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67. 決戦 2
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テイトは行軍する全ての者にシンの言葉を伝えた。
戦う場所が変わること以外に大まかな作戦の変更はないと締めくくったが、皆の顔からは緊張が見て取れた。
これから行うのは《アノニマス》との全面対決。
力が入ってしまう気持ちはテイトにもよく分かった。
そのまま暫く進むと、やけに拓けた岩場へと辿り着いた。
足下には大小様々な大きさの岩がごろごろと転がっており、右手には二階建て程の高さを有する崖がそびえ立っていた。
ルクスリアまではあと少しというところだが、シンはここで相手を迎え撃つという。
予想だにしない言葉に、テイトは目を丸くしながら周囲を見渡した。
ここは、遮蔽物が殆どないような荒野である。
視界は良好だが、それは相手だって同じ条件のはず。
寧ろ、魔法で遠距離攻撃が出来る分、相手の方が有利なのではなかろうか。
先に行ったはずのレヒトの姿も確認できず、更には足場も酷く不安定なため、テイトの胸中には不安が募った。
「ここで、ですか?」
「そうだ。ただ、合図をするまでは俺のフォローできる範囲にいるようにしろ」
テイトは無言で頷いた。
シンは見るからに自信があるようなので、おそらく自分の心配など杞憂に終わるのだろう。
だが、こちらが上手くいくと仮定して《アノニマス》の者達の行く末はどうなるのだろうか。
こちらの優位が、彼らを蝕む呪いを促進させることにはならないのだろうか。
「……アノニマスの人は、大丈夫なんですよね?」
「こんな時まで敵の心配か?」
「だって彼らは望んで戦ってる訳でもないのに、魔法を奪われたがために使命を全うできないと判断されたりしたら、もしそんなことになったら……」
「それすらも発動させないようにするつもりだが、どうかな」
相手の魔法の条件がはっきりしない以上確定的なことは言えないのか、シンは言葉を濁した。
「もし、レンリさんにも同じ魔法がかけられてしまっていたら、」
「レンリにはまだかけないだろう、竜の子なんだから」
シンはことあるごとに《竜の子》であることを持ち出すが、テイトにはその感覚がいまいち分からない。
故に、その言葉を希望として信じるほかない。
「――伏せろっ」
突如聞こえた耳を劈くような怒号に、テイトは反射的に身を屈めた。
直後、爆発音と同時に嵐のような強風がテイト達を煽った。
風が弱まった一瞬の隙を突いて視線を走らせると、前方に人影が確認できた。
間違いない、《アノニマス》だ。
確かめるようにシンに見遣ると、シンは相対する者達を睨み付けながら、ゆっくりと首を横に振った。
「まだだ。奴らの魔法は俺が防ぐから、離れないように注意しておけ」
「……はい」
「レンリみたいに完璧に消し去るなんて不可能なんだから、多少流れ弾が当たっても恨むなよ」
テイトはしかと頷くと、背後にいる仲間達へと目を向けた。
不意打ちのような先制攻撃に多くは顔を強張らせていたが、テイトの視線を受けると、不安を滲ませながらも頷きを返してくれた。
そこから、目まぐるしいほどの魔法の応酬が始まった。
最初こそシンは相手に攻撃を仕掛ける程の余裕を見せていたが、時間の経過と共に戦況は防戦一方へと変化していった。
シンとナナの二人がかりで絶えず襲い続ける魔法を弾いてくれてはいるが、それでも防ぎきれない分の幾つかはこちらに掠め飛んできていた。
今はまだ軽傷を負うのみで済んでいるが、この状態が長引けば不利になるのはこちらである。
「っテイト、まだか!?」
「もう少し耐えてください!」
懇願するような仲間の声に、テイトは努めて冷静に返した。
合図はまだない。
しかし、シンの守護をかいくぐってこちらに流れる攻撃は段々と増えている。
数人ではあるが戦線を離脱するような負傷者も出てしまった。
テイトはちらりとシンを窺ったが、シンは真っ直ぐに前を見据えたままこちらに視線を寄越すことはなかった。
「もう耐えきれないっ!」
微力ながらテイトも魔法を纏わせた短剣で応戦していたが、すぐに悲鳴に似た声が耳に届いた。
敵の拠点が近い所為か、相手の人数は増える一方で、それに比例してこちらに降り注ぐ攻撃も増えている。
最早、シンとナナだけでは防ぎきれない。
仲間達もそれぞれ武器を片手に立ち回ろうとはしているが、遠距離からの魔法相手では余りにも頼りない。
もう限界だと視線を巡らした時、テイトは思わず一点に目を留めて息を呑んだ。
風に揺れる紫色の髪と光を反射する色素の薄い金色の瞳は、遠目で見ても一際目立っていた。
彼のことを忘れたことは一日たりとも無かった。
彼は、ユーリの命を奪った因縁の少年なのだから。
一瞬状況も忘れて立ち止まってしまったが、地面が淡く光り始めたことによってテイトは我に返った。
相手の攻撃はいつの間にか止んでいた。
新手だろうかと慌てて足下を確認すると、光だと思ったそれは複雑な模様を描いていることに気が付いた。
自分たちのいる場所から《アノニマス》のいる場所まで、広範囲に広がるその魔方陣に目を奪われていると、不意に静かな声が響いた。
「――今だ」
それは、待ち望んでいた合図だった。
ハッとテイトが背後に視線を遣ると、同じように状況を把握できずに警戒を滲ませていた仲間達も心得たとばかりに飛び出していった。
テイトも短剣を手に後に続いた。
人数差はあったものの、魔法を使えなくなったことに動揺している者達を捕らえるのは比較的簡単であった。
そもそも彼らには魔法以外の攻撃手段がないらしく、その唯一の武器を奪われては、彼ら自身もどうすればいいのか分かっていない様子であった。
容易ではあった、しかし、捕らえた時に死を畏れるような悲痛な叫びを聞くのは心が痛かった。
テイトは泣き叫ぶ者を拘束しながら、自身の震えを自覚した。
もし、これが原因で彼らが死んでしまったら。
シンはその呪いさえも無効化してくれると言っていたが、確信はしていないようであった。
果たして、と行く末を暫し見守ったが、捕らえられた者が死に至る様子はなかったため、テイトは安堵の息を吐き出した。
攻防が一転し、仲間達が順調に攻め入る様子を横目で見ながら、テイトはヨンと呼ばれていた少年の前に立った。
ヨンは苦虫を噛み潰したかのようにくしゃりと顔を歪めた。
「自分たちだって魔法を使えなくなるくせに無効化なんて……やってくれたね」
「レンリさんは、無事ですか?」
ヨンは歪んだ表情のままで笑って見せた。
「無事じゃなかったらどうするの? 僕のことでも殺す?」
こちらが優位に立っているはずなのにそう思わせてくれない相手に、テイトは短剣を構えながら冷や汗を流した。
「別に殺してくれても構わないよ」
あっさりと両手を挙げて降参のポーズを取るヨンに、テイトは警戒を深めてにじり寄った。
「取り敢えず、話を聞かせてください。どうするかは、それから決めます」
短剣をしまって縄を取り出すと、それを見計らったかのようにヨンの手が腰の得物に伸びてきたため、テイトは身を捩って難なくそれを避けてみせた。
そのまま流れるようにヨンの背後に回り込んで身体を拘束し、抵抗を押し込むように僅かに力を加えた。
戦う者にしては恐ろしく華奢なその体躯に、テイトは内心驚きを禁じ得なかった。
「大人しくしてもらえませんか?」
「それしかないみたいだね」
どう捕縛すべきかと思案していると、視界の端にこちらに歩み寄ってくるシンの姿が入り込んだ。
それと同時に、拘束しているヨンの身体に力が入ったのが分かった。
「やぁ、シン。満足かい?」
親しげな台詞とは裏腹に酷く嫌悪した顔つきでシンを睨むヨンの姿に、テイトは困惑して二人を見遣った。
「お前は既に多くの人生を奪ってきたというのに、尚も奪おうとするんだね」
シンはそれを無視したままテイトに視線を寄越した。
「レンリは?」
「え、と、まだ、」
「そうやって目を逸らすの? 罪の名前だけ背負えば十分だと思ってる?」
テイトはヨンの勢いに気圧されていたが、シンは涼しい顔でそれを受け流しているように見える。
「殺せよ。あの時№7だけ連れて逃げたくせに、今更僕に恩でも売るつもり? そういうのいいから」
殺せ、とヨンは繰り返した。
テイトは戸惑いながらシンを見たが、シンはヨンと顔を合わせる気はないようであった。
「早く縛れ」
「は、はい」
「№7を助けただけでヒーロー気取りでさ、まさかお前の罪がそれで帳消しになるなんて思ってないよね?」
「……そんなこと、思ってないさ」
注意深く聞いていなければ聞き逃してしまいそうなほどの声量で、シンがぽつりと呟いた。
それはヨンの耳にも届いたのか、拘束されてからも喚いていたヨンは一瞬口を噤んで苦々しそうに顔を歪めた。
「じゃあ、償えよ。今すぐ」
吐き捨てられたその言葉に沈黙が訪れた刹那、それを切り裂くように馬の嘶く声と蹄の音が耳に入った。
警戒しながら音の出所を探ると、丁度崖上から飛び降りてきた馬がすぐ近くに降り立つところであった。
新たな刺客に周囲が注意深く視線を送る中、馬の背に跨がる隻腕の男性は怯えた様子で胸の辺りをギュッと握りこんだ
複数人から武器を向けられても彼は構えることはおろか言葉を発することもなく、ただただ顔を青ざめさせるのみであった。
「――お願いです、武器を下ろしてください」
凜とした声が聞こえた。
それを発したであろう馬の背に乗るもう一人の人物を確認して、テイトは目を見開いた。
「レンリ、さん」
声に反応して向けられた視線が重なった時、安心したようにレンリが顔を綻ばしたのが見えた。
男性に手伝ってもらいながら馬から下りた彼女は、小走りでこちらに駆け寄ってくる。
その様子は普段の彼女と何ら変わりないように見えた。
「ごめんなさい。ご心配をおかけしました」
第一声に謝罪をして頭を下げるレンリに、テイトは慌てて口を開いた。
「あ、謝らないでください! その、怪我とかはしていませんか?」
「大丈夫です」
レンリの微笑に安堵し、テイトは思わず緊張が緩んでしまった。
その一瞬の隙を、ヨンは決して見逃さなかった。
彼は拘束が緩んだ瞬間を狙って抜け出すと、今度こそテイトの腰から短剣を奪い、その勢いのままシン目掛けて突進していく。
しまったと認識した時には短剣はシンに当たる直前であったが、それは見えない壁に弾かれたように宙を切った。
見慣れたレンリの魔法にテイトはほっと息を吐いたが、ヨンは悔しそうに数歩後退った。
再度拘束を、と動いたテイトを躱した彼の次の標的はレンリだった。
彼はレンリを羽交い締めにすると、彼女の細い喉元に短剣を寄せながらこちらを睨み付けた。
「近付いたら彼女を殺す。解放してほしいなら、シンを殺して」
形勢が逆転して焦るテイトだったが、レンリは何かを確信しているかのような落ち着き払った眼でテイトを見つめた。
「貴方に私は殺せないのでしょう。――ね、アルマ」
レンリが諭すように優しくヨンの手に触れると、ヨンはまるで子供が泣き出す一歩手前のような表情を浮かべて俯いた。
「……酷いよ」
何が起こったのかは分からないが、その手から短剣がするりと落ちていくのを確認し、テイトは急いでヨンを縛り上げた。
抵抗一つなく捕まったヨンは、先程までの勢いはどこに行ったのか、もう何も話すことはなかった。
「――アル、マ?」
戦う場所が変わること以外に大まかな作戦の変更はないと締めくくったが、皆の顔からは緊張が見て取れた。
これから行うのは《アノニマス》との全面対決。
力が入ってしまう気持ちはテイトにもよく分かった。
そのまま暫く進むと、やけに拓けた岩場へと辿り着いた。
足下には大小様々な大きさの岩がごろごろと転がっており、右手には二階建て程の高さを有する崖がそびえ立っていた。
ルクスリアまではあと少しというところだが、シンはここで相手を迎え撃つという。
予想だにしない言葉に、テイトは目を丸くしながら周囲を見渡した。
ここは、遮蔽物が殆どないような荒野である。
視界は良好だが、それは相手だって同じ条件のはず。
寧ろ、魔法で遠距離攻撃が出来る分、相手の方が有利なのではなかろうか。
先に行ったはずのレヒトの姿も確認できず、更には足場も酷く不安定なため、テイトの胸中には不安が募った。
「ここで、ですか?」
「そうだ。ただ、合図をするまでは俺のフォローできる範囲にいるようにしろ」
テイトは無言で頷いた。
シンは見るからに自信があるようなので、おそらく自分の心配など杞憂に終わるのだろう。
だが、こちらが上手くいくと仮定して《アノニマス》の者達の行く末はどうなるのだろうか。
こちらの優位が、彼らを蝕む呪いを促進させることにはならないのだろうか。
「……アノニマスの人は、大丈夫なんですよね?」
「こんな時まで敵の心配か?」
「だって彼らは望んで戦ってる訳でもないのに、魔法を奪われたがために使命を全うできないと判断されたりしたら、もしそんなことになったら……」
「それすらも発動させないようにするつもりだが、どうかな」
相手の魔法の条件がはっきりしない以上確定的なことは言えないのか、シンは言葉を濁した。
「もし、レンリさんにも同じ魔法がかけられてしまっていたら、」
「レンリにはまだかけないだろう、竜の子なんだから」
シンはことあるごとに《竜の子》であることを持ち出すが、テイトにはその感覚がいまいち分からない。
故に、その言葉を希望として信じるほかない。
「――伏せろっ」
突如聞こえた耳を劈くような怒号に、テイトは反射的に身を屈めた。
直後、爆発音と同時に嵐のような強風がテイト達を煽った。
風が弱まった一瞬の隙を突いて視線を走らせると、前方に人影が確認できた。
間違いない、《アノニマス》だ。
確かめるようにシンに見遣ると、シンは相対する者達を睨み付けながら、ゆっくりと首を横に振った。
「まだだ。奴らの魔法は俺が防ぐから、離れないように注意しておけ」
「……はい」
「レンリみたいに完璧に消し去るなんて不可能なんだから、多少流れ弾が当たっても恨むなよ」
テイトはしかと頷くと、背後にいる仲間達へと目を向けた。
不意打ちのような先制攻撃に多くは顔を強張らせていたが、テイトの視線を受けると、不安を滲ませながらも頷きを返してくれた。
そこから、目まぐるしいほどの魔法の応酬が始まった。
最初こそシンは相手に攻撃を仕掛ける程の余裕を見せていたが、時間の経過と共に戦況は防戦一方へと変化していった。
シンとナナの二人がかりで絶えず襲い続ける魔法を弾いてくれてはいるが、それでも防ぎきれない分の幾つかはこちらに掠め飛んできていた。
今はまだ軽傷を負うのみで済んでいるが、この状態が長引けば不利になるのはこちらである。
「っテイト、まだか!?」
「もう少し耐えてください!」
懇願するような仲間の声に、テイトは努めて冷静に返した。
合図はまだない。
しかし、シンの守護をかいくぐってこちらに流れる攻撃は段々と増えている。
数人ではあるが戦線を離脱するような負傷者も出てしまった。
テイトはちらりとシンを窺ったが、シンは真っ直ぐに前を見据えたままこちらに視線を寄越すことはなかった。
「もう耐えきれないっ!」
微力ながらテイトも魔法を纏わせた短剣で応戦していたが、すぐに悲鳴に似た声が耳に届いた。
敵の拠点が近い所為か、相手の人数は増える一方で、それに比例してこちらに降り注ぐ攻撃も増えている。
最早、シンとナナだけでは防ぎきれない。
仲間達もそれぞれ武器を片手に立ち回ろうとはしているが、遠距離からの魔法相手では余りにも頼りない。
もう限界だと視線を巡らした時、テイトは思わず一点に目を留めて息を呑んだ。
風に揺れる紫色の髪と光を反射する色素の薄い金色の瞳は、遠目で見ても一際目立っていた。
彼のことを忘れたことは一日たりとも無かった。
彼は、ユーリの命を奪った因縁の少年なのだから。
一瞬状況も忘れて立ち止まってしまったが、地面が淡く光り始めたことによってテイトは我に返った。
相手の攻撃はいつの間にか止んでいた。
新手だろうかと慌てて足下を確認すると、光だと思ったそれは複雑な模様を描いていることに気が付いた。
自分たちのいる場所から《アノニマス》のいる場所まで、広範囲に広がるその魔方陣に目を奪われていると、不意に静かな声が響いた。
「――今だ」
それは、待ち望んでいた合図だった。
ハッとテイトが背後に視線を遣ると、同じように状況を把握できずに警戒を滲ませていた仲間達も心得たとばかりに飛び出していった。
テイトも短剣を手に後に続いた。
人数差はあったものの、魔法を使えなくなったことに動揺している者達を捕らえるのは比較的簡単であった。
そもそも彼らには魔法以外の攻撃手段がないらしく、その唯一の武器を奪われては、彼ら自身もどうすればいいのか分かっていない様子であった。
容易ではあった、しかし、捕らえた時に死を畏れるような悲痛な叫びを聞くのは心が痛かった。
テイトは泣き叫ぶ者を拘束しながら、自身の震えを自覚した。
もし、これが原因で彼らが死んでしまったら。
シンはその呪いさえも無効化してくれると言っていたが、確信はしていないようであった。
果たして、と行く末を暫し見守ったが、捕らえられた者が死に至る様子はなかったため、テイトは安堵の息を吐き出した。
攻防が一転し、仲間達が順調に攻め入る様子を横目で見ながら、テイトはヨンと呼ばれていた少年の前に立った。
ヨンは苦虫を噛み潰したかのようにくしゃりと顔を歪めた。
「自分たちだって魔法を使えなくなるくせに無効化なんて……やってくれたね」
「レンリさんは、無事ですか?」
ヨンは歪んだ表情のままで笑って見せた。
「無事じゃなかったらどうするの? 僕のことでも殺す?」
こちらが優位に立っているはずなのにそう思わせてくれない相手に、テイトは短剣を構えながら冷や汗を流した。
「別に殺してくれても構わないよ」
あっさりと両手を挙げて降参のポーズを取るヨンに、テイトは警戒を深めてにじり寄った。
「取り敢えず、話を聞かせてください。どうするかは、それから決めます」
短剣をしまって縄を取り出すと、それを見計らったかのようにヨンの手が腰の得物に伸びてきたため、テイトは身を捩って難なくそれを避けてみせた。
そのまま流れるようにヨンの背後に回り込んで身体を拘束し、抵抗を押し込むように僅かに力を加えた。
戦う者にしては恐ろしく華奢なその体躯に、テイトは内心驚きを禁じ得なかった。
「大人しくしてもらえませんか?」
「それしかないみたいだね」
どう捕縛すべきかと思案していると、視界の端にこちらに歩み寄ってくるシンの姿が入り込んだ。
それと同時に、拘束しているヨンの身体に力が入ったのが分かった。
「やぁ、シン。満足かい?」
親しげな台詞とは裏腹に酷く嫌悪した顔つきでシンを睨むヨンの姿に、テイトは困惑して二人を見遣った。
「お前は既に多くの人生を奪ってきたというのに、尚も奪おうとするんだね」
シンはそれを無視したままテイトに視線を寄越した。
「レンリは?」
「え、と、まだ、」
「そうやって目を逸らすの? 罪の名前だけ背負えば十分だと思ってる?」
テイトはヨンの勢いに気圧されていたが、シンは涼しい顔でそれを受け流しているように見える。
「殺せよ。あの時№7だけ連れて逃げたくせに、今更僕に恩でも売るつもり? そういうのいいから」
殺せ、とヨンは繰り返した。
テイトは戸惑いながらシンを見たが、シンはヨンと顔を合わせる気はないようであった。
「早く縛れ」
「は、はい」
「№7を助けただけでヒーロー気取りでさ、まさかお前の罪がそれで帳消しになるなんて思ってないよね?」
「……そんなこと、思ってないさ」
注意深く聞いていなければ聞き逃してしまいそうなほどの声量で、シンがぽつりと呟いた。
それはヨンの耳にも届いたのか、拘束されてからも喚いていたヨンは一瞬口を噤んで苦々しそうに顔を歪めた。
「じゃあ、償えよ。今すぐ」
吐き捨てられたその言葉に沈黙が訪れた刹那、それを切り裂くように馬の嘶く声と蹄の音が耳に入った。
警戒しながら音の出所を探ると、丁度崖上から飛び降りてきた馬がすぐ近くに降り立つところであった。
新たな刺客に周囲が注意深く視線を送る中、馬の背に跨がる隻腕の男性は怯えた様子で胸の辺りをギュッと握りこんだ
複数人から武器を向けられても彼は構えることはおろか言葉を発することもなく、ただただ顔を青ざめさせるのみであった。
「――お願いです、武器を下ろしてください」
凜とした声が聞こえた。
それを発したであろう馬の背に乗るもう一人の人物を確認して、テイトは目を見開いた。
「レンリ、さん」
声に反応して向けられた視線が重なった時、安心したようにレンリが顔を綻ばしたのが見えた。
男性に手伝ってもらいながら馬から下りた彼女は、小走りでこちらに駆け寄ってくる。
その様子は普段の彼女と何ら変わりないように見えた。
「ごめんなさい。ご心配をおかけしました」
第一声に謝罪をして頭を下げるレンリに、テイトは慌てて口を開いた。
「あ、謝らないでください! その、怪我とかはしていませんか?」
「大丈夫です」
レンリの微笑に安堵し、テイトは思わず緊張が緩んでしまった。
その一瞬の隙を、ヨンは決して見逃さなかった。
彼は拘束が緩んだ瞬間を狙って抜け出すと、今度こそテイトの腰から短剣を奪い、その勢いのままシン目掛けて突進していく。
しまったと認識した時には短剣はシンに当たる直前であったが、それは見えない壁に弾かれたように宙を切った。
見慣れたレンリの魔法にテイトはほっと息を吐いたが、ヨンは悔しそうに数歩後退った。
再度拘束を、と動いたテイトを躱した彼の次の標的はレンリだった。
彼はレンリを羽交い締めにすると、彼女の細い喉元に短剣を寄せながらこちらを睨み付けた。
「近付いたら彼女を殺す。解放してほしいなら、シンを殺して」
形勢が逆転して焦るテイトだったが、レンリは何かを確信しているかのような落ち着き払った眼でテイトを見つめた。
「貴方に私は殺せないのでしょう。――ね、アルマ」
レンリが諭すように優しくヨンの手に触れると、ヨンはまるで子供が泣き出す一歩手前のような表情を浮かべて俯いた。
「……酷いよ」
何が起こったのかは分からないが、その手から短剣がするりと落ちていくのを確認し、テイトは急いでヨンを縛り上げた。
抵抗一つなく捕まったヨンは、先程までの勢いはどこに行ったのか、もう何も話すことはなかった。
「――アル、マ?」
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手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。
「このまま死ぬのかな……」
そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。
そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。
試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。
「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」
スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。
たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。
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