花の香りのその人は〜怪異調査対策室清掃係業務レポート〜

ニノハラ リョウ

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第二章 女達の迷家

女達の迷家 その2

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「いつき……ですか?」

 オカルトとかホラーとかの界隈初心者であるわたしはもちろん知らない。

縊鬼いつきってあれですか? 首をくくるよう勧めてくる怪異」

 ここは内閣府直属怪異調査対策室東京支部のミーティングルーム。
 隣に座っていた葵さんが顎をさすりながら記憶を振り返るように呟くと、対面に座っていた青柳支部長が満足げに頷いた。

「そう。それ。
 それがどうやら箱根にある廃屋敷に出るらしくてね」

 青柳支部長はニコニコと微笑んでいるが、ぜったい厄介事だこれ。
 いやまぁ、ここの仕事で厄介事じゃなかったことなんてないんだけど。

 ……この前の祠を壊した大学生を正気に戻す仕事は大変だったなぁ。

「那子くん聞いてる?」

「はっ! はいっ! ……たぶん」

 ぴぇっ! 青柳支部長のメガネの奥が冷えっ冷えだ。
 話を聞いてなかったわたしが悪いんだけど。

「……ちょっと葵くん、那子くんの手でも握って……「それだけは勘弁してください!」 」

 いやだって、目の前のシゴデキ上司だとわかっていても、巨大な龍の姿は見慣れない。普通に怖い。

「じゃあちゃんと話を聞くように。我々の仕事は……うっかりすると命にかかわるからね?」

 そう言ってにこりと微笑む青柳支部長の後ろに龍を見た。いや幻だけど。

「でまぁ、縊鬼いつきが出るって廃屋敷なんだけど、正直言って周囲には前々から有名な場所だったらしいんだよね。
 その屋敷の主人に見捨てられた女の幽霊が出るって。ただ本当に人里離れた山奥にある屋敷だったから、周囲の人達も気にしてなかったんだけど……」

 ひぇぇぇ、もう既に怖い。

「でしたらなんで今更……」

 葵さんが不思議そうに首を傾げる。
 いやもっと気にするとこないんかい!

「ほら、最近インターネット上のサービスで地図とか見られるようになって……。
 田舎の人がいかないような山奥にポツンと家があるのが、誰にでもわかるようになっただろう?」

 青柳支部長の言葉に、テレビの某番組が思い浮かんだ。

「それで、その屋敷を見つけた人間が、興味本位で足を踏み入れて……。
 で、ほら。今リアルタイム配信とかあるでしょう? それで、ちょっとヤバい絵とか撮れちゃって、それが配信されて、それを見た人が面白がって凸して……みたいな悪循環……がね?」

 ……神聖なはずの青龍様がヤバいとか凸とか言わないで欲しいのはわたしだけだろうか?

「でまぁ、数人行方不明になってたり、首吊り死体で見つかったりしていてね。そういうのって拡散も早いじゃない?
 で、手に負えなくなってウチに話が来たって訳」

 そう言って青柳支部長が手元のタブレットを操作すると、わたしと葵さんの業務用スマホが通知を告げた。

「それが今回の資料。ちょっと目を通してくれるかな?」

 そう言われて、アプリに届いていた書類に目を通す。

「……男性は縊死体で見つかってて、その場所に行ったと思われる女性は行方不明?」

 その歪な結果に、わたしも首を傾げる。

「そうなんだよね。だから、その屋敷についてる縊鬼いつきは女で、男だけを誘って首をつらせてるんじゃないかと言われている。
 ……元々そういう曰くの屋敷だしね」

 青柳支部長に促されるよう資料の続きを読むと、なかなか陰惨な内容が記載されていた。

 その屋敷は元々その辺りの土地を持っている地主の物だったらしい。
 その地主は、周囲でも美しいと評判の美女を妻に迎え、仲睦まじく暮らしていたそうだ。
 だがある日、その美人妻が病気で亡くなってしまう。
 それを夫である地主は深く嘆いたが、二人にはまだ子がいなかったため、泣く泣く後妻を迎えたそうだ。

 ……だが。

 後妻も間もないうちに亡くなってしまう。

 再び妻を迎え、亡くなり、再び……を繰り返すうちに、地主の最初の妻の祟りではないかと言われ始めるのだ。
 地主を愛していた亡き妻が、後妻を許さぬと縊り殺してしまうのだと。

 いつしかその屋敷は呪われた屋敷として有名になり。
 そんな地主に嫁ぐ女性もいるはずもなく。

 地主が細々と暮らしていたが、時がたてばその姿を見る事も無くなり……。

 気づけば縊鬼いつきが出るという噂だけが残った廃屋敷となっていたらしい。

 ちなみに、その屋敷と周辺の土地は、地主が姿を見せなくなって、死亡宣告がなされた後に遠縁に譲られたらしい。
 が、曰くある屋敷という事で遠縁の人間も関わりたくなかったのか、周囲の土地は売りに出され、屋敷自体は手を付ける事もなく放置していたそうだ。
 まぁ、周囲に人が住んでいないからできた所業だろう。ついでに曰くが曰くなのでいままで買い手も付かなかったらしい。

 で、今回新たな心霊スポットとして有名になってしまい、実際に被害が出たことによって、手におえないとこちらに話が回ってきたそうだ。
 ……国の機関にそんな軽々しく話を回せるってナニモノ? と思ったら、いわゆる旧家、元華族の歴史を持つ由緒正しいお家で、わたしですら名前を聞いた事あるレベルどころか、色々な場所でお世話になっている企業のトップを務めているお家だった。
 ぶるぶる……。権力・財力怖い……。

「という訳で、二人には現地に行って、状況の把握と必要があれば祓って欲しい。
 いい加減曰くつきの屋敷を手放したいと先方も考えているらしくてね」

 ニコニコと青柳支部長が命じてくるが、そんな簡単に……。

「わかりました。廃屋敷で周囲に人もいないということは、ちょっと派手にやっても構いませんね?」

 簡単そうに告げる葵さんを思わず恨めし気に見てしまう。
 確かにさぁ、わたしが葵さんとすすぎの目の代わりをするようになってから、除霊も簡単になったと二人はホクホクしてるけどさぁ。
 毎回ジャパニーズホラーもびっくりな恐怖を見せつけられるこちらの身にもなって欲しいわ。

 ……まぁ、その代わりお給料はカフェの店員だった頃とは比べ物にならない程いただいてるけど。
 流石国の機関、福利厚生もばっちりだけど。

 ……そこそこ貯金も貯まったのに、未だに葵さんのお家にお世話になってるのはなんででしょうね?
 いやね、わたしはいつだって出てくつもりなんですよ?
 でも雪のご飯が美味しいとか、死臭のしない部屋は快適だとか色々ね……ありましてね?

「……こ?」

 け、決してね? 葵さんと一緒にいたいという訳ではね?

 「な……? なこ……?」

 そうじゃないんで……「那子?!」

「ひゃいっ!」

 自分への言い訳を脳内で四の五の言ってたら、どうやら随分とぼんやりしていたらしい。
 周囲を見回せば、明らかに目の笑ってない青柳支部長と、ちょっと呆れた表情の葵さんが目に入った。

「お前……随分と余裕だなぁ?
 もう現場に慣れて余裕しゃくしゃくってやつか? やつなのか?」

 葵さんの大きな手がわたしの頭を鷲掴みにして、そのままグラグラと揺らし始める。
 半分以上葵さんの手のひらに覆われた視界の片隅には、ゆらりと揺れる巨龍の気配がして。

「ひえっ?! 葵さん離して離して!」

 ふっと一息吐いてから葵さんの手がわたしから離れていった。
 温もりが無くなった事が寂しいとちょっとだけ脳裏を掠めたけど、ふるふると頭を振ってその思考を遠くに追いやる。

「まったく……。那子の目には青柳支部長はどんな風に映ってんのかねぇ?」

 どうやら青柳支部長の正体は、他のメンバーには知らされていないらしい。
 もちろん上層部は知っているのだろうけど。

 ちらりと青柳支部長に視線を投げれば、長い指を一本だけ立てて口元に近づけていた。
 なのでわたしは……葵さんには申し訳ないけど、口を噤むしかなかった。

「あ、那子?! それ俺の……」

「え? って、あまっ!?」

 葵さんのもの言いたげな視線を避けるように、打ち合わせ前に用意しておいた紙カップのコーヒーに口を付けると、それは酷く甘かった。
 雪の淹れたコーヒーはブラックじゃないと怒られるからって、外で飲む時は砂糖を入れて甘めにしてると聞いたのは、ここで一緒に働くようになってから聞いた話だ。
 という事は……。

「これ、葵さんの……?!」

 葵さんのコーヒーを飲んでしまった事に気づいて、慌てていると視界の端にゆらりと大きな影が映った。
 気になって視線を向ければ……そこにいたのは青龍だった。いや、青柳支部長はずっとそこにいたんだけど……じゃなくて!

 「な、な、なんで?! なんで姿を現してるんですかぁ?!」

 さっき秘密みたいなポーズ取ってたじゃん!
 なのになんで自ら正体表してるのこの人?!

「は? 那子? お前……?」

「那子くん?」

 心底不思議そうな二人の様子に、慌ててるわたしがバカみたいだ。
 だけど……。

「いやなんで青柳支部長、葵さんの前で正体見せてるんですか?」

「何言ってんだ那子? 青柳支部長はいつもと変わらない陰険メガネだぞ?」

「……え?」

 思いがけない葵さんの言葉に思わずまじまじと見つめてしまう。

「……思いがけず葵くんが私のことをどう思っているかわかりましたが、彼の言う通り私はいつも通りですよ?」

 青柳支部長の言葉に、葵さんがやべって顔になる。
 まぁ、確かに陰険メガネなんだけど……。って、え?

「え?」

 思わず自分の周囲を見回す。
 わたしに葵さんが触れている気配はない。

「……え?」

 事態が把握できず、ウロウロと視線を飛ばしていると、じんわりと青龍の輪郭が滲んでいって……。
 いつものクールメガネな青柳支部長の姿に戻っていった。

「……え? どういうこと?」

 きょろきょろと二人を交互に見比べても、二人ともが訳が分からないといった表情を浮かべていた。
 うん、わたしも訳が分からない……。

「一時的に那子くんの視える力が強まった……のでしょうか?」

 興味深いですねと、親指と人差し指でメガネのフレームをくいっとする青柳支部長。
 それはいつも通りの人間の青柳支部長の姿で。

「……コーヒーとか?」

 わたしの直前までの行動を思い出していたらしい葵さんが首を傾げる。
 わたしも首を傾げて、今度は自分用に用意しておいたコーヒーに口を付ける。

 誰かの趣味なのか、廊下にある給湯室には割とお高いコーヒー豆とコーヒーメーカーが用意されていて。
 それを使って淹れたコーヒーは、少し冷めても芳醇な香りを放っていた。
 すうと鼻腔を擽るコーヒーの香りと喉元を滑るぬるい液体の感触を楽しみながら、じっと青柳支部長を見つめる。

 ……。

 うん、やはり変化はない。

 だいたいコーヒーが原因で視える力が増幅するなら、カフェで働いていた時など大変なことになっていたはずだ。
 いつも仕事帰りにお店のコーヒーを買って飲みながら帰ってたから、帰り道がとても阿鼻叫喚なことになっていたことだろう。

 だけど……。

 嗅覚は死臭を嗅ぎ取っていたが、視覚においては葵さんと会うまで異変はなかったんだから。

「うーん? まぁ、那子くんの能力はまだまだ未知数ですからね。
 おいおいできることを確認していきましょう」

 青柳支部長にそう言われて、わたしはしぶしぶ頷くのだった。
 だって、できることを確認するためだけにどんな現場に放り込まれるかわかったもんじゃないからねっ!

「では……縊鬼いつきの調査、頼みましたよ」

「「承知いたしました」」

 わたしと葵さんは声を揃えてそう答えたのだった。

 その時、返事をしながらも葵さんがじっとテーブルの上の紙コップを見つめて思案していた事など気づかぬまま。
 
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