ジャストフィット、粗チン!!!

一片澪

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06.相互扶助的婚約のご提案でございます。

それから王太子とアレグレンの舌戦は続いたがやはり口では王太子の方が強いようで押されている。
翔太はその様を眺めつつ完全に傍観者ポジションでいつの間にか置かれていたお茶を飲んだ。……美味しい。
そして何より眼福だ。

いくら別物だと理解していても日本での最推しキャラと瓜二つの男前(想像よりデカいけど)が動いて、喋ってそこに存在しているのだ。
むさ苦しい容姿から汗臭くてもおかしくないと思ったのにこの世界の人間は基本的に体臭が薄い。
個々の衛生観念が過剰なほど発達した国からやって来た翔太には有難いことである。

「……」

美味しいお茶をゆっくりと味わいながら推しのボイスに耳を研ぎ澄ませる。

……本当に良い声だ。
そして話している内容も「拒否権を持たない相手に一方的に何かを強いることは許されない」という翔太が『娶りの儀』を最初に聞いた時に感じた怒りと同じ主張をしてくれるので人間的にもきっと良い人だと思う。

――落ち人を巻き込むな。
――ではお前はあの姫との婚姻を受け入れるんだな?

先程から話はそこをぐるぐるしている。
だから翔太は困っている最推しそっくりの人に助け船を出すつもりで口を開いた。

「あの……」
「いかがなさいましたか?」

うわ! 推しがこっち見た!
別の人だって分かってるけど、キュン♡してしまう心は別物だ。

ドキドキしつつ翔太は噛まないように気を付けながら続ける。

「将軍様にそこまで婚姻を拒む強い理由があるのなら取り敢えず俺……あ、違う私と婚約者になってやり過ごすとかはどうでしょう?」
「「…………」」

種類の違う美形から無言で見られるとちょっとというかかなり圧があるが翔太は続けた。
だって推しが押されているところをこれ以上傍観するのはちょっと辛い。

「何処の国のお姫様かは知りませんが、国と国の話です。私個人にはなんの力もありませんが『落ち人』という縁起物の扱いに入れてもらっていますし取り敢えずでも世間から見れば整った婚約話を引き裂いてまで自分が乗り込んでくる……というのは流石に体裁が悪いでしょう」
「一理あるな。どうする?」

フン、と頷きつつ言った王太子のことを翔太はちらりと見てから推し……違うな、同一視するのは相手に失礼だ。
アレグレン? 確かアレグレンだったな。と脳に言い聞かせながら彼を見ると少し距離はあったが視線がちゃんと合っているのが分かる。
そう思っているとおもむろにアレグレンは静かに歩いてソファに座る翔太のすぐ傍に片膝をついて視線の高さを合わせた。

「私はアレグレン・ファシエル。……貴殿の名前を尋ねても宜しいですか?」
「し、翔太です」

――無骨な騎士が紳士的にするとかズルい!!!

と内心は心臓が大層騒がしかったが翔太はなんとかオタク特有の行動を必死で慎んだ。
流石の翔太でも今この場で「顔がいいいいいい!!!」とか「声がいいいいいい!!!」とか赤面して叫んだら一発で不審者認定になることは確定なことくらいは分かる。

ショウタ殿ですか、と口の中で一度呟いてからアレグレンは再度話し出した。
ちなみに王太子は静観を決め込んだようで翔太の時と同じように王太子が自分の国から連れて来た護衛騎士が淹れ直したお茶を優雅に飲んでいる。

「貴殿の提案は私個人にとっては非常にありがたいものです。しかし、貴殿にとっては決して有益なものではないでしょう」
「……」

警戒が滲む真剣な声でそう問われて翔太は「そりゃそうか」と内心思った。
この人たちが住んでいる所謂大国の上流階級と呼ばれる世界はきっとこの国とは違って複雑でややこしく入り組んでいるのかもしれない。
まあチラルレットだって翔太に見せていないだけでそれなりに大変な部分は絶対あるだろうけれど。

だから翔太はいくら自分が能天気な性格でも流石に気にかかっていたことを素直に話すことにした。

「俺、あ違う……私はこの世界では何の役にも立たないんですよ」
「「――?」」

翔太の言葉に王太子とアレグレンは同時に目を丸くした。
生まれ付いた環境から表情を取り繕ってキープするなんて息をするより簡単に熟しそうな二人の意外な仕草にちょっと笑いそうになるのを堪えて翔太は続ける。

「元の世界にいた時はこんな自分でもちゃんと働いて一人で生計を維持していました。……でも、こっちの世界だと私に出来ることなんてほぼほぼ無いに等しくて、チラルレットの皆の厚意に甘えてこのままずっと生きていくのはハッキリ言って心苦しいんです」

二人は翔太の言葉を遮ることなく聞いてくれたが、どちらも「意義あり」と思っているのは一目瞭然だった。

「何故働く必要がある? お前は『神からの贈り者』だ。ただ生きているだけで意味と価値がある」
「――その通りです。それとも、それは建前で何かこの国を出たい別の理由でもあるのでしょうか?」

アレグレンの口調から固さがほんの少しだけ抜けた気がする。
この閉ざされた空間の中でだけだろうけれど、ほんの少し素に近い部分を出してくれたように感じるのは気のせいだろうか? 王太子とは乳兄弟と言っていたから、きっと年も近そうなこの二人はプライベートな場ではきっと極めて近しい友人同士なのだろうとも翔太は思う。
王太子→アレグレン、と続いた言葉に翔太は少し笑って首を振った。

「チラルレットの皆は本当に何もできない私にとても良くしてくれます。ただ、私の元いた世界では『働かざる者食うべからず』という教えがありまして……ハッキリと申し上げますと優しくしてもらえばもらうほど何の役にも立てていない現実が心苦しいのです」
「「……」」

翔太の言葉には嘘なんて一つもなかったのだが、それでも二人は何処か腑に落ちない様子だった。
それでも翔太は駄目元でついさっき閃いた内容を軽蔑されるのを前提にドストレートに自分の考えを提案することを決めた。
だって上手くいけばウィンウィンだから。

「私で良ければアレグレン様の婚約者『役』になります。実際に『婚姻』していた方が都合が良いのなら、それでも私は問題無いです。だから……」


だからなんだ? と地球ではお目に掛からない色彩の瞳がこちらを見ている。
その四つの瞳を交互に見据えてから翔太は視線をアレグレンに戻した。



「――私を養ってください。出来れば、末永く」



どうだ? 悪くない条件だろう?
翔太の頭の中はそれでいっぱいだった。

アレグレンの詳しい事情は知らないけれど、彼は自分を婚約者もしくは配偶者に据えることでしたくない姫との結婚を避けられる。
翔太は翔太で大国の要職の人間に形式上でも嫁ぐことで今まで何から何まで迷惑を掛けっぱなしだったチラルレットに少しでも恩返しが出来るかも知れないし、好みの外見であるアレグレンをたまにでも見られてあわよくば生活の面倒も見て貰える。

いつかアレグレンに本命が出来てそっちの人結婚したいと言い出したら二つ返事で離縁して、ちょっとだけでも良いから退職金を兼ねた慰謝料を運良く貰えたのならそのお金を持ってチラルレットに戻って来て借家でも借りて慎ましく生きていくのも良いだろう。

それに何かの事情で正式に妻と呼べない女性が既に傍にいるのであれば翔太的には同居したって良い。
それだって勿論愛し合う二人の邪魔をしないように屋敷の一番隅っこの部屋とかなんなら離れでも良いから雨風凌げる寝床を貰ってご飯を食べられるなら翔太的には問題無しだ。

翔太の目を真っすぐに見ていたアレグレンが小さく息を飲むと王太子が良いタイミングで空になったティーカップを置いた。

「だそうだ。アレグレン、ここまで言わせてお前はどうする?」
「……」

先程吸った息を静かに吐き出してからアレグレンが「ショウタ殿」と低い声で呼んだ。
貴殿呼びよりはちょっと近付いた気がするが……どうなんだろう? と思うより先にアレグレンの言葉が続く。

「『娶りの儀』のその後の流れはどの程度把握されていますか?」
「え? ……あ、スミマセン。実はさっぱり……」

何とも言えない恥ずかしさを抱えつつ素直に答えるとアレグレンは気持ち優しく笑って教えてくれた。

「ジェルデラート側の者が申し込み、チラルレット側の方が受け入れてくれた場合三か月間の『仮婚約』がその時点で成立します」
「あ、はい」

初めて聞く情報なので真面目に聞く姿勢を取るとアレグレンは強面を引き立てる意志の強い目を微かに細めて続ける。

「その三か月間での互いの相性を確認し合い、問題無いとどちらも判断した場合正式な『婚約者』となって各々が定める手筈を整えて婚姻に至ります」
「そうなんですね」

――そうかそうか。
いきなり結婚なんてやっぱりお互いハードルが高いもんな。一緒にいないと分からないことなんて山ほどあるし、とんでもない儀式だと思っていたけれど意外とアフターケア的なことも考えられているんだな。
これなら女性達も多少は安心だろう。

うんうん、と一人で頷いていると翔太の目の前に大きな手が差し出された。

「しかし私達の場合は王太子殿下が既にあなたを『貰い受けて』いる為、特例扱いで即婚姻の流れに至りますがそれでも宜しいですか? ショウタ殿がこの国にもし留まりたいという気持ちを僅かにでも抱いているのであれば今が引き返す為の最終地点です」
「――え?」

がばっと勢いよく翔太が王太子を見るとあの野郎、涼しい顔して護衛騎士から渡された書類に決裁してやがった。
アレグレンは「やはり聞いていませんでしたか」と少しだけ苦笑して手を差し出したまま続ける。



「それを加味しても本当に私の伴侶となることを了承して下さるのであれば、お手をどうぞ。私に出来る全てでショウタ殿をお守り致しましょう」



顔の良さに思考能力がほぼ全て持って行かれて翔太はアレグレンの言葉の意味を考えることも無く、ほぼ反射的に差し出されていた大きな掌に自分の手をぺしっとのせた。
……傍から見ていてその行動は「犬が主人にお手をした光景そのものだった」と後に王太子から何度となくからかわれることになるのだが、翔太はまだそれを知らない。
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