後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭

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第十二章 毒と炎と雪煙

九十八話 呼応する音の葉

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 必要な情報は伝え終えたのか、椿珠(ちんじゅ)さんは笛の演奏をやめて、空を見た。
 
「お前さんも上空を注意して見ててくれ。巌力(がんりき)に笛が伝わったなら、返事があるはずだ」

 いったいどのように返事を送るのだろう。
 疑問に思いながらも、私は言われた通りに、椿珠さんが見ていない方向の夜空を注視する。

「あ、流れ星、じゃない。なんだろ。光りました」

 私は推定にして200メートルほど離れた向こう側に、青白い小さな光が上下するのを、確かに見た。

「何色だった?」
「薄い青ですね。多少でも月の光があったからキラッと一瞬、反射してわかりましたけど」

 新月の夜だったら分からなかったな。
 私が答えると、椿珠さんはフム、と顎に指を当てて考え込む。

「もう少し説明してくれると、ありがたいんですけどねえ」

 私が冷ややかな視線を送ると、椿珠さんはおどけたように微笑んだ。

「すまんすまん。光ったのは巌力に持たせた硝子(ガラス)玉だ。青い玉の光だったってことは『了解、しかし対応には時間がかかる』って感じの意味だな」
「なるほどです。便利ですねえ」
「俺たちだって、なんの準備もなく無策で来たわけじゃないってこった」

 いや、本当に助かるわ。
 巌力さんの投擲力がどれだけのものかはわからないけれど、ガラス玉をまさか100メートルも投げ飛ばせはしないだろう。
 そこから計算する限り、翔霏(しょうひ)、軽螢(けいけい)、巌力さんチームは、私たちを中心にして半径300メートル以内にいてくれてることは確実だ。
 奥宿(おくやど)のテント集落を警戒する青牙部(せいがぶ)の兵士、そいつらの目に入らず雌伏できる限界距離が、それくらいなのだろうな。

「でもこの連絡方法、月夜じゃないと使えないですよね」
「そのときはそのときで別の方法があるから、心配するな」

 私の言葉に、椿珠さんは美しすぎるドヤ顔で答えた。
 色々と考えていただき、頼もしい限りです。

「とりあえず今は戻りましょうか。怪しまれるといけないし」
「そうだな。これまで通り、しみったれた顔で哀しい振りでもしてろ。変に喋ってボロを出すなよ」
「口から出まかせ担当は椿珠さんに任せますよ。私も随分な嘘つきの自信はありますけど、椿珠さんには負けます」

 軽口を叩き合い、私たちは「石の宿」と呼ばれる包屋(ほうおく)に戻った。
 意味もなく暗い表情を演出して、与えられた寝床に腰を落ち着ける。
 すぐ隣で横になっている未亡人は、馬車の中でも奥宿に着いてからも、一言もしゃべっていない。
 簡単には癒されず割り切れない、とても悲しい別れを経験したのだろうな。
 私のように哀しいときに喚き散らす人間ばかりじゃないのだ。

「おはようございます、みなさま。最初に湯治場へ向かう組の方は、ご準備をお願いいたします。もっとも、手ぶらで出発なされても不自由はありませんが」

 色々と考えすぎて、ろくに眠れず迎えた翌朝。
 案内の女性に至れり尽くせりの対応を受け、三人の未亡人さんが温泉へ向かう。
 馬車ではなく、それぞれ一人ずつ、精悍な武者がお姉さんを馬の背に乗せて行くスタイルだ。
 ああ、これは確実に、恋が生まれますねえ、間違いない。
 なんて思いながら出発する人たちを眺めていると。 

「今夜か明け方か、その辺りで頭領は奥宿(こっち)に戻ると言っていたぞ。お袋さまにも言っておいてくれ」

 騎馬の男性が、案内の女性にそう伝えた。
 温泉行の第一陣を見送り、案内の女性は覇聖鳳(はせお)が戻ることを知らせに、鼬梨都(ゆりと)母ちゃんの下へ向かう。
 私たちもその会話を盗み聞きしようかと、包屋に入ろうかと思ったら。

「し、失礼。俺のような田舎者を相手にしたくはないだろうが、せめてお名前だけでも、お教え願えないだろうか。お、俺は頭領の近衛を務めている、迦楼摩(かるま)というものだ」

 朴訥な雰囲気の青牙部の男性に、椿珠さんがナンパされていた。
 そりゃこんだけ美しかったら、目立つよね。
 面倒なことになったなあ、と私がげんなりしている横で、椿珠さんは儚げな顔で答える。

「白髪(はくはつ)の南都から参りました、珠樹(すず)と申します。隣は那央(なお)。共に、病で身内を亡くした身にございます」

 椿珠さんはデマカセを口にしながら、私に目くばせする。
 ああ、覇聖鳳の近衛兵、親衛隊を担っているくらいだから、重要な情報を探れるかもしれない、という判断だな。
 適当な世間話の中からでも、覇聖鳳の細かい動きを知るチャンスかもしれない。
 包屋の中の話はいつでも聞けるから、今はこの厳つく泥臭いお兄さんから情報を得た方がいい。
 椿珠さんの嘘八百に同情した迦楼摩さんは、沈痛な面持ちで言った。

「そうか、病で……しかし、安心してくれ。我らが青牙部(せいがぶ)は、女や子どもが健やかに暮らせるよう、優先的に食料や薬を配っている。頭領が固く決めて、そのために男は外で稼ぎ、戦う暮らしを貫いてるんだ」
「ご立派なことにございます。そんな頭領さまの下であれば、私の子も……あ、うぅっ」

 お芝居とは思えないウソ泣きで、私までもつられて泣きそうになってしまう。
 なんでこの人、こんなに自然に人を騙せるんだろう、怖っ。
 その効果は武骨な近衛兵の迦楼摩さんにはなお、絶大覿面なようで。

「ここで暮らせば、もう二度とそんな辛い思いはさせない。女子どもを守り養うために、頭領も俺たちも、言葉だけじゃなく命を懸けてるんだ。俺たちが昂国(こうこく)の都まで行ったのは、噂くらい聞いているだろう」

 とんでもない情報を、こいつは告白した。
 昂国の首都である河旭城(かきょくじょう)。
 その皇城内部における、私が勤めていた後宮。
 襲いに来て、毒煙に撃退されたうちの一人が。
 こいつだ!!

「ギィィ」

 思わず私が目を血走らせて漏らした呻き声を、椿珠さんが誤魔化す。

「大丈夫? 戦(いくさ)の話を聞いて、痛ましいことを思い出したのね。この子のお父さまは、昔の戦で死んでしまったから……」

 ぐ、ふうううと歯を食いしばって息を鎮めようと苦労している私の背中を、椿珠さんが撫でる。
 俯いて表情を悟られないようにしているけれど、私の目つきは、迦楼摩という目の前の男に毒串をブッ刺したくて、仕方がない様子を見せているはずだ。
 大丈夫、いまさらそんな兵士Aのために、貴重な毒串を浪費しないから。
 私が呼吸を落ち着かせて軽く頷くと、椿珠さんは流し目を迦楼摩に向けた。

「申し訳ありません。少し、休みたいと思います。昨夜は緊張してよく眠れなかったもので」
「は、はい。なにかあればいつでも、お声掛けください。微力ではありますが、尽くさせていただければ幸いです」

 誠心誠意が伝わる真面目な顔と声色で迦楼摩は言い、包屋に入る私たちを見送った。

「しっかりしてくれよ。目的の獲物を前に早まるな」
「ごめんなさい。もう大丈夫です」

 小声で話し合う私たち。
 私が失態を犯したせいで得られた情報は少ないものの、状況はそこまで悪くないはずだ。
 そう思っているのは椿珠さんも同じようで、気楽な顔でこう言った。

「覇聖鳳のおっかあが優しげだったから、ひょっとしてほだされてやしないかと思ったが。その調子なら大丈夫だな。むしろ殺気が溢れて困るくらいだ。大事なときまで引っ込めてくれ」
「この期に及んで、親なんて関係ありませんよ」

 足の悪い気のいい老人が殺されたのだって、こっちが先なんだ。
 確かにあのお母さんを悲しませる結果になるだろうことに、心が痛まないでもない。
 けれど、痛んだ心なら、こっちはその二百倍だ。
 一人で済ませてやることに、むしろ感謝して欲しい。

「昼にもう一度、巌力たちに報せを送る。ことを起こすのは夕陽が落ちる頃にしたい。覇王聖鳳が戻っても、戻らなくてもな」

 私の肩を抱く椿珠さんの手に、わずかばかり力が籠る。

「良いと思います。昼と夜の境目、周囲の景色と人の目が曖昧になる頃合いですね」
「どのみち、騒ぎを起こせば覇聖鳳は慌てて駆け付けるだろう。今度はお前さんが主導する混乱だ。覇聖鳳をキリキリ舞いさせてやれ」

 そう、後宮を襲われたときとは真逆。
 今度は私がお前の家に乗り込み、炎を上げて、環貴人を取り戻す。
 私たちが開催する楽しいショーの代金は、お前の命だ。
 地獄へ持って行く土産話にするがいい。
 と、昂って盛り上がるのは良いとして、大事な段取りが残ってる。

「午前のうちに、環貴人に会っておきたいですよね?」

 私が言うと、椿珠さんは難しく考える顔を示し、言った。

「玉楊(ぎょくよう)は昨夜の俺が吹いた笛で、おおよその事情をもう把握している。焦らず待ってくれているはずだが、会えるなら会っておいた方が良いか……」

 耳のいい環貴人なので、当然に笛の音は気付いたはずだ。
 万が一、本当に万が一に、環貴人がすでに覇聖鳳に手籠めにされていて、私たちの作戦を漏らしてしまったなら。
 今こうしている間にも、兵たちが押しかけて私たちはお縄にかかっているはずだな。
 そうなっていないということは、環貴人は椿珠さんの暗号で指示された通りに、大人しく待ってくれているのだろう。
 石の宿に戻った私たちは、相変わらず無言で座っている陰気な未亡人を横目に眺め、屋内の様子を窺う。
 不自然でない形で、できれば鼬梨都(ゆりと)かかあの居室で話されている、覇聖鳳や青牙部にとって重要な会話内容を、うっかり聞こえる状況を作れればいいのだけれど。

「指が温まったので、太母(たいぼ)さまに笛を聴いていただきましょうか」

 椿珠さんが実に自然にそう言ったので、私はこくりと頷き、後に従った。
 実のある話が聞けそうにないなら、笛だけ吹いてさっさと失礼し、環貴人のいる隣の包屋(ほうおく)に行くとしよう。
 私たちは部屋付きの女の子に、鼬梨都さんのいる奥の方の居室に向かいたいと告げる。

「それはぜひにお願いします。良ければわたくしも拝聴したいです」

 花のような笑顔で喜ばれた。
 その後、鼬梨都さん側でお客を迎える支度があるためか、結構待たされる。

「お袋さまも喜びましょう。わたくしめからもお礼を申し上げます」

 深々と頭を下げ、女の子は分厚いカーテンをめくった。
 その向こうには、相変わらず暖かい部屋の中でもかなりの厚着をしてちょこんと鎮座する鼬梨都さんと。

「カッ」

 危うく声が出そうになり、咳き込む振りをして誤魔化した。
 ピリリ、と椿珠さんの表情と動作が氷のように固まった音が聞こえた気がした。
 にこにこ笑って、鼬梨都さんが言う。

「せっかくだからと思って、隣から玉楊(ぎょくよう)も呼んだのです。いきなり音を合わせるのは難しいかもしれませんけれど。賑やかな方が楽しいわ」

 様々な感情をないまぜにして、なおかつそれを悟られまいと努めて無表情を作っている、環(かん)玉楊(ぎょくよう)という、絶世の美女。
 愛用の琵琶を携えた彼女に、私と椿珠さんは思いがけずに、再び会ったのだった。
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