神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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【テイトの覚悟 3】

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 しばらく歩いたが、妹の姿を見つけることはできなかったらしい。
 視界を奪われた僕には分からなかったが、もう薄暗く夜が訪れるとのことで、生き残った僕たちは火災を免れた家屋に入り込んで休むこととなった。
 ステラさんはそこへ向かう道中もずっと横について僕を励ましてくれた。

「もしかしたら、村の外に逃げたのかもしれないわ」
「そうだと、いいんですけど」

 言葉少なに返す僕の肩を抱いて、ステラさんはきっとそうよと呟いた。

 不意に、ポツポツと乾いた地面に滴の落ちる音が耳を打った。
 駆け込むように建物の中に移動した僕たちの近くで、村の人が涙ながらに訴えかける声を聞いた。

「こんなに助けてもらったってのに心苦しいんだが、亡くなっているとはいえ家族を雨晒しにはできねぇ。雨の当たらないところに運んでやりてぇんだ。頼む、手伝ってもらえねぇか?」
「もちろんだ」
「本当にすまねぇ」

 村の人の言葉を聞いたユーリさんが周囲に指示を出す。
 無事な家屋が少ないため、布を張って雨よけのテントを造ること、その下にできるだけ亡くなった人たちを移動すること。
 てきぱきとした指示出しに従う声も多数聞こえてきた。

 一緒にいて分かったのだが、ユーリさん達は数十人の団体で、その団体のリーダーがどうやらユーリさんのようだった。
 ステラさんにもユーリさんの声が聞こえていたのだろう、彼女は僕の肩をそっと叩くと椅子の上に座らせた。

「私も手伝ってくるわね、すぐ戻ってくるからここで待ってて」

 僕は頷くことしかできなかった。
 今の僕はとても無力で、助けてもらうことしかできない。
 妹一人捜し出すこともできない。
 我儘を言わず、邪魔をしないこと、それが唯一できることだった。

 雨を凌げる場所は少なく、建物内は負傷した者と子供と女性と老人が優先して使ってくれと言われた。
 それ以外の者は外のテントで野宿をするのだとか。
 そうやって人数を絞りはしたものの、狭い屋内は既に人で混雑してきたため、僕は外のテントへ行くと告げた。
 そこは、亡骸を安置している場所も近く、傍にいた女性は心配そうな声で引き留めてくれた。
 それでも、役に立たない僕が中で休むことは憚られた。

「遠慮する必要なんてないわよ。狭くたって子供一人ぐらい休める場所はあるんだから」
「ありがとうございます、でも外で休む人もたくさんいるから大丈夫です」
「あなたは今目が不自由なのよ」
「だからこそ、今は何も見ないで済みます。怖くなったらまた戻ってきてもいいですか?」

 そう強引に伝えれば、女性はそれ以上何も言わずに送り出してくれた。
 子供一人の存在を負担に思うほど室内が狭いのは事実なのであろう。
 近くにいた男性にテントまで送り届けるようにも頼んでくれて、また迷惑をかけてしまったと思いながらも、一人で迷わずにいける自信もないため、大人しく好意に甘えた。

 テントに着いてからは、他の人の邪魔にならないように隅っこに座って小さくなった。
 しばらくそうしていると体が冷えてきたため、建物から出る時に何か羽織るものを借りればよかったと後悔したが、今更戻ることもできないので体をできるだけ丸めて暖をとった。

「――もう、こんなとこにいたのね。待っててって言ったのに」

 ふわりと体に暖かい布がかけられる気配にはっと頭を上げた。

「ス、テラさん?」
「こんなに体も冷たくなって、中に戻るわよ」
「い、え、僕がここで休むって、決めたんです」
「どうして?」
「それ、は……」

 歯切れ悪く伝える僕の耳にため息が聞こえてきて、思わずびくりと体を震わす。
 もしかして、迷惑をかけてしまったのだろうか。

「子供が何を遠慮してるのよ」
「……ごめんなさい」
「そうじゃなくて、」
「ステラ、坊主いたか?」

 ユーリさんの声も聞こえて、僕は更に体を縮こまらせた。

「いたけど、今日ここで休むって言ってて……」
「いいじゃねぇか。俺も今日はここで休むわ。――あ、メシ食ったか?」
「ちょっと!」

 どさりと隣に腰を下ろす音が聞こえて、次はなんだか暖かくなった気がした。
 パチパチと火が燃える音がして、彼が火をつけたのだと理解した。
 そして、おいしそうな食べ物の匂いもしてきた。

「坊主、手出せ。スープもらってきたぞ」
「え? うん、ありがとうございます」

 差し出した手に温かいお椀が乗せられ、それを恐る恐る口元に運んで飲み込む。
 体の芯から温まる感じがして、なんだか泣きたくなるのをぐっと堪えた。

「ユーリ! あんたからも中に戻るように説得して」
「なんで? ここで休むって言ってんだからいいじゃねぇか」
「あんたとテイト君を一緒にしないで。……ここにいて、気分がいいものじゃないでしょう」
「こいつ目が見えてないんだから関係なくね?」
「だから! あんたは何でそうデリカシーがないの?」

 暗く沈んだ声色でしか会話をしない村の人と違って平常時のように話す二人に、なんだか日常が戻ってきたかのような錯覚を覚えた。

「……ユーリさんは、平気なんですか?」
「あ、どういう意味だ? この状況のことか? 平気も何も怖がってたら戦えないだろ。……あ、お前見えてないから怖くないと思って外に出たのか? 今すぐ雨水でその顔洗ってやろうか?」
 そしたら、怖くなって建物の中に戻りたくなるだろとユーリさんは笑っていたが、その声は呻き声と共に途切れた。

 おそらくステラさんに何かされたのだと思う。

「テイト君、顔を洗うなら清潔な水じゃないとダメだからね」
「あ、はい」
「てめ、ステラ! 人の頭を叩くな」
「言って分からないなら行動で示すしかないでしょ?」

 言い争う二人の声を聞きながら、僕はもう一度スープを飲み込んだ。
 気付かなかったがお腹は空いていたようで、お椀はすぐに空になった。

「――ユーリさん、遺体を置く場所が足りないんだ。ここも使っていいか?」
「あぁ、いいぞ。――坊主聞いたか? 移動するぞ」

 腕を捕まれてグイッと引き上げられる。
 突然のことで、僕は空になったお椀を足下に落としてしまった。

「もう、ユーリ! 乱暴に扱わないであげて」

 文句を言いながらステラさんがお椀を拾い上げてくれているようだった。
 僕がお礼を述べると、ステラさんはユーリが悪いのだから気にするなと告げた。

 そう話す背後で、ドサッドサッと重たいものがおろされる音がして、先程の会話からそれが遺体なのだろうと推測できた。
 見えない今の状態でも、とても振り向くつもりにはなれなかった。

 その時、誰かが息を呑む音が聞こえ、空気が張り詰められたように感じた。

「――おい、その子供は?」

 ユーリさんが作業する仲間に声をかけた。

「村はずれの下流の方でひっかかってたみたいだ。こんな小さいのに可哀想になぁ」

 同情するような声は心の底から悲しんでいるように聞こえた。

「……坊主、妹はお前と同じ茶色の髪だったな」
「そうですけど」
「身長はお前の肩ぐらいまでだったっけ」
「そう、です」
「赤いリボンで髪を結んで、同じ色のワンピースを着て――」

「――ユーリ」

 咎めるようなステラさんの声がして、静寂が訪れた。
 それに少しの違和感を覚え、なんとなく気付いてしまった。

「……そこに、いるんですか?」

 妙に詳しく、疑問と言うよりは確認をするかのようなユーリさんの言動と、それを諫めるステラさんの声にすとんと腑に落ちた気がした。

「リサは、そこにいるんですか?」

 妹からもユーリさんからもステラさんからも返事はなかった。
 それが答えだった。

「僕のように、怪我はしてませんか?」

 それにも無言が返ってきた。

 あぁ、違う。
 そこにいるなら本人に聞けばいいのだ。

 振り向いて、前方に手を伸ばす。
 探すために一歩足を進めた。

「リサ、お兄ちゃんはここだよ。返事をして」

 伸ばした手を掴んだのは、ごつごつとした大きな硬い手だった。

「坊主、見るか?」
「え?」
「……ユーリ、今はやめよう」
「自分の目で妹かどうか確かめるか? ちょうど、ここにいるやつが魔法で清潔な水を出せる。お前の右目を見えるようにしてやれる」
 どうする?と問いかけられる。

「……それは、どういうことですか? リサは怪我をして声も出せない状態なんですか? それとも、怪我をしたのは耳で僕の声は届いてないんですか? もしかして、足を怪我して動けない状態なんですか? 教えてください!」
「顔も知らない俺たちの言葉を信じられるのか? 俺たちの言うことを聞くより、自分の目で見る方が早いだろ」
 おい、このお椀に水を出してくれ、とユーリさんが誰かに呼びかける声が聞こえる。

 戸惑ったようにそれに応える声もして、僕は思わず体を震わせた。
 その時、僕の頭を包み込んで隠すように暖かい何かが僕を抱きしめた。

「――ステラ、どういうつもりだ?」
「それはこっちのセリフよ。よくもまぁそんだけ人を追い込む言葉が言えるわね」
「いずれは自分の目で見なくちゃいけない。それが遅いか早いかだけだ」
「別に今である必要もないわ、ちゃんと時間をあげないと。――それに」
「それに?」
「テイト君はもう分かってると思う」

 優しい声に涙があふれてきた。
 閉じた右目から、次々と涙が雫となってこぼれ落ちた。

 本当は分かっていた。
 遺体をここに運ぶと伝えた声の後でユーリさんが妹の特徴を再確認してきた時に、運ばれてきた中にいたのだと。

 いや、もしかしたらそれよりもずっと前から。

 分かっていたけれど、認められなかった。
 見えていないから、信じなかった。
 信じたくなかった。
 見てしまったら、現実を受け入れなければいけないから。
 両親の死も、妹の死も、村の惨状からも、怖がって、目が見えないことを理由に逃げていた。
 逃げていたことが情けなくて、そんな臆病な自分に気付かれていたこともまた恥ずかしかった。

「っごめっん、なざっい」
「どうして謝るの? 謝らなければいけないのはデリカシーのないユーリの方だわ」
「おい」

 呆れたようなユーリさんの声に申し訳なくなる。
 本気で心配してくれた人たちに対して、自分はなんて誠実さの欠片もない態度をとっていたのだろう。
 村を、自分を、命がけで救ってくれたのに、自分は見えないことを言い訳に向き合おうとしなかった。

 村と何の関係もないこの人達は、僕が見ることを拒否した全てを見てくれているというのに。

 しゃくり上げる僕の背中を、温かい手が撫でてくれた。

 止まらない涙に血が流れたのか、うっすらと右目の目蓋が上がってぼやけた世界が見えてきた。
 思い切って前を見た時、困った様子で何かを抱える人影が見えて、僕はゆっくりと近付いた。

 覗き込んだその子の顔は青白く、唇も紫色になって生気がなかった。
 その頬に手を伸ばすと、氷のように冷たかった。

 曖昧な視界でも見間違うことはなかった。
 間違えるはずなどなかった。

「よかっ、ふっ、女の子だかっら、顔に、うっ、傷が、なっくて」

 そして、妹を抱える男性を見上げた。

「ありが、どうっござ、ふっ、いまっ、す。いもっうとをふっ連れっできて、ぐれっで」

 頭を下げると、ぽたぽた地面に涙が落ちていった。

「っそんな、俺たちは……」
 男性は言い淀んで、そのまま口を閉ざした。

 わんわんと大きな声を上げて泣く僕を誰かが抱きしめてくれたことが、この絶望の中の唯一の支えだった。
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