花の香りのその人は〜怪異調査対策室清掃係業務レポート〜

ニノハラ リョウ

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第一章 シシャの行進

シシャの行進 その3

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「あばばばばばばばばっ……!!」

「おー、これはなかなか……」

「ほぅ? これは……」

 カフェの仕事が休みだった翌日、葵さんに連れられて職場に来たわたしが見たものは……。

 
 満員電車さながらにみっちりと店内を満たす、異形の姿だった。

 
「……視えない視えない言ってますけど、さっきの葵さんにはどういう風に視えてたんですか?」

 ぐったりとテーブルに突っ伏したままで、対面に座る葵さんに問いかける。

 ここはわたしの職場からほど近い別のカフェだ。
 ふらふらになったわたしを席に置いて葵さんが買ってきてくれたアイスコーヒーに、今は口を付ける気にもなれず、くったりとテーブルの冷たさを堪能している。

「んあ? あぁ……。さっきくらいのレベルになると、黒い影みたいのが店内を覆っているように見えたな」

 自分の分のアイスコーヒーをストローで啜った後、何でもない事のように葵さんは答えて、ついでにわたしにどう見えたのか聞いてきた。

「……ぐっちゃぐっちゃの触手モンスターやら、〇子やら、要はお化けとか妖怪とか幽霊とか怪奇現象と名の付きそうな物がぐちゃぐちゃと、みっちりと、満員電車の如く詰め込まれて視えました……」

 さっきの光景を思い出してしまい、うぇぷと喉の奥から何かがこみ上げそうになる。
 心なしかあの時感じた腐臭が鼻の奥に燻っている気がして、思わず顔を顰めてしまう。

「へぇ。……さすがだな」

「褒められても全然さっぱりこれっぽっちも嬉しくないのはなぁぜなぁぜ?」

 なんとか身体を起こしてアイスコーヒーに口を付ける。
 ふわりと香ばしい香りが口内から鼻に抜けて、いつまでもこびりついていたあの臭いを洗い流してくれた気がした。

「で?」

「……で? とは?」

 頬杖をついてこちらを見るイケメンに冷たい視線を投げる。
 出会って間もない関係にツーカーの会話を求めないで欲しい。

「……店内に色々詰め込まれて視えたんだろう? で、入り口は恐らくこの前那子と払った異形のいた方向。
 だったら……出口は?」

「アレに出口なんてあるんですか?」

 純粋な疑問が頭を占める。

「そりゃ、霊って言うからには、文字通り霊の通る道なんだよ。
 それこそ流動的に、不偏に過ぎていくモノ……のはずだ。
 唐突に開いた入り口から霊達が溢れ出し、何かに導かれるようにこれまた唐突に開いた出口へと吸い込まれていく。
 それが霊道ってモンだ」

 したり顔でそう説明する葵さんの顔を、スンとした表情で眺めてしまう。
 霊的なモノに微塵も所縁がないと言い切るには、わたしの嗅覚は普通ではないが、そんな当たり前のように、常識のように霊道を語られても、はぁそうなんだ~としか言いようがない。

「だから......出口がないあの霊道は……ひたすら異形のモノ達が店の中に溜まっていくだけの道となっている」

 それがどんなにおかしなことか、わかるだろう? と告げられて、こちらとしては曖昧に頷くしかない。

「あの店にアレらが留まり続けたら……どうなるんですか?」

「……もう、気づいてんだろ?」

 疑問に疑問で返されて、若干ムッとしてしまうも、今の店の状況を鑑みて一つの仮説が浮かぶ。

「……生きてる人にも影響がでる……でしょうか」

 そう、最近の店の雰囲気は最悪で、お茶を飲んでほっと息を吐く癒しの空間とはかけ離れた場と化している。
 些細な事でトラブルが起き、お客様も店員もギスギスした空気を隠さない。
 それら全て……とは言わないが、どこかであの異形達が影響してるのであれば……。

「そう。だから俺がいるんだ」

 ……余談だけど、この時葵さんが示したのは、葵さんと雪の霊能者コンビの事だと思っていたのだが、後日死ぬ程驚く羽目になるとはこの時は思ってもみなかった。

「……なるほど? でも……」

「ん? どうした?」

「例えばここでわたしが葵さんに除霊をお願いするとして……ただじゃないですよね?
 ……冷たいかもしれませんが、正直わたし一人がお金を出してあの場を治めてもらう必要があるのかなって……」

 わたしの言葉に、葵さんが面白そうな表情を浮かべ、テーブルの隅に置かれていた伝票を手に取った。

「その辺り、ちょっとここでは話しにくいから、場所移動すんぞ」

 ぴらりと伝票を翻して起ち上がる葵さんの後を慌てて追いかける。

 ……なんでこの時追いかけてしまったのかと、のちのち後悔……はしてないけど、時々ここが分岐点だったんだろうなぁとは思い返すことになる。




「……で?」

 先日見たばかりの天井を見上げながら、視線を遮るようにニンマリ微笑む葵さんの顔を睨みつける。

「ん? いやぁ、那子、チョロいなぁって思って」

 その言葉に、変な嗅覚があるがゆえ、慎重に生きてたつもりのわたしはより一層ムッとして、そのお綺麗な顔をひっぱたいてやろうと身じろぎするのだが、それすら叶わない。

 何故なら……。
 場所を変えるとカフェを出た葵さんにノコノコ付いていったわたしは、気づけばどなたかの個人宅の玄関をくぐり、そのままひょいと葵さんに抱えあげられて、ベッドに押し倒されたからだ←イマココ

「じょーだんは顔だけにしてください。ていうか、ふざけてるなら帰ります」

 さぁどいたどいたと言わんばかりに比較的自由に動く膝下をばたつかせるも、葵さんの膝が割り込んできて、スカートごと抑えつけられ、ますます拘束が強くなる。ふわりと鼻腔を擽る花の匂いに、うっとりと流されそうになる。
 ぶるぶると頭を振って、流されそうになる本能を理性が叩き落していると、目の前の御仁がそんなわたしを面白そうに見やる。

「……おっかしいなぁ。俺、そこそこモテる方なんだけど?」

「でしょうねっ!」

 そのご尊顔でしたら多少胡散臭くてもモテるだろうよっ!

 ギリギリと一進一退の攻防を繰り返していると、ひと時の後、ぱっと葵さんの手が離れた。

「……まぁ、これは追々……」

「ねぇですからっ! ていうか話! 真面目な話をしましょうよっ!!」

 わたしがベッドの上に上体を起こして、ニヤニヤと笑う葵さんを睨みつけながらそう叫ぶと、リビングに繋がるドアの方から声がした。

「葵よ……其方にしたら随分事を急いでいるが、那子にソレは通じんだろうよ」

 恐らく巫女服を着た幼女が近づいてくるのだろう。
 姿は見えないが、ふわりと漂う葵さんと同じ花の匂いと、少し高めの子供特有の、それでいて落ち着いた声色だけが近づいてくる。
 ……よく考えなくても、なかなかシュールな光景だ。いや、視えてないんだけど。

「あー……まぁ、長期戦覚悟すっかなぁ」

 葵さんの良く分からない台詞はスルーして、ベッドの下、ローテーブルの近くに腰を落とす。
 すると、ガシガシと頭を掻きながら、葵さんも隣に座り、おもむろに床に置いていたわたしの手を掴んだ。

 その瞬間、テーブルの向こうにフワフワと浮かぶ巫女服が目に入った。

「で? お話の続きは?」

「……お前……この状態でそれかよ」

 掴まれた手がいつの間にか恋人繋ぎになっていた事を言いたいのかもしれないけど、今わたしに必要なのはウチの店がどうなるかという正しい情報なのだ。

 思わず繋いでいた葵さんの手の、水かきの部分に爪を立ててしまう。
 イテッと笑う葵さんの表情に、ドキンと胸が高鳴った事に気づかないふりをして。

「でまぁ、お前の職場なんだが、あそこまで酷いと生身の人間に影響が出るから、祓わなきゃならんのは勿論なんだが……。
 あぁ、金の事は気にすんな。こちとらボランティア……とはちと違うが、まぁ公共事業みたいなもんだからな」

「お祓いが公共事業って初耳なんですが?」

 まぁそこは追々と呟く葵さんに顰め面を見せる。……だってソレ聞いたらなんだか戻れなくなりそうだし。
 平穏無事な人生を愛するワタクシと致しましては、あまり深入りしたくない。
 ……特異な嗅覚持ちの時点で平穏無事とはいいがたいけどさ。

「そこで! お前にあの店を祓うのを手伝って「嫌ですが?」 ……即答すんだ」

「いやいや、普通に嫌ですが? ていうか、葵さんと雪はお祓いを職業にして今までやってこられたんですよね?
 だったらわたしいなくても平気ですよね?!」

 とんでもないことに巻き込まれそうで、思わず全力で後ずさったら、ベッドに阻まれた。ついでに葵さんと繋がってる手にも阻まれた。

「それがさぁ……。俺、視る力が弱いって話しただろう?」

「……はぁ、そう言えばそうでしたね」

「いつもは大体黒い影とかのある方を適当に雪に指示して祓ってたんだが……」

「ちょっと待ってください?」

 思わず葵さんの言葉を遮る。だって雪は……。

「わたしのなけなしの知識、主に小説や漫画で得た知識ですが、雪は式神って存在ですよね?
 それなら霊といった存在にも近いものなのでは? だから葵さんがハッキリ視えなくても雪には視えてるんじゃないですか?」

「……那子くん、いい質問だね」

 そう言って掛けてもいないメガネをくいっと上げる仕草をする。
 ……葵さん、メガネも似合そうだなぁと思わず想像してしまい、なんだか負けた気分になる。
 ……何故ならメガネを掛けた葵さんが非常に好みだったからだ。くそぅ謎の敗北感……。

「ん? 何赤くなってんだ? 那子。いまさらオレサマの魅力に気づいたのか?」

「馬鹿なコト言わないで、お話の続きをお願いします!」

 赤くなってるであろう頬を隠したいけど、片手は葵さんと繋がったままだし、反対の手だけじゃ隠し切れない。

「ふはっ……まぁ、そこはおいお……「続きっ!」 わかったわかった。まぁ、那子のご指摘の通り、雪は俺の式神ってやつだ。構造としては霊的なモノに近いんだが……。
 式ってやつは使役した人間の能力以上にはならないんだ」

「……つまり?」

「葵の霊力は攻撃特化でのぉ。それゆえわらわもあの大鎌を振う事が出来るのだが……如何せん、葵は視る方はからっきしでのぅ。
 なのでわらわも視えんっ!!」

 ドヤァと幼女が胸を張っても可愛いだけだ。だけど……。

「……それって、適当とかおおざっぱとか言われた事ありません?」

「「そうともいう!」のう……」

「まぁ、今まではそれでどうにかなってたんだが、今回ばかりはそうもいかなくてなぁ。
 さっき霊道の出口がないって話をしただろう? それはつまり人為的に出口を塞がれている可能性があるって事だ。
 そんな訳で、視える葵に協力してもらいたいんだ。出口を塞いでいる呪物があの店のどこかにあるはずなんだ。
 今は店に溢れた異形のせいで那子自慢の鼻も利かないだろうが、祓った後なら呪物の臭いが分かるはずだしな」

 いや、この嗅覚は自慢でもなんでもありませんが? それどころかわたしの人間関係に悪影響を及ぼしまくりの元凶ですが?
 そのせいで現在進行形で面倒ごとに巻き込まれてますが?

「……で?」

「……で? とは?」

「協力……してくれるか?」

 くっ、再三偉そうだったのに、ここに来て子犬のような顔をしてくるとか……!!
 この策士っ!! いや、その顔に流されそうになる自分が一番悪いんだけどっ!!

 でも……。

 気のいいおじさまだった常連さん。
 表情は乏しいけど、仕事熱心でわたしの事も慕ってくれていたバイトの女の子。

 ……お客様のみならず、わたしの事も癒してくれたあのカフェの雰囲気を……。

「取り戻したい。取り戻せる……んですよね?」

 つながった手にきゅっと力を込めて、葵さんの顔を覗き込む。
 葵さんが、ふわりと優しく微笑んだ。その顔に、胸が騒めく。

「あったりまえだろ? 那子が手を、いやこの場合目と鼻か、を貸してくれるなら、全部まとめて綺麗にしてやるよ」

 不敵に笑う葵さんの手を、わたしはぐっと掴んだ。
 
 
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