46 / 54
第十二章 毒と炎と雪煙
百二話 白き地に広がる真紅
しおりを挟む
覇聖鳳(はせお)たち戌族(じゅつぞく)青牙部(せいがぶ)の精兵が迫り来ている。
そんな、私たちにとって最も大事なこのタイミングで。
『昨日は食わなかった。一昨日も食わなかった。お前に言われたあの日から、人を食う欲を耐えてこの日まで過ごした。今日、お前たちは死ぬ。やっとお前たちの肉を食らえる』
林の奥から私たちを見つめて、舌なめずりをしている豹の怪魔。
体毛が斑に禿げている、不吉の象徴とも言える異形の獣に、私たちは死の宣告を受けていた。
「夜中に笛なんか吹いたせいで、おかしな物の怪が寄って来ちまったな」
椿珠さんが忌々しげに漏らした。
ピューと笛を吹いたらパンサーが来ました。
字面だけ見ると、とても楽しげですね、ハイ。
そんなバカなことを考えないとやってられないくらい、私の気分も最悪になり、つい要らないことを叫ぶ。
「後でね、ってあのとき納得してくれたじゃん! 大人しく待っててくれませんか!?」
『くくく、待っている、今までさんざん待ってやった。ようやくお前たちの、若く、強く、賢く、美しい肉と魂を喰らえるのだ。瑞々しい肌が腐り落ちる前に喰らわねば』
心底楽しそうに、豹の怪魔はごくりと喉を鳴らした。
このクソ忙しいときに、余計なトラブルを増やしやがって!
ムカついて血管が切れそうになりながら、私は人語を操る怪豹に食って掛かる。
「そもそも私たちだけあんたに体をくれてやるってのが不公平なんだよ! 私はあんたの謎かけにも答えてやったんだぞ!? 少しは見返りを寄越せや!!」
キレ倒す私の言い分に、怪豹はふしゅると白い息を吐き。
『私になにができる。醜く老いて朽ちて行き、頭の中でも人と獣の境が曖昧になったこの哀れな私が、お前たちになにを与えられると言うのだ』
どこか寂しげに、そう言うのだった。
私は大声でそれに答える。
「私からもあなたに謎かけをする!」
いや、私の言葉は答えではなく問いかけだな。
「謎にも答えた! 体を与える約束もした! それなのに、なにひとつこちらには与えず、恩も返さない! 心を失った外道の怪魔はいったいだれだ?」
私の質問に、怪豹は少しの間、沈黙し。
『それは私。お前たちから奪うだけで、道から外れてなお生きさらばえている、醜く浅ましい私自身だ』
泣きそうな声でそう回答した。
やはり、最初に会ったときに、私が思ったとおりだった。
彼は魔の性質と人の心の間で、揺れ動いているのだ。
そこに付け込むように、さらに私は問いかけを重ねる。
「なら、青い牙持つ山犬の群れと、岩の間に住む神秘の豹。強いのは、誇り高く野を統べるのはどっちだ!?」
二つ目の私の問いに、豹の怪魔は慟哭めいた唸り声をひそめて。
『知らない、わからない。私のあやふやな頭では、なにがどうなるか見通せない。お前の問いに、答えられない』
戸惑うような口調で、そう回答した。
私は彼に畳みかける。
この場での対応を一つ間違えれば、みんな死ぬけれど。
自信を持って、持ち前のデカい声で叫ぶのだ。
短い人生の中で、私が少ないながらも得ることのできた、その真理を。
「試してみればわかるでしょ! 考えてわからなくても、動けば答えは出るじゃん! 行動しないと、なにも得られないんだよ!!」
どんなに簡単な問題であっても、行動しなければ、絶対に結果はわからない。
けれど動きさえすれば、良きにしろ悪しきにしろ、結果は必ずわかるのだ。
発破をかけられて、林に伏せていた豹の怪魔は力強くその体を起こした。
『おお、お前の言う通りだ。わからぬのなら、試せばいいな。血気に逸った山戌(さんじゅつ)が、大勢こちらに向かっている。お前の口車に乗って、答えを探すのも一興だ』
ガオオオオオオ、と地が震えるほどの咆哮を一つ上げ。
私の耳にも届いて来た、馬の声と脚音へ向かい、豹の怪魔は猛然と飛び出して行った。
「行こう、みんな!」
私は三人に声をかけて、怪豹の後を追い、走る。
上手く豹の怪魔を青牙部の兵にけしかけられたけれど。
正直、上手く行き過ぎてしまった。
予想外の逆襲を受けた覇聖鳳(はせお)は、怪魔に襲われ食われて行く仲間を盾に、逃げ延びるかもしれない。
絶対に逃がしてたまるものか。
ここで、殺す。
殺し切る。
今日この場で覇聖鳳にトドメを刺さないと、私は。
これから先の日々、ずっと自分を許せないまま、生きることになってしまうのだ!
私たちの向かう先で、青牙部の男たちが豹の怪魔を目にし、恐慌をきたして叫び声を上げていた。
「な、なんだこいつは!? どっから出てきた!?」
「か、カシラ! 矢が効かねえ! 弾かれる!」
「ブヒッ!? ヒヒィィィィン!!」
豹の怪魔が覇聖鳳の部下たちの列に突っ込んだ。
強靭な爪牙で一瞬の間に前衛の兵と、乗っていた馬の肉を、まな板の上の豆腐のように切り裂き、バラバラにした。
馬から転げ落ちた男たちも、果敢に怪豹に斬りかかっていくけれど、刀も槍もカキィンと弾かれる。
「い、岩を殴ってるみてえだ! どうなってんだ!」
「頼む頭領、どうにかしてくれ! 俺たちじゃ埒が明かねえよ!」
気になることを言ってる兵がいるな。
覇聖鳳を守って逃がすのではなく、覇聖鳳になにかを期待している?
「あぁ? 結界かなんかかよ。面倒臭えなあ、ったく」
兵たちに囲まれた中ほどから、覇聖鳳が姿を現した。
ぬるりと、なんの気負いもない、いつもの憎たらしい顔で。
散歩に出るように歩み出た。
逃げる様子も見せずに、豹の怪魔に向き合って、新調したらしきピカピカに光る大刀を右手に構える。
前に使ってた刀は、翔霏(しょうひ)に折られたからね。
それよりも気になることが、一つ。
「覇聖鳳の、左手……」
ヤギにまたがった軽螢(けいけい)が、ぽつりと言う。
覇聖鳳の左腕。
詳しく言えば肘から先がなくなっていて、帯が巻かれていた。
私が。
私の刺した毒串が、覇聖鳳の左手を腐らせたのか。
いや、そうではないのかもしれない。
覇聖鳳は毒が回ることを予期して、あの後すぐに、自分の左腕を切り落としたのだ。
温泉に行っていたのは、その療養のためだったんだな。
自分の前に平然とした顔で立つ覇聖鳳を見て、怪豹がハァーと湿った息を吐いた。
『痩せた山犬の割には美味そうだ。命と気の熱で血が煮えたぎっているのがわかるぞ。お前は私の舌を慰められるだろうか?』
ぶわっ! と飛びかかった怪豹に覇聖鳳は微塵もたじろぐことをせず。
「気の毒だが俺サマは結界だのなんだの、関わりがないタチでな」
真正面から一足飛びに、大刀の突きを怪豹の喉めがけて放った。
ゴジュリ、と肉と骨を裂く嫌な音が聞こえ。
『お……ごぅ……』
正確に喉元の正中線を大刀で貫かれた豹の怪魔は、ビクンビクンと体を震わせ、地に倒れた。
ぐりっ、と刀身を捻らせながら怪魔の体から引き抜き、覇聖鳳が大量の返り血を浴びる。
覇聖鳳には、人や怪魔が特殊な力で設けた結界が、効かない?
だから三重四重の結界で守られる河旭(かきょく)の皇城にもあんなに簡単に侵入できたのか!
計算外に次ぐ計算外に、私はギリッと奥歯を噛みしめる。
人生、上手く行くことが本当に少ないな。
『人を食うことを耐えたまま、飢えと誇りのうちに死ぬることができるのか……これも、お前たちと会った縁からか……』
どこか満足したように、豹の怪魔はこと切れた。
余裕があれば、あなたの死にも私は悼みたいところだけれど。
今は、まったくそれどころじゃない!
「いきなり出て来て、わけもわからねえうちに殺されてちゃ世話ねえな。どうして怪魔が喋るんだ?」
覇聖鳳が大刀を水平に構え直す。
周りの兵が体勢を立て直し、弓に矢をつがえる。
「流石に、巌力のようには行かないだろうが」
笑って、椿珠さんが私たちの前に大の字に手を広げ、盾となるように立った。
道の先では、迦楼摩(かるま)と他十人ほどが睨むように、弓矢の狙いを定めていた。
そのうち何人かは、複数の矢を同時に指に持ち放つことができるらしい。
まるでショットガンだな。
覇聖鳳がここぞというときのために傍に置いて連れて来た、まさに選び抜かれた精鋭らしいお手並みだよ、まったく。
一斉に射かけられては、いくら翔霏でもすべてを捌くことは、できない。
軽螢も手を広げて、椿珠さんと並び立つ。
「翔霏、あとは任せたぜェ。俺の武勇伝を昂国(こうこく)じゅうに広めて、芝居の演目にしてくれよな」
覇聖鳳たちと私たちの間、およそ二十歩。
私も翔霏の前に立ち。
愛すべき最高の親友に、今、一番、届けたい言葉を。
「翔霏、今までありがとう。もう私たちを守らなくていいから。私が、翔霏を守るから」
そう言った私の背後で、翔霏が頷くのがわかった。
一言でも喋ってしまえば、涙をこらえきれないのだということも。
最初の矢の雨さえどうにかできれば。
私たちが盾となり、翔霏が同時に飛びだせば。
片手の覇聖鳳ごとき、いくら仲間に囲まれていようと、一撃だ。
うちの、神台邑(じんだいむら)の、昂国自慢の翔霏を、甘く見るなよ。
私たちと覇聖鳳たちは、まるで銃口をお互いの眉間に突き付け合っているガンマンのように、静寂の中で向かい合う。
すう、と冷たい空気を肺にいっぱい吸い込んで。
私は叫んだ。
「覇聖鳳おおおおおおおおおッ!!」
叫ぶことしかできないちんちくりんが。
そのたった一つの取り柄を発揮して、山間に大声を響かせた。
「これで、終わりだああああああああああッッッ!!」
その声を合図にしたように、眼前の兵が一斉に矢を放つ。
正確に私たちめがけて飛んでくる十数本の矢。
まるでスローモーションのようにゆっくりだ。
二、三本、喰らったって、倒れたりしてやるもんか。
気合いで立ち続けて、目を見開いて。
翔霏の棍に脳髄をブチ砕かれる覇聖鳳の最期を、見届けてやるんだ。
私たち以外、すべてが真っ白な世界で、そう思っていたら。
「麗央那!!」
翔霏のとっさの叫び声と、ほぼときを同じくして、急に体が横方向に猛烈な勢いで吹き飛ばされ。
私の視界も、あらゆる音もなにもかも、薄明の中に消失した。
頭を翔霏に抱きかかえられている感触だけが、亡失の中で残った。
そんな、私たちにとって最も大事なこのタイミングで。
『昨日は食わなかった。一昨日も食わなかった。お前に言われたあの日から、人を食う欲を耐えてこの日まで過ごした。今日、お前たちは死ぬ。やっとお前たちの肉を食らえる』
林の奥から私たちを見つめて、舌なめずりをしている豹の怪魔。
体毛が斑に禿げている、不吉の象徴とも言える異形の獣に、私たちは死の宣告を受けていた。
「夜中に笛なんか吹いたせいで、おかしな物の怪が寄って来ちまったな」
椿珠さんが忌々しげに漏らした。
ピューと笛を吹いたらパンサーが来ました。
字面だけ見ると、とても楽しげですね、ハイ。
そんなバカなことを考えないとやってられないくらい、私の気分も最悪になり、つい要らないことを叫ぶ。
「後でね、ってあのとき納得してくれたじゃん! 大人しく待っててくれませんか!?」
『くくく、待っている、今までさんざん待ってやった。ようやくお前たちの、若く、強く、賢く、美しい肉と魂を喰らえるのだ。瑞々しい肌が腐り落ちる前に喰らわねば』
心底楽しそうに、豹の怪魔はごくりと喉を鳴らした。
このクソ忙しいときに、余計なトラブルを増やしやがって!
ムカついて血管が切れそうになりながら、私は人語を操る怪豹に食って掛かる。
「そもそも私たちだけあんたに体をくれてやるってのが不公平なんだよ! 私はあんたの謎かけにも答えてやったんだぞ!? 少しは見返りを寄越せや!!」
キレ倒す私の言い分に、怪豹はふしゅると白い息を吐き。
『私になにができる。醜く老いて朽ちて行き、頭の中でも人と獣の境が曖昧になったこの哀れな私が、お前たちになにを与えられると言うのだ』
どこか寂しげに、そう言うのだった。
私は大声でそれに答える。
「私からもあなたに謎かけをする!」
いや、私の言葉は答えではなく問いかけだな。
「謎にも答えた! 体を与える約束もした! それなのに、なにひとつこちらには与えず、恩も返さない! 心を失った外道の怪魔はいったいだれだ?」
私の質問に、怪豹は少しの間、沈黙し。
『それは私。お前たちから奪うだけで、道から外れてなお生きさらばえている、醜く浅ましい私自身だ』
泣きそうな声でそう回答した。
やはり、最初に会ったときに、私が思ったとおりだった。
彼は魔の性質と人の心の間で、揺れ動いているのだ。
そこに付け込むように、さらに私は問いかけを重ねる。
「なら、青い牙持つ山犬の群れと、岩の間に住む神秘の豹。強いのは、誇り高く野を統べるのはどっちだ!?」
二つ目の私の問いに、豹の怪魔は慟哭めいた唸り声をひそめて。
『知らない、わからない。私のあやふやな頭では、なにがどうなるか見通せない。お前の問いに、答えられない』
戸惑うような口調で、そう回答した。
私は彼に畳みかける。
この場での対応を一つ間違えれば、みんな死ぬけれど。
自信を持って、持ち前のデカい声で叫ぶのだ。
短い人生の中で、私が少ないながらも得ることのできた、その真理を。
「試してみればわかるでしょ! 考えてわからなくても、動けば答えは出るじゃん! 行動しないと、なにも得られないんだよ!!」
どんなに簡単な問題であっても、行動しなければ、絶対に結果はわからない。
けれど動きさえすれば、良きにしろ悪しきにしろ、結果は必ずわかるのだ。
発破をかけられて、林に伏せていた豹の怪魔は力強くその体を起こした。
『おお、お前の言う通りだ。わからぬのなら、試せばいいな。血気に逸った山戌(さんじゅつ)が、大勢こちらに向かっている。お前の口車に乗って、答えを探すのも一興だ』
ガオオオオオオ、と地が震えるほどの咆哮を一つ上げ。
私の耳にも届いて来た、馬の声と脚音へ向かい、豹の怪魔は猛然と飛び出して行った。
「行こう、みんな!」
私は三人に声をかけて、怪豹の後を追い、走る。
上手く豹の怪魔を青牙部の兵にけしかけられたけれど。
正直、上手く行き過ぎてしまった。
予想外の逆襲を受けた覇聖鳳(はせお)は、怪魔に襲われ食われて行く仲間を盾に、逃げ延びるかもしれない。
絶対に逃がしてたまるものか。
ここで、殺す。
殺し切る。
今日この場で覇聖鳳にトドメを刺さないと、私は。
これから先の日々、ずっと自分を許せないまま、生きることになってしまうのだ!
私たちの向かう先で、青牙部の男たちが豹の怪魔を目にし、恐慌をきたして叫び声を上げていた。
「な、なんだこいつは!? どっから出てきた!?」
「か、カシラ! 矢が効かねえ! 弾かれる!」
「ブヒッ!? ヒヒィィィィン!!」
豹の怪魔が覇聖鳳の部下たちの列に突っ込んだ。
強靭な爪牙で一瞬の間に前衛の兵と、乗っていた馬の肉を、まな板の上の豆腐のように切り裂き、バラバラにした。
馬から転げ落ちた男たちも、果敢に怪豹に斬りかかっていくけれど、刀も槍もカキィンと弾かれる。
「い、岩を殴ってるみてえだ! どうなってんだ!」
「頼む頭領、どうにかしてくれ! 俺たちじゃ埒が明かねえよ!」
気になることを言ってる兵がいるな。
覇聖鳳を守って逃がすのではなく、覇聖鳳になにかを期待している?
「あぁ? 結界かなんかかよ。面倒臭えなあ、ったく」
兵たちに囲まれた中ほどから、覇聖鳳が姿を現した。
ぬるりと、なんの気負いもない、いつもの憎たらしい顔で。
散歩に出るように歩み出た。
逃げる様子も見せずに、豹の怪魔に向き合って、新調したらしきピカピカに光る大刀を右手に構える。
前に使ってた刀は、翔霏(しょうひ)に折られたからね。
それよりも気になることが、一つ。
「覇聖鳳の、左手……」
ヤギにまたがった軽螢(けいけい)が、ぽつりと言う。
覇聖鳳の左腕。
詳しく言えば肘から先がなくなっていて、帯が巻かれていた。
私が。
私の刺した毒串が、覇聖鳳の左手を腐らせたのか。
いや、そうではないのかもしれない。
覇聖鳳は毒が回ることを予期して、あの後すぐに、自分の左腕を切り落としたのだ。
温泉に行っていたのは、その療養のためだったんだな。
自分の前に平然とした顔で立つ覇聖鳳を見て、怪豹がハァーと湿った息を吐いた。
『痩せた山犬の割には美味そうだ。命と気の熱で血が煮えたぎっているのがわかるぞ。お前は私の舌を慰められるだろうか?』
ぶわっ! と飛びかかった怪豹に覇聖鳳は微塵もたじろぐことをせず。
「気の毒だが俺サマは結界だのなんだの、関わりがないタチでな」
真正面から一足飛びに、大刀の突きを怪豹の喉めがけて放った。
ゴジュリ、と肉と骨を裂く嫌な音が聞こえ。
『お……ごぅ……』
正確に喉元の正中線を大刀で貫かれた豹の怪魔は、ビクンビクンと体を震わせ、地に倒れた。
ぐりっ、と刀身を捻らせながら怪魔の体から引き抜き、覇聖鳳が大量の返り血を浴びる。
覇聖鳳には、人や怪魔が特殊な力で設けた結界が、効かない?
だから三重四重の結界で守られる河旭(かきょく)の皇城にもあんなに簡単に侵入できたのか!
計算外に次ぐ計算外に、私はギリッと奥歯を噛みしめる。
人生、上手く行くことが本当に少ないな。
『人を食うことを耐えたまま、飢えと誇りのうちに死ぬることができるのか……これも、お前たちと会った縁からか……』
どこか満足したように、豹の怪魔はこと切れた。
余裕があれば、あなたの死にも私は悼みたいところだけれど。
今は、まったくそれどころじゃない!
「いきなり出て来て、わけもわからねえうちに殺されてちゃ世話ねえな。どうして怪魔が喋るんだ?」
覇聖鳳が大刀を水平に構え直す。
周りの兵が体勢を立て直し、弓に矢をつがえる。
「流石に、巌力のようには行かないだろうが」
笑って、椿珠さんが私たちの前に大の字に手を広げ、盾となるように立った。
道の先では、迦楼摩(かるま)と他十人ほどが睨むように、弓矢の狙いを定めていた。
そのうち何人かは、複数の矢を同時に指に持ち放つことができるらしい。
まるでショットガンだな。
覇聖鳳がここぞというときのために傍に置いて連れて来た、まさに選び抜かれた精鋭らしいお手並みだよ、まったく。
一斉に射かけられては、いくら翔霏でもすべてを捌くことは、できない。
軽螢も手を広げて、椿珠さんと並び立つ。
「翔霏、あとは任せたぜェ。俺の武勇伝を昂国(こうこく)じゅうに広めて、芝居の演目にしてくれよな」
覇聖鳳たちと私たちの間、およそ二十歩。
私も翔霏の前に立ち。
愛すべき最高の親友に、今、一番、届けたい言葉を。
「翔霏、今までありがとう。もう私たちを守らなくていいから。私が、翔霏を守るから」
そう言った私の背後で、翔霏が頷くのがわかった。
一言でも喋ってしまえば、涙をこらえきれないのだということも。
最初の矢の雨さえどうにかできれば。
私たちが盾となり、翔霏が同時に飛びだせば。
片手の覇聖鳳ごとき、いくら仲間に囲まれていようと、一撃だ。
うちの、神台邑(じんだいむら)の、昂国自慢の翔霏を、甘く見るなよ。
私たちと覇聖鳳たちは、まるで銃口をお互いの眉間に突き付け合っているガンマンのように、静寂の中で向かい合う。
すう、と冷たい空気を肺にいっぱい吸い込んで。
私は叫んだ。
「覇聖鳳おおおおおおおおおッ!!」
叫ぶことしかできないちんちくりんが。
そのたった一つの取り柄を発揮して、山間に大声を響かせた。
「これで、終わりだああああああああああッッッ!!」
その声を合図にしたように、眼前の兵が一斉に矢を放つ。
正確に私たちめがけて飛んでくる十数本の矢。
まるでスローモーションのようにゆっくりだ。
二、三本、喰らったって、倒れたりしてやるもんか。
気合いで立ち続けて、目を見開いて。
翔霏の棍に脳髄をブチ砕かれる覇聖鳳の最期を、見届けてやるんだ。
私たち以外、すべてが真っ白な世界で、そう思っていたら。
「麗央那!!」
翔霏のとっさの叫び声と、ほぼときを同じくして、急に体が横方向に猛烈な勢いで吹き飛ばされ。
私の視界も、あらゆる音もなにもかも、薄明の中に消失した。
頭を翔霏に抱きかかえられている感触だけが、亡失の中で残った。
0
あなたにおすすめの小説
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
【完結】うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。
かの
ファンタジー
孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。
ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー
白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。
その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。
人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。
異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ
主人公はあまり戦ったりはしません。
精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる