後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭

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第十一章 林間に煌めく火花

九十六話 奥の宿

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 重雪峡(じゅうせつきょう)の集落へ繋がる細い道。
 そこを見下ろせる岩崖の上に私たちは潜んでいる。

「あれを見ろ。赤目部(せきもくぶ)の商人たちだ」

 椿珠さんが指し示す先に、数台の荷馬車を物資で満載にした商人らしき集団がいた。
 巌力さんがその荷物について説明してくれる。

「黒い幕で覆われた荷物が、炭の粉。白い甕(かめ)が、塩にござる。炭の粉は中で小分けの包みに分かれておりまする」
「分かりやすくて助かります。あの商人さんの荷物に私たちの荷物を相乗りさせたんですね」

 椿珠さんと巌力さんの段取りに感心しながら、隊商を更に観察する。
 最後尾に天幕付きの、人が乗る馬車が続いている。

「若い女たちだな」
「無理やり連れて来られたんか?」

 眉をひそめて翔霏(しょうひ)と軽螢(けいけい)が言った。
 人数は十人未満で、多くはない。
 まさか、人攫いや人買いのようなかたちで、と私も想像する。
 しかしどうやら事情は微妙に違うらしく、椿珠さんが教えてくれた。

「あれは赤目部の中でも、若くして未亡人になっちまった奥さん方だそうだ。青牙部の温泉地に遊びに来るついでに、気に入ればここで新しい亭主を探すらしい」
「部族間交流の集団お見合いみたいなものですか」

 どこであっても男女の出会いを提供する場所とプランニングは、需要があるんだな。

「そういうこった。さ、お前さんも顔を出せ。どこに出しても恥ずかしくない後家さんに変身させてやる」

 楽しそうに言って、椿珠さんは道具箱を出した。
 中に入っているのは、簡易的なお化粧セットである。

「え、まさかあの中に紛れるんですか、このちんちくりんの私めが」

 私は戸惑いつつも言われるままにほっかむりを外して、顔にパタパタと粉を打ち付けられていく。

「麗女史のお顔は、化粧の力で大きく化けまする。数度会っただけの覇聖鳳が見破ることは、まず有り得ぬでしょう」

 鏡を持っている巌力さんが言った。
 私が後宮でニセの翠(すい)さまに成りすましていたことを、巌力さんはよく知っているからね。
 不思議と化粧の手際が良い椿珠さんにかかって、私の顔が見る見るうちに、知らない女になっていく。
 
「安心しろ、俺も一緒に付いて行く。折りを見て中から笛を吹くが、巌力ならその音色の意味を読み取れる。軽螢と翔霏さんは巌力と協力して、突っ込んだり荒らしたりする機会を窺ってくれ」
 
 私の化粧を終えた椿珠さんが、自分の顔にもパタパタと粉を打ちながら言った。
 笛を使ったモールス信号のようなことができる、ということか。
 感心しているその間にも、女盛りの年頃に旦那を失ってしまった憂鬱そうな美魔女の顔が、見る見るうちに作られて行く。
 あまりにも見事過ぎる化粧の魔術に、軽螢も翔霏も言葉を失っていた。

「ふむ、こんなもんかな。巌力、どうだ?」

 自慢げな顔と表情で鏡を確認し、感想を求める椿珠さん。

「今すぐにでも朱蜂宮(しゅほうきゅう)に輿入れできますな。狗盗めの邑に入るなど、昂国(こうこく)じゅうの男が泣いて惜しみましょう」

 大真面目な顔で冗談を言う巌力さんであった。
 誠意の塊みたいな巌力さんしか私は知らなかったけれど。
 そうか、若い頃は椿珠さんと無茶もバカもやって過ごしたんだよね。

「……人生で見た一番のべっぴんさんが、椿珠兄ちゃんだってのは、なんだか複雑な気分だなァ」
「……メメェ」

 軽螢とヤギは、椿珠さんのあまりの美しさに若干、引いてすらいた。
 大丈夫、環貴人を見ればそのランク一位は良い方向に修正されるから。

「しかし、笛で暗号や符丁を鳴らせるというのは使えるな」

 翔霏が素直に称賛すると、椿珠さんは寂しげに笑った。

「最初に考えたのは玉楊(ぎょくよう)だ。あいつが楽器を得意なのは前に話したよな」
「はい、琵琶の腕にかけては皇都でも並ぶものがいないと、後宮で聞きましたし」

 私が答えると、椿珠さんは満足げに頷いた。
 その腕前を堪能する前にお別れしてしまったことは、私の大きな後悔の一つになっている。
 環貴人ともっと仲良くしたかったのにと願っていたのは、私だけではなく翠さまも同じ。
 切ない思いは身内であればさらに大きいであろう。
 椿珠さんと巌力さんは、昔の思い出を慈しむように優しい表情で言った。

「家の中でも自由が制限されていた玉楊は、俺と巌力にだけわかるように、琵琶の音で表せる言葉を作った。俺たちは玉楊が奏でる琵琶に答える形で、笛を吹き鼓を打ち、お互いの気持ちを語り合ってたんだ」
「環貴人の琵琶は、ただの音ではなく、気持ちであり言葉なのでござる。余人がそこに秘められた意図に気付くことは難しかろうとしても、なにかしら感じ入るものがあったとしても不思議ではござらん」

 彼らの結びつきの強さが、これほどまでとは。
 籠の中の鳥のような暮らしを送りながらも、自由な気持ちを表現したくて必死に琵琶の修練を積み重ねた環貴人の姿が、まぶたの裏にありありと浮かぶ。
 いくら音楽の才能があるからと言って、決して楽に手に入れられる技術ではないはずだ。

「おっと、しんみりしてる場合じゃねえ。どうにかしてあの列に混ぜてもらわんとな。お前さんと俺は遠縁の親戚だ。適当に暗い顔してついて来い」

 最低限の荷物セットを私と分担して持ち、椿珠さんが腰を上げる。

「上手く行くンかなあ、こんなガバガバ作戦」

 心配そうに言った軽螢に、バチコンと音が鳴りそうなウインクをしながら椿珠さんが答える。

「俺の美貌と口八丁を信用しろ。不味けりゃ脱け出して、再度作戦を立て直せばいいさ。少なくとも偵察にはなる」

 こうして、幸薄そうにやつれた化粧を施された私と、傾国の艶女に化けた椿珠さん。
 商人の荷物と集団お見合いグループに混ぜてもらうために、崖の下の車列へ向かわなくては。
 顔が変わった私を面白そうな目で観察し、翔霏が見送ってくれる。

「いよいよなときは大声を出すんだぞ。麗央那の声は響くからな。すぐに駆けつける」
「うん、頼りにしてるよ」

 翔霏、軽螢、巌力さんとは一時的に別行動。

「三弟(さんてい)、お気を付けて」
「ああ、お前もな」

 ポフ、と椿珠さんが巌力さんに肩パンチする。
 私たちが正面から未亡人に紛れて入り込むと同時進行で、翔霏たちが衛兵の目を盗んで集落の片隅にでも侵入してくれれば、作戦の第一段階は成功だ。

「もし、もし、そこの商人さま」

 どこから出しているのか全く分からない色っぽい声で、椿珠さんが赤目部の商人に話しかける。
 いや、この声、環貴人にそっくりだな。
 人の心をざわつかせる魔性の声色を、椿珠さんは天然ではなく、演技で再現できるのか。
 恐ろしいやつ。
 そのとろけるような雰囲気にあからさまに下卑た興味を示して、商人は荷馬車の進みを停めた。

「どうしたんだい、お姉さんがた。こんな山奥で」
「私たちも、他の奥さま方と一緒に重雪峡へ連れて行ってはいただけないでしょうか。はるばる白髪部の南都からやって来たのでございます」

 唐突なお願いに商人は、形だけ渋るように答えた。

「そうは言ってもな。いきなり人数が増えて、向こうさんも困らないかね」
「青牙部のみなさまには、くれぐれも失礼のないように挨拶させていただきますので。聞けば覇聖鳳さまは寡婦や若い母、小さな子にとても慈悲の篤いお方とか。私とこの子と、先だって次々に身寄りを亡くしてしまい、賭ける気持ちでここまで参りました。どうか、どうか……」

 しずしずと腰を曲げる椿珠さんに倣い、私もぺこりとお辞儀をする。
 冬服で着ぶくれしているのにも関わらず、魅惑的な腰のラインを描く椿珠さんの肢体。
 どういう体つきしてるんだよ。
 この人、男ですよね?
 それをしげしげと眺めて、商人はニヤニヤし、こう言った。

「わかったよ、俺だって鬼じゃない。是非とも青牙部のお偉方には、この俺の推薦で姉さんたちもお仲間に加えた、ということを話してくれるかな」

 さすが椿珠さん、色気に任せて頼むだけではなく、相手の利益をくすぐることも忘れていないのだな。

「もちろんでございます。このご恩は決して、決して忘れません。ありがとうございます……」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、私たちは最後尾の馬車に乗り込む。

「珠樹(すず)です。こっちの子は那央(なお)。よろしくお願いいたします」

 適当な仮名を使って通り一辺倒の挨拶を軽く済ませ、私たちは同乗するお姉さまたちの噂話に耳を傾ける。

「気に入る相手がいなければ、帰ってもいいのよね?」
「そのはずよ。しばらくしたら赤目部からもう一度、迎えが来るって」
「どうでもいいわ、今更。あたしはなにより温泉が楽しみ」

 楽しみにしている人もいれば、やさぐれている人もいる。
 伴侶を失った傷が癒えていないのか、ずっと黙りこくっている人など、様々だ。

「覇聖鳳さまは、こちらにはいらっしゃるのでしょうか?」

 そのうちの一人に、椿珠さんが尋ねる。
 返ってきた言葉は、私たちを少々、落胆させた。

「さあどうかしら? でも青牙部の幹部連は、男前揃いって噂よ」
「赤目の邑にいたら、辛いことばかり考えて思い出してしまうわ。こうして遠くに来られただけでも、私は十分。どうせあたしなんかじゃ、覇聖鳳の眼にはかからないだろうし。いてもいなくても同じよ」

 商人もここにいる女性たちも、覇聖鳳の所在はハッキリとわからないようだ。
 私は変に突っ込まれてボロが出ないように、軽く咳き込みながら「喉が痛いアピール」を行っている。
 後宮で働いていたときのことを思い出すなあ。
 翠さまをはじめとしたお妃の面々、侍女の先輩たち、宦官の皆さん。
 一人一人の顔を思い出していると、自然と涙がこぼれて来た。

「生きていれば、いいことあるわよ」

 隣に座る、ふくよかな体型の未亡人さんが、優しく肩を撫でてくれた。
 彼女がなにを想像して私に同情したのかはわからない。
 おそらく色々と勘違いしているだろうけれど、私はその温かい気持ちを素直に受け取り、小声で答えた。

「はい。もうすぐ、すごくいいことがあるんです」

 馬車は怪しまれることなく、包屋(ほうおく)と呼ばれる大中小のテント住居が並ぶ集落に入った。
 中でも一番大きいと思われる四つの包屋の前に、商人さんは馬車を止める。

「ささ、お姉さんがたはここの『奥宿』で、頭領のお母さまにお目通りをしてくれ。他の奥さまにも失礼のないようにな」

 馬車を降りてそれぞれの荷物を手に、私たちは奥宿と呼ばれた巨大包屋に案内される。

「覇聖鳳にとっての、後宮だ」

 こそりと椿珠さんが私に耳打ちした。
 四角い塀の後宮を飛び出した、私の旅の到達点。
 それは、急峻な山岳に守られるようにひっそりと建つ、テント型の後宮なのだった。
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