神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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【テイトの覚悟 8】

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 件の村に到着した時、自分達以外の仲間の姿は確認できなかった。
 外から確認する限り村に荒らされた様子はなく、襲撃前に辿り着けたのかと希望が灯ったと同時に、その異様さには次第に皆が気が付いた。

 そこは静か過ぎたのだ。
 のどかな風景、干してある洗濯物、食べ物の匂い、生活感はあるのに人の気配はまるでない。
 警戒しながら進んだが、本当に人っ子一人見つけられなかった。

 村の中心付近まで来たところで、ようやくぽつんと立つ人影を見留めた。
 目配せの後に、ユーリさんが単身その少年へと歩を進めた。
 見た目だけなら僕と同年代に見える少年は、その髪が鮮やかな紫色だったために僕は少し驚いた。

「おい、お前は村のモンか?」
「……お兄さんは?」

 声をかけられゆっくりとユーリさんを見上げたその瞳が金色なことに更に驚いた。
 横でステラさんが、竜の子?初めて見たと惚けたように呟いているのが聞こえて、どこか浮き世離れした彼が《竜の子》と呼ばれる存在なのだと知った。

「俺はユーリ。お前以外の奴はどこにいるんだ?」
「お兄さんはクエレブレとかいう集まりの人?」

 噛み合わない会話に、ユーリさんは眉根を寄せながらそうだと頷いた。

「指導者は誰? 僕その人に会いたいんだ」
「リーダーは俺だ。お前、いい加減こっちの質問にも答えろ」
「そう、お兄さんが」

 少年は嬉しそうににっこりと笑った。
 その瞬間、僕たちの周りを囲うように火柱が上がった。
 それに驚いて周囲を見回すと、どこに隠れていたのか複数の人影が見え、僕は急いで短剣を構えた。

「――っユーリ!」

 ステラさんの悲鳴に似た声につられて視線を戻すと、ユーリさんがその場に蹲っているのが見えた。
 目を凝らすと彼の下には血溜まりが広がっていたため、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。

「ユーリさん!」
「っクソが、ってめぇ、何者だ?」
「あれ? しぶといなぁ、お兄さん。心臓を狙ったはずなのに、避けちゃったんだね」

 返り血に濡れた少年は世間話をするような気軽さで微笑んだ。
 二人の会話と状況からして少年がユーリさんを攻撃したようだが、その手に凶器の類は見えない。
 本当に彼がと疑いながらも、血を浴びて尚笑うその姿は狂気に満ちて見えた。

 ユーリさんは素早く剣を構え少年へと向けるが、それでも少年は余裕そうな笑みを崩さなかった。
 よくよく見ると、地面から砂が塊となって伸び出ており、意思を持った蔦のようにユーリさんの体を拘束していた。
 そこでようやく、あの少年も魔道士なのだと理解した。

 僕は動揺を振り払って手負いのユーリさんの加勢に向かおうとしたが、周囲の敵がそれを許さなかった。
 向かってくる敵をもどかしく思いつつ、少しずつユーリさんとの距離を詰めた。

「なるほど。この魔法に、お前の左腕のそれ。見た目通りの子供じゃねぇってことか」
「それって知る必要ある?」

 思わず少年の方に目を向けると、その左腕に彼の髪色によく似た紫色の刺青が見えた。

「まんまとお前の姿に油断しちまったって訳か、情けねぇなぁ」
「反省は死んでからにしたら?」

 刹那、少年の足下の砂が自我を持ったかのようにうねり、一本の鋭い棘のような形に変わってユーリさんの胸を貫いた。
 そしてそれは、スピードを落とすことなくユーリさんをそのまま地面へと縫い止めてしまった。
 言葉を失う僕とは対照的に、ステラさんは絶叫をあげて走り寄った。

「邪魔しなければ、もう少し長生きできたかもね。まぁ、遅いか早いかの違いしかないけど」

 少年は無表情でそう呟くと、後のことなど眼中にないかのように背を向けた。
 そのことに僅かに安堵してしまった自分がいた。

「どこに行く気よっ!」

 ステラさんがそう叫ぶのを聞いて、僕は慌てて敵を倒しながらステラさんの傍に駆け寄った。
 あの少年は本当に危険だと思ったのだ。
 あの魔法は、正直桁違いだ。

「……うるさいなぁ。僕の今日の目的は邪魔者の主犯を殺すこと。後の奴らは勝手に死んでくれて構わないんだよ」

 少年の冷たい眼差しを受け、僕はステラさんの腕を引っぱった。

「ステラさん! 先にユーリさんの治療をしましょう!」
「治療? それは生者に使う言葉だよ?」

 少年は馬鹿にするように笑った。
 それは明らかな挑発で、頭に血が上っているステラさんはすぐに反応を見せた。
 僕は彼を刺激しないように、ステラさんを引き留める手に力を込めることしか出来なかった。
 やがて興が冷めたのか、少年は火柱の向こうへと姿を消した。

「邪魔しないでよっ、あんな奴っ、私が!」
「ステラさん、早くユーリさんの元へ!」

 僕では医療魔法は分からない。
 応急処置ができるとしたらステラさんしかいないのだ。
 倒れているユーリさんの方を指し示すと、ステラさんは顔を青ざめさせて彼の傍にしゃがみ込んだ。

 周囲の敵はなんとか仲間が応戦している状態だ。
 僕もすぐ加勢に向かわなければ、そう思って駆け出そうとした足は、ユーリさんが僕を呼ぶ声にたたらを踏んだ。

「……ユーリ、さん?」
「テイト、こっち、来い」

 言われるままに近付くと、血の気を失ったユーリさんの顔が見えた。
 その青白さが一瞬妹の最期と重なり、僕は頭を振った。

 近付くほどに、絶望的だと分かった。
 水溜まりのように広がる赤い血は、地面が吸収できないほどの量だった。
 目を逸らしたくなる気持ちを隠して、僕は真っ直ぐにユーリさんを見つめた。

「今から、お前が、指示を出せ」

 ユーリさんは右手に握ったままの剣を苦しそうに持ち上げて、これやるよと呟きながら柄を僕の方へと傾けた。

「……どういう、ことですか?」
「わかるだろ、俺はもうダメだ。お前が、次のリーダーだ」

 思わず言葉を失う。
 横でステラさんが子供のように泣きながら、ユーリさんの胸に手を翳している。

「今、ステラさんが魔法をかけてくれています、そんなこと、言わないでください」
「ステラ、もういい、お前の魔法は他の奴に使え」
「っいやだ」

 ステラさんは必死に首を振って続けた。
 そんな彼女を見て、ユーリさんはどこか仕方なさそうに目を細めた。

「僕に、リーダーなんて無理です。僕、まだ子供ですし、知らないこともたくさんある。……ユーリさんにまだまだ教えてもらわなくちゃ」
「自身持てよ、俺が鍛えたんだ。実力なら、お前は誰にも負けねぇ」
「でもっ」
「人柄もいい。俺より、円満な人間関係が築けるだろうよ」
「無理です」
「不安は当然だ、俺もずっと不安だった。一緒だ」
「……なんで、僕なんですか?」

 ユーリさんが懐かしそうに僕を見つめた。
 恐ろしいほど優しい顔だった。

「俺と同じ理由で、戦おうとしたからだ」
「え?」
「そして俺よりも、覚悟ができてる。だから、いずれお前にリーダーを譲るつもりだった」
 それが少し早くなっただけだ、とユーリさんは目を閉じた。

 重さに耐えられなかったのか、剣はするりとユーリさんの手から抜けると音を立てて地面に落ちた。
 死が迫っていることを悟った。

「なぁリーダー、今この状況で、すべきことは?」
「っ……」
「早く決めろ。全滅するぞ」
「……っ撤退です」
「俺も同じ選択をする」

 僕は泣きそうになるのを堪えるために一度口を引き結んだ。
 それから、全員に聞こえるように声を張り上げた。

「撤退します!」

 その声を聞くや否や、仲間達は炎の壁に向かって走り出した。
 敵を薙ぎ倒し、一瞬炎が薄くなった箇所から逃げ出す姿を見て、僕は拳を握った。

「上出来だ」

 ユーリさんは口の端を上げてそう言うと、静かに息を引き取った。
 満足そうな顔だった。

 僕はユーリさんを連れて逃げようとしたが、ユーリさんを地面に突き刺す砂は石のように固くなっており、その場から引き離すことは叶わなかった。
 僕は諦めてステラさんの肩に手を置いた。

「……行きましょう、ステラさん」

 ステラさんは冷たくなっていくユーリさんに魔法をかけ続け、俯いたまま首を横に振った。

「ステラさん!」
「……テイト君、私のことは置いて行って」

 心中するつもりなのかと焦って肩を掴んだ。
 説得しようとステラさんの顔を覗き込んで、思わず目を瞠った。
 静かに涙を流すその顔は、絶望ではなく決意の顔だった。

「私、ユーリのそばにいたいの。一人は、きっと寂しいから」
「……そんなの、ユーリさんは喜ばないですよ」
「いいの、私がそうしたいから」
「ステラさん、お願いだからっ」
「テイト君、ごめんね。優しいあなたに全てを背負わせて」
「そう思うなら、一緒に逃げてくださいっ」
「ユーリを置いて行ってしまったら、私後悔するから。私に後悔しない選択をさせて。お願い」

 僕は何も言えなくなってステラさんから目を逸らした。
 ユーリさんの剣を拾い上げてそのまま無言で背を向けると、ありがとうと聞こえてきた。
 僕は唇を噛んでその場から離れた。

 どうやって敵から逃げたのか、はっきりと覚えてはいない。
 気付いたら街に戻っていて、満身創痍な仲間達と宿で休んでいた。
 朝食の時にいつも当たり前にいた二人の姿がないことに、昨日の出来事が現実なのだと無情にも突きつけられた。

 皆で準備を整え、置いてきてしまった二人を連れ帰るためにもう一度村へと向かった。
 昨日のように罠に嵌められることを警戒しながら進んだが、辿り着いた村は焼け焦げた家が建ち並ぶだけであった。
 そこで、折り重なるようにある二つの焼死体を見つけて、判別できるような状態でもないが、きっとそれが二人なのだろうと手厚く葬った。

 深い絶望で視界が黒く染め上げられそうになった時、声がかかった。

「これからどうする、テイト?」
「え? ……僕、ですか?」
「だって、お前が次のリーダーだろ?」

 当然のことのように言われて、僕は唖然としてしまった。

 聞けば、次のリーダーは僕にするとユーリさんは前々から宣言していたのだという。
 子供だから、実力がないからと反対した人達には、僕が一年で五歳年をとるから年齢は心配ない、実力は認められるように自分が鍛えると言い返していたらしい。
 思い返せば、確かにユーリさんはリーダーで忙しいはずなのに、時間を見つけては僕に色々なことを教えてくれていた。
 作戦会議だって同席させてくれて、新しい仲間が増える度に一番初めに挨拶をさせてくれた。
 何かある時は必ず、彼のそばにいた気がする。

 ユーリさんが僕にしてくれた全てのことが、線になって繋がっていくようだった。
 彼は最初から、僕をリーダーにするつもりで目に掛けてくれていたのか。

「……皆は、僕みたいな子供がリーダーで不満はないんですか?」
「不満って、そんなのこの一年努力するお前を見てたら認めざるをえないよなぁ」

 皆が口々に同意をしてくれて、僕はこみ上げてきた何かを抑えるように俯いた。

 全てユーリさんの力だった。
 ユーリさんを失って絶望しているのは、僕だけなのだ。
 彼は仲間が希望を捨てないように、ずっと前から、時間をかけて、今のこの状況を作り出したのだ。

 なんて凄くて、そして――酷い人なのだろう。

 僕が泣いていると思ったのか、仲間達は泣くのは全部終わってからにしようぜと僕を茶化した。
 僕はこの気持ちが気付かれないように笑って見せた。

 仲間が絶望しないで済むのであれば、全部引き受けようと思った。

「それで、新リーダーはどうするんだ?」
「じゃあ、東にある迷いの森に行きましょう」
「迷いの森?」
「僕たちは圧倒的に魔法で負けてる。昨日もそうだった。それに対抗する手段がなければ、ずっと敵に後れをとってしまう」
「それで、なんで森に?」

 不思議そうに尋ねられ、僕はしっかりと前を見据えた。

「そこに強力な魔法を使える者がいるとの情報が入りました。それを確かめて、噂が真実ならば勧誘しましょう」

 目にもとまらぬ早さで繰り出された昨日の魔法を思い出し、皆が賛成を示した。
 こちらに魔法を使える者が足りないのは判然たる事実である。
 その不安を解消しないことには、この先の戦いに支障が出てしまうのは明らかだった。

 僕たちはすぐに準備を整え《迷いの森》へと向かった。

 その中に二人がいないことに僕の胸はチリチリと痛んだが、気付かない振りをした。
 置いていく選択が正しかったのかは分からない。
 でも、立ち止まることさえ許してくれない残酷な彼の期待に応えるために、考えるのは全てが終わってからにしようと思った。
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