後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭

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第十一章 林間に煌めく火花

九十三話 夢中の碩学

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 夢幻における中書堂、その三階は東の間。

「なるほどなあ。覇聖鳳(はせお)も領内に帰れば子捨てや間引きを禁じる慈悲深い頭領で、ひょっとしたら家では良い夫、良い父親かもしれんっちゅうこっちゃね」

 私の話を聞き終えて、姜(きょう)さんは薄い口髭を手でしごいた。
 フム、と納得したような訳知り顔で、百憩(ひゃっけい)さんが口を挟む。

「央那(おうな)さん、これを見てください」

 百憩さんは手に白と黒の石を数個ずつ握って、文机の前に広げた。
 二色の小石がまばらに、不規則に文机の上に転がっている。

「石が、どうかしましたか」

 回りくどい話は百憩さんの十八番である。
 私はその真意がまだ掴めずに、無造作に置かれた合計十数個の小石を見つめる。

「この白と黒の石を、色ごとに二つに分けて並べてみてくれませんか」
「はあ」

 なんの意味があるかはわからないけれど、私は左に白い石を、右に黒い石を、分けて並べた。
 満足そうにそれを見て、百憩さんは次の指示を出す。

「なら、文机と同じ目線までしゃがんで、右からこの石を見てください」
「いいですけど」

 私は身をかがめて、文机の上に置かれた石を至近距離から眺める。
 中々に間抜けでシュールな絵面である。
 目の前に黒い石が並んでいるので、奥にある白い石は隙間を通してほんのかすかにしか見えない。

「それが、神台邑(じんだいむら)であなたが見た覇聖鳳です。今度は逆に、左側から文机を覗いてみてください」

 私は机の左側に移動して、同じように屈み込み、並べられた石を見る。

「今度は、白い石が手前にあるせいで、奥にある黒い石が見えません」

 当たり前の。
 だけれど、当たり前だからこそ、とても大切なことを私は言葉にする。
 深く頷いて、百憩さんは言った。

「見る場所が変わっただけで、黒く見えたり白く見えたりしますね。けれど、元は同じ、私が無造作に握って、机の上に散らかしただけの石たちです。その中身はなにひとつ、変わっていません。個数も、大きさも、重さも、全く同じはずなのです」
「そう、ですね」

 見え方が違うだけで。
 いや、私の見方が変わったというだけで、机上に置かれた石たちは、なに一つとして変わってはいない。
 それはもちろん、覇聖鳳にしたってそうなのだ。
 今この時点で、領民に優しい、子どもを大事にする気のいい兄ちゃんに、いきなりなったわけではない。
 神台邑を焼いたあの日でも、あいつは自領に帰れば仲間に慕われる、素晴らしい頭領であったのだろう。
 私と百憩さんのやり取りを見て、呆れたように姜さんが笑った。

「めんどくさい説教が相変わらず好っきやなあ、百憩はんは。そないなこと、央那ちゃんはとっくに気付いて、分かっとるよ」
「で、でも私は今、覇聖鳳にも善良で優しい面があるって知ってしまって、取り乱して、混乱してます。前に進み続ける気力が、萎えてしまっていると自分でもわかるんです」

 弱音を吐く私の目を、姜さんはじっと見つめて、言った。
 
「ちゃうちゃう。順番が逆なんや」
「逆って、どういうことですか?」
「少なくとも央那ちゃんは、僕と中書堂で話したときに、覇聖鳳が仲間を守る、慈悲の心を持った頭領であることを理解してたはずやねん。食料に困ってる一族領民を助けるためなら、覇聖鳳がなりふり構わずなんでもやってのけるってことを、僕と一緒に学んだはずや」
「あ」

 指摘されて、まったくその通りだと私は再確認する。
 覇聖鳳は暴虐なだけではなく、仲間を守る熱い心とリーダーシップの持ち主。
 それを私は、今になってやっと知ったわけではない。
 後宮で過ごしていた時期、中書堂でこのおっさんたちと話していたあのとき、知って理解したはずなのだ。
 軍師の講義は続く。

「せやけどあの頃の央那ちゃんは、青牙部に同情なんかせんと、復讐の刃を心ん中でトッキントッキンに研ぎ澄ましてたはずやね?」
「そうです。あのときの私は、確かにそう思っていました。今みたいに迷って、苦しんでいませんでした。どうしてそう思えたんでしょうか?」

 私の疑問に、姜さんは少し真面目な顔に変わって、こう教えてくれた。

「央那ちゃん、きみ、疲れとるねん……」
「へぁ」

 間抜けな声が出た。
 いや、そんな簡単な話で済ませられても困ります。
 そう私が思って、顔を引き攣らせていると、言葉が足りなかったと自覚したのか、姜さんが詳しい説明を続けた。

「人間、疲れとるとな、一生懸命やっとったことでも、なんやかんや理由をつけて、それを諦めよう、断念しようと思うねん。やめて楽な方に逃げたがるんやね」
「そういうものですか」
「せや。けどな、自分が力及ばず諦めた、自分の心が弱いから成し遂げられなかった、なんてことを認めとおないから、別の理由を探し始めるんや。覇聖鳳も実はええやつかも、覇聖鳳を殺せば青牙部の民も悲しむやろか、これ以上戦っても仲間もしんどいんちゃうかな、あるいは、そもそもこんな復讐に意味はあるんかいな、とかをな」
「ああ……」

 嫌と言うほど思い当たるわ。
 防衛機制、その中でも合理化と言うやつだ。
 人は自分のストレスを回避するため、自分を傷つけない形で目的を諦めるための理由付けを行うことがある。
 やめることを決断したのは自分自身なのに、他のものに責任を転嫁するわけだ。
 私は高校受験の際に、難関私立高校を目指していたけれど、一時期だけ、断念して公立に行こうかと迷ったことがある。

――うちは母子家庭だし、公立に実家から通った方がお母さんも安心するし、お金も心配ないかな。

 私の中ではそんな理由付けがされていた。
 けれど、お母さんは私がレベルの高い学校を受験することを本心から応援してくれていたし、お金の問題だって学資補助や特待生制度があったから、心配はなかったんだ。
 要は、私が高いレベルの高校に勝負をかけることを、ビビッていただけ。
 受験勉強に心身ともに疲れて、弱気の虫が出ただけなのだ。
 全力を尽くし真正面から受験して、不合格の烙印を押されることを、無意識的に怖がったのである。
 今の私は、同じ状況にハマっている。
 覇聖鳳は殺す、なにがなんでも殺す。
 心身ともに充実していた朱蜂宮(しゅほうきゅう)での暮らしの中、私はそれを心の中で唱え続けていたはずじゃないか!
 道半ばで無為に斃れる可能性にビビってしまった私の脳は、もっともらしい理由を付けて覇聖鳳への復讐を、断念したがっている。
 覇聖鳳も、家に帰れば一人の息子であり、夫であり、お父ちゃんなのだから、殺すのは忍びないだろうと、私の脳の一部が囁いているのだ。
 そんな簡単なこと、今更言われなくてもわかっとるわ!
 いくらあの理不尽大魔王の覇聖鳳だって、木の股から勝手に生まれてねーわ!
 今まで蓋をしていた覇聖鳳への同情が、私の脳と体の疲れによって、その蓋を外され、顔を出しただけだったのか!?
  
「柿は食いたし、銭は少なし。恐らくは渋からん、ならば食わずに去るが吉。そう町の唄にありますね」

 百憩さんが感心しながら、歌うように言った。
 柿を買うお金がないから、きっとあの柿は渋いだろうと自分を慰め、納得させる意味の話だろう。
 酸っぱいブドウ理論とも言う。
 やらない理由、諦める言い訳は、その辺りにいくらでも転がっていて、簡単に見つかるのだ。
 だからこそ、なにがなんでもやり切ろうと。
 夏の日に焼け焦げた邑の真ん中で、他でもない自分自身の心という、最も大事な宝物に、誓ったはずなのに。

「そっかあ、疲れて弱気になってただけなんだ」

 覇聖鳳だって一人の人間である。
 子どもに優しくもすれば、仲間のために東奔西走して食べ物をかき集めてもいる。
 そんな単純なことは、自分の目で青牙部の邑を見るまでもなく、分かり切っていたことだ。
 貧しくも楽しげな青牙部の邑から透けて見える覇聖鳳の美点。
 それにくらまされて、殺意や恩讐の牙が鈍ってしまうなんてなあ。
 近視眼的に、白い石だけを見ているとこうなるのか。
 来たときよりもすっきりした顔で納得し始めている私。
 百憩さんと姜さんがまとめに入る。

「見え方が変わるということは、見て感じるものも変わるということです。しかし、先ほども申し上げたとおり、お互いの本質はなにも変わりません。人はみな、心のうちに白も黒も混在しております。分別できるように感じるのも、見た目だけのこと」
「せやね。覇聖鳳は神台邑を焼いた覇聖鳳のまんまやし、央那ちゃんも復讐を誓った央那ちゃんのまんまや。もちろん人やから、気持ちや行動はいくらでも変化するやろけどな。それは表側の話で、中身は、少なくともやってきた事実は変わらんよ」


 私は脳内のイマジナリーおっさん二人に感謝しつつ、夢による感情のデフラグを終えつつある。
 覚醒が近いことを、なんとなく予感した。
 そうだ、最後に聞いておこう。
 どうせ、つまるところは私の脳内会話、自問自答なのだけれど。

「姜さんは、過酷なお勤めから逃げたくなることはないんですか? たくさんの人から恨みを買って、しんどくなることがありませんか?」
「そんなん、しょっちゅうあるよ。僕かてこれでも人並みに悩むし弱るわな」
「じゃあどうして、心の中にある色々なものに蓋をして、そうまで闘い続けられるんです?」

 私はそれが、知りたい。
 邪魔するものを薙ぎ払い、一時の迷いに右往左往される自分の弱さにも負けずに、決めたことをやり抜くために。
 誰からも恐れられる首狩り軍師、除葛(じょかつ)姜の薫陶が、私には必要なのだ。
 寂しそうに、自嘲する笑い方で、姜さんは答えた。

「いくさごとも、反乱者の処刑も、誰かがやらなあかんことやねん。なら僕一人がたくさん、怨まれとった方が得やろ」
「得、って、意味が分かりませんよ。確かに汚れ仕事でも必要な場面はありますけど」

 私の夢の中なのに、私の理解が及ばないことを言う兄ちゃんだ。

「僕が仮に一万人に恨まれたとするやろ。でも僕の命は一個だけや。一万人に一回ずつ、一万回も殺されるようなことは、あらへん。どうせ誰でも一回きりしか、よう死なんからね」
「無茶苦茶ですね、あなた」
「一万人がお互い憎み合って殺し合うよりかは、僕一人が一万人分恨まれる方が、世の中全体から見れば得や。どうせいつか飛ぶ首やし、それまでの間にようさん、恨みを買っておいた方が、ええねん」
「なるほどと思う気持ちと、聞くんじゃなかったと思う気持ちが半々です」

 どうやら伝説の首狩り軍師が立って踊っているステージに、私ごときはまだまだ、足を踏み入れる資格がないようだ。
 呆れと感心の混ざった私を見て、姜さんはドヤ顔で言った。

「それにな、僕が一番上手にやったるわって自信のある仕事を、他の誰にも取られたくないねん。こう見えて、負けず嫌いなんや、僕」 

 おそらくそれが、一番の理由なのだろう。
 国や皇帝陛下に忠誠を誓っているのかは謎だけれど、姜さんは自分の能力が発揮される場所を、純粋に求めてるんだ。
 ガリ勉の後輩として、その気持ちは大いに共感できる。
 姜さんの言説に、百憩さんが首を振って嘆く。

「まったく、これだから幼麒(ようき)は……」
「恥ずかしい呼び方、いい加減やめてえな」

 おっさん二人が、仲良さげに笑う。
 最後に一言、百憩さんが残した。

「厚い塀に閉ざされた後宮の中で自由を感じられた央那さんが、悠久の大地で自由を見つけられない道理はありません。見えているものだけが世界ではありませんよ」

 そう言って意識の霞の中に消えて行った。
 相変わらず、微妙に意味がわからない説法だな?
 ただし、夢の中でも百憩さんはお坊さんらしく、私の復讐を否定も肯定もしなかった。
 現実の百憩さんが血みどろの道を往く私を嘆いているのか、応援してくれているのか。
 それとも私に興味がないから、なにも感じていないのかは、分からない。
 私も狭く急な階段を降りて、夢の中の中書堂を後にした。
 門を出る際、腰を低くして歩く、中年の宦官とすれ違った気がする。
 夢であるのに、蜜柑飴の香りが風に乗った。
 ま、どうでもいいや。
 ぱちり、と目を開けた私。

「れ、麗央那ァ、大丈夫かよ。すげえ寝言しながら、泳いでたけど」

 心配そうに私を見つめる、軽螢(けいけい)の顔が視界の大部分を占有した。
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