神聖国 ―竜の名を冠する者―

あらかわ

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58.  容疑者

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 顔色が悪いままのナナから話を聞いて、テイトは言葉を失った。

 レンリは第三の被害者だった。
 しかし、彼女は自分を傷付けることで術に抗い、自我を取り戻してみせた。
 意識のない中でそれだけのことをやってのけた彼女に脱帽すると同時に、やはり事前に防げなかったことに深い責任を感じずにはいられなかった。

 暫く沈黙が続いたが、それを最初に破ったのはシンだった。

「……分かった。それならレンリは地下に」
「シンさんっ!」

 テイトの抗議の声に重ねるように、ナナも責めるようにシンの名を呼んだ。
 彼女にも思うところがあるのか、迷うような表情で、それでも最後にはしっかりとシンを見遣った。

「レンリ様は魔法に打ち勝ちましたわ。隔離の必要などないのではなくて」
「一度破ったからと言って、術の効果が切れている保証はどこにある?」
「それは……」

 ナナは俯いて言い淀んだかと思うと、悔しそうに口を閉じてしまった。

「精神干渉の魔法は、対象が弱っていれば弱っているほど効果的とされている。一度打ち勝っても、次も同じことができるとは限らない。傷を負った後なら尚更」

 それを聞いては、テイトも閉口せざるを得なかった。

「……分かりましたわ。それでは、あたしもレンリ様と共に暫く地下で過ごすことにしますわ」
「それは無意味だ」
「あたしがそうしたいのですわ。お願い、シン様」
「……勝手にしろ」

 シンの許しを得て、ナナはほっとしたように息を吐き出した。

「まとまったな。それじゃあ、レンリを地下に運んで、その後は――容疑者に事情聴取だな」
「よう、ぎしゃ?」

 テイトが呆然と復唱すると、ナナは一拍置いた後で焦ったようにシンに詰め寄った。

「っそれは、誰のことを言っていますの? もしかして、ルゥのこと……」
「よく分かってるじゃないか」
「ルゥは違いますわ! 確かに見かけはしましたけれど、本当に違いますの!」
「何が違うんだ? レンリが最後に会っていたのはルゥなんだろう?」
「ルゥの後に誰かが会っていたのかも知れませんわ! だって、ルゥは子供ですもの。深刻な顔をしていましたし、そんなこと……」
「それじゃあ、その可能性も考慮して話を聞きに行く」

 平坦な調子で告げられた言葉に、ナナは反論できずに目を伏せた。
 大人しく成り行きを見守っていたテイトも、信じられない気持ちでシンを見つめた。

「まさか、本当にルゥを疑っているんですか?」
「今の話で疑わない要素がどこに?」
「っでも、シンさんもルゥが志願した理由を聞きましたよね。その時、嘘は吐いてないって」
「……俺よりも強い魔道士が相手じゃ、出し抜かれていたとしても可笑しくはない」

 突き放すような言葉に、テイトも二の句が継げなくなった。
 気付けば、無言の二人を差し置いてシンは地下へと向かう準備を進めており、彼に抱きかかえられたレンリはまるで人形のようだと思えるほどに生気が感じられず、テイトは無意識に拳を握った。

 そのまま地下へと向かうシンに黙って付き従い、空き部屋にレンリを寝かす様を見守った。
 ナナはその寝台の傍に寄り添うと心配そうにレンリを見つめるのみで、こちらに意識を向けることはなかった。
 シンはそんなナナに声をかける訳でもなく地下を去ってしまったため、テイトもそれに続こうと背を向けた。

「――、テイト様」

 弱々しい声で名を呼ばれ、テイトは徐に振り返った。
 しかし、ナナは依然とレンリを注視しておりその目がテイトと合うことはなかった。

「すぐに駆け付けてくださって、ありがとう存じますわ。あたしは、情けないことに気が動転してしまっていて……テイト様が来てくださらなかったら、レンリ様は、」

 続きの言葉は震えていて、はっきりとは紡がれなかった。

 テイトはどう答えるべきか悩んだ。
 そもそも、状況を打開したのはシンであってテイトではない。
 それどころか、自分は血を流すレンリの姿を今際のユーリの姿と重ねて怯んでしまっていたのだ。
 動転したのはテイトも同じだった。
 それに、駆け付けたと言っても間に合った訳ではない。
 命に別状がないとは言え、レンリは怪我をして今も意識がない状態なのだから。

「……僕は、何も」
「絵本に出てくる、勇者様のようでしたわ」

 苦い気持ちになった。
 それは全く自分には当てはまらない。

 返答を考えあぐねていると、いつの間にかナナがこちらへと歩み寄っていた。
 ナナは部屋から出ないギリギリの位置で立ち止まると、部屋の外にいるテイトの手を両手で握り込んだ。

「テイト様、お願いがありますの」
「……なに?」
「あたしが軽率に名前を出してしまったばかりに、シン様はルゥを疑っています。でも、絶対にそんなことはありませんの。ルゥは優しい子ですわ」
「僕も、そう思うよ」
「あたしの所為なのに、こんなお願いをと思われるでしょうが、ルゥを、どうか疑わないで」

 責任を感じているのか、ナナは元気なく俯いた。
 それにも、テイトはどう答えるのが正解なのかは分からなかった。

「……大丈夫。話を聞くだけだから」

 結局、無難な言葉を選んだ。
 ナナは握り込む手にギュッと力を入れたかと思うと、ゆっくりと放してレンリの元へと戻っていった。
 それを見送り、テイトは部屋の扉を閉めた。

 地下から出るための階段を上りきると、そこには腕組みをしたシンが待っていた。
 射貫くような視線に、テイトは顔が強張るのが分かった。

「ルゥのとこに行くぞ」

 テイトは緊張した面持ちで頷いた。
 そう、話を聞くだけだ。
 ルゥがレンリと会った時に、他に誰か側に居合わせなかったか、と。
 ただ、それだけ。

 シンの後ろをただ黙って付いていくと、気持ちの整理も出来ていないのに、あっという間にルゥの部屋に辿り着いてしまった。
 口の中が酷く乾いた。

「ルゥ、入るぞ」

 シンは数回扉を叩くと、部屋の主の返事を待つことなく扉を開け放った。
 その隙間から中を窺うと、ルゥもまさか了承なく入室するとは思っていなかったのだろう、中途半端な姿勢で驚いたような表情を浮かべていた。

「師匠、とテイト……どうしたんですか?」

 ルゥは机の上での作業を止めると、人懐っこい笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。

「何をしていた」
「え? ……日記を、書いていました」

 冷たさを含んだシンの表情に気付いたのか、ルゥは戸惑った様子でそう返した。

「その前は?」
「……ルゴーさんにご飯を食べようって誘われたのでご一緒して、その後はずっと部屋にいましたけど。……何でそんなことを聞くんですか?」

 ルゥは訝しげな表情でシンとテイトを見上げた。
 その回答にシンは眉を顰め、テイトも驚きで目を瞠った。
 この時点でナナの証言とは異なるが、深刻な様子だったとも言っていたし、会っていたことを隠したいのだろうか、とどこか落ち着かない気持ちで考えた。

「レンリと話をしているところを見たと言う者がいるが、それについては?」
「え?」

 ルゥは目を丸くした。

「今日は会ってませんよ」

 テイトは混乱して頭を抱えた。
 ルゥが嘘を言っているようには見えないし、ナナが嘘を話したようにも思えなかった。
 何が起こっているのか、全く分からなかった。

「本当か?」
「三階は聖域なので、恐れ多くて僕は気軽に近付けませんから」

 それは、ルゴーがよく口にしている言葉だった。
 幼いルゥを気にかけて、ルゴーが頻繁に彼に声をかけていたことは知っていた。
 故にルゥがルゴーの影響を多大に受けていることも。

 しかし、それではナナが見たのは一体誰だったのか。
 テイトはちらりとシンを窺った。
 シンは眉間の皺をより一層深くしてルゥを見遣った。

「侵入者がいるかも知れないという話は聞いているな」
「……その話なら、テイトから聞きましたけど。人を操る魔法を使うんですよね」

 脈絡なく変わった話題に、ルゥは困ったようにテイトに視線を送った。
 確かに、ルゥに伝えたのは自分である、とテイトは首を縦に振った。

「……俺は、あんたを疑っている」
「ぇ」

 ルゥはこれでもかというぐらいに目を見開いた。
 予期せぬ言葉にテイトも唖然としてしまったが、すぐに気を取り直してシンの肩を掴んだ。

「ちょっ、シンさん、今のでどうしてそういう話になるんですか?」
「カストル公爵家は精神干渉魔法の名家だ。だから、証拠がなかっただけで、最初から疑ってた」
「カストル、公爵……」

 言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
 今の言い方はまるで、ルゥがカストル公爵家の人間だと、そう言っているように聞こえた。
 信じられない気持ちでゆっくりとルゥに視線を移すと、ルゥは動揺したように瞳を揺らしていた。

「……知って、いたのですか?」
「調べればすぐに分かることだ。その白い刺青があれば、尚更」

 ルゥはどこか悲しそうな表情を浮かべて左腕を握りしめたが、直後にキッと上げられたその瞳には、強い光が宿っていた。

「でも、僕は誰かを操ったりなんてしていません! そもそも、僕にはまだそんな魔法は使えないですし……」
「それは、俺には判断できない」
「っそれなのに、僕を疑うんですか?」

 ルゥが傷付いたような表情を浮かべたため、テイトは彼を庇うようにシンの前に立ちはだかった。

「止めましょうよ。たとえ、ルゥの魔法が凄いものだとしても、それは疑う理由にはなりませんよね?」

 シンの顔を正面から見据えて初めて、彼の顔も酷く歪んでいるのが分かった。

「直前に接触した人物からルゥの名前が出た。理由なんて、それだけで十分だ」
「何が十分だって言うんですか!?」
「疑わしきは罰せずと言うが……はっきり言って、それじゃあ状況は変わらない。確証もないのに悪いとも思うが、疑いを晴らす手段もないのならば、大人しくここを出て行ってくれ」

 テイトは絶句した。
 反論をしようと出かけた言葉は、シンの表情を見て声にならないまま消えていった。
 静寂を切り裂いたのは、絞り出すようなルゥの声だった。

「……分かりました」
「ルゥ……」
「師匠も、テイトも、僕を疑っているのですね」
「僕は、」

 二の句は続かなかった。
 疑っていない、そう言いたかったはずなのに、唇は動かなかった。
 ルゥは悔しそうに歪んだ表情で、睨むように二人を見上げた。

「あまり長居はしないでと言われていましたし、丁度いいのかもしれませんね」
「ルゥ、違うんだ……」
「クエレブレの勝利を願っています」

 ルゥは視線を逸らすと、目の前でテキパキと荷物をまとめ始めた。
 それを一瞥して、シンは部屋から出て行ってしまった。
 残されたテイトは、何か声をかけなければと暫く言葉を探したが、結局何も言えないままにその場を離れた。
 庇うことすらできなかった自分が、酷く情けなかった。
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