神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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【リツキの罪 1】 

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 幼い頃から俺は魔法を扱うのが上手かった。
 それは親が魔道士の純血に近いこともあったが、最たるは俺の知能の高さが理由だった。
 それに気付いた親は、売るように俺を魔法研究所へと預けた。
 確か俺が十三歳になったばかりの時だった。

 いや、実際売られたのだ。
 家は貴族の端くれだったが富や名声なんてものはなく、平民にしては豊かかもしれないが貴族としては貧しい暮らしをしていた。
 俺が魔法研究所で研究者として、もしくは研究対象者として実績を残せば、なにかしらの功績を得られると考えたのだろう。

 別にそのことで親を恨んだりはしていない。
 悲しいとかも特にない。
 俺自身魔法は興味の対象で、研究ができるのであればそれでいいと思っていた。

 研究所では勿論俺が最年少だった。
 一番年が近い者でも十歳以上離れていたが、元々高齢な職員が多かった所為か、その人にとっても俺は特別な存在だったようで、気を遣って何度も話しかけてくれた。

「自分よりも若い研究者が来て驚いたよ。何歳? ――え、十三? うわぁ結構離れてたんだな、息子との方が近いじゃないか。あ、俺はエリク。気軽にエルって呼んでくれて構わないよ」

 彼は研究者にしては珍しく、茶目っ気たっぷりにそう言った。
 第一印象は、年の割に子供っぽいおしゃべりな奴、だった。

 高齢な研究者達は初め、子供である俺が使えるのか使えないのかを見定めようと疑わしそうな視線を送ってきたが、俺が本当に賢いとわかると掌を返すように親しげに色々な情報を教えてくれた。
 若い才能に嫉妬するよりも先に研究を進められる可能性に喜ぶところは、なんとも研究者らしいと思った。

 徐々に実力が認められるようになり、一年を経た頃には大きな研究に参画するまでに至った。
 俺が加わったのは魔法の威力を強くする研究だった。

 現状、魔法は知能が高まればそれだけ威力も増すが、それには限度があり、親の魔力の最大値を超すことは不可能だとされていた。
 しかも、親が魔法を使えなければその子供は魔法を使えず、片親だけが使える場合でも魔法の威力は親に比べて半減してしまう。
 遺伝は必ずするが威力が強くなることはなく、寧ろ弱まっていく一方であることが問題視されていた。
 その威力をもう一度高めること、それは国の悲願でもあった。

 チームの中には、初対面で馴れ馴れしく話しかけてきたあのエリクもいた。

「お前が優秀だって噂はどこにいても聞こえてきたよ。だから、ここか魔法創造の方に配属されると予想してたんだ。……正直じいさんばっかだと気が滅入るし、お前がこっちに来てくれて素直に嬉しい」

 俺が加入した最初の顔合わせで、彼はそう言って微笑んだ。
 久しぶりに話した彼を見て、やはりおしゃべりな奴だと思った。

 十人程で構成されたそのチームの中で研究を重ね、ヒトの体内の魔力回路を弄り、魔力の通り道を単純化すれば魔法効力を高められるのでは、と辿り着いた時には既にまた一年が過ぎていた。

 しかし、ここからが少し問題だった。
 理論上は魔法の威力が強大化する予定だが、回路を弄った時にどんな副反応があるかは全くわからない。
 動物で実験しようにも、魔法を使えるのは人間しかいないため確証ある結果は得られない。
 臨床試験は魔法を使える人間で行わなければならないという結論に至った。

 魔法を使える者は貴族に多い。
 魔法を使えることは即ち、それだけで他者よりもアドバンテージが高いことを意味しているからだ。
 人は魔法によって富を得、そして魔法を弱体化させないため、魔法を使える者同士が婚姻を結び、結果富を持つ者は限定されていった。
 それが今の貴族の姿だった。
 平民にも魔法を使える者はいると言うが、血は薄まり殆ど弱い力しかないという。

 当然のことだが、実際に魔力が高まるかもわからず、重篤な副反応があるかもしれないその研究に、協力しようというような貴族は誰一人いなかった。
 研究者達もまた被験者となることを渋った。
 そこで、高齢な研究者は魔法を使える平民に協力してもらおうと提案した。
 それは詰まるところ、この研究の利害と何も関係のない平民を人体実験に使うことと同義であった。
 高価な報償を対価に募集をかけようとする者達の前で俺は声を上げた。

「――俺がやる」

 平民を守ったわけではない。
 それが研究者の責任だと思ったからそう口にした。
 魔力回路の構築は殆ど俺の意見だった。
 その発言から研究が進み威力増加できるかどうかの手前まで来ている。
 その発言の責任を他者に負わすのは違うと思ったのだ。

 チームの主力であった俺の言葉に、結局自分が対象でないならよかったのか、他の研究者達も賛同してくれた。

「……俺もやります。判断材料は多い方がいいでしょう?」

 エリクが決意を秘めた瞳でそう発言した。
 研究者はその言葉にも手を叩いて賛同した。

 試験の配役や日程を決定し、準備も兼ねて解散となったところで俺はエリクに声をかけた。

「あんたまでやる必要はない。成功するとは思うけど、正直副反応がどうなるかはわからない。……家族がいるんだろう?」

 売られた俺とは違って、彼が家族を大切にしていることは周知の事実だった。
 多弁な彼はこちらが聞いていないのにも関わらず家族のことを饒舌に話し、休みの日には必ず家に帰るという徹底ぶりだった。
 確かに判断材料は多いに越したことはないが、危険性のわからないものに彼が関わる必要はないと思うのも紛れもない本心だった。

「……俺にとってはお前も家族みたいなもんだよ。この一年は家族よりも長い時間を一緒に過ごしたんだから」
「ただ一緒に研究室に缶詰め状態だっただけだろ」
「そうとも言うな。でも、お前だけモルモットじゃ可哀想だろう」
「俺は気にしてない」
「はは、そうかもな。ただ俺もやっぱり研究者だから……成果を上げたい、そういう気持ちもあるんだよ」

 エリクはそう言って微笑んだ。
 そこに少しの俺への嫉妬を見つけて、あぁやっぱり彼も研究者だなと納得した。

 実験当日、先ずは俺から回路構築を施すこととなった。
 俺の試験終了後、状態確認が終わり次第同じものをエリクにも施すらしい。
 俺はできるなら半年最低でも一ヶ月は様子見で期間を空けた方がいいと伝えたが、研究はそもそも遅れており、早く結果を出せとの上の言葉に誰も反論することができず、終ぞその予定が訂正されることはなかった。

 構築は、この研究の理解者、且つ、人体の仕組みに詳しい職員が彫師として対象者の腕に魔法で刺青を彫り、そこに魔力を流し込んで回路を入れ替える方法が採用された。
 五分もかからない作業だ。
 多くの研究者が興味深げに見つめる中、俺は左腕を差し出して席に着いた。

 彫師が俺の左腕に手を翳し魔法を使用した瞬間、経験したこともないような激痛が走った。
 体を構成する筋肉や血管を無理矢理に抉り取られるような、そんな痛みだった。
 耐えきれず暴れ出す俺の体は数人がかりで押さえ込まれ、試験はそのまま継続させられた。
 拷問のような苦痛に気が遠くなりかけた時にふ、と体が軽くなったのを感じた。
 回路の構築が終わったのか彫師が手を離す姿が霞む視界の端に映り、俺を取り囲んでいた数人もゆっくりと離れていった。
 終わってみれば、あっと言う間の出来事だった。

 額に汗がにじみ、肩で息をする俺に研究者は質問を投げかけた。

「体調はどうだ?」
「……施術中は痛かったが、今はなんともない」
「変化は感じるか?」
「実感できるものは特にない」

 問いかけられる数多の質問に半ば呆然と答えながら、俺は左腕に目を落とした。
 そこには、赤紫色の幾何学模様のようなものが浮かび上がっていた。

 彫師の役目をこなした者も同じように幾つか質問をされており、その度に研究者達は興味深くメモを取ったり、俺の左腕を観察に来たりと忙しなく動いていた。
 十五分以上経過しても目に見える副反応がないと分かると、次は採血や唾液などの分泌液の異常がないかの検査を始め、その結果を待つ間に本当に威力が向上したか魔法を発動して確認することとなった。

 施術前と同様の魔法を発動すると、周囲は騒然となった。
 明らかに威力が上がっていた。
 施術前の二倍に近いだろうか。

 成功したのかとざわめく中、俺の検査結果が伝えられた。
 突出した数値の変化は見当たらず、何の異常もなく力を得られることが証明されたと更に場は沸き立った。

 偶然の産物なのか、それとも必然の結果だったのか。
 次はエリクに刺青が施されることとなった。
 俺と同様数分の激痛に耐えた彼もまた、異常が発見されないままに力が向上していた。
 研究の成功に、歓声が周囲を包み込んだ。

 その後、俺とエリクは精密検査も受けたが、やはり数値に違和は見つからなかった。
 研究は大成功と認識されながらも、念のためにと試験は続けられた。
 結果を見た研究者達は、次は渋りもせず逆に被験者にしてほしいと自ら名乗り出るほどであった。

 一ヶ月程の期間を経ると、研究者の半数が刺青を入れていたため、十分な判断材料と結果がもたらされた。
 個人差はあるが、刺青を入れることでおおよそ一.五から二倍の魔力の向上が一様に認められた。
 刺青の色は何故か人によって異なり、調査を進める中で深層心理が関係している可能性があると結論を出す者もいたが、俺は赤紫色に特に何の思い入れもなかったためそれには毅然と反論を示した。
 だが、色によって何か差異があるわけでもなかったため、成果はそのまま国に報告された。
 貴族の希望者にも順番に施術を行っていくことが決定したのは、俺が刺青をもらってから半年後のことだった。

 ここまでくると、更なる向上を目指そうと同じ研究を続ける者もいれば、別の研究に配置換えを希望する者も現れた。
 俺は同じ研究を続けるつもりだったが、エリクは魔法創造研究への転属を希望し、その希望が通ったと俺に報告をくれた。

「お前も魔法創造に転属すればいいのに」
「ここでもまだ突き詰めようと思えばできるだろう」
「そうかもしれないけど、じいさん達もほぼほぼ満足しちゃってるから予算はもうくれないんじゃないか?」
「別に関係ない」
「……手柄取られた時もそんな感じだったよな。お前が成功させたようなもんなのに、自分たちの成果のように報告してたぜ」
「それこそ別に。俺は魔法の研究ができればそれでいいから」

 俺がそう言うとエリクは少しだけ目を伏せた。

「そっか。――正直さ、俺お前に嫉妬してたんだ」
「知ってる」
「はは、だと思った。恥ずかしいよな、俺の半分しか生きてないお前に嫉妬なんて」
「別に気にしてない」
「いや、謝らせてくれ。息子の治療費を稼ぐためにどうしても結果がほしくて、それで、活躍するお前を妬んじまった。――悪かったよ」

 律儀にそう謝罪したエリクは、またしても聞いてもいないのに、この研究が成功したおかげで資金を得られ息子が回復傾向であること、それでもまだお金は必要なので転属を決めたことを語った。

「まぁ、程々にな。あんた最近調子悪そうだし」
「そう見える? 実は俺も最近疲れやすくなったなって思ってて。三十過ぎたからかな」
「いい年だな」
「お前からしたらそうかもしれないけど、ここではまだまだ若造だから」

 そう交わした会話を最後に部署が異なるエリクとは会わなくなった。
 気付けば、この研究を続けると決めたのは俺と老研究者の二人だけになっていた。
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