耳にはろくに聞こえないので、翔霏と軽螢からの報告が頼りなんだけれど。
 なんて、自分の聴力が悪いことを悔やんでいたのも、束の間。

「覇聖鳳を出せ! どこにいる!」

 吼えるような怒声が、私の耳にまでしっかり届いた。
 邑の入り口に立つ青牙部の兵の前で、激高しているその人物は。
 うっわ、こ、これは、最悪の事態かも。

「斗羅畏(とらい)さん、ここで出て来ちゃ、らめぇ~!」

 小声でわなないて、私は身体を震わせた。
 本来、囮として覇聖鳳をおびき寄せるエサの役回りのため、東部全域で輝留戴(きるたい)の委任票をかき集めているはずの、斗羅畏さんが。
 ノコノコとこの場に、やって来ちゃったのだ!
 覇聖鳳の手勢が少ないなら、もうそのまま邑を制圧してしまえばいいとでも、思っちゃったのかな~~!?

「やはりあの孫、じっとしていられなかったか」

 呆れるように首を振って、翔霏が嘆息した。

「翔霏は早い段階から見抜いてたよねぇ。流石」

 私は斗羅畏さんの第一印象を、迫力のある雰囲気、太い眉毛が男らしくて素敵! くらいにしか思っていなかったけれど。

「狩人ではなく、根っからの戦士なんだろうな。狩りは獲物がかかるまでじっと待つのも仕事の内だが、あの孫はとにかく目の前の敵を倒さねば気が済まんタチなのだろう」
 
 翔霏の見解はおそらく当たっていて。

「怖気づいて俺の前に出られんのなら、この邑をどうこうしようなどと最初から考えんことだ! 貴様ら雑魚どもも、さっさと東の森へ帰るがいい!! 分かったらそこをどけ!!」
 
 通せんぼを貫く青牙部の衛兵たちを相手に、猛り狂っていた。

「多分、あの孫ちゃん、最初から票集めだ囮だなんだって策略に、乗り気じゃなかったンじゃねえかな……」

 軽螢が、どこか同情的な声色でそう言った。
 男子としては、迅速果断に敵の下へ向かい、真正面から堂々と勝負したいという気持ちが、わかるのだろうか。
 私はかなり本気で、柔らかイケメンの突骨無(とごん)さんが立てたこの計略を、見事だな~~~って感心してたのに。
 まさか、せっかく積み上げた策を、率先して崩そうとする存在が、身内に潜んでいたとは。
 私の目を持ってしても、読み切れなかったわ!
 北原麗央那、一生の不覚!!
 斗羅畏(とらい)さんが好みのタイプだから目が曇ってたんだろ、って突っ込みは、やめてね。
 事実陳列罪です。

「しかし、青牙部の番兵ども、退く様子がないな」

 翔霏が難しい顔で言った。
 噂話に聞くところによれば、斗羅畏さんの連れている兵は、戦闘民族白髪部の中でも、さらに最強格の精鋭部隊である。
 練度の高い兵隊じゃないと、遊撃や囮作戦のような高度な動きも難しいだろうからね。
 彼らがゴリ押しすれば、この邑に覇聖鳳が置いてる多少の兵なんて、あっと言う間に蹴散らされる。
 勝負にすらならない、一方的な蹂躙だろう。
 あ、ピーンと来ちゃった。
 麗央那、わかっちゃったもんねー。

「あの入口を守ってる兵は、死ぬ役目なんだ。斗羅畏さんが先に喧嘩を吹っ掛けて来て、貴重な部下が殺されたって大義名分を覇聖鳳は作りたいんだ」

 その仮定が正しければ、覇聖鳳はこの場ではなく、もっと安全な後方にいるだろうな。
 こんなに防備の薄いところをフラついてたら、斗羅畏さんに限らず、白髪部の誰かしらに命を狙われるのは時間の問題だ。
 集計をまとめ終わった輝留戴の委任票を大事に抱えて、どこかに隠れて様子を窺っているに違いない。
 頭と理屈ではそれがわかっているのに、私の胸騒ぎは止まらないのだけれど。

「確かに、あいつの考えそうなことだ。それに付いてくる部下の気が知れん」

 そう話す翔霏の服の端っこを、私は指でつまんで軽く引っ張っている。
 この場に覇聖鳳が出てくる可能性は、もう、ほぼないとは思うのだけれど。
 ひょっとしたら、万が一にあるかもしれないし、あの男はその万が一が、好きなやつだからね。
 もしも覇聖鳳が現れて、行ける、と私が判断したら、翔霏には飛び出してもらう。
 そのためのスイッチが、指先でつまんだ、服の裾だ。

「青牙部の兵が集まって来たぜ。おっぱじめるンか?」

 斗羅畏さんの挑発を受けて、チラホラと、入り口に武器を持った加勢が寄って来た。
 それでも数の上では圧倒的に、斗羅畏さんたちが勝っている。
 さてこれはどうなるんだ?
 普通にぶつかり合いの上で、斗羅畏さんがひとまずこの場では、勝って邑を手中に収めるのだろうか。
 その後で覇聖鳳がどう動くかも、まだ情報が少なくて読み切れん。
 なんてことを考えていたら。

「やかましい坊ちゃんだなあおい。耳が痛くなっちまあわ」

 ぬるっ、と、予期せず。
 現れた。
 私たちの仇敵が。
 神台邑(じんだいむら)二百人、その怨念の矛先が。

「え、出てくンの? 本人かあれ?」

 軽螢がまず疑問の声を発した。
 白馬、大刀、頭に鉢巻。
 声も雰囲気もまず覇聖鳳で間違いはない、と思うけれど。

「影武者の可能性もあるかな?」
「わからん……」

 私の質問に、翔霏も眉をひそめていた。
 やつが跨る立派な馬体に、邑の子どもたちがじゃれ付いている。

「どけどけジャリども。俺サマはちょっくら、この聞き分けのねえ坊ちゃんと大事なお話があるからな。お馬さんと遊ぶのはその後だ」
「覇聖鳳……!! 散々、この俺たちを、阿突羅(あつら)の一族を、舐め腐ってくれたな!!」
「サマをつけろよ、坊ちゃん育ち」

 切れるほどの斗羅畏さんの睨みを軽く受け流し、いつものように覇聖鳳は、楽しそうに笑って、言った。
 気安く呼び捨てにされるの、相変わらず気にするんだな。
 ただの持ちネタ的な挨拶なのかもしれない。
 私も、翔霏も、たぶん、軽螢も。
 覇聖鳳の死角、丘の中腹の木陰から、やつの一挙一動も見逃すまいと、その姿を見つめるのだった。
 この胸のざわめきは、私にとっての危機なのだろうか?
 それとも、覇聖鳳にとっての?
 答えは、きっと、すぐにわかる。
 あそこにいるのが本物の覇聖鳳なら。
 私たちとあいつ、どちらかはもうすぐ、死ぬのだから。
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