神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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【リツキの罪 3】

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 それから、俺は真面目に研究を継続することを決めた。
 途中で細胞のサンプルを手に入れ、エリクの息子は寿命を縮める結果にはならなかったと知り、それがいいかどうかは別として、俺は人知れず安堵の息を吐いた。

 エリクは一年で十歳年をとる。
 平均寿命を考えると、エリクの寿命は後三年もない。
 それまでになにかしらの手がかりを掴みたいと思った。

 しかし逸る気持ちとは裏腹に、研究は全く進まなかった。
 なんの成果も得られぬまま又二年が経ち、思いがけずエリクが倒れたと耳にして、俺は研究所を飛び出した。

 盗み見たエリクの情報を元に訪れたのは、研究所近くのアルゲティという街だった。
 正確な家の位置が分からず街行く人に尋ねると、時折こちらを心配するような顔を見せられた。
 それを不審に思いながら、ようやく飾り気のない一軒家に辿り着いた。

 俺が扉を叩くと、あの時見た子供が、以前よりかは少し健康そうな顔つきでこちらを覗いた。

「どちら様ですか?」
「あんたのお父さんの同僚なんだ、今会えるか」
「……父のことは放っておいてください。休ませてあげたいんです」
「見舞いに来たんだ、リツキが来ていると伝えてくれ」

 子供が顔を引っ込めて扉を閉める。
 返事を待つ数分間、気持ちはなんだか落ち着かず、何の目的でここに来たのか正直自分自身も分かっていなかった。

 再度扉が開かれると、どうぞと小さく声をかけられた。
 野良猫のように警戒した瞳でこちらを見遣る子供は、無言のままエリクのいる部屋へと案内してくれた。
 その途中、傍目で見た家の中はあまり生活感がないように思えた。
 ゆっくりと歩を進めながら辿り着いた室内には、やせ細った老人が生気のない表情で横になっていた。

「……父に無理はさせないでください」
「わかった」

 子供はそれだけ言うと、エリクと俺を二人だけにしてくれた。
 俺が近寄ると、エリクは目こそ開けなかったものの、気配を察したのか顔をこちらへ向けた。
 その顔はよく知った顔ではなかったが、それでもかろうじてエリクと分かった。

「まさか、君が見舞いに来てくれるなんてね。話しかけても素っ気ないし、そんなに心を許してくれているとは思わなかった」

 しわがれた声を聞きながら俺は近くの椅子に腰を下ろした。

「知らなかったのか? 俺があそこで名前を知っているのはあんただけなんだ」
「そうだったのか? まぁ確かに、君も含めあそこのじいさん達は研究第一で、コミュニケーションなんて言葉知りもしない奴らばっかりだったからなぁ。いや、じいさんなんて失礼か。今ではワシもその一人なんだから」

 そう言って笑うエリクに俺は思わず笑みが漏れた。
 第一印象と変わらず、おしゃべりな奴だと思ったのだ。

「あんたは相変わらず饒舌だな」

 すると、エリクがはっとしたように目を見開いて俺を見つめた。
 エリクの瞳は白くもやがかかっていて、実際に見えているのかどうかは判断が付かなかった。

「……みんなはワシが変わったと言うのに、君は、そんな言葉をくれるんだなぁ」
「え?」
「謝罪をさせてほしい」

 体を起き上がらせようとするエリクを俺は慌てて止めた。

「あんたの息子に無理をさせるなって言われたんだ。話すなら寝たままで構わない」
「謝らせてくれ」
「いったい何を?」
「十年を返せなんて理不尽なことを君に言ってしまった」

 思わず息を呑んだ。
 エリクはじっとこちらを見つめている。
 そこには深い後悔の色が見えた。

「そんな、別に」
「はは、君も本当に変わらないなぁ」

 エリクは懐かしそうに目を細めた。

「ワシの十年が経ったの一年で過ぎて去ってしまう。それが分かった時に、君が十年でやっと一歳年を取ることを知った。恥ずかしい話だが、その時君に命を取られてしまった気がして、身勝手にも恨んでしまったんだ。――悪かった」

 エリクは再び目を閉じた。

「刺青を入れる時、君はワシを止めてくれた。それを無視して押し切ったのは自分なのに、自業自得なのに、君を恨んでしまった。軽蔑するだろう」
「気にすることない、俺も気にしてない」
「……君はそういう奴だったね」

 何かを偲ぶような表情で笑った後に、エリクは大きく咳き込んだ。
 近くの台の上に水差しを見留めたため急いで彼に手渡すと、エリクはそれを一気に呷った。

「悪いね、部屋も汚いだろう。妻はワシが刺青を入れた二年後に家を出て行ってしまったんだ。急速に老いていくワシと一緒にいるのがきっと嫌だったんだろう。――その時、アルも連れていってくれればよかったのになぁ」

 エリクは泣きそうな顔でそれでもやはり微笑んだ。
 その時初めて、彼が息子に刺青を施したのが苦渋の決断だったことを理解した。
 エリクは、子供が一人でも生きていけるように力を渡すことしかできなかったのだ。

「アルも君みたいに強い子なら心配しなかったが、ベッドの上で過ごしていた時間が長かった分まだまだ幼くて、あの子を一人残すのは、どうも心配なんだ」
「……あの子はどうなるんだ」
「研究所はワシが亡くなったら面倒を見てくれると言っているが、どこまで信用していいか分からない。だから――」

 骨と皮だけになった手を持ち上げてエリクは俺の手を掴んだ。
 その力の弱さに、俺はこれが、自分の研究によって生まれた罪だとようやく自覚した。
 細くなった彼の左腕には、紫色の刺青が見えた。

「恥を承知で頼む、あの子を、アルマを守ってくれ」
「……俺にできることがあれば、必ず」

 俺の返事を聞いて、エリクは嬉しそうに微笑んだ。
 そこに出会った時の面影が見えた気がした。

「ありがとう。お礼に研究に役立つ情報をあげよう。君は反論していたが、刺青の色は深層心理と関係しているとワシも思う。ワシの刺青は妻の好きだった色なんだ」
「それは偶然だと思う。俺は自分の色に特に思い入れはない」
「偶然、か。息子の色も紫色だったが、それも偶然か?」
「血縁者で一緒になることはあるだろう」
「それじゃあ、ワサトとアルへナは? 二人は兄弟だが異なる色だった」
「……それが誰だか知らないが、兄弟と言っても、父親と母親、どっちの血をより濃く継いでいるかにも寄るだろ」
「本当に覚えていないんだなぁ、ワサトは君と同じチームにもいたことがあるじゃないか」
「そうなのか?」
「君は薄情な奴だなぁ」
 だが、とエリクは微笑みながら続けた。

「君と話せてよかった。まるで、君と研究所にいた時みたいで楽しかった。竜神様はまだワシを見捨ててはいなかったんだなぁ」

 すまない少し疲れたようだ、とゆっくり目を閉じたエリクはそのまま眠ってしまった。
 穏やかな寝顔を眺めてから部屋を出て、すぐ近くに控えていたエリクの息子に礼を述べた。
 来た時と同じように無言のまま玄関まで俺を見送った子供は、何か言いたげに目を伏せた。

「……お兄さん。失礼な態度を取ってしまって、ごめんなさい」
「気にしてない」
「また、お見舞いに来てくれる?」
「もちろん」

 素直で真面目なところがエリクに似ているなと思いながら、俺は彼の頭を撫でた。
 はっと顔を上げた彼は恥ずかしそうに笑った。
 その笑顔もやっぱりエリクに似ていると思った。
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